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【第六話】この魔物を倒したのは、きみだ。いいね?

『赤の門/地下一階層』

 ここは昨日も一昨日も足を運んだ場所だ。電力が付与された魔石もしっかりと光っているし、暗闇に怯える心配もない。

 故に、門を通過してダンジョン内に入ると同時に、周囲を気にせず全力疾走する。どうせ今は他の探索者はいないし、マッピング済みの空間に巣食う魔物は脅威ではないので、無視することにした。


 あくまでも、主目的は彼女の救出だ。それが最優先であり、達成すべきことだ。


 脇目も振らずに走り続けること数十秒、あっという間に例の場所――隠し通路の入口へと到着した。ここからは暗闇が支配する空間を進むことになるが、三人組のランカーや彼女が魔石を設置したのだろう。隠し通路内は魔石の光で明るく照らされていた。


「……これは後で回収しておかないとだな」


 じゃないと、バレバレだ。

 面倒臭いこと極まりないが、このままだとお冠だろうし、小言を口にされる前に回収しながら進むことにしよう。


 先客が折角設置した魔石を一個ずつ回収しながら、隠し通路の先へと進んでいく。来た道を振り返れば闇が広がるが、大したことではない。この道は何度も通ったことがあるから、形状は把握済みだ。例え目を瞑ったまま歩いたとしても、そんなにぶつかることはないだろう。無論、目は開けたまま歩を進める。


 すぐさま前を向き、ただひたすら足を動かし続ける。すると、例の空間へと抜け出た。そこは昨日、彼女が赤石蟻の群れを退治した場所だ。


 昨日の今日だが、赤石蟻の死骸はどこにも見当たらない。恐らくはダンジョンの餌として吸収されたのだろう。


 死んだ魔物の骸は、ダンジョンに吸収されて魔素となる。そして新たな魔物を生み出す。それがダンジョンの仕組みの一つとされている。


 ここは行き止まりではなく、あくまでも中間地点だ。通路は更に奥へと続いている。階層で言うならば、地下四階層まで一気に下りることになる。

 赤の門は、表向きは地下三階層のダンジョンとなっているが、実は異なる。隠し通路を進むことで、未踏破区域に足を踏み入れることができるのだ。


 定期報告で訪れる際は、真っ暗闇の中を進むことになるが、今回はランカーが設置した魔石のおかげで灯りを頼ることができる。


 赤石蟻が退治された空間を突っ切って、地下へと潜っていく。暫く進むと、昨日と同じように斬撃音が耳に届く。これは……。


「――ッ、よし!」


 広場に出る。そして瞳に捉えた。

 彼女はまだ生きている!


 しかし悠長に構えている暇はない。

 彼女は、この空間を支配する魔物との交戦の最中だった。


 近くには先に潜ったであろう三人組だったものが転がっている。連絡が途絶えた時点で予想はしていたが、残念ながら間に合わなかったらしい。


 魔物へと視線を戻す。すると、どうやらあちらも俺の存在に気づいたようだ。一旦、攻撃の手を緩めると、邪魔するつもりかと言いたげに目を合わせてきた。


 はい、そのつもりです。

 しっかりと頷き、目で合図する。


 歪な形の赤い角が頭部に生えていることを除けば、その魔物は見た目だけなら人間の女性と然程変わらなかった。だが、対峙しただけで強制的に理解することになる。


 こいつは危険すぎる。人の手には負えない相手だ。


 きっと、遊んでいるのだろう。

 仮にも百位圏内のランカーが三人纏めてあの世行きになるほどの強さだ。彼女の探索者ランクが如何ほどのものか知る由もないが、たった一人では準備運動にもならないはずだ。


 無論のこと、彼女は承知の上で得物を手にしているのだろう。仮にもランカーなのだから、力の差を察することはできるはずだ。

 先に潜った三人組が、あの魔物を手負いにすることなく全滅してしまった時点で、この場からすぐさま逃げるべきなのだ。


 決して、逃げ場が塞がれているわけではない。それでもこの場に留まるということはつまり、魔物を倒す以外の選択肢を取るつもりがないってことになる。


 心が強い女性だ。あの魔物を前にしてもまだ、折れていないのだろう。


 当の昔に終わったはずのダンジョンで隠し通路を発見したのだ。探索者でありランカーでもあるなら、心躍らないはずがない。気持ちは十分理解できる。そしてだからこそ、絶望したはずだ。


