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第25話

「荒れそうだな……」

 空を見上げマジョルカがぽつりとつぶやく。

 格闘大会の本選は外の会場で行われるのだが、さっきまで晴れていた天気が嘘のように大きく黒い雲が出てきていた。

「エイミは残念だったわね」

「すみませんシルキーさん。相手が強かったので勝てませんでした」

『グルル……』

 アップルエイプが肩を落とす。

「にしてもまさかマコトの奴が来ているなんてね」

「本選ではわたしと当たるからとっちめてやるさ。ついでにマコト本人も隙を見て捕まえてやる」

 下手に刺激するとマコトが暴走しかねないということでとりあえずマコトについては様子を見ることになった。

「それに比べてあんたの相手はスライムなんでしょ。楽勝じゃない」

 シルキーは俺に向き直る。

「あのなぁ、予選を勝ち残ったスライムなんだぞ。楽勝なわけないだろ」

『フシュー……貴様、我が負けると言いたいのか?』

 次元竜が鋭い目つきで俺を見下ろしてきた。

「そうは言ってないけどさ」

『フシュー……ならば黙ってみていろ。スライムなんぞひねり殺してやる』

「いや、殺すなよ」

 相手モンスターを殺したら失格なんだからな。

 その時だった。

「まもなくキンシャザ格闘大会の本選を始めたいと思います! 出場するモンスターとそのマスターの方たちはリングに上がってください!」

 男性の声でアナウンスが聞こえてくる。

「じゃああたしとエイミは応援席から見てるから。必ず優勝するのよ」

「頑張ってくださいね。あ、これリンゴよかったら食べますか?」

「ああ、ありがとうエイミ。よし行こうかハイドラゴン」

「クウカイさんもどうぞ」

 エイミがリンゴを渡してくるがそれってもしかしてアップルエイプが口から吐き出したやつじゃないだろうな。

「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ次元竜も行くぞ」

『フシュー……我に命令するな』

「はいはい」

 シルキーとエイミに見送られ、俺たちは試合が行われるリングへと向かって歩きだした。


 リング上には司会者の男性と俺とカティアス、マジョルカとマコト、さらにはそれぞれのモンスターたちが居並んでいる。

 四方から大勢の観客に見られているこの状況は、長い間ひきニートだった俺にとっては地獄以外の何物でもない。

 さっさと紹介とやらを済ませてリングから下りたいところだが。

「まずはこちらの男性からお話を伺っていきましょう。お名前はなんですか?」

「……ク、クウカイです」

 緊張で声帯が縮こまってしまう。上手く喋れない。

「クウカイさんのモンスターはなんでしょう? わたくし見たことがありませんが……」

「あ、えーっと次元竜です」

「次元竜? どこで仲間にしたのですか?」

「あー、えっと……」

 まいったな。司会者の男性がぐいぐい質問してくる。

 合成とか不死の体のことは話すと面倒なだけだし……。

「どうかしましたか? クウカイさん」

 マイクを俺に向けてくる。

 俺が困っていると、

「秘密ってことでええんとちゃいますか、司会者さん」

 マコトが割って入ってきた。

「男性は多くを語らん方が魅力的ですえ」

 司会者の男性の胸をつーっと指でなぞるマコト。

「は、はぁ。そうですね。では続いてカティアスさんに参りましょうか……」

 司会者の男性はカティアスの方に歩を進めた。

 マコトは俺をみつめてにっこりと微笑むと元いた場所に戻っていく。

 どういうつもりかはわからないがマコトに助けられる形となった。

 四人とそのモンスターの紹介が終わると、

「優勝したモンスターのマスターにはこちらの黄金の聖杯にどんな望みでも一つだけ願う権利が与えられます!」

 黄金の聖杯を掲げた美女がリングに上がってきた。

 思っていたよりもずっと小さくこじんまりとしているそれは、一見ただの杯のように見えるが、カティアスとマコトは目を輝かせている。

「どうですか? カティアスさん。自信のほどは?」

「そうだね。私は去年は決勝で惜しくも金の流星群のサラに負けちゃったからね、今回は気合いが入っているよ」

「悪いですけどカティアスはん。今年はうちがいるからあんさんの優勝はないですえ」

「ふふーん。だったら決勝で会えるといいね」

「いい加減早く始めろっ」

「待ちくたびれたぞ!」

「こっちは試合を見に来たのよっ!」

 観客席から声が上がった。

「えー、お客さんも待ちわびているようなのでいよいよ本選開始と参りましょうか! では第一試合の出場モンスターである次元竜とスライムだけリングに残って他の皆さんはリングから下りてください!」

「勝てるよな、次元竜」

『フシュー……愚問だ』

「スライム、予選とは違って手加減しなくてもいいからね」

『プギー!』

 それぞれのモンスターに声をかけると俺とカティアスもリングを下りる。

「それでは第一試合始めっ!」

 試合開始の合図の声が会場にこだました。


 試合開始早々、次元竜めがけてスライムが炎を吐いた。

「なんだあいつ!? スライムのくせに炎を吐いたぞっ」

「レベルが99になったスライムは灼熱の炎が吐けるようになるらしい。わたしも噂でしか聞いたことがなかったが、まさか本当だったとはな」

 とマジョルカが言う。

 次元竜はまともに炎を浴びてしまった。

「大丈夫かっ、次元竜」

『フシュー……た、大したことはない』

 そうは言うがふらついてるじゃないか。

 おそらく今のでだいぶダメージを受けてしまったようだ。

「へー、すごいね。私のスライムの炎をくらっても立ってるよ。スライムっ、遠慮はいらないから今度こそ全力でやっちゃえっ」

 カティアスの檄が飛ぶ。

『フシュー……て、手加減していたというのか、こ、この雑魚どもめ』

 次元竜はスライムが炎を吐いてくるのに合わせて瞬間移動した。

 空高く移動すると地上を見下ろす。

『フシュー……我に傷をつけおって……ころ、殺してやるっ』

 重低音の声が響いた。

 あれ?

