陽気さと残忍さを併せ持つ魔物使いのマコトにまんまと逃げられてから六日後、俺たちはエスターの町に着いた。
ここにはマジョルカの知り合いの呪術師がいるという。
「へー、荒野の真ん中にあるわりには賑わってるじゃない」
シルキーが首をきょろきょろ動かす。
「この辺りには他に町がないからな。旅人が集まるのさ」
「マジョルカさん、あの行列はなんですか?」
エイミが訊ねた。
見ると、ある建物の前に長い列が出来ていた。
並んでいる人の中には若い女性が多い。
「あれは占いの館だよ。さあ、わたしたちも並ぼうか」
「おい、待てよマジョルカ。俺たちは呪術師とやらに会いに来たんだろ。悪いが占いにはまったく興味ないぞ」
俺は占いは信じないタチなんだ。
「その呪術師のばあさんが占いの館をやってるんだよ。呪術だけじゃ食っていけないんだそうだ。ほら、早く並ばないと日が暮れるぞ」
そう言うとマジョルカは行列の最後尾に向かっていった。
「呪術師さんが占いをやってるんですね。なんか面白そうです」
「エイミって占い好きなの?」
「はい。私も占ってもらいたいです」
マジョルカの後を追うエイミ。
「占いなんてお金の無駄よ。そう思うでしょ、クウカイ」
「まあ、そうだな」
シルキーと同じ意見なのは不本意だが占いなんてお金と時間の無駄だ。
「でもその呪術師に会うためなら仕方ないか」
「マジョルカの知り合いなら顔パスでいいじゃないの。もうっ……」
シルキーはぶつぶつ文句を言っていたが俺と一緒に行列に向かって歩いた。
一時間半が経ち、ようやく俺たちの順番が回ってきた。
暗幕をくぐり抜け中に入る。
「邪魔するよ」
「おや、マジョルカじゃないか!」
「元気だったか、グランばあさん」
抱き合う二人。
「あんたまた大きくなったんじゃないかい?」
「そんなことないさ。グランばあさんが縮んだんだろ」
「よく言うよこの子ったら」
おばあさんは嬉しそうにマジョルカと話している。
「何年ぶりだろうね、マジョルカと会うのは。ゆっくりしていけるんだろ、今日はうちに泊まるといい」
「そうしたいが仲間次第かな」
マジョルカは目線を俺たちに向けた。
「おや、あんたのお仲間かい。モンスターまで大勢連れて、どうしたってんだい?」
「実はこのクウカイのことでグランばあさんに相談があるんだ」
マジョルカが俺をおばあさんの前に引っ張り出す。
すると俺を見たおばあさんはぎょっとして、
「なんじゃお主の体はっ……!?」
と俺の腕に掴みかかってきた。ちょっと怖い。
目をひん剥き、俺を見上げるおばあさん。
「一体何者じゃ、お主は……」
「なんなのおばあさん?」
「クウカイさんがどうかしたんですか?」
シルキーとエイミが俺が訊こうと思ったことを訊いてくれた。
「この者の体には沢山の死がつきまとっておる……どういうことじゃ。なぜお主は生きておるんじゃ……?」
「グランばあさん、このクウカイは不死の体なんだ。だからそれを元に戻す方法を探している。何か知ってたら教えてくれないか」
「不死の体じゃと!?」
「え、ええ。まあ」
ぐっと顔を近寄せてくるおばあさんの圧に俺は後ろにのけぞりそうになる。
「う~む、不死か……よもやお主の体は呪われておるのかもしれんぞ」
「呪い?」
「そうじゃ。何者かに呪いをかけられた覚えはないかの?」
うーん。心当たりがあるとすれば風呂場に現れた幼女くらいだが。
「……あるようなないような、ちょっと、よくわかりません」
「もしお主の体に呪いがかけられているとしたら治す方法はある」
「本当ですかっ? おばあさん」
「へー、よかったじゃないクウカイ」
「あ、ああ」
「あるにはあるが……あまりお勧めはせん」
「なんでなのよ。治せるんでしょ、だったらパッパッと治しちゃってちょうだい。クウカイの不死の体を治す旅に付き合うのも面倒なんだから」
シルキーは口をとがらせる。
「グランばあさん。もしかしてその方法ってあの洞窟のことか?」
「そうじゃ」
「そんな……グランばあさんの力では無理なのか?」
「こんな体は見たことがないからの。はっきり言ってわしには無理じゃ」
「お二人ともなんのお話をされているんですか?」
エイミが二人の顔を見比べた。