 勇み足で探索した結果、この魔物と遭遇し、己の行動が間違いだったと、決して対峙するべきではなかったと。


 しかしだ、彼女は生きている。

 三人組のランカーを相手にどのように戦ったのかは不明だが、少なくとも彼女を遊び相手として認識しているのは間違いない。


「ッ、逃げなさい! ここは危険よ!」


 魔物に続き、俺に気づいた彼女が声を荒げる。

 どうやら心配してくれているらしい。第一印象は不愛想だと思ったが、訂正した方が良さそうだ。


 彼女の傍へと駆け寄り、並び立つ。

 その間も、対する魔物は手を出さずに傍観していた。圧倒的強者の余裕というやつだ。


「手を貸しに来た」

「え? あんた、もしかしてランカーなの?」

「圏外だ」


 一瞬、目を輝かせた彼女だが、すぐにその瞳は曇ってしまう。

 ランカーならともかく、圏外が一人助太刀したところで猫の手にもならないとの判断だろう。


「ば、馬鹿なの? っていうかなんで圏外がここにいるのよ!」


 今現在、赤の門はランカーを除いて探索禁止だ。だというのに、どうやってこいつはダンジョン内に入ったのかと不思議に思っている顔だ。


 さて正解は、正面から堂々と入りました。


「いちゃ悪いか」

「悪いわよ!」


 目前の脅威から視線を外すことなく、彼女は大声で否定する。随分はっきりと言ってくれるじゃないか。

 でも残念だな。第三者がこの場所に辿り着いてしまった今、そして助けに入った時点で、手ぶらで帰るわけにはいかない事情があるのだ。


「安心してくれ、こう見えても少しは戦えるから」

「ランカーが死んでるのよ? 言い方は悪いけど、圏外が戦えるような相手じゃ……な、……い?」


 言葉尻が小さくなる。

 視界の端に映る俺の姿が気になったのか、魔物から意識を逸らしてしまう。


「あんた……今、何したの?」


 つい先ほどまでは、何も持っていなかった。

 だが今は、拳銃の形をした武器を手にしている。


 いったいどこに隠していたのかと、彼女は眉間に皺を寄せる。

 その疑問は至極当然のものだ。


「何って、漫画を描いただけだよ」


 故に、問いに答える。

 当然だが、この返答で彼女の疑問が解消されるはずもない。しかし追加で説明するつもりはないし、この状況を打破する為にさっさと行動に移してしまおう。


 引き金に指をかけ、銃口を魔物へと向けると、躊躇せずに撃つ。すると、魔物は一歩横に移動する。弾道は逸れて後方の壁に当たった。

 間髪入れずに二発目、三発目と撃ち続けるが、その度に最小限の動きで立ち位置を変えて回避されてしまう。


「曲芸師かよ」


 どれだけ避ければ気が済むのかと、心の中で思わず愚痴を吐く。とにかくひたすら撃つが、一発足りとも命中してくれない。魔物さん、お願いですからそろそろ空気を読んで一発ぐらい当たってくれませんかね。


「その銃、何発あるのよ……?」


 呆然としているのは彼女だ。

 尤も、彼女の場合は二つの意味で驚いているようだ。


 一つは勿論、魔物の絶対防御感だ。

 アレは何をしても攻撃が当たらない。彼女自身、両手に持った得物で仕掛けてみたはずだが、掠ることもできなかったに違いない。飛び道具の銃弾ですら、この有り様だからな。


 そしてもう一つは、俺が持つ拳銃について。

 見た目はハンドガンなのに、既に三十発以上は撃っている。エアガンでもない限り、そんなに弾数があるわけがない。


 常識的に考えれば、その通りかもしれない。

 だが、この世界には魔物が存在する。十年前の常識とは訳が違うのだ。


「っ、当たった! 当たったわ!」


 見りゃ分かる。

 そうこうしているうちに、ようやっと一発目がヒットした。

 俺が撃った銃弾は魔物の右肩を貫通し、土壁にめり込む。まるでゲームでもしているかのように静かな動作で避け続けていた魔物も、その表情を僅かに歪めた。


 ああそうさ、これでお遊びは御終いだ。

 攻撃の手を緩めずに、俺は弾が切れるまで銃で撃ち続ける。勿論、弾が切れることはないので、後は魔物が倒れるのを待つだけだ。または、反撃に遭って俺達が死に至るか。結果は二つに一つだな。


