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【第七話】ストーカーと不法侵入のダブルコンボ達成です

 正午に起きて、身支度を済ませる。

 インスタントコーヒーをちびちびと飲みながら座布団に胡坐を掻き、マウスを動かしネットニュースに目を向ける。


『期待の新星、御剣みつるぎ楓音かのんちゃん(17)

 赤の門の隠し通路に潜む裏ボスを撃破‼

 ~現役女子高生&探索者ランク十一位の彼女がダンジョンに挑み続ける理由と、その素顔に迫る――ッ‼~』


 コーヒーを噴き出した。


「ぐっ、ごほっ、く、くそっ、あちちあちっ! あああキーボードがっ、ってかディスプレイがっ!」


 ティッシュプリーズ!

 息を整えろ! 落ち着け俺!


 咳払いをして大きく深呼吸する。

 そして再び、記事に目を通してみた。


「き、期待の新星、御剣楓音……じ、十七歳……?」


 アイドルっぽさ全開の紹介文だな、おい。

 というかこの子は……俺の目が確かならば、不愛想な顔つきで写真に納まっているのは、あの彼女で間違いない。


 赤の門に潜ったのは昨日の出来事だというのに、今朝にはこの有り様だ。マスコミやSNSの拡散力、恐ろしや……。


 で、隠し通路に潜む裏ボスを撃破した……か。

 よし、あの魔物を倒したのは彼女の手柄ってことになっているな。俺の名前が表に出ることはないし、これでようやく心を落ち着けることができそうだ。

 それで次が……。


「現役女子高生で、探索者ランクが……十一位だと⁉」


 いやいや、高すぎだろ!

 トップテンまで、あと一つじゃないか!

 誰の手も借りず、ソロでダンジョンに潜ることができる時点で、彼女がランカーであることは周知の事実だったが、まさかこんなに高ランクだとは思わなかったぞ。


「……結構偉そうなこと言っちゃったな」


 やばいな、まさか目を付けられていないよな。馬鹿にしたつもりはないが、お礼参りでもされたら非常に困る。


 だが待て、魔石は渡したし、さらっとこの記事に目を通した感じだと、俺のお願いも守ってくれているみたいだし、この分なら大丈夫……なはずだ。よし、そう思っておこう。

 にしてもだが。


「御剣……楓音、か」


 彼女の名前、こんな形で知ることになるとはな。

 御剣楓音ちゃん、十七歳。現役女子高生だとさ。


 彼女に対し、ストーカー染みた行為をしたことを今更ながらに後悔している。相手は女子高生で、しかも今や時の人だ。訴えられたら即御用間違いなしだな。


「――ハッ⁉」


 ……いや、待て。

 ストーカー行為とか訴えられるとかどうでもいい。

 この記事を読んで、たった今、思い出したことがある。


「お、俺は……現役女子高生の太ももを拝むことができたのか⁉」


 生の太ももだけでも破壊力抜群だったのに、そこに現役女子高生という最強の付加価値が付いただと……⁉


 ダメだこれ、妄想が捗りすぎる。

 一旦落ち着け、熱を冷ます為に今すぐ原稿に取り掛かろう。っていうか、彼女を主役に据えたネームを一本描いてみよう。


「く、くく、これは最高で最強のエロ漫画が出来上がりそうだ……」


 筆を手に原稿用紙に線を引く。始まりのシーンは、当然俺と肩がぶつかったところからだ。となると、彼女の相手役は俺になるのか?


「――ダメだ!」


 馬鹿野郎、目を覚ませ!

 中二の妄想じゃないんだから冷静になれ!


 しかし筆が止まらない。

 自動書記みたいにペン先が彼女の顔や体を……太ももを描いていくじゃないか!


 まさか、これがアレか?

 担当が言っていた、いわゆる「経験値を稼ぐ」ってやつなのか?

 彼女との経験を経た結果、俺はこんなにも妄想――創造豊かになってしまったのか?


「んなわけあるか!」


 頭を冷やせ、俺!

 誰が誰との経験を経たって?

 そんなものは一切ない。俺の妄想の産物でしかない!


 だって俺は今もまだ童貞だから、な‼


「……落ち着け、とりあえずコーヒーでも飲もう」


 今日の俺は暴走しすぎている。妄想の歯止めが利かなくなっているようだ。

 このままでは、ろくに仕事にならない……いや、ネーム自体は問題なく進んでいるが、人間として落ちるところまで落ちてしまいそうなので、コーヒーでも飲んで心を落ち着かせることにしよう。


 ってことで、二杯目のコーヒーを淹れて口に含む。


「……ふぅ」


 美味い。

 これだよこれ、お得パックのインスタントコーヒーのチープさが、荒んだ心に安らぎを与えてくれる。この調子なら今日も一日優雅なエロ漫画創作ライフを送ることができそうだ。


 と思った矢先、玄関のチャイムが鳴った。


「誰だよ、せっかく賢者モードに入ってたのに……」


 何もせずに賢者モードに突入していたのを邪魔されて、俺はご立腹だ。訪問者に文句の一つでもぶつけてやりたい気分だね。


「はい? どちら様ですか?」


 少々ぶっきらぼうな口調でドア越しに尋ねる。すると、


「あの、あたし、……御剣楓音って言います。えっと、昨日の件でちょっと話したいことがあるんですけど」

「……」


 ん?

