「あれがカムラの町ですね」
「へー、賑やかそうな町ね」
辺りは夜だが町の明かりが街道まで届いてきている。
歩き通しでくたくたな俺は、すぐにでも宿屋をみつけてベッドに横になりたいところだったが、
「まだ時間も早いし酒場にでも繰り出すか」
酒好きなマジョルカがそう提案する。
「賛成~」
「私お腹がすいたので何か食べたいです」
シルキーとエイミはこれに賛同した。
「俺は先に宿屋に行っててもいいか?」
「なんだクウカイ、一緒に行かないのか?」
マジョルカは俺に向き直る。
「酒場ならいろんな話が聞けるかもしれないぞ」
「そうよ。あんたのためでもあるのよ」
とシルキー。
俺のためだとは思えないが。
「クウカイさんはお腹すいてないんですか?」
「いや、すいてるけど……」
「じゃあ一緒に行きましょうよ」
エイミは俺の腕を揺すった。
なんでエイミたちは俺と同じだけ歩いているのに疲れてないのだろう。
シルキーはともかくエイミとマジョルカは同じ魔物使いのはずなのに。
「……わかったよ」
結局俺は酒場に同行することにした。
四十二年間彼女無しだった男というのは、女性の頼みをむやみやたらには断れないのだ。
『吾輩の主ながら情けない』
「黙ってろ」
俺はハピネスキングを一瞥するとマジョルカたちについていく。
カムラの町の酒場は人で混雑していた。
かなり広い店内が狭く感じる。
「こっちにビールを四杯頼む。それとつまみを適当に持ってきてくれっ」
マジョルカが店員に声をかけた。
「はーい。ただいまっ」
「すごい混んでますね~」
きょろきょろ周りを見ながらエイミが口を開く。
「ここには大陸中から旅人が集まってくるからな」
「にしてもうざいわね。酔っ払いどもばっかりじゃない」
お前もすぐその一員になるだろうが。
店員が「お待たせしましたっ」とビールジョッキをテーブルに置いていく。
「じゃあ、乾杯するか」
「は~い」
俺たちがジョッキを手にすると、
「よお姉ちゃんたち、オレたちと一緒に飲もうぜ!」
斧を背負った大男がエイミの肩を抱いてきた。
「あ、あの、やめてくださいっ」
「いいじゃねぇかよ!」
酔っ払っているせいなのか、それとももともとなのか声がでかい。
「おい、わたしの仲間に気安く触れるな」
マジョルカが冷たい目線を大男に向ける。
「なんだ、そっちの姉ちゃんはえらく威勢がいいじゃねぇか!」
大男は背中の斧に手をかけた。
「オレは緑の蟷螂軍のガンツだ、知らないとは言わせねぇぜ!」
「残念だが知らん名だ」
「むさい男はお呼びじゃないのよ」
マジョルカは手乗りライガーに目配せし、シルキーは腰に差した短剣を掴む。
一触即発。
かと思ったその時だった。
さっきまでざわついていた店内が急に静まり返った。
なんだ?
俺は店内を見渡した。
すると客たちの視線は入り口付近の集団に集まっていた。
銀色の鎧を着た男たちがぞろぞろと店内に入ってくる。
「……銀の旅団だぞ……」
「……しっ、声を出すな……」
そして斧に手をかけているガンツの姿を見るやその集団の先頭にいた爽やかな風貌の男がこっちに近付いてきた。
「お嬢さん方、何かお困りごとですか?」
うやうやしく手を差し出す男。
「なんだてめぇ! 優男は引っ込んでろ!」
「この者に絡まれているのですね」
「てめぇには関係ねぇぶしっ……!?」
銀色の鎧を纏った男はガンツの顔面に裏拳を食らわせた。
ガンツは後ろに吹っ飛びテーブルを破壊して倒れる。
「あなたはマジョルカさんですね。僕は銀の旅団のリーダー、キリートです。以後お見知りおきを」
「いらぬ世話だったが、一応礼は言っておくよ。ありがとう」
「では僕たちはこれで」
きびすを返し去っていく集団。
と、
「あれ? お前クウカイじゃねぇか?」
聞き覚えのある声がした。
「おい、おれだよ。ベンザだっ」
集団の後方に紛れていたベンザが顔を見せる。
「おお、ベンザか」
「やっぱりクウカイだ。いやー、あの後どうなったか心配してたんだが……上手くやってるみたいじゃねぇか。ええ?」
ベンザは俺のテーブルを見回してから俺の肩を叩いた。
「どうしました? ベンザさん」
キリートが振り返る。
「あっ、すんません。知り合いがいたもんで……」
「そうですか。こっちはいいですからベンザさんは今日はここで結構ですよ」
「え、いいんすか?」
「ええ、どうぞ」
笑顔で返すとキリートを先頭に集団は店を出ていった。
集団を見送ってからベンザは向き直る。
「クウカイ久しぶりだな。今まで何してた?」
キリートたちがいなくなったからか、店内はまた騒がしくなった。
隣のテーブルから椅子を一つ引き寄せるとそこに腰を下ろすベンザ。
「こいつら仲間か? お前の女ってわけじゃねぇよな」
「ちょっとクウカイ、何こいつ?」
シルキーは見るからに不機嫌そうだ。
マジョルカとエイミも揃って俺を見てくる。
「あ、えーと。こいつはベンザっていって銀の旅団のメンバーだ。前にいろいろと助けてもらったんだ。命の恩人でもある」
「おっす。よろしくな」
ベンザは手をひらひらさせた。
「えっと、それでこっちは俺の仲間のエイミとシルキーとマジョルカだ。俺は今黄昏の赤ってクランに入ってるんだ」
「黄昏の赤? わりぃ、聞いたことねぇや」
「ベンザって名前も初耳だけどね」
とシルキーが口を挟む。
「なあクウカイ。こいつはお前のモンスターか?」
ベンザはハピネスキングを指差した。
「ああ、そうだ」
「マジかよ。おれといた時はスライムしか仲間にしてなかったのにこんな強そうなモンスターを仲間にしたのか」
『吾輩を強そうだと言ってくれるとは。なかなか見る目のある御人だ』
「うおっ!? なんだこいつ喋ったぞっ」
ベンザはぎょっとする。
「あー、説明が難しいんだが俺のモンスターはちょっと変わってるんだよ」
「変わってるったって……変わりすぎだろ」
「気にするなよ」
合成うんぬんの話をするとややこしそうだ。
話題を変えたいとこだが……。
「銀の旅団ってことはベンザさんはレベル100以上なんですよね? すごいです~」
ナイス。エイミ。
「確かベンザのレベルは102だったよな」
「いやいや、クウカイと別れてからレベルがだいぶ上がったんだぜ。今のおれはレベル129だ、すごいだろ?」
この短期間でベンザはまた強くなったようだ。
「ふん、別に129なんて大したことないじゃん。マジョルカは209レベルよ」
自分の手柄のように言うシルキー。
「209!? あんた209レベルなのか?」
「まあ、そうだが」
「待てよ、そういやマジョルカって名前聞いたことあるな……あんたもしかして四柱のマジョルカか?」
四柱のマジョルカ?