「……この町のずっと南に行ったところにどんな呪いでも解くことが出来ると言われている洞窟があるのじゃ」
「何よそれ最高じゃないの。じゃあさっさとそこ行ってきなさいよ、クウカイ」
「いや、やめた方がいい」
マジョルカが割って入る。
「その洞窟に入って生きて帰った者はいないんだ。クウカイ、お前の体が本当に呪われたものだとは限らない。その洞窟に行ってもお前の体が元に戻る保証なんてないんだ」
「そうじゃ。むざむざ死にに行くようなものじゃ」
「でもクウカイは死なないじゃない」
「う、それはそうだが……」
シルキーの一言にマジョルカもおばあさんも黙ってしまった。
「そうだなぁ、とりあえずその洞窟に行ってみてもいいかな? 入るかどうかはそれから決めるから」
せっかくここまで来たんだから手ぶらで帰るのももったいない。
その洞窟を一目見るだけは見てみたい。
「そうか? お前がそう言うなら行くだけ行ってみるか……解呪の洞窟に」
マジョルカの案内のもと、俺たちは解呪の洞窟の前に到着した。
「ここが解呪の洞窟……」
入り口はなんてことない普通の洞窟のそれだが、よく見ると洞窟の入り口の両端には花束が置かれている。
もしかして入っていって帰ってこなかった人への手向けの花だろうか。
「一度に入れるのは二人までだ。三人以上で入っても解呪の効果はないらしい」
マジョルカが言う。
「やっぱりやめた方がいいんじゃないですか? クウカイさん。別の方法を探しましょうよ」
「うーん……」
中がどうなっているのかは無性に気になる。
俺は死なない体だからトラップくらいなんてことないし、もしこの体が元に戻るのなら多少の危険は顧みない覚悟だ。
「もしどうしても入るというのならシルキーと一緒に行くといい」
「ちょっと何言ってるのよ、マジョルカっ」
「盗賊のシルキーが一緒ならなんとかなるかもしれないからな」
「嫌よっ。あたしはまだ死にたくないんだからねっ」
「ふんっ」と腕を組み顔をそむける。
「しかしわたしやエイミが行ったところで助けにはならないだろうしな……」
その時だ。
普段は自発的には喋らないキラークイーンが口を開いた。
『……わ、わたしが一緒に行きます』
「キラークイーン……」
『……ク、クウカイ様のことはわたしがお守りします』
「お、おう。ありがとう」
いつになく気合いが入っている。
こうして俺はキラークイーンと解呪の洞窟に入ることにしたのだが、俺が解呪の洞窟に足を踏み入れようとした時、それまでずっと俺の頭の上にいたラッキースライムがシルキーの頭に飛び移った。
「あっ、ちょっとなんなのよこいつっ」
『ふっ、俺様は人間のオスと心中するつもりはないからな』
「かっこ悪いこと言ってないで下りなさいよ、こらっ」
シルキーがラッキースライムを掴もうとするが滑ってなかなか掴めない。
「……じゃあ行ってくる」
「クウカイさん、気を付けてくださいね」
「必ず戻って来いよ、クウカイ」
ラッキースライムと格闘しているシルキーをよそに、俺とキラークイーンは改めて解呪の洞窟に足を踏み入れたのだった。
解呪の洞窟の壁面には光るコケのようなものが生えていて中は意外と明るかった。
「なあ、なんで俺についてきてくれたんだ?」
普段は三歩後ろだが、今は俺の隣を歩くキラークイーンに話しかける。
『……ク、クウカイ様のお役に立ちたかったので』
「役にならもう充分立ってるぞ」
『……い、いえ、まだまだです。わ、わたしのような者をおそばに置いてくださってくれていることに感謝してもし足りません』
キラークイーンは真面目な顔で答えた。
そんなに自分のことを卑下しなくてもいいのにな。
まあ、未だに自殺を考えている俺が言えた義理じゃないが。
「それにしても何もないのな」
『……そ、そうですね』
トラップの一つや二つは覚悟していたから正直拍子抜けだ。
一度入ったら生きて帰った者はいないという話だったが眉唾かもしれない。
洞窟内に二人の歩く足音だけが響く。
と、
「あれ? 行き止まりだ……」
洞窟の奥までやってきた俺たちだったが、目の前には小さな泉があるだけで他には何も見当たらない。
「なんだ? これで終わりか?」
『……さ、さあ。どうなんでしょう』
十分近く歩いてきたが何もせず引き返すのか?
