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【第三話】山口不動産にお邪魔します

「お? きみが護衛の子だね?」

「はい。茶川綴人って言います。今日はお手柔らかにお願いします!」

「ああ、よろしく頼むよ。俺は山口。一応このクランのリーダーで、きみと同じ護衛役の一人だ」

「山口……って、もしかして親元の……?」

「お察しの通り。山口不動産の社長をしてるよ」


 そう言って、山口さんは名刺を一枚渡してくれた。そこには山口不動産と山口義也の文字が書かれてあった。


「社長兼、護衛役なんですか?」

「ああ。有り難いことに魔力に適性があってね」


 今回の親元は、山口不動産だ。

 このクランのメンバーも、そのほとんどが山口不動産に所属しているに違いない。


 日本に二千人ほど存在する探索者の中、約八割が何処かしらのクランに所属しているらしい。ソロで潜るには探索者ランクで百位以内に入らなければならないので、圏外の者は所属した方が何かと都合が良いからだ。


 その一方で、ランク圏外でも何処にも属さず、単発の日雇いバイトの形で依頼を受ける探索者も存在する。各々に理由はあるが、俺を含めて変人が多いのも事実だろう。


 俺の場合、時間が許す限りエロ漫画を描いていたいのが理由だ。

 それ以外の時間は、仕事の資料になりそうな漫画やゲーム、ネタを探しに出掛けることがあるが、基本はヒガコ荘に引き籠っているので、不健康極まりない日々を送っている。


 所属先のクランがあったとしても、他所の依頼を受けては駄目なわけではない。

 だからこそ探索者組合には探索依頼が溢れているし、探索者としては怠け者の部類に入る俺でも仕事に有り付くことができるわけだ。


「ヘルプはきみだけだから最初は緊張するかもしれないが、うちに悪い子はいないから心配しないでいい。それに今日は地下一階層の採掘作業だけだからね。魔物が出るまではのんびりしてくれて構わない」


 社長兼、探索者兼、リーダーの山口さんと挨拶を交わし、山口不動産が親元のクランの輪へと加わった。その際、軽く自己紹介をしてもらって、他のメンバーとも言葉を掛け合ったり会釈をしたり、顔合わせを済ませた。


「それじゃあ皆、出発するけどトイレは済ませたか?」

「やべ! まだなんで行ってきてもいーっすか?」

「早く行ってこい。十秒で戻ってこなかったら置いてくぞ」

「無理無理! せめて三十秒!」


 山口さんとクランメンバーのやり取りに笑いが起きる。一人、二人とトイレに駆け込んでいく。

 当たり前のことだが、ダンジョン内にトイレは存在しない。そして採掘役の面々は採掘業務が一段落するまで地上に戻ることはない。つまり数時間をダンジョンの中で過ごすことになるので、トイレ問題は結構大事だったりする。最悪の場合、人気のない場所に移動して済ませるしかない。


「よし、戻ったな? 道中はぐれないように、ちゃんとついてくるんだぞ。いいな?」


 トイレ組が戻り、各々が返事をする。どうやら準備が整ったらしい。

 門の前に立つと、地図を持った山口さんを先頭に躊躇うこと無く潜っていく。その様子から察するに、このクランには初めて潜るメンバーはいないようだ。堂々と慣れたものだが、それも大所帯故の安心感から来るものだろうか。

