「えっとね、実は……あんたに聞きたいことが一つと、相談が一つあるんだけど、聞いてくれない?」
「相談? 何だよ、金なら三百円しかないぞ」
「だからそれはもういいってば! 昨日の魔石を売ればお金なんて腐るほど貰えるし」
ですよね。
やっぱりあの魔石は俺が持ち帰って探索者組合に売り払うべきだった。
だがその場合、彼女が黙っていてくれる保証はなかったし、というか今現在ヒガコ荘まで押し掛けられている時点で、その目論見は破綻したも同然じゃないか?
「聞きたいことってのはアレか? さっき言ってた隠し通路のことか?」
「そう、それよ。あんたがどうやってダンジョンに潜り込んだのかについては、この際どうでもいいわ。でも、あんたの態度を見てると……知ってたとしか思えないのよね」
「知ってたって、何をだ」
「決まってるじゃない、隠し通路のことよ」
「知らん。次を言え、相談事って何だ」
「っ、ああもうっ、言いたくないなら別にいいけど!」
だったら初めから聞くな。尤も、俺は口を割るつもりはないけどな。
「相談って言うのはね、その……提案でもあるんだけど」
「相談が提案?」
聞き返すと、彼女は「うん」と小さく呟き頷いた。
「あ……あたしとさ、……く、組まない?」
「組む?」
「ええ。つまりほら、あたしとあん……貴方でクランを作って、一緒にダンジョンを探索しないかってことなの」
思考が停止しそうだ。
ちょっと待て、少し考えよう。
「……なぜ俺と?」
うん、ダメだ。考えても答えが出てこない。本人に直接問い質した方が早い。
すると彼女は思い出すように口を開く。
「あたしね、暫くの間ソロで活動してたんだけど、前からずっと一緒に探索できる人がいたらいいなって思ってたの。それでね、昨日貴方に助けてもらったじゃない? あの時ね、この人にならあたしの背中を任せてもいいんじゃないかって……。だからその、もし嫌じゃなかったら、あたしと組んで貰えると嬉しい……です」
「だが断る!」
「なんでよっ‼」
実に素晴らしい。今日だけで二回も名台詞を口にすることができた。
これはアレだな、最高にハイってやつだよ。
「無理無理無理、不法侵入するやつとクランを作るわけないだろ?」
「そ、それは悪かったってば! でもっ、どうしても貴方と一緒に組みたくて我慢ができなかったから、だからその、家まで押し掛けちゃって……ごめん、なさい」
そう言って、彼女は頭を下げる。
くっ、泣き落としとは卑怯じゃないか。だが俺はそんなことでは騙されないぞ。
しかし、なんだこれは?
この年頃の女の子特有のいい香りが鼻腔を突く。彼女が動いたせいか?
丁寧に切り揃えられた前髪が、彼女の表情を上手に隠してしまう。
仕方なく視線を少し下げると、胸元が……ダメだ、そこを見てはいけない。今すぐ別の場所を見るんだ。もっと下を見よう。それがいい。いやダメだ、今度はあの太ももが目に飛び込んでくる。
なんだこれは、彼女のどの部位を見てもKO負け間違い無しじゃないか!
「……く」
変態か?
違う、変態紳士だ。
俺は変態かもしれないが、未成年相手に手は出さない。
担当さんは一つ屋根の下で男共は猿になると言っていたが、俺は人間だ。猿にはならない。絶対に人であり続けて見せる!
