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第18話 友達 1

私には友達がいない

貴族令嬢たちとは、話をしたくなかった

いつだって、令嬢たちといると、私もいつか、どこかに嫁ぐ運命なのを感じて、嫌だったから

だから私は騎士になりたいと言った

皆が冗談だと思った

父も、私が騎士になりたいと言ったのを冗談だと初め思った


私は自分の未来を思って、どこぞの男に嫁ぐことを思って、怖くて怖くて、自分を鍛えた

そんな中、自分の魔力『身体強化魔法』に目覚めた

私は、この魔力に賭けた

私は『身体強化』を日常生活でも途切れないように鍛えて鍛えて、そして、16歳でとうとう、騎士見習いにしてもらえた

そこからは夢中で、皆に認めてもらおうと、がんばった

誰よりも先に戦い

誰よりも多く敵を倒し

そして、私は、認めてもらえた

副団長の一人にまでしてもらえた

自分でも剣を振るうしか能のない女だという自覚はあった

でもそれでよかった

騎士でいる間はいずれどこかに嫁ぐ未来を忘れていられる

騎士でいさえすれば

私は私の未来から目をそらし続けた

23歳まで、ずっと

もしかしたらこのままずっと、嫁がなくても済むかもしれない

ずっと、このまま、ここに

弟のそばに

アーネストのそばにいられるかもしれない

そんなことを思っていた

そうなれたらいいと心から願った

でも、アーネストに、婚約の打診が隣国から来た

お父様は乗り気だった

アーネストも、私よりずっとはるかにしっかりしていて、だから、きっと


ちょうどそのころ、あの男から私に婚姻の申し出があった

あのおぞましい男から

あの男は人望があり、父に不満のある貴族たちが旗印にして謀反を起こす可能性もあった

私は、役に立ちたかった

父の、弟の

それに小さいころから私を姪のようにかわいがってくれた伯父さまなら、そう思った

それならきっと、私に、男女の関係を求めないでくれるかもしれない

そう思った

バカだった

本当にバカだった


・・・

あれから、あの男の一族は、小さな子供も含めて皆殺された

私は、生きている

卑怯だと思う、自分でも

私一人生き残って

冤罪さえ晴らせないで皆から憎まれて蔑まれて

でも、こうして、アーネストの・・・ご主人様のそばにいると、

生きたくなる

生きていたくなる

ご主人様のそばに、ずっと、居たい、今度こそ、ずっと

姉でも王女でも騎士でもない、私はもう奴隷だけど

でも、あの方のそばにずっと、居たい

私は、あの方のそばに、居たいんだ、どうしても





「ここいいかな?アリシアちゃん」

食堂で私に話しかけてきた人はシズさん

シズさんは、お年は30代、平民の方だけれど、家政婦としての腕を買われて最近王宮に雇われた方

私が嫁ぐ前にはいなかった方

「はい、どうぞ・・・私にわざわざ言う必要なんかありませんよ」

「あはは、アリシアちゃんとご飯食べたいのに、アリシアちゃんにいいって言ってもらわないわけにはいかないでしょう」

そう言ってシズさんは笑う

「あんまり食べないね?もっと食べよ?アリシアちゃん」

「はい・・・」

この後、午後からたぶん、ご主人様に呼ばれる

そして、多分お菓子をいただく

そう思うと、あまりお昼は、と

「アリシアちゃん、いいことあった?」

「え?」

「何かにこにこしてるから」

「・・・」

顔に出てたんだ

「何?真っ赤になって?もしかして好きな人でも」

「そんなんじゃありません」

私はきっぱり否定する

相手は、私のご主人様とはいえ、私の、私の弟だ

ご主人様に会えるのはうれしい

でも、恋人とは違う

私はずっとご主人様のことが好きで、ずっとそばにいたくて、でもそれはあの子がずっと小さいころからのことで、

だから、これは、姉としてご主人様のことを思うのは奴隷の私には本当は許されないことだけど、でも、これは家族愛だ

男女の愛じゃない

「ご、ごめんね、ごめんねアリシアちゃん・・・」

シズさんがしゅんとしてしまった

「いえ、こちらこそ、ただ、あの、この後、午後は、ご主人様にたぶん、呼ばれると思うんです

それが嬉しくて、私」

「ああ!そっか、そうだった」

「・・・はい」

「毎日毎日会ってるのに、そんなに嬉しい?」

「はい、嬉しいです」

ああ

こうして嬉しいことを嬉しいと言える、聞いてくれる人がいるのはなんて幸せなんだろう

「そう、良かった」

シズさんは目を細めてそう言う

シズさんは、私に声を掛けてくれる、いつも

私のせいで迷惑をかけてないだろうか、そう私は不安になる

そのことをシズさんに言ったことがある

でも、シズさんはそんなの全然平気だと言う

『それよりあたしは、アリシアちゃんと友達になりたいからね』

そう言ってくれた

でも迷惑だろう、そう思う、それでも、こうして私に話しかけてくれて、

