「こいつらがわたしの仲間のシルキーとエイミとクウカイだ。それにモンスターたちもいるぞ」
二つの墓に向かって話しかけるマジョルカ。
「あの……マジョルカさんのご両親て亡くなられてるんですか?」
エイミが訊きづらそうに声を出す。
「ああ、わたしがまだ小さい頃にな」
「そうだったんですか。すみません」
「何を謝ることがあるんだ、エイミ。わたしは生まれてから今までずっと幸せだぞ」
俺とはまったく正反対の考えを持つマジョルカ。
「小さい頃は町のみんながよくしてくれたし、今はお前たちがいるからな」
「マジョルカさん……」
「ちょっとどきなさいよマジョルカ」
「なんだ?」
シルキーが墓の前に立つ。
「せっかくここまで来たんだからあんたの親に挨拶くらいはしていくわ」
そう言うとシルキーは飲み水を取り出し、墓の上からちょろちょろと垂らした。
「あたしはシルキー、マジョルカの仲間よ。マジョルカは元気でやってるから心配しなくてもいいわよ。あたしがいるから当分そっちにはマジョルカはいかないと思うけどそれまでは夫婦仲良くね」
「シルキー……」
「シルキーさん……」
「な、何よ? みんな変な顔して」
「いや、お前結構いいところもあるんだな」
「はぁ? 何それ、意味わかんないんだけどっ。それよりあたし宿屋に行ってるからね」
「ここに泊まればいいだろ」
とマジョルカ。
「こんなボロっちい家泊まれないわっ」
シルキーは悪態をついて行ってしまった。
「シルキーさん、顔赤くなってましたね……あ、私も挨拶させてもらってもいいですか?」
「ああ。親父たちも喜ぶよ」
その後俺もマジョルカの両親の墓に挨拶を済ませた。
何を言っていいかわからず悩んだ末、「お世話になっています」とだけ言っておいた。
「さて、お前たちはどうする? 宿屋に行くか? ここに泊まっても全然構わないが」
「是非ここに泊まりたいです」
「そうか。クウカイはどうする?」
「そうだなぁ……」
正直マジョルカの家はかなりボロいのだが、マジョルカは泊まってほしそうな顔をしている。
「ついでだから泊まっていくよ」
「そうか、だったら早速晩ご飯の用意をするかな。わたしの手料理を食べさせてやるって約束したもんな」
「わあ、楽しみです~」
「食材を買ってくるから二人は適当にくつろいでいてくれ」
「ああ、わかった」
マジョルカは買い出しに出かけていった。
「ここがマジョルカさんが小さい頃住んでいたおうちなんですね~」
エイミが家の中を見て回る。
俺は頭の上に乗っていたラッキースライムを下ろすと、ボロボロの畳の上に横になった。
その途端、大量の埃が舞う。
「ごほっ! うわっ……」
『こら、何しているっ。俺様に埃がかかったではないかっ』
「大丈夫ですか? クウカイさん、ラッキースライムさん」
「いや、駄目だ。こりゃ掃除しないとくつろぐどころじゃないぞ」
目と鼻と口にゴミが入ってしまった。
「じゃあお掃除しましょうか」
「やれやれ……客に掃除させるなよな、マジョルカの奴」
『まったくだ』
「まあまあ」
俺とエイミは箒と雑巾を使いマジョルカの家の掃除をすることにした。
エイミのモンスターのアップルエイプとモスクイーンも手伝ってくれた。
手が使えないスライムたちと体が小さすぎるベビークイーンは、邪魔にならないよう隅っこに移動してもらった。
「あれ、なんだ? 掃除してくれてるのか?」
三十分ほどして食材を買いこみ、帰ってきたマジョルカが口を開く。
「埃まみれで座る場所もなかったんだよ」
「そっか、すまんすまん。あとはわたしがやるからいいぞ」
「あっこっちは大丈夫ですから、マジョルカさんはお料理していてください」
「ん、いいのか? エイミ、クウカイも」
よくはないがマジョルカの家は汚すぎるから仕方がない。
自分の家もろくに掃除しなかったのに、俺はマジョルカの家をエイミと一緒に徹底的に掃除した。
その甲斐あって、日が傾く頃には見違えるほどきれいになった。
「疲れた……」
「そうですね~……」
掃除してきれいにしたばかりの畳の上に寝そべる俺とエイミ。
『ウホッ……』
アップルエイプもエイミの隣に横になった。
すると他のモンスターたちもぞろぞろと畳の上に上がってくる。
『貴様らよくやった。ほめてやる』
ラッキースライムがぴょんと俺のお腹の上に乗った。
「えへへ、ありがとうございます。ラッキースライムさん」
「エイミ、こいつにお礼を言うことなんてないぞ。こいつはなんにもしてないんだからな」
ラッキースライムは途中途中偉そうに口を出していただけだ。
こいつにはカジノで稼がせてもらった恩があるが、態度がむかつくからそろそろ合成素材にしてやるか。
『シュー』
ベビークイーンが申し訳なさそうに俺を見る。
「お前はいいんだよ、小さいんだから。気にするな」
体長一センチほどのベビークイーンの頭を撫でてやった。
ラッキースライムに比べてこいつはいい奴みたいだ。
だがいかんせん小さすぎて戦闘では役に立ちそうにはないが。
「晩ご飯出来たぞ……ってすごいきれいになったな!」
マジョルカが台所から姿を現した。
「ありがとうなみんな、疲れただろ。エイミも汗かいたんじゃないか。晩ご飯の前に風呂でも入るか?」
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだ。すぐ用意してやる」
