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第21話

 華奢な篠原に、いるかをイメージしたシルバーグレーは良く似合っていた。彼は用意されていた姿見の前に立ち、銀色のリボンタイを整えている。

「ジャケットが無いほうが動きやすいなぁ、小道具入れとかなきゃいけないけど」

「同感……パイプハンガーを大道具に借りて、掛けておいて最後だけ羽織るとか?」

 三喜雄も途中で、縄跳びをする振りがある。シャツだけのほうが楽なのでそう提案すると、篠原は、それいいね、と笑顔になった。

 三喜雄が、辻井から借りた黒いアスコットタイを手にもたもたしているのを見て、篠原はさらさらした髪を揺らしながら三喜雄の傍にやってくる。

「プレーンノットで結ぶんだろ? 普通のネクタイと一緒じゃん」

 彼の言う通りなのだが、幅の広いタイが綺麗に結べないのだ。

「すみません、ちょっと不器用です……」

 三喜雄が言う間に、篠原は長い指でするっとタイを整えてくれた。彼は器用に、タイに柔らかい膨らみを持たせる。それがくじらっぽくて良い。ありがと、と三喜雄は相棒に礼を言った。

 篠原はついでのように、三喜雄の頭に手を伸ばしてくる。

「実はずっと思ってたんだけど……前髪分けたほうがよくない? もっとちゃんとしたコンサートなら、オールバックもいいかもよ」

 長い指を手櫛にして、篠原は三喜雄の前髪に軽く触る。ヘアスタイルに無頓着な三喜雄は為すがままだったが、彼が満足そうな表情になったので、きっと良くなったのだろうと思った。

 楽譜と筆記用具と水を手にイベントホールに戻ると、入り口でリハーサルを見学していた女性職員たちが2人を見て、あら素敵、と口を揃えた。

「何だかほら、同性カップルの結婚式のモデルさんみたい」

「ほんとほんと、さすがこれからプロになって舞台に立つ人たちねぇ、華があるわ」

 三喜雄はいろいろな意味でちょっとどきっとしたが、素直に嬉しく思い、ありがとうございます、と笑顔で応じた。篠原はらしくなく、やや恥ずかし気に視線を下に落としている。

「何照れてんの」

 三喜雄の小声の突っ込みに、篠原はだって、と唇を尖らせる。

「同性カップルの結婚式って……」

 え、そこに反応してるのかよ。

 篠原のぼそぼそとした答えに、不覚にも三喜雄まで照れそうになってしまった。それをごまかすために、三喜雄が肩で篠原の二の腕を軽く押すと、彼も肩をぶつけてきた。笑いがこみ上げる。2人で小学生のような小競り合いをしながら、イベントホールに入った。

 ハンドベルのリハーサルは終わってしまっていた。全く聴けなかったのが三喜雄は残念だったが、中学生たちはベルをてきぱきとケースに片づけ、赤いケープを水色や白いマントに替えた。頭にお手製の海の生きものの面をかぶると、辻井の指示でいろいろな場所に散り始める。サンゴと海藻らしい2人の女の子は、舞台の上手の隅ぎりぎりに丸椅子を置き、腰を下ろした。

「わ、舞台の上に乗ってくるの?」

 思わずといったように篠原が言うと、牧野がやってきて説明した。

「ここに2人、あと8人は客席のあいだに紛れ込んでもらいます……みんなには基本的に楽しんで観てと言ってるんだけど、あなたたちの歌に合わせて、たまにちょこっと動くかも……余裕があったら反応してあげて」

「えーっ! そんなことゲネプロで言います?」

 篠原は困惑気味だったが、三喜雄は面白いと思った。

「俺たちがずっと反応したらお客さんが歌に集中できないから、基本歌ってない時に……」

 三喜雄が一応楽譜を開いてチェックすると、篠原が苦笑した。

「片山くんはアドリブ演出強いな、オペラやれよ」

「それとこれとは別だって……牧野先生、あれをお借りして、ピアノの傍に俺たちのジャケット掛けとくのは変ですか? シャツのほうが動きやすいって話してて」

 牧野は三喜雄が指さした、部屋の隅のパイプハンガーを見て軽く頷いた。

「いいんじゃないかな、今回大道具全然無いものね」

 職員は、こんなものでいいのかと言いたそうだったが、すぐにそれを舞台上に持ってきてくれた。

 三喜雄は自分の考えた段取りを、辻井も併せて3人に説明する。

「213小節目でいるかとくじらが握手してから、くじらは捌ける前に着ます……いるかはPiu mosso になってからゆっくり着て紙とペンを出しても、歌の入りに十分間に合うんじゃないかと思います」

 ピアノの横のハンガーにぶら下がったシルバーと黒のジャケットは、見栄え的にも悪くない。辻井は異議を口にせず、音楽の尺が合うかどうか試してみるよう指示した。


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