こうして話を聞いてもらえるのが、私は本当にうれしい

「ありがとうございます、シズさん」

「うん?なにが?」

「話を聞いてくださって」

「そんなの、こっちこそありがとうだよ、アリシアちゃん」

そう言ってシズさんはまた笑う

私も、笑う


さあ、ご飯を食べたら洗濯物を干さないと

午前中は雨が降って干せなかったから

ご主人様が私をお呼びになる前に、終わらせないと





シーツを干す

いっぱいあって、終わらない

でも、雨が上がってこうして洗濯物を干せるのは、楽しい

私は一枚一枚シーツを干していった

丁寧に、丁寧に


「副団長」


私を、呼ぶ声がした

ここには私しかいない

私を呼んだのだ、今の声は

『副団長』と、懐かしい呼び名で


振り返ると、そこには、騎士だった時の同僚たちがいた


私は、嬉しかった

私を副団長と呼んでくれる

今も


私は、歩み寄ろうとして、止まった


同僚たちは、男たちは、笑っていた


ぞっとする、笑みで


おぞましい、笑みで


「どうしました副団長?」


にやにやと男たちが笑う


4人


私を囲もうとしている



私は、逃げた


すぐ後ろから、男たちが私を追いかける声がした、笑いながら、男たちは私を追ってきた


私は全力で走る、ぬかるみに足を取られながら


でも男たちは、簡単に私に追いつく


私は必死ですり抜ける


男たちも私をわざと、逃がす


助けを求めようと思っても、声が出ない


声が


ただ目の前の男たちに捕まらないように


それしか考えられない


それしか


怖い


まさか、騎士を怖いと思う日が来るなんて


騎士を怖いと思う私は、二度と騎士に戻れない


二度と戻れない


涙がまた流れる


怖い


助けを呼ばないと


ご主人様、と大声で叫べれば

ダメ

ご主人様に迷惑をかけちゃいけない

迷惑にをかけちゃいけない


逃げないと


ご主人様、助けて

ダメだってば、自分でなんとかしないと


ほらまた余計なこと考えてるから、今軽く手首をつかまれた


わざと私を逃がして、ほら、あんなに笑って


私は、遊ばれていた


男たちは、私を囲んでは、逃がし、私は、逃げられる方へ方へと逃げるしかなかった


ああ、誘導されている



どこに?


ああ、森の中


あそこはいや


あそこに入ったらきっとつかまる


でも


でも他に逃げ道がない


捕まったら結局は森の中に連れ込まれる


だったら、捕まる前に森の中に入れば、まだ、なんとかなるかも



男たちの楽しそうな声がすぐ背中に来ている


私を追いこんで楽しんでいる声



私は、それでも、逃げるしかできない


にげきれるわけない


でも


他にはどうしようもない


ご主人様

助けて

助けて

ご主人様



そう心で思いながら私は森に入った


森の中はもっとぬかるんでいた


それでも走る


できるだけ早く


できるだけ遠くへ



足が、何かにひっかかった


そう思った


とっさに両腕を前に突き出した


大きな水たまりがあって、私はそこに、転んだ


顔も服も、泥水にまみれた


私は、泣いた、後先考えず、涙が溢れた



足音と、笑い声がすぐ後ろに来てやっと、泣いている場合じゃないことを思い出した



「副団長、どうして逃げるんです?

同じ騎士団の仲間じゃないですか」


笑いながら、男たちの一人が言う


「私はもう、騎士じゃありません」


「ええ、奴隷になったそうですね」


男たちは笑う、楽しそうに


「・・・」


「反逆者で、奴隷、ねえ副団長、俺たちと遊んでくださいよ」


「・・・嫌、です」


「嫌?は、ははははは」


男たちは笑う


「そんなこと言わないで、俺たちと遊びましょうよ、副団長」


「やめて、やめてください」


「ほら」


手首をつかまれた


「ひっ」


悲鳴を上げて私は逃げる


私の手首をつかんだ男はぱっと私の手首を離す


私は背を向けて地面に手をついて立ち上がろうとする


男たちが私の足首をつかんで引っ張る


「やめてやめてお願い」


「はははは、そんな嫌がらないでくださいよ副団長

仲間じゃないですか」


「仲間ならやめて、私を仲間だと思うならやめて、お願い」


まだ仲間だと思ってくれるなら、もしかしたら


すっと、私の足首をつかむ手が緩んだ


「仲間?」


「仲間・・・私たち、戦友でしょう?」


じっと、男たちが私を見る


睨んでいる


「あ、ははははははは、仲間、戦友、これはいいや」


男たちが笑う


笑い続ける


私は男たちがそれでも考えなおす可能性を思った


私にはそれしかできなかった

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