「ねえ、お願い。あたしと一緒に……」
「う、あ、ああ、条件付きなら……いいぞ?」
ダメだ、もう負けそう。上目遣いの彼女の顔は破壊力満点だ。なんだこれ、可愛すぎるだろ。完璧に俺を落としにかかっている。俺を人間から猿にしようと企んでいやがる。
だからとりあえず、条件を付けることにした。
それで俺が心を整えることができるのならば万々歳ってやつだ。
「条件? 分かったわ、それってどんなことなの?」
願いが叶うかも、と彼女は期待しているのだろう。両の目が、希望に光輝くのが見える。そんな彼女と目を合わせた結果、俺は間違いなく自分自身を見失っていた。
「お、俺の漫画の……モデル! モデルになってくれないか?」
「モデル? あたしが?」
一緒に組む条件を告げると、彼女は驚きつつも嬉しそうに頬を緩める。
「別にいいけど……あたしなんかで務まるかな?」
「そこは心配ない! 俺が保証する!」
その太ももを持つなら、間違いなく務まるはずだ。だから安心していい。
「そう? それなら……あたしで良ければ、お願いします」
「よし! じゃあ早速だが上がってくれ! って、既に居るな! こっちの部屋に来てくれ!」
「えっ? あ、うん……」
玄関から四畳半の部屋へと移動する。
室内に女性を上げるのは初めてだが、興奮していてそれどころではない。
「すごい、ここが貴方の部屋なのね……」
狭い中に資料が積み上がり、足の踏み場がほとんどない。万年床の布団の上には物を置いていないので、一先ずそこに立ってもらう。
「……それで、あたしは何をすればいい? 顔が分かるようにもっと近づいた方がいいかな?」
少し恥ずかしそうな表情をしているが、顔を近づけ過ぎたら全体像が把握できないから却下だ。
「いや、まずはそこで体操座りをしてもらえるか?」
「体操座り? うん、いいけど……こんな感じ?」
「違う、なんで横を向くんだよ。真正面を向いてくれ」
「え、でも……これでいい?」
「違う、なんで足を閉じるんだ」
「なんでって……だって、見えちゃうし……」
「見えちゃうし、じゃなくて、見せるんだよ!」
「は?」
「エロ漫画のモデルなんだから見えなきゃ意味ないだろ!」
「――ッ⁉ わ、忘れてた……あんた、エロ漫画を描いてるんだったわね……」
「ああそうさ、売れないエロ漫画家さ。ってことで早く言われたとおりに座ってくれ。じゃないと何も見えな――」
「座るかっ、このヘンタイッ‼」
星が見えた。
何故だ? 思いっきり、グーで顔面を殴られたからか?
「い、いてえ……何をするんだよ!」
「はあ? それはこっちの台詞よ! あんたあたしにエロいことさせて犯罪者にでもなりたいわけ⁉」
「俺がなりたいのは売れてるエロ漫画家だ!」
「だったら原稿だけ描いてなさいよ! この犯罪者予備軍‼」
「は、犯罪者予備軍だと……⁉ 失礼な! 自慢じゃないがな、俺はまだ女性に手を出したことは一度もないぞ!」
「つまりドーテイってことでしょ!」
「ぐはっ」
その言葉は刺さる。胸を貫通するほど突き刺さる。
お願いだから止めてくれ、俺のライフはもうゼロだ!
「っっっ、今日はもう帰るから! あんたは頭冷やしてなさい!」
「おい! 逃げるのか!」
「明日も来るわよ! このヘンタイッ!」
それだけ言い捨てると、彼女は俺の部屋から出て行った。まるで台風が過ぎ去ったかのような有り様だ。
「……な、なんだったんだよ」
これは夢か? それとも現実か? 白昼夢なのか?
いや、どれでも構わない。殴られた痛みで少しずつ頭が冷えてきた。
温くなったコーヒーを再度口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。
それから今の出来事を振り返り、そして、
「――俺は馬鹿か?」
理性、完璧に飛んでいたぞ。担当さんが言った通り、俺は人間から猿に退化していた。
もし、あのまま事が進んでいたら、彼女にあれやこれやと命じて、それに彼女が従って、俺の命令はエスカレートしていって、エロ漫画のようなシチュエーションになって……。
「間違いなく、捕まってたな」
深すぎる溜息を漏らす。
あの状況下で一度も手を出すことなく、更には彼女が拒否してくれて本当に助かった。エロ漫画家として生きていく上で、というか真っ当な人間として暮らしていく上で、大事なものを失くさずに済んだ。
もし次に、彼女と顔を合わせる機会があるならば、心から感謝の意を述べようじゃないか。手加減一切無しのグーパンをお見舞いしてくれて、どうもありがとうございました、ってな。
……ああ、そうだよ。
この顔の痛みは暫く続くだろうさ。