モスクイーンのいるムシウ峠を目指すことにした俺たちだったが、今から歩いて行っても着く頃には夜が明けてしまっているということで、街道沿いの木の下で一夜を明かしてから向かうことにした。
というのもモスクイーンは夜のムシウ峠にしか現れないからだ。
「すみません、付き合ってもらっちゃって」
地面の上に敷いた枯れ葉のベッドに横になっているエイミが口を開いた。
「いいさ。気にするな」
エイミの隣で寝そべりながら俺は返す。
満天の星空が俺たちを見下ろしていた。
「クウカイさんてどこのクランに所属しているんですか?」
「クラン? いや俺はクランには入ってないけど……」
「へー、意外ですね。クラウンさんみたいな強いモンスターを連れているのに」
「クラウンは合成で偶然出来たようなものだからな」
「え? 合