 あいつ、もしかしてキレてるのか……?

「おい、次元竜! 殺すんじゃないぞ、わかってるのか!」 

『フシュー……塵も残さん』

 そして次元竜はリングに向かって口を開いた。

 殺してしまったらたとえ勝っても願いもくそもない。

「やべっ! おい待てって、こらっ……!」

 俺はリングに駆け上がり上空を見上げているスライムを場外へぽーんと蹴飛ばした。

『フシュー……』

「やめろ次元竜っ! 冷静になれっ! 俺だよ、俺っ!」

 必死に声をかける俺。

 だが――。

『異次元砲っ!』

 その瞬間、目の前が真っ白になり俺は灰と化した。


『げっ! ここで何してるのねっ!? っていうかなんで結界の中に入ってこれてるのねっ!?』

目を開けると、そこは狭い茶室のような場所だった。

そして見覚えのある舌っ足らずな幼女。

『なんでおまいがここにいるのかって訊いてるのねっ』

「お前、俺を異世界に飛ばしたガキじゃねぇか」

『あたちは女神なのねっ、ガキじゃないのねっ』

小さな足で畳をどすどす踏みつける幼女。

「女神? んなことよりここはどこなんだよ?」

『ここはあたちのプライベートルームなのねっ、おまいが勝手に入ってきていい場所じゃないのねっ』

俺は周りを見回した。

「ここって俺がお前に飛ばされた世界とは別の世界か?」

『お前って言うななのねっ』

足をばたつかせる。

「じゃあなんて言えばいいんだよ」

『女神様と呼ぶのね』

幼女は『えっへん』と小さな胸を張る。

話が先に進まないから……仕方ないか。

「……女神様、ここはどこなんだ?」

『神界なのね。おまいはなんでここにいるのね?』

「よくわからんが次元竜の異次元砲をくらったらここにいたんだよ」

『ジゲンリュウ? イジゲンホウ? おまいは何を言ってるのね』

幼女は首をぐりんとひねる。

「まあいいや、それより俺の体を元に戻してくれよ女神様」

俺は早く死んで楽になりたいのだから。

『だったら戻してももう死のうとしないのね?』

「ああ」

すると幼女が目を細めた。

『……おまいは嘘ついてるのね』

「いやあ、嘘なんかついてないって……」

『あたちはおまいの心が読めるのね。女神を甘く見るななのね』

「……マジ?」

とその時だった。

俺の体が緑色に光った。

「うおっ、なんだこれ!?」

体をはたくが光は消えない。それどころかますます強くなっていく。

「てめぇ、ガキ。何かしやがったな、こらっ」

『あたちは何もしてないのね。これはどういうことなのね?』

手を広げ首をかしげる幼女。

俺は光に包まれて体が浮かび上がった。

「おいどうにかしろっ、女神なんだろっ」

『女神にもわからないことくらいあるのね』

そう言うと口をとがらせながらお茶をずずずっと口に含む。

「何落ち着いてんだよ、くそ女神っ。どうにか――」

そこまで言って俺は空中に放り出された。

雲の合間を抜け落下していく。

下を見るとだんだんと地面が近付いてくる恐怖。

「高い高い、うわぁぁー!」

どすーん。

「……うぅ、ぐっ」

あの高さから落ちても生きてるってことは、不死身のままか……。

「わあ、クウカイさんです。ちゃんと戻ってきましたよっ」

エイミの声が降ってきた。

頭を押さえながら顔を上げると、そこにはエイミとマジョルカとシルキーの顔がある。

「え……どうなってるんだ一体?」

何がなんだかわけがわからない。

「マジョルカさんが優勝したんですよっ」

とエイミ。

「正確にはハイドラゴンが優勝したんだけどな」

マジョルカが付け足す。

「あ~あ、もったいない。よりによってクウカイを呼び戻すために黄金の聖杯を使うなんて」

とシルキーが口を膨らませながら言った。

「クウカイさん、どこに行ってたんですか? 心配したんですよ」

「エイミが行方不明になったクウカイをここに呼び戻したいって言うからわたしがそう願ったんだよ」

「黄金の聖杯を使ったのか?」

それでまたこの世界に来たってことは、黄金の聖杯の力は本物だったってことか……。

「黄金の聖杯は今どこにあるんだっ?」

それがあれば俺の不死の体は元に戻せる。

「いや、それがなあ……」

いつになく言いよどむマジョルカ。

エイミとシルキーも顔を見合わせる。

「なんだよ?」

「実はお前をここに戻してくれって願ったら壊れちまったんだ」

「え、壊れた?」

「ああ」

司会者の男性を指差して、

「あの人が言うには願いがでかすぎたんじゃないかってさ」

マジョルカが言う。

「じゃあ、俺の体は……?」

「当分そのままってことになりそうだな」

「すみません、クウカイさん」

「あ~あ、もったいない」

「そんな……」

俺はマジョルカたちとモンスターたちに囲まれながら天を仰いだ。

「……く、くそ女神、どうにかしてくれ~!!」

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