「じゃあお言葉に甘えて……あっクウカイさんも入りますか?」
エイミは俺に顔を向けた。
「いや、俺はいいよ」
「そうですか。じゃあ私ちょっとお風呂に行ってきますね」
そう言って着替えを持ってマジョルカの後についていくエイミ。
しばらくするとカコーンと風呂場から風呂桶の反響する音が聞こえてきた。
俺は大掃除の疲れもあって、その心地いい音をBGMにして眠ってしまった。
「おお、起きたかクウカイ」
マジョルカが振り向いて言う。
「……今、何時だ?」
「夜の十時だよ」
「エイミは?」
「晩ご飯食べて今は隣の部屋で寝てるさ」
と、
ぎゅるるる~。
俺の腹の虫が鳴る。
「ふっ、晩ご飯にするか?」
「ああ。マジョルカはもう食べたんだよな?」
「エイミと一緒に食べたよ。お前も起こそうかと思ったんだが気持ちよさそうに寝ていたからそのままにしておいたんだ」
マジョルカの手料理は炊き込みご飯と野菜の煮物だった。
ずいぶん渋い料理だが、四十二歳の俺の舌にはばっちり合った。
晩ご飯を食べ終えると風呂に入る。
満腹になった俺はうとうとして浴槽で溺れそうになった。
風呂を出ると、
「どうかしたか? 風呂場から妙な声が聞こえたが」
「いや、なんでもない」
人ん家の風呂場で溺れて死にそうになったなんて言う必要はない。
俺はマジョルカが用意してくれていた布団に入った。
マジョルカは明かりを消すとエイミの部屋へと入っていく。
……静かだ。
今は夜の十一時くらいか。
元の世界にいた頃はテレビやらパソコンやらゲームやらで夜十一時に寝るなんて考えられなかったが、今はそれが当たり前の生活になっていた。
「おやすみ……」
俺は大小様々なモンスターに囲まれながら目を閉じた。
翌朝、マジョルカの両親の墓に「行ってきます」と伝えて家を出ると、宿屋から出てきたシルキーとともに俺たちはオージョレの町をあとにした。
「マジョルカさん、お料理上手でしたよ」
「ほんと? 信じられないわ」
エイミとシルキーが話している。
「シルキーさんもマジョルカさんのおうちに泊まれば食べられたのに……」
「嫌よ、あんないつ崩れるかわかんないボロい家。あたしは宿屋で正解だったわ」
「マジョルカさん。今日の晩ご飯マジョルカさんが作ってくださいよ。シルキーさんに食べさせてあげましょう」
「断る。昨日は特別に作ってやっただけだからな。それより次はカムラの町に向かうぞ。ここからならキンシャザよりカムラの方が近いからな」
とマジョルカが言う。
「そこにはクウカイさんの体を治せそうな人がいるんですか?」
「さあな。それはわからないが大きな町だから何かしら情報が聞けるかもしれないぞ」
最近俺の体を治すことがおざなりになっている気がするのは気のせいだろうか。
こんな行き当たりばったりで本当に治せるのか?
「あたしカムラの町って一度行ってみたかったのよね。あの有名な銀の旅団の本拠地なんでしょ」
「ああ、うちとは違ってかなり大所帯なクランだそうだ」
「なあ、銀の旅団ってそんな有名なのか?」
俺は訊いてみた。
「クウカイさんは異世界から来たから知らないんですね。銀の旅団はレベル100以上ないと入れない精鋭揃いのクランなんですよ」
「レベル100以上か……だったらマジョルカなら入れるんじゃないか?」
マジョルカのレベルは200以上あったはずだ。
「わたしか? わたしは銀の旅団なんかに興味はないよ。昔一度オファーはあったが団体行動が苦手だからな、断ったんだ」
「ええ!? そうだったんですか?」
「もったいないことするわねー。銀の旅団てスポンサーがついてるから働かなくても報酬が入ってくるらしいじゃない。あたしなら喜んで引き受けるわ」
お前はレベル100もないからオファーなんて来るわけないがな。
カムラに向かう道中、襲ってきたホーンクロコダイルとやらに俺のモンスターでは手も足も出なかった。
運のよさだけしか取り柄のないラッキースライムと極端に小さいベビークイーンではやはり話にならない。
そこで俺はこの二体を合成することにした。
同じクランの者が倒した経験値は分配されるので、マジョルカたちに戦闘は任せて二体のレベルが10になるまで待った。
そして、
【ラッキースライム レベル10とベビークイーン レベル10を合成しますか? はい いいえ】
の文字。
俺は迷わず【はい】を押す。
すると、二体が光に包まれて重なり合う。
強い光が辺りを覆って……。
誕生したのは、全身うろこのような鎧を纏った人型のモンスターだった。
【ハピネスキング ランクO 特技 ヒール みね打ち 呪い 火の玉】
【覚えられる特技は四つまでです。瞬間移動を覚えさせたい場合はどれか一つ消してください】
「なあ、マジョルカ。瞬間移動ってどんな特技だ?」
「知らん。初めて聞く技だ」
マジョルカも知らない特技か……。
まあ多分、瞬間的に移動する技なんだろうが。
一応覚えさせておくか。
呪いを消してっと……。
【ハピネスキング ランクO 特技 ヒール みね打ち 瞬間移動 火の玉】
「ランクOのモンスターか、順調に進んでいるな。これならランクZのモンスターも時間の問題だな」
「それはいいけど俺の体の方も頼むぞ」
「それならあの町で訊けばいいさ」
マジョルカが指を差す方向には大きな町が見えていた。