どうなれば呪いが解けたことになるんだろう。
おばあさんにもっと詳しく訊いておけばよかったな。
『……い、泉の水を飲むとか、ですかね?』
キラークイーンが俺の顔色を見ながら言ってくる。
「いやあ、さすがにその勇気はないな」
何が入っているかもわからない水なんてたとえ不死身でも怖くて飲めない。飲みたくもない。
同じ理由で泉に浸かるのもパスだな。
「でもせっかくここまで来たんだし手くらい洗っていくか」
日本人的な考えで、手を洗えばなんとなくだが身が清められそうな気がする。
「お前もついでだからどうだ?」
『……そ、そうですね。では……』
ちゃぷちゃぷ。
二人して洞窟の奥で手を洗う。
なんともシュールな光景だが、他にやることがないのだからしょうがない。
……。
「……戻るか」
『……は、はい』
これ以上いても何も起こりそうにないので、立ち上がりきびすを返した。
まさにその時だった。
ザバッ!
泉の中から何かが飛び出る音がした。
俺とキラークイーンは同時に振り向く。
「……っ!?」
『……っ!?』
一瞬だった。
カバのように大きく口を開けた半透明のスライムによって、俺とキラークイーンは逃げる間もなく丸飲みにされた。
「ごぼっ……!」
『ごぼっ……!』
半透明のスライムの体の中に閉じ込められてしまった俺とキラークイーンは、必死にスライムの体から出ようともがく。
だが俺は経験上自分の力ではどうしようもないことは分かっていた。
頼みの綱は一緒に飲み込まれてしまったキラークイーンだけだ。
俺は攻撃の手と息を止めながらキラークイーンを見やる。
キラークイーンはスライムの体を内部から破裂させようと何度もパンチを繰り出していた。
しかし――。
くそっ……駄目か……?
キラークイーンの激しい猛攻も半透明のスライムにはまるで効いていないようだった。
スライムは外部からの攻撃じゃないと倒せないのかもしれない。
そんな……またかよっ……。
俺にとてつもない絶望感が襲ってきた。
俺は死んだ瞬間生き返ることが出来るが、生き返ってもそこはまだスライムの体の中。
生き返ったそばからまたすぐに溺死してしまう。
そんな死のループがこのスライムが死ぬまで半永久的に続くのだ。
そしてもちろんピンチなのは俺だけではなくキラークイーンもだった。
息を止めながらの連続攻撃でさすがにキラークイーンもばててきていた。
助けを期待することも出来ないこの状況。
このままではキラークイーンは死に、俺は死を繰り返すことになる。
そんな時だった。
キラークイーンは攻撃の手を止めた。
そして俺を真正面にとらえると目を細め、口をゆっくり動かした。
『……』
……何っ!?
やめろ、キラークイーン! 早まるなっ!
「がぼぁろっ……!」
俺は読唇術など習ったことはないが、それでもキラークイーンの口の動きから何を言おうとしているのかはっきりと分かった。
キラークイーンはこう言っていた。
『さ、よ、う、な、ら』
と。
みるみるうちにキラークイーンの全身は赤く発光し、そして次の瞬間、キラークイーンは自ら爆発した。