 最後尾の俺を含め、十八名全員が門の中へ潜るのに一分と掛からなかった。


     ※


『赤の門/地下一階層』

 山口不動産のクランが潜るのは、武蔵境駅と東小金井駅の中間辺りに出現した門だ。この門は通称「赤の門」と呼ばれていて、地球上で一番目に確認された門と言われている。


 この門の中から魔物の群れが大挙し、あの日の悪夢が始まった。

 しかしあれから十年が過ぎた今、世界は随分と落ち着いたもので、赤の門の周辺も復興が進み、昔と同じように暮らす人も多くなった。俺もその中の一人だ。


 赤の門に入ると、まず見えるもの。それは光だった。

 これまでに発見されたダンジョンは、今のところ例外なく真っ暗な世界が広がっている。故に、灯りが無ければ動くことすらままならない。だが、先人達は偉大だ。


 十年前からコツコツと、彼等がダンジョン内に電力を付与した魔石を設置し、今では問題なく探索することができるようになっている。

 設置された灯りはダンジョン内に巣食う魔物の手で破壊されることもあるが、その度に設置し直しているので、内部を移動する際に不便に思うことはほとんどない。


 山口不動産のクランメンバーと俺は、リーダーの山口さんの背について赤の門の地下一階層を奥へと進んでいく。

 五分ほど歩いただろうか。開けた場所に出ると、山口さんは足を止めて後方を振り返る。


「よし、皆! 今日も張り切って仕事してくれ!」


 どうやらここが仕事場になるようだ。

 出入口から近い場所だからか、山口不動産とは異なる他の探索者の姿もチラホラと見受けられる。それはつまり、危険とはほぼ無縁の安全地帯ってことになる。


 魔物も馬鹿じゃない。

 この数の探索者を相手に襲い掛かるのは、自殺行為だと理解しているのだろう。


「よっしゃ、お前ら道具持ってけ!」


 運搬役の探索者がリュックを下ろし、採掘道具を一つずつ渡していく。それを手に取った者から順に、規則正しく横並びに壁を掘り始めた。


 運搬役が五名に、採掘役が八名、俺と山口さんを含めた護衛役が五名。

 以上が、山口不動産のクラン構成ってわけだ。


 採掘された鉱物を大きめのリュックに詰め込み、満杯になるとそれを背負って出入り口へと向かう。その道中を護衛役が一人付いていく。地上に戻り、リュックの中身を全て出して空にすると、再び門を通って仕事場に戻る。この繰り返しだ。


 運搬役と護衛役は一人ずつ交代で地上に出るから、気分転換することができる。

 一方の採掘役は、ただひたすら掘り続けるので重労働だが、山口不動産の方針で小まめに休憩を挟むようにしている。報酬が高いのも理由の一つだろうが、不平不満が出ないのは俺としても居心地が良くて助かる。


 さて、運搬役のメンバーを俺が護衛する番が来たが、道中で特に問題事が起きることもなく、無事に済ませることができた。実にあっさりしているが、これで一巡目が終了だ。後は仕事が終わるまで、同じことを繰り返すだけだ。


「――ストップ、ちょっと足を止めましょう」


 問題が発生したのは、三巡目の時だった。

 鉱物を積んだリュックを背に、運搬役が俺の後をついてくる。その足を止めさせると、俺は耳をすました。


「ねえ、どうしたの? ……まさか、魔物?」

「そうみたいですね」


 僅かに呼吸音が聞こえる。周囲に漂う魔素を震わせ、こちらへと伝わってくる。気配からして、人間ではないのは確かだ。


 いつ襲い掛かろうか。どうやって殺してやろうか。どんな魔物か定かではないが、ダンジョンの物陰に潜み、そんなことを考えているのかもしれない。


「ど、どうするの? 貴方護衛だけど、戦える……よね?」

「大丈夫ですよ」


 きっと、不安なのだろう。

 それもそのはず、俺はヘルプで入った実力不明の護衛役だ。どうせ魔物と遭遇するのなら、山口不動産所属のクランメンバーと一緒に居る時の方がよかったに違いない。俺が貴方でもそう思うよ。


