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第12話

 ウェゴの町に無事到着した俺たちは、下船すると早速、マジョルカの知り合いの物知りのおじいさんとやらに会いに行くことにした。

「船酔いは治まりましたか?」

 エイミが気にかけてくれる。

「ああ、もう平気だ。ありがとう」

「それならよかったです」

「こればっかりは体質だから仕方がないさ。気にするな」

 マジョルカが俺の肩に手を置いた。

「エイミもマジョルカもクウカイに甘くない? 男なんだからこれくらいのことで根を上げないでほしいわ、まったく」

 ことあるごとに男という言葉を持ち出すシルキー。

 本当にこいつは男を毛嫌いしているようだ。

「それでそのおじいさんはどこにいるのよ」

「マゼフじいさんは変わり者だからな、この町には住んでいないんだ」

「ちょっとマジョルカ、話が違うじゃないのっ。ウェゴの町にいるって言ったのはあんたでしょ」

「まあ待て、シルキー。マゼフじいさんはこの町の地下にいるんだよ」

「地下!?」

 俺たちはマジョルカに連れられ町の井戸の前まで来ると、

「ここからマゼフじいさんのところに行く」

 そう言ってマジョルカは井戸に足をかけた。

「えっ、ここ井戸ですよね? 井戸の中に住んでいるんですか?」

「まあ入ってみればわかるさ。いいからわたしの後についてこい」

 サイズ的に大きすぎて井戸に入れなかったダイヤタートルとハイドラゴンを地上に残して、俺たちは井戸を順番に下りていく。

 井戸の中は水が一切なく、現在は使われてはいないようだった。

 横道があってそこを奥に進んでいくと広い空間に出た。

「わ~、家がありますよっ」

 エイミが声を上げる。

 声が反響して聞こえた。

 そこにはエイミの言う通り一軒の家が建っていた。

「趣味悪いわねー。こんなところに家を建てるなんてどういう神経してるのかしら」

「じいさんのくせに地獄耳だから聞こえるかもしれないぞ」

 マジョルカはシルキーに一声かけた後、

「おーい、マゼフじいさん! わたしだ、マジョルカだ!」

 大声を上げた。

 井戸の内部に声が響く。

 すると、

「おお! なんじゃ、マジョルカちゃんじゃないか!」

 窓が開き白いあごひげを生やしサングラスをかけたおじいさんが顔をのぞかせた。

 年の割にファンキーな恰好をしている。

「今日はまた大所帯じゃのう。若いおなごが沢山おるわい。ひゃっひゃっひゃっ」

「マゼフじいさん、相談があって仲間を連れてきたんだ。家に上がってもいいか」

「もちろんじゃとも。若いおなごは大歓迎じゃよ、ひゃっひゃっひゃっ」

「よし、行くとしよう」

「ねぇマジョルカ、あのおじいさん大丈夫なの? なんか怪しいんだけど……」

 シルキーが小声で話す。

「変わり者だと言ったろ。なぁに、とって食われたりはしないから安心しろ」

「そうかしら……変な事したら殺してやるんだから」

 腰の短剣に手を添えるシルキー。

「行きましょうシルキーさん。クウカイさんも早く」

「え、ええ」

「ああ」

 俺とシルキーはエイミに促されマジョルカの後をついて家に入った。

「こっちの小さいのがエイミで生意気そうなのがシルキー。男の方がクウカイだ」

「ひゃっひゃっひゃっ、そうかいそうかい。エイミちゃんとシルキーちゃんじゃな。二人とも可愛いのう」

 俺には目もくれずおじいさんはエイミとシルキーを足の先から頭のてっぺんまで見回す。

 シルキーではないが大丈夫か、この人?

「相談があるのはクウカイなんだが」

「なんじゃ、男か……」

 つまらなそうに俺から目を背ける。

「クウカイ、マゼフじいさんに話してみろ」

「あ、ああ……。初めまして、俺の本当の名前は馬場空海といいます……」

 俺は自分の身に起こったことをおじいさんに話して聞かせた。


「……というわけなんです。だからこの死なない体をなんとかしてもらえないでしょうか?」

「ほー、そうかいそうかい」

 退屈そうに聞いていたおじいさんはマジョルカに顔を向ける。

「こやつ頭は大丈夫か?」

「クウカイは正気だ。わたしもこいつがグレーグリズリーに殺されてすぐ生き返るところを見ているしな」

「ふ~む……だとしたらわしは力にはなれんのう。あいにく不死の体を持った人間の話など聞いたことがないからの」

「そうか、マゼフじいさんでも無理か。邪魔したな」

「あーこりゃ、待て待てっ」

 マジョルカが立ち上がろうとするとおじいさんが引き留めた。

「最近の若いもんは堪え性がないからいかん。最後まで聞かんかい。お主合成とやらが出来るんじゃったな?」

「はい、そうですけど……」

「じゃったら合成でランクK以上のアンデッドモンスターを作るとええ。そうすりゃモンスターから不死の体について何か有用な情報が聞けるかもしれんじゃろ」

 とおじいさんは言う。

「アンデッドモンスターか……考えたことなかったな」

「それいい考えかもしれないですよ、ね、クウカイさん」

「まあそうだな」

「へー、おじいさん伊達に年とってないわね」

「余計なお世話じゃ」

 ランクK以上の人語を話せるアンデッドモンスターを作る……か。

 期待薄な気もするが何もしないよりはましかもな。

「この町の北にある沼地には夜になるとアンデッドモンスターがわんさか出よるから、そこで合成元のモンスターを仲間にするとええわい」

「わかりました」

「その間マジョルカちゃんとエイミちゃんはここで待ってればええ。美味しいケーキがあるからのう、ひゃっひゃっひゃっ」

「なんでマジョルカとエイミだけなのよっ。あたしは駄目なわけっ」

 シルキーがおじいさんに詰め寄る。

「わし、口汚い娘はあまり好みじゃないわい」

「なっ!? あ、あたしだってあんたみたいな干物じじいタイプじゃないわよ!」

「ほれ、口が悪いじゃろう。可愛いのに残念じゃ」

「うっさいわよっ。クウカイ、こんなじじい放っといて行くわよっ」

 シルキーは俺の首根っこを掴むと引っ張り上げた。

「こら、わかったから放せって……」

 女のくせに力が強い。

 そういえばこいつはレベル77の盗賊だったな。

 パラメータが上がらない魔物使いの俺に比べると、圧倒的に身体能力は高いってわけだ。

 俺はシルキーによって強引に家から連れ出されると、そのまま井戸を通ってウェゴの町に戻った。

「……ったく。おじいさん相手にムキになるなよな」

 服を整えながらシルキーに向かって言った。

「だってむかついたんだからしょうがないじゃん」

 口をとがらせるシルキー。

「あっ、おいどこ行くんだよ。アンデッドモンスター仲間にするの手伝ってくれるんじゃないのか?」

「そんなこと誰も言ってないでしょ。あたしは宿屋で休んでるから勝手にすれば」

 シルキーは振り返りもせず、すたすたと歩いていってしまった。

「一人でやるのか……」

『……い、一応わたしもいます』

 キラークイーンが控えめに手を上げる。

「ああ、そうだな。夜までまだ時間あるし町の中でも見て回るか?」

『……は、はい』

 井戸の前で行儀よく座っていたダイヤタートルとハイドラゴンはそのままにして、俺はキラークイーンとともにウェゴの町を散策することにした。


「レストランに行くか。お前生まれてからずっとカジュの実ばかり食べてただろ」

 三歩後ろを歩くキラークイーンに振り返って言う。

『……わ、わたしカジュの実好きですから』

「そんなこと言ってもさすがにずっとカジュの実ばっかり食べさせてるのも気が引けるしさ、レストランに行こう」

『……は、はい。ありがとうございます』

 キラークイーンは丁寧に頭を下げた。

 こいつはいい奴だが自己主張をまったくしない。

モンスターなんだからもっとわがまま言ってくれても構わないのだが。

 レストランで昼ご飯を済ませると、俺たちは武器屋に足を運んだ。

 魔物使いである俺は武器を装備してしまうとモンスターを仲間に出来なくなってしまうので武器屋に縁はないのだが、暇つぶしには最適の場所だった。

 宝飾品のついた高そうな剣や細長い刀身の刀、俺の背丈ほどもある大剣などがずらりと並んでいる様は見ていて飽きない。

 続いて防具屋にも入った。

 何かめぼしい物があれば買おうと思っていたが、お金をレストランでほとんど使い切ってしまっていた俺になんとか手が届いたのは愚者のマントという妙なネーミングの赤いマントだけだった。

『……そ、それ、買うんですか?』

「似合ってないかな?」

『……い、いえ。似合っています』

 キラークイーンはそう答えたが、自分を出さないキラークイーンに今の質問は『似合っています』のカツアゲみたいなものだったな。

 正直死んでも生き返れる俺にとって防具など必要はない。

 しかし夜は多少肌寒くなるのでマントくらいはあってもいいかもしれない。

 俺は悩んだ挙句、残りの所持金で愚者のマントを購入した。

 早速その場で装備して店を出る。

 マントを装備しているというだけで強くなったような気がしてくるし、マントにくるまれば少なからず暖かい。

「買って正解だったな」

 半分自分に言い聞かすように言うと俺はウェゴの町のギルドに向かった。

『……ギ、ギルドに用ですか?』

「夜までまだ時間があるだろ。お金も使い切っちゃったし、もし簡単な依頼があれば引き受けようかと思ってさ」

『……す、すみません。わたしのためにレストランなんて行ったばっかりに』

「いいんだよ。俺がそうしたかったんだから」

 この性格なんとかならないかな。

モンスターに気を遣わせるのも遣うのも面倒だ。


「ギルドは初めてですかぁ?」

 受付の女性が舌っ足らずな口調で訊いてくる。

「えっと、この町では初めてです」

「ではこの用紙に名前と職業と所属クランを書いてくださぁい」

 言われるがまま俺は名前と職業とクランを書いていく。

「……黄昏の赤っと。はい、書けました」

「はぁい。それではお好きな依頼を選んでこちらにお持ちくださぁい」

 どうでもいいことだがギルドで働く女性はみんな喋り方に癖があるのはなんでだ。

 マニュアルでそう決まっているのか……?

 俺は受付の女性を尻目に適当な依頼を探した。

「これなんかどうだろうな」

『……い、いいと思います』

「こっちもいいんじゃないか」

『……そ、そうですね』

 さながらイエスマンのようになっているキラークイーンには相談しても無駄のようだ。

 俺は一つ星の依頼書を手に取るとカウンターに持っていった。

「これ、お願いします」

「はぁい。北の沼地付近で失くしてしまった勧誘の腕輪の捜索ですねぇ」

 どうせアンデッドモンスターを仲間にしに北の沼地に行くんだからちょうどいいだろ。

 沼地で失くした腕輪なんか放っておいて新しい物を買えばいいのにとも思うが俺としては一石二鳥の依頼なので引き受ける。

「報酬は金貨二枚ですぅ」

「わかりました。行ってきます」

 ギルドを出る俺とキラークイーン。

 報酬が金貨二枚ってことは勧誘の腕輪はそれより高いってことか?

 俺はそんな物をベンザからただでもらったのか……。

 あいつやっぱりいい奴だったんだな。

 俺は懐かしい顔を思い出していた。


 北の沼地までは意外と距離があり、着いた頃には辺りは薄暗くなっていた。

「さっさと勧誘の腕輪をみつけよう。夜になったら面倒だ」

『……は、はい』

 キラークイーンと北の沼地を手分けして歩いていると、前から包帯を全身に巻いた人がふらつきながらこっちに向かってきていた。

「あのう、大丈夫ですか?」

 俺は声をかけるも返事はない。

 沼地をぐちゃっ、ぐちゃっと一歩一歩進んでくる。

 あれ?

 もしかして……こいつモンスターか?

 気付いた時にはもう逃げられない距離まで迫っていて、俺は肩をがしっと掴まれ首をかみちぎられた。

 あっけなく死んだ俺はすぐに再生。

 そして死の淵からよみがえった俺が見たのはキラークイーンが包帯ぐるぐる巻きのモンスターを粉砕する姿だった。

『……だ、大丈夫ですか? クウカイ様』

「あ、ああ。一度死んだことを除けば何も問題ないよ」

 一瞬だったので痛みもほとんど感じることはなかったしな。

 モンスターがきらきらと消えていく。

『……す、すみません。とっさのことだったのでみね打ちではなく倒してしまいました』

「気にするな、今は腕輪探しに集中しよう。モンスターを仲間にするのは夜になってからでいいから」

『……は、はい』

 だがその後の腕輪探しは難航し、気付けば夜になっていた。

 今日のところは腕輪探しは諦めて明るくなったら再開すればいい。

「キラークイーン、腕輪はひとまず忘れてモンスターを仲間にするか。お前はみね打ちで相手を瀕死にしてくれ、俺がとどめを刺すから」

『……わ、わかりました』

 キラークイーンは神妙な面持ちでうなずいた。

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