 ……御剣楓音? 現役女子高生で探索者ランク十一位の?

 あの太ももの子が、今ここにいる……?


 ――は?

 何故だ? 何故俺の家が分かったんだ?

 まさか、昨日俺のあとをつけていたのか⁉


 いや、そんなはずはない。

 俺は彼女を置いてダンジョンの外に出た。そして野次馬の前を堂々と歩いて自転車に乗って家まで漕いで……この俺がストーカーされるようなへまはしていないはずだ!


「き、き、昨日の件とは?」

「隠し通路のことです」

「知りません。人違いです」

「んなわけないでしょ!」


 あっ、口調が変わりやがったぞ、この女子高生。あっさりと本性を現しやがったな。


「あんたが昨日のあんただってことはバレてんのよ! だからとりあえずドア開けなさいよ!」

「だが断る!」


 一度は言ってみたかった台詞第一位、まさかこんな状況で使うことになるとは思いもしなかった。ありがとう、御剣楓音ちゃん十七歳。


「はぁ、……いいわ。あんたがその気なら、こっちだって容赦しないから」

「どっか行け! ストーカー女! 器物破損したら捕まるぞ! 今すぐ警察呼ぶからな!」

「バカッ、そんなことしないわよ! っていうか誰がストーカー女よ⁉」


 ドアを一枚挟んで罵り合う。

 しかしこれだけ忠告すれば彼女も引き返してくれるだろう。

 と思ったのは残念ながら間違いだった。


「……お? 帰ったのか?」


 外から声が聞こえなくなった。諦めて帰ったのだろうか。

 ドアの丸窓を覗いて様子を窺ってみるが、姿も形も見当たらない。どうやら俺は彼女との根比べ勝負に勝ったらしい。


「よし、これで一安心――」

「何が一安心ですって?」

「ひいっ‼」


 背中に声がかかる。

 思わず悲鳴を上げて振り向くと、そこには彼女が――御剣楓音が立っていた。


「ど、どうやって俺の部屋に入った⁉」

「あたし、こう見えてもランカーなの。だからこれぐらい造作もないのよね」


 驚く俺の顔を見て、彼女は満足気な表情を浮かべている。

 なんだそのドヤ顔は、めちゃくちゃムカつくじゃないか。


「不法侵入だぞ! 今すぐ警察に通報してやるからな!」

「ふうん? 別に構わないけど、この状況で?」

「ああそうだ! この状況で……」


 止めろ、ダメだ。

 彼女に非があるとしても、傍目には未成年の女の子を部屋に連れ込んだエロ漫画家にしか見えない。この状況で警察を呼んでしまえば、捕まるのは俺の方だ。


「くっ、謀ったな!」

「何をよ!」


 探索者ランクが高いだけのことはある。悪知恵を働かせるのもお手の物のようだ。

 動揺を隠すように、落ち着いた振りをして彼女の姿を一瞥してみる。


 あの魔物との対峙中は不安げな表情を浮かべていた彼女だが、今は違う。

 俺の部屋に不法侵入したことで優位に立ったと勘違いしているのか、随分と自信に満ちた面構えになっているじゃないか。


 少々吊り目がちで勝気な印象を与える彼女の瞳が、年相応の可愛らしさを生み出している。それは一度でも目を合わせると逸らすことができなくなるほどだ。


 両手を腰に添えて胸を張っているせいだろうか、パッと見ただけでもそれなりの大きさであろう胸元が余計に協調されて目のやり場に困ってしまう。

 だが、だからと言って視線を上半身から下半身へと向けるのはNGだ。この生足は反則級すぎるからな。


 ち、畜生がっ! ダメだダメだ! 一瞥どころかじっくりと見てしまうぐらいには可愛いじゃないか! これが生身の女性の魅力――否、魔力だと言うつもりか⁉


「……くそっ、言ってみろ! 何が望みだ! 俺は三百円しか持ってないぞ!」


 勿論嘘だ。

 手元には資料代にする予定の五千円と、来月分の家賃、そして余った一万円が丸々残っている。もしそれを口止め料として徴収されてしまったら、俺はまたダンジョンに潜らなければならないが、それだけは絶対に嫌だ。俺は毎日エロ漫画を描いて過ごしたい!


「何が望み……って、いや、……三百円? え、あんたって貧乏なの?」

「売れないエロ漫画家で悪うございましたね!」


 稿料と印税だけで暮らせるようになりたいよ!

 これは心の叫びだよ、この野郎め!


「え、えろ……ま、漫画家……? あんた、えっちな漫画……描いてるの?」

「描いたら悪いか!」

「いや、悪くはないけど……って、違う違う! あたしが言いたいのはそんなことじゃなくて!」


 ここに来た目的を思い出したのだろう。

 彼女は頭を振り、胸に手を当てて落ち着こうとしていた。俺も触りたい。いや違う。

 その様子からして、悪い予感しかしない。どうかこの予想が外れますように、そして願わくは彼女がさっさと帰ってくれますように……。


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