「なんだそれ?」
「おれが銀の旅団に入る前の話だが、最上級モンスター四体を操る凄腕の魔物使いを勧誘したことがあるらしいんだ。そいつの名前が――」
「四柱のマジョルカ?」
「そうだ」
「ふっ、昔の話だ」
一笑に付すマジョルカ。
「わたしは酒を飲みに来たんだ。昔話がしたいならよそでやってくれ」
マジョルカはビールを一気に飲み干すとおかわりを頼む。
「そうよ。っていうかあんたいつまでいるつもりなの? 図々しいわね」
ベンザをにらみつけるシルキー。
もう結構酔いが回っているのか?
「おっ。水入らずのところ邪魔して悪かったな」
ベンザは立ち上がった。
「お前が生きてるのが確認出来てよかったぜ。また会おうぜクウカイっ」
「ああ」
「じゃあな」
ベンザはキザったらしく手を振り上げ去っていく。
「あいつ、お前が不死だということは知らないらしいな」
「話すタイミングがなくてな」
「教えなくてもいいんですか? 恩人さんなんですよね」
「いいわよあんな奴」
「いいさ。お前たちが知ってれば充分だ」
異世界から来たことも含めて不死の体のことは出来れば内緒にしておきたい。
妙なことに巻き込まれたくないからな。
「にしてもなんだったの? 銀の旅団の奴ら」
「なんかあの人たちが来たらお店の雰囲気がぴりっとしましたよね」
「銀の旅団は自警団みたいなこともやっているらしいからな。まあ、わたしはそういう堅苦しいのが嫌だったからオファーを丁重に断ったんだが」
ビール片手に語る。
「まあそんなことはどうでもいいさ。それより今日は飲み明かすぞっ」
「「おー!」」
声を上げるとマジョルカたちは再度ジョッキを打ち鳴らした。
酒場からマジョルカたちより一足早く宿屋に向かった俺は、千鳥足のままベッドに横になった。
「はぁ~、眠い……」
疲れと酔いから強い眠気が襲ってくる。
「風呂は、明日でいいか……」
また立ち上がるのも面倒だ。
俺は目をつぶるとそのまま眠りに落ちた。
翌朝。
……頭がガンガンする。
昨夜、慣れない酒を飲みすぎたせいだ。
俺は顔を洗おうとベッドから下りた。
頭を押さえながらふらつく足取りで洗面所を目指す。
と、
「うおっ!?」
何かにつまづいて転びそうになった。
なんだ……?
寝ぼけまなこで足元を確認すると床には男が倒れている。
「……誰だ?」
角度を変えて再度覗き込むと見覚えのある顔だった。
「こいつは確か……」
昨夜酒場でエイミにちょっかいを出してきた奴だ。
「ガンツっていったっけ……」
なんで俺の部屋にいるんだ?
まいったな。どうするか……。
なぜ俺の部屋の床で寝ているのか知らないが、こんなところにいられちゃ迷惑だ。
だが昨日のことを考えるとむやみに起こしたら俺が絡まれそうだ。
悩んだ結果、俺は隣のベッドで寝ていたハピネスキングをまず起こすことにした。
こいつがいれば最悪喧嘩になってもなんとかなるだろう。
「おい、ハピネスキング。起きてくれ」
『……ん……主よ。もう朝かな』
「ああ。早く起きろ」
なぜ主の俺がモンスターを起こしてやらなきゃいけないんだ。普通逆だろ。
そんなことを思いつつハピネスキングを急かす。
「こいつを起こしてやってくれないか」
『おや、この者は確か昨日の……』
「ああ、そうだ。よくわからんが起きたらここで寝てたんだよ」
『ふむ……』
ハピネスキングはしゃがみ込むとガンツの首に手を押し当てた。
『主よ、この者は寝ているのではない』
「え?」
すっと立ち上がり、ハピネスキングは俺の目を見て言う。
『この者は、ずばり死んでいる』