 一発目が当たってしまえば、後は呆気なかった。

 銃弾を浴び続けた人型の魔物は、徐々に動きが鈍くなる。それでも逃げるような素振りを見せないのはさすがとしか言い様がないが、だからといって容赦はしない。

 魔物は真っ赤な血を大量に吐き出しながら力なく地面に伏したが、けれども俺は暫く銃弾を浴びせる。死んだふりされたら厄介だからな。確実に息の根を止める為だ。


 十発以上余計に撃ち込んだ後、ようやく銃を持っていた手を下ろし、一息吐く。角の生えた魔物はピクリとも動かなくなっていた。

 すぐ傍まで歩み寄り、片膝をついて顔を近づけてみる。面倒だけど仕方あるまい。こうする他に手段はなかったのだ。


「魔石……っと」


 既に魔素化が始まっているのか、魔物の体がダンジョンに吸収され始めていた。このまま放っておくと、この魔物の魔石もろとも魔素化することになる。

 慌てて魔石の回収を行い、その感触に「うえぇ……」と声を漏らす。


「た……助けてくれてありがとう」


 赤に染まる魔石をタオルで拭いて汚れを落としていると、背中越しに声をかけられた。振り向くと、安堵の表情を浮かべる彼女が立っていた。ランカーとはいえ、死を覚悟していたのだろう。足元が覚束ない様子だ。


「無事で何よりだな」


 感謝されることはしていない。

 元はと言えば、隠し通路の存在を隠匿していた俺が原因だ。むしろこっちが感謝したいよ。生きていてくれてありがとうってな。


「ほい、これどうぞ」

「えっ、あっ、……これ、魔石?」

「やるよ」

「や、やるって……噓でしょ? 貴方が倒したのよ?」

「たまたまだよ」


 手をひらひらとさせて言葉を返す。

 俺が持っていても意味がないし、彼女が地上へと持ち帰るからこそ意味を成す。


「たまたまって……あんな強い魔物の魔石なのよ? 絶対高値で取引されるのに」

「高値……」


 ゴクリと唾を飲み込む。……くっ。我慢しろ、俺!

 お金には代えられないものが、そこにはある! あるんだよ! だから声も高々に心の中で叫ぼう、プライスレス!


「……ぐ、俺には必要ないものだからいいさ。だがまあ、その代わりと言っちゃなんだけど、一つだけお願いを聞いてくれないか」

「貴方のお願いを? どんなこと?」


 魔石の代わりに、お願いを一つ提示する。

 それは至ってシンプルなものだ。


「ここにいた魔物を倒したのは、きみだ。だから当然、ここに俺はいなかった。いいね?」

「……はい? い、……いやいや待ってよ! 魔物を倒したのは貴方だし、貴方はここにいるじゃない! あたしに嘘を吐けって言うの?」

「正解! じゃあ後は一人で帰れるよな?」


 踵を返す。

 これ以上、彼女と言葉を交わしていると、ボロが出てしまいそうだ。

 ランカー三人組の後始末が大変だと思うが、そこは一旦、ダンジョンの外に出てから探索者組合に報告すればいい。すぐに助っ人を呼んでくれるはずだ。


「ちょ、ちょって待って! 待ちなさいよ! まだ魔物がいるかもしれない……あたし一人置いてくの⁉」

「一人で帰ってくれ。仮にもランカーだろ?」

「な、なんですって……」


 仮にもは余計だったか。

 まあ、言ってしまったものは取り消せない。


 足を震わせていた彼女は、プライドを傷つけられたのだろう。今度は全身を震わせていた。その意気なら無事に帰ることができるさ。


 だから俺は彼女をこの場に放置し、我先にと地上へと戻っていった。


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