 だからせめて、不安を解消できるようにと軽口を言う。


「相手は一体だけですし、睨みを利かせれば逃げていくと思います」

「に、睨み? ……って、え?」


 言葉の意味が分からないのだろう。運搬役を背に隠したまま、俺は気配のする方へと目を向けると、右手を伸ばして人差し指を立てる。

 すると恐れを成したのか、そこにあったはずの気配は遠くへと離れていった。


「……さあ、行きましょうか」

「え? もう終わり? 魔物は……」

「逃げました」


 結局、この日はそれ以降、魔物に遭遇することは一度もなかった。


 三度目の護衛を済ませたところで採掘業務が終了し、山口さんを先頭にクランメンバー全員が地上へと戻った。


「いやはや今日は助かった! 途中で魔物が出たって聞いた時は驚いたが、ガンを飛ばして追い払ったらしいじゃないか? 護衛が足りなくなったらまた依頼するから、その時はよろしく頼むよ!」

「こちらこそです。おかげで今月の家賃が払えます」


 ガンは飛ばしていないが、訂正するのも面倒なので何も言うまい。


 握手を交わした後、現地解散となったので、山口不動産の面々を見送る。そして周りに誰も居なくなったのを確認し、山口さんから手渡された封筒の中を覗いてみる。


「一、二、三枚! よし!」


 本日の報酬、三万円!

 拘束時間は大体三時間で、怪我もなく終えることができた。


 ありがとう、山口不動産! ありがとう、山口さん!

 これで今月は家賃を滞納せずに済みそうです!


「……ん?」


 さて、一ヶ月分の家賃も稼いだことだし、さっさと帰るか。

 そう思って踵を返そうとすると、肩がぶつかる。擦れ違い様に当たってしまったようだ。


「っ」

「すみません、大丈夫ですか?」


 ぶつかった拍子に、その子は尻餅を突いた。転んだ拍子にスカートが捲れてしまったのか、太ももの大部分が露になっている。これは不味い。目のやり場に困る。


 挙動不審に目を泳がせながらも慌てて声を掛け、手を出し出す。


「……」


 だが、その女の子は俺の手を取らずに無言で立ち上がり、スカートを手で叩いて汚れを落とすと、目も合わさずに離れていく。近所の学校にでも通っているのだろうか、彼女は制服を着ていた。


 しかしまあ、随分と無愛想な子だな……って、まさか!


「一人で潜るのか……?」


 彼女の行く先にあるのは、赤の門だ。他に連れ添う探索者は何処にも見当たらないので、ソロで潜るつもりらしい。そして職員さんが何も言わないってことはつまり、探索者ランクが百位以内……で間違いない。


 頭を掻き、肩を竦め、彼女が門を通過するのを見送る。

 赤の門は、既に終わったダンジョンとして有名で、ランカーが足を運ぶことは滅多に無い。たまには気分転換でも……って感じで来たのだろうか。


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 ランク圏外の俺には関わり合いのないことだ。


 今日は三万円も稼ぐことができた。ヒガコ荘の家賃を支払っても手元に五千円も残る。最高じゃないか。

 その五千円で何をする?

 そうだな、家賃滞納回避記念ってことで、パーッと一人でお祝いでもしてみるか。


「……いや、違う。違うぞ。ダメだ。お祝いするのは後回しだ」


 パーティーなんてどうでもいい。

 さっきのアレを脳裏に焼き付けたまま家路に着こう。

 それがいい。それが最優先だ。


「思い出せ、焼き付けろ、絶対に忘れるな……!」


 近距離から直に見れたのは幸運だったし、眼福でしかない。

 アレは正しく、今日一日を頑張った俺への最高のご褒美だ。


 この感激が薄れる前にペンを持て。原稿用紙と向き合え。そして絵にするのだ。

 彼女を、あの姿を、あの太も……。


 我ながら思う。

 俺は立派な変態だと。


 でも自重はしない。妄想だけだから誰にも迷惑はかけていないはずだ。

 まあ尤も、その妄想をエロ漫画へと昇華しているわけだが、細かいことは気にするな。


「……太もも、最高だったなぁ」


 家路に着くまでの二分間、鼻の下が伸びたままだったのは言うまでもない。


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