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第9話

「クウカイさんっ、どういうことですかっ! さっき体が真っ二つになりましたよねっ!」

 目に涙をにじませながら俺に詰め寄ってくるエイミ。

「なんで生きてるんですかっ!」

 このセリフだけ聞くとまるで生きていることを全否定されているようだが、もちろんそうではなく、エイミは俺を心配して言ってくれているということはよくわかる。

「いや、説明が非常に難しいんだが。なんて言えばいいのか……」

「説明してくださいっ」

「えっと、だから……俺はもともとこの世界の人間じゃなくて、変な幼女に死ねない体にされて飛ばされてきたっていうか……」

「変な幼女? 私本気で心配したんですよっ、ちゃんと真面目に話してくださいっ」

「話してるってば。俺はだな……」

 俺はこの後、時間をかけ丁寧に説明した。

 初めは納得いっていなかったエイミも俺が元いた世界のことを事細かに話して聞かせた甲斐あってなんとか信じてもらえたようだった。

「つまりクウカイさんの本当の名前は馬場空海さんでモンスターなんていない世界から来たんですね」

「ああ、そうだ」

 ちなみに俺が四十二歳で無職の童貞を苦に自殺しようとしたことは上手く伏せておいた。

 当然だろ。わざわざ自分の恥部をさらす趣味はない。

『オォン?』

 クラウンは理解していないっぽいがこいつはまあ別にいいだろう。

「それにしても死なない体だなんてどうなっているんですか?」

「それが俺にもよくわからないんだよ。死なないっていうか厳密に言うと死んでもすぐ生き返るらしいんだけど……」

「実際にこの目で見てなければ信じてないところですよ」

「ああ、それはよくわかるよ」

 俺だって「自分は異世界から来た不死身の人間なんだ」なんて突然告白されたらその人と距離を置こうと思ってしまうだろうからな。

「……クウカイさんは元の世界に帰りたいんですか?」

 上目遣いで訊いてくる。

「うーん、どうだろうな……」

 それは正直かなり答えに困る質問だなぁ……。

 元の世界に戻ったって俺を待っている人は誰もいないし、生きていく理由もない。

 かといってこのままずっとこの世界にいるというのもどうだろう。

「もし戻りたいのならやっぱりマジョルカさんに会ってみるべきだと思いますよ。マジョルカさんは博識で通ってますし、顔も広いはずですから」

「そうなのか。だったらこの不死身の体もなんとかしてくれるかもしれないな」

「え? 不死身の体が嫌なんですか?」

「ああ、もちろん」

 だって俺は死にたいのだから。

「もったいないですよ。不死身の体なんてみんな欲しがるはずですよ」

「そんないいもんじゃないぞ。中途半端に生き返るし……」

 刃物に対しては耐性でもあるのか、俺は完全に元通り生き返ることが出来たわけだが。

「それに寿命だってあるのかどうか。年だけとってよぼよぼのじじいの姿のまま永遠に生き続けるなんてそれこそ生き地獄だろ」

「うっ、それは……そうですね。友達がどんどん死んでいくのに自分だけ残されるのは嫌ですね」

「そうだろう」

 友達なんて俺にはいないがな。

「それならなおさらマジョルカさんに会わないといけないですね」

「どんな人なんだ? そのマジョルカって」

「黄昏の赤の創設者でありリーダーです。すごくかっこいい人ですよ。それに思いやりがあって思慮深くて。私がこの試験を言い渡された時も、お前ならきっと出来る、頑張れよって励ましてくれたんです」

