「なんだお前は?」
エイミと抱擁を交わしていた背の高い男が振り返る。
と、
「あれ? 女……?」
髪の長さと体格から男だと思った背の高い人間は女だった。
「わたしが女だったらいけないのか?」
エイミから手を放し俺の目の前に来る女。
俺よりも背が高い。一メートル八十センチはありそうだ。
「い、いや、そういうつもりで言ったんじゃない。悪かった」
「ふん」
鋭い目つきで俺を見下ろす女。
ロシア人のモデルみたいにきれいだが、どことなく冷たい感じもする。
「あっ、クウカイさん。一人にしてすみませんでしたっ」
エイミが俺と女の間に入る。
「こちらがマジョルカさんです。そしてこちらはクウカイさんです、試験の途中で知り合いました」
お互いの紹介をしてくれた。
この女がマジョルカ……?
てっきりマジョルカって奴は男だと思っていた。
「あ、初めまして、よろしく」
俺は握手を求めるが、
「こいつらはお前のモンスターたちか?」
その手を無視して話し出すマジョルカ。
俺より年下だろうにお前呼ばわりしてくる。自分の童顔が憎い。
「ああ、そうだけど」
「お前もモスクイーンを仲間にしたんだな」
「まあ、ついでだったからな」
「ついでか……それでこっちのでかいスライムもどきはなんだ? 見たことないが」
クラウンを触りながらマジョルカが言う。
予想はしていたがやはりマジョルカでも見たことないのか。
「こいつはキラーハニークラウン。クラウンスライムとキラーハニービーを合成させたら出来たんだ。ちなみにクラウンスライムはスライム同士を合成させたものだ」
正直に話してみた。
この分だと合成のことも知らなさそうだが。
しかし、
「何っ!? 合成だとっ!?」
マジョルカの反応は俺の思っていたものとは違った。
明らかに動揺しているようだ。
そしてマジョルカはいきなり俺の胸ぐらを掴むと、
「嘘をつくなっ! そんなことがあるはずがない! あるはずないんだっ」
わなわなと手を震わせる。
「うぐ、く、苦しいっ……」
「お前は一体何者だっ!」
「ちょ、ちょっとマジョルカさんっ、クウカイさんから手を放してくださいっ」
エイミが止めに入ったことでマジョルカはなんとか落ち着きを取り戻した。
椅子に座ったマジョルカが頭を下げる
「……クウカイ、取り乱してすまなかった」
「まったく、なんだってんだよ」
いくら死なない体でも苦しいもんは苦しいんだからな。
俺は首元が伸びきってしまった服を整える。
「どうしたんですか? マジョルカさん」
「……魔物に命を捧げし者はその魔物同士を合成させることによってさらにその先の深淵を見ることが出来るだろう……魔物使いだったわたしの祖父が父に残した言葉だ。わたしは幼い頃よくその話を聞かされていてな、周りの者たちは祖父をバカにしていたがわたしは合成というものに興味がわいた。それからのわたしは魔物に関する古い文献など片っ端から読み漁ったよ……しかしいくら魔物使いとしてレベルを上げても、数多くのモンスターを仲間にしても、魔物同士の合成など出来なかったんだ」
マジョルカは俺に顔を向けた。
「魔物同士の合成なんてあるわけない、そう諦めていたのにお前が合成したなんて言うからつい我を忘れてしまった。本当にすまない」
「そうだったんですか」
とエイミが相槌を打つ。
「それでクウカイ、お前は本当に魔物同士の合成に成功したのか?」
「それは本当ですよ。私もこの目で見ましたから」
エイミが俺の代わりに答えた。
「そうか……祖父は嘘つきではなかったということだな」
魔物に命を捧げし者……か。
俺は合成の条件がなんとなくわかった気がした。
「なあマジョルカ、あんたに相談があるんだ」
「……聞こうじゃないか。まあとりあえずそこに座ってくれ」
俺とエイミは近くにあった椅子に腰を下ろした。
そこで初めて気付いたのだが、部屋の四隅にはそれぞれモンスターが将棋の駒のように配置されていた。
マジョルカも魔物使いらしいから彼女の仲間のモンスターだろうか。
「相談てのはなんだ?」
俺の方を向く。
「先に言っておくがこれから話すことは全部事実だからな。信じられないかもしれないが最後まで聞いてくれ」
前置きをしてから、
「……実は俺は別の世界から来たんだ」
俺はこれまでに自分の身に起こったことをつまびらかに話して聞かせた。
もちろん俺が四十二歳で無職、童貞を苦に自殺しようとしていたことは除いてだ。
「……別の世界に、死なない体……? 待ってくれ、じゃあお前はスライムやキラーハニービー、モスクイーンに殺されたが生き返ったというのか?」
「ああ、そうだ。そしてそれがおそらく合成が出来るようになる条件なんだと思う」
「う~ん、にわかには信じられないな」
「でも私もクウカイさんが生き返るところを見ましたよ」
エイミが助け舟を出してくれる。
「ふむ……それなら確かに祖父の話とも符合するが……」
「それでだ、博識で顔も広いっていうあんたに頼みなんだが。俺の体を元の普通の体に戻す方法を考えてもらえないだろうか」
「ん? お前は元の体に戻りたいのか? 不死の体を手放してまで」
「ああ」
俺はマジョルカの目を見て返す。
今のままじゃ好きな時に自分で死を選ぶことも出来ないからな。
「そうか。まあ考えは人それぞれだろうからな、理由までは訊く気はないよ」
「助かる」
「だが正直言って今のわたしには何も思いつかない。あらゆる分野に精通していたわたしの祖父が生きていれば紹介してやれたんだが残念ながらもういないしな」
「そんな~」
エイミが声をもらした。
「そこで提案がある。お前がさっき言ったようにわたしは顔が広い。この世界中に多くの知り合いがいる。だからそいつらを紹介してやってもいい」
「本当か?」
「ああ。だがわたしからも一つ頼みがある」
「なんだ? この体が元に戻るならなんだってするぞ」
さっさと普通の体に戻って今度こそ死んでやるんだ。
「ふふっ、なぁに簡単な頼みさ……お前も黄昏の赤に入ってくれ」
「お、俺がお前のクランに入る?」
「ああ、そうだ。わたしには夢があったんだ、いつかランクZのモンスターを見てみたいというな。その夢も諦めかけていたがお前がいれば叶うかもしれない」
マジョルカは続ける。
「わたしたちは世界を旅して回っているんだ。だからお前にも同行してもらう。その途中でわたしの知り合いたちに紹介してやるよ。運よくお前はモスクイーンを仲間にしてきたから試験はする必要がないしな」
「わぁ、それなら私も大歓迎です。クウカイさんとまた一緒に旅が出来るんですね」
エイミが嬉しそうに俺を見上げた。
その時だった。
「ちょっと待ってよ、副リーダーのあたしになんの相談もなく勝手に話を進めないでよねっ」
ドアが開き、シルキーが姿を見せた。
「なんだシルキー聞いていたのか?」
「ええ、ドアの向こうでばっちりとね」
「じゃあクウカイの素性についてもか?」
「もちろんよ。めちゃくちゃな話だったから危うく声が出そうになったわ」
とシルキーは答える。
シルキーにも俺の話は聞かれてたってわけか。
「それなら話は早いな。今日はここで休んで明日になったら早速旅に出よう」
「だからあたしに相談しなさいってばっ」
「なんだシルキー、クウカイを仲間にすることに反対なのか?」
「そうよっ。黄昏の赤は女だけのクランのはずでしょ、それなのに男を入れるなんてっ」
シルキーがマジョルカにくってかかるのを尻目に俺はエイミに小声で訊く。
「そうなのか?」
「はい。黄昏の赤は女性だけしかいません……というよりここにいるメンバーで全員です」
「え……エイミを入れても三人だけ?」
「そうです」
よくわからないがクランというのはもっと大きな組織だと思っていた。
それがたった三人だけだとは……。
「ここはなんなんだ? 宿屋なのか? それとも黄昏の赤の本拠地なのか?」
「宿屋兼本拠地ですよ。なんでもマジョルカさんの知り合いのおばあさんが経営している宿屋だとかで店番をする代わりにただで泊めてもらっているんだそうです。世界のあちこちにそういう知り合いがいるらしいですよ」
「へー、そうなのか」
「おーい二人とも、聞いてくれ」
マジョルカが手を叩いた。
シルキーと話の折り合いがついたのか、マジョルカが喋り出す。
「今日はここにみんなで泊まって明日朝一でウェゴの町を目指すぞ。ウェゴの町には百歳を超える物知りのじいさんがいるからな、クウカイのことを相談してみよう」
「おお、なんか悪いな」
「まったくだわ」
ぶすっとした顔をしてそっぽを向いているシルキー。
不承不承俺のクラン加入を納得したという感じだ。
「その代わり、お前にはばんばん合成をしてもらっていつかランクZのモンスターを拝ませてもらうからな」
「わかったよ」
と一応返事しておくが、そんな日が来る前に俺はこの世とはおさらばするつもりだ。
元の世界に戻るという意味ではなく、文字通りこの世からあの世へ行くという意味でな。
きっと旅をしていくうちにこの不死の体をどうにかする方法をみつけられるだろう。
いや、みつけてみせる。そして死んでみせる。