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あなたを忘れる方法を、私は知らない
あなたを忘れる方法を、私は知らない
長岡更紗
異世界恋愛ロマファン
2025年02月03日
公開日
42.7万字
連載中
理想とする国を目指した騎士アンナと、三人の大切な仲間たち。
平和な国にしたいという志は同じなのに、それぞれ時代の渦に巻き込まれていき──

多くの愛する人との別れや悲しみ、それを乗り越えて再び出会う愛の形。

人の想いは、人の正義は、星の数ほどある。
ストレイア王国に生きる、高潔な騎士たちの生き様。
それぞれの想いを胸に、彼らは動乱の時代を駆け抜けていく。


※他サイトでも公開しています。

01.あんな状況だったんだもの

 「俺は、アンナを愛してる。お腹の子も、ちゃんと愛し合ってできた俺たちの子どもだ」


 愛する彼の真剣な瞳に、アンナは目を細めた。


「ありがとう。あなたが父親なら、この子は必ず幸せになれるわね」

「アンナ。お前のことも、必ず幸せにしてやる」

「私はもう、十分に幸せよ」


 アンナが目を細めると、夫となった男は少し悲しそうな顔をした。そして彼は己の唇を寄せ、アンナに押し付ける。がっちりとした腕が、優しくアンナを包んだ。


「なにがあっても、俺はアンナのそばにいるからな」


 耳元で囁かれた言葉がくすぐったくて、嬉しくて、頼もしくて。

 そして、そう言った直後にいなくなってしまった、かつて愛した人を思い出して。


(私たちは、いつも一緒だった──)


 アンナは思いを馳せる。

 共に歩んだ者たちのことを。


 出会いと、そして大切な人たちとの別れの時を。


 愛する故郷を守り、平和に導くと誓い合い。

 アンナたちはその目的を達成するために、日々の努力を欠かしはしなかった。


 抗争のない、幸せな国にすること。

 不当な暴力で苦しめられることのない、皆が笑い合える国に。

 それこそがアンナの、そして大切な仲間たちとの、悲願だったのだ──



***




「どうしたんだよ、アンナ。ぼーっとして」


 オルト軍学校の食堂で夕食をとっていたアンナに、赤髪赤眼のカールが話しかけた。


「一人か?」

「え? ええ……」

「珍しいな。そのうちグレイとトラヴァスも来んだろ。俺も今日は上がりが遅かったしな」


 カールは山盛りに食事を載せたトレーをアンナの隣に置き、豪快にムシャムシャと食べ始める。

 ストレイア王国のオルト軍学校の食堂は、隊員が入れ替わり立ち替わり食事をとっていく場所だ。

 夕食を終えた者は宿舎へと戻っていて、今はいくらか人が少なくなっている。


「しっかし、アンナとグレイが付き合い始めて一ヶ月か。早ぇよなぁ」


 食べながらぼやくように言うカールに、アンナは少しむくれてカールを目の端に入れた。


「付き合い始めたって……私たちは偽装の付き合いだって知ってるくせに」


 その言葉に、カールはほんの少し眉を寄せて視線をアンナへと送る。


 アンナは、代々ストレイア王国の武将である家の生まれだ。母親のアリシアは現在、王国軍のトップである〝筆頭大将〟という地位に君臨しているほどの人物である。

 その母親に三歳の頃から剣を習っていたアンナは、悩むこともなく自然と武の道へと歩んでいた。

 しかし、軍というのは基本的に男の世界であり、オルト軍学校でも戦闘班に所属する女子は少ない。そんな中で男顔負けの強さを持つアンナに、やっかむ者やちょっかいをかける者がたくさんいたのだ。

 アンナは気にしないという姿勢を貫いていたのだが、大きな心の負担になっていたのは間違いない。それをすべて払拭してくれたのが、同い年のグレイであった。


 一ヶ月前の、毎年九月にある剣術大会の時。

 決勝でアンナはグレイと当たり、準優勝という結果に終わった。

 優勝できなかったアンナに、観客席から罵声が浴びせられる。


『いい気味だ』

『ざまぁみろ!』

『女のくせに粋がってるからこうなるんだ!』


 カールが助けに入ろうとすると、友人のトラヴァスが手で制した。

『生半可に助けに入ったのでは、アンナのプライドに関わる』と。

 どうすべきかとカールが悩んでいる合間に、グレイがアンナを抱き上げて皆の前でこう宣言したのである。


『この女は俺がもらっていく。悔しかったら奪い返しにきてみろよ!』


 野次を飛ばした男たちはアンナのことが気になっていて、しかし自分より強い女が許せなかったのだ。

 だからこそグレイはそんな発言で彼らを牽制し、アンナの心を守った。

 公式試合直後の大勢いる前で宣言したものだから、すっかり公認の仲となってしまっているが、仲のいいカールやトラヴァスは知っているとアンナは思っていた。アンナとグレイの仲は、単なる偽装の付き合いでしかないのだと。

 カールは偽装だと信じて疑わないアンナにまっすぐな赤眼を向け、唇を開く。


「あいつが偽装だっつったか?」

「いえ、そうは言わないけれど……わかるじゃない。あんな状況だったんだもの」

「あんな状況だったからこそだろ。実際あいつはうまいことやりやがったよなぁ! ずりぃぜ」


 カールの言う『ずるい』の意味がわからず、アンナは首を傾げた。

 口を尖らせていたカールはすぐにニッと笑って、「俺も彼女でもつくっかなぁ」と言って食事を進めている。


(カールなら、すぐに彼女ができそうだわ。顔は整ってるし、明るいし、人の心を汲むのが得意だもの)


 学年でいうとひとつ下になるが、誕生日の早いカールは現在十五歳で、今のところアンナと同い年だ。

 そんなカールを弟のように感じることもあるが、一人の人としてもアンナは尊敬している。生来の人懐こさもあり、医療班の女子たちにも可愛がられているカールは、誰に嫉妬をされることもなく同性にも人気だ。


「けど、みんなに恋人ができたら寂しくなるわね……」

「んあ? なんでだ?」

「こうして気軽に話もできなくなりそうじゃない」

「んなことねぇだろ。トラヴァスのやつはなんも言わねぇけど、多分オンナいるぜ、ありゃ。でも変わらず俺らと一緒にいんだろ?」


 カールの発言に、アンナは目を瞬かせた。

 現在オルト軍学校の最上級生で、首席のトラヴァス。頭脳明晰で常に沈着冷静無表情な男だ。アイスブルーの瞳のせいで冷たい印象を持たれがちだが、意外に人情家であることもアンナはわかっている。

 だからトラヴァスに彼女がいてもなんら不思議はなかったが、すでに彼女持ちとは思わなかったアンナは純粋に驚いた。


「そうなの? トラヴァスってそういうこと言わないから、知らなかったわ」

「多分だけどな。前からよく演劇のチケットを二枚取ってんだよ。アンナはトラヴァスに誘われたか?」

「いいえ、一度も」

「俺も誘われてねぇ。あの無表情が無愛想を誘うとも思えねぇ。つまり、オンナだ」


 無表情トラヴァス無愛想グレイを観劇に誘うとはアンナも思っていない。けれどカールの物言いがおかしくて、アンナは少し吹き出した。


「ふふっ。そうね、あの二人が演劇を観ても、まったく盛り上がりそうにないものね」

「だろ? まぁ誰に恋人ができても、俺らは変わらねぇよ。心配すんな」


 カールは横目でふっと笑い、結局彼はそれを言いたかったのだと気づいたアンナは、こくりと頷く。


 大事な仲間。

 カールにトラヴァス、それにグレイ。

 彼らと一緒にいられるのは、なにより心が落ち着いた。


「お、来たぜ」


 カールの言葉にアンナは入口の方を見ると、グレイがトラヴァスと一緒に食堂に入ってきている。


「ここだ!」


 トレーに食事を載せた二人に、カールは手を上げて知らせる。やってきたグレイがカールに向かって、右手の親指と人差し指をくるりとひっくり返した。場所を代われ、の意味だ。


「へいへい。お熱いこって」


 カールは向かいに移動し、その隣にトラヴァスが、アンナの隣にはグレイが座る。体格のいいグレイの素直な金髪が、アンナのそばでさらりと揺れた。


「お熱いって……そんなのじゃないわ」

「女王様は俺が目の前にいると、どんな顔をしていいかわからなくなるんだと」

「だって……」


 グレイの言葉に少し俯くアンナ。「自覚ねぇんだよなぁ……」とカールがまたぼやくように呟いている。


「あまりアンナをいじめてやるな、グレイ」

「いじめてるわけじゃないんだがな」


 トラヴァスに無表情のまま嗜められたグレイは、ほんの少し困った顔をしながら食事に手をつけ始めた。


 いつも話題を提供するカールを中心に話が進められていく、四人での食事の時間。

 何気ない日常の風景。

 それがアンナには愛おしく、心が躍るもので。

 この四人が激動の渦に巻き込まれていくことになるなど、アンナは思いもしていなかった。


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