 エイミは恋する乙女のように顔を赤くする。

「ふーん」

 ちょっといけ好かないやつだなぁ。

 きっと俺なんかとは違って爽やかイケメンなんだろうな。

 なんか……会いたくなくなってきた。


 俺もモスクイーンを仲間にしたくなったので、エイミに無理を言って山頂で粘らせてもらった。

 仲間にしようと試みて何度もアタックした結果、十匹目でやっと仲間にすることに成功した。

【モスクイーン ランクD 特技 ヒール 腕伸ばし】

 その間に倒したモンスターたちのおかげで俺自身を含め仲間のモンスターたちのレベルもそこそこ上がったのは嬉しい誤算だ。

 そして、

【クラウンスライム レベル10とキラーハニービー レベル10を合成しますか? はい いいえ】

 の文字が出た。

「おい、エイミ。クラウンとビーを合成しますか? って俺のステータス画面に出てるぞっ」

「えっ、本当ですか! それなら是非、合成するところを見てみたいですっ」

「わかった」

 俺は答えると【はい】をタッチした。

 するとクラウンとビーが光りだす。

「うわ~すごい……うっ、まぶしいですっ」

 二体が重なり合いまばゆい光が辺りを包んだ。

 そして光が落ち着くと、そこにいたのは金色の王冠を被った黄色と黒のしま模様の巨大なスライムだった。

【キラーハニークラウン ランクI 特技 キュア 丸飲み みね打ち 自爆】

「ほ、本当に二体のモンスターが合わさって一体のモンスターに……!」

 驚きを隠せない様子のエイミ。

 口を開けたままクラウンを凝視する。

「なっ、だから言っただろ」

「は、はい……私、ちょっとだけですけど疑ってました。すみませんクウカイさん」

「いや、信じてもらえたならいいんだ」

 疑われたままってのは嫌だからな。

「でもやっぱり条件がよくわからん。俺の読みではまだらスライムと化石ねずみも合成出来ると思っていたんだが……」

「レベル10以上ってことですか?」

「ああ、そう思っていたんだけどどうやら合成の条件はレベルだけじゃないらしい」

 俺は合成出来ないとわかったまだらスライムと化石ねずみを野に返した。

 これで俺の仲間のモンスターはクラウンとクイーンの二体だ。

「そうなるとやっぱりこれはいよいよマジョルカさんに訊いてみないとですね」

「え、あ、うーん、そうだな」

 なんだろう。エイミがマジョルカのことを嬉しそうに口にするのを見ると胸のあたりがもやもやする。

 これが男の嫉妬ってやつか?

「このまま黄昏の赤のクランがあるイルーゾの町に向かいますか?」

「そうだなぁ、その町は遠いのか?」

「いえ、歩いて三日くらいですよ」

 平然と答えるエイミ。

 いやいや、徒歩三日は十分遠いだろ。




「はぁ……はぁ……」

 俺たちはムシウ峠をあとにするとイルーゾの町に向かって歩いていた。

 イルーゾの町にはエイミのお目当てのクラン、黄昏の赤の本拠地があるからだ。

 なぜ俺も同行しているのかというと、その黄昏の赤のリーダーであるマジョルカとやらに会うためで、エイミ曰はく、マジョルカは博識で顔が広いから俺の今の状況を打開する策をみつけてくれるかもしれないとのことだった。

 元の世界に帰れるかどうかはどうでもいいが、不死の体はなんとかしてもらいたい。

「クウカイさん、本当に休まなくても大丈夫ですか?」

 エイミは後ろを振り向いて心配そうな顔をする。

「大丈夫だ、気にするな。はぁ……」

 俺は強がってみせた。

 もちろん本当は全然大丈夫なんかじゃない。

 三日三晩ほとんど歩きっぱなしなのだ。

冗談じゃなく足が棒のようになっている。

 二十年以上引きこもりに似た生活をしていた俺にとってはこの上なくしんどい。

 今すぐ原っぱに寝そべって休憩したい。

しかし、つい一時間ほど前にトイレ休憩を済ませたばかりでまた休ませてくれというのは男のプライドが許さない。

 こんな俺にだってまだプライドはあるのだ。

「もうすぐですから頑張って……あっ、ほら見てくださいっ。あれがイルーゾの町ですよ!」

 前の方を指差しながらエイミが嬉しそうに飛び跳ねた。

 エイミを眺めつつ思う。小柄な体のどこにそんな体力があるのだろうと。

「さあ、行きましょ行きましょっ」

「お、おう」

 エイミは俺の手を握ると元気よく歩き出す。

 俺は残っている体力を振り絞りエイミについていった。


 モンスターを連れてイルーゾの町に入るのは正直不安だったが、そんな不安は町に足を一歩踏み入れた途端吹き飛んだ。

「イルーゾの町にようこそ。わあ可愛いモンスターさんですね」

 町の入り口に立っていた女性がクラウンを見て微笑む。

 他の住人たちも二メートルを超す巨体のクラウンを見ても驚く様子はなく平然としている。

 嫌悪感をあらわにする者など誰一人としていなかった。

「ねっ、だから言いましたよね」

 俺の顔を下から覗き込んでくるエイミ。

 エイミの言う通り、イルーゾの町の住人は魔物使いにもその仲間のモンスターにも寛容らしい。

 やはりアイズの町が特別だったのか……。

「じゃあ早速、マジョルカさんたちのところに行きましょう」

「ああ」

 勝手知ったるなんとやら、エイミは仲間にしたモスクイーンを連れ、ずんずんと町の中を進んでいく。

 俺もその後ろをクラウンとクイーンを引き連れ歩く。

 イルーゾの町は活気にあふれていて、閉鎖的だったアイズの町に比べると幾分開放的な感じがした。

 海が近くにあるせいか潮風が肌に当たって心地いい。

「着きましたよ」

 少ししてエイミが立ち止まったのは一軒の宿屋の前だった。

「ん、ここって宿屋だろ?」

「はい、そうですよ」

 何か問題でも? といった表情を浮かべるエイミ。

「いや黄昏の赤の本拠地があるんだろ? この町に」

「ですからここです」

 エイミは指を差すがやはりここは宿屋だ。

 俺はてっきり大きな建物でもあって、そこに入ると大勢の黄昏の赤の構成員が出迎えてくれると思っていたのだが現実は違った。

「誰よそいつ?」

 宿屋に入るなり、カウンターにいた女が俺を見て口を開いた。

「あ、この人は試験の途中で知り合ったクウカイさんです。クウカイさん、こちら黄昏の赤の副リーダーのシルキーさんです」

「副リーダー?」

 なんでクランの副リーダーが宿屋の受付なんかやってるんだ?

「ふーん……」

 シルキーは俺の全身を無遠慮に眺めた後、

「ま、どうでもいいわ。それよりちゃんとモスクイーンを仲間にしてきたようだし、あなたが黄昏の赤に入ることを許可するわ」

 エイミに向き直った。

「本当ですかっ。ありがとうございます! これからよろしくお願いしますねシルキーさん」

「マジョルカなら二階の一番奥の部屋にいるはずだから挨拶しておくといいわ」

「はい、わかりました。失礼しますっ」

 言うとエイミは軽快な足取りで階段を上がっていく。

 俺の存在など忘れてしまったかのように、俺を置き去りにしてさっさと二階に行ってしまった。

 知らない場所に取り残された俺。

 そんな俺を邪魔くさそうに見るシルキー。

 年の頃は二十歳そこそこくらいだろうか、顔立ちは整っているが俺のタイプではない。

 シルキーはミニスカートから伸びた足をカウンターの上に乗せているので目のやり場に困る。

「何よ?」

「い、いや別に」

「あんたも行けば? そこにいられても迷惑なんだけど」

「あ、ああ。そうするよ」

 俺もマジョルカのもとへ行くことにした。

 階段を上がり、

「一番奥の部屋って言ってたよな……」

 廊下を進む。

 クラウンの重さで廊下がぎしぎし音を立てているが大丈夫か、これ?

 急に床が抜け落ちたりしないだろうな……。

 不安を覚えながらも俺は一番奥の部屋のドアの前にたどり着いた。

 ドアが閉まっていたのでノックをする。

「なんだ!」

 部屋の中から猛々しい声が返ってきた。

 うわ、声がでかい。俺の苦手なタイプだ。

「あの、失礼します」

 ドアを開けながら中の様子を伺いみると、俺の目に飛び込んできたのは、エイミと抱擁を交わす背の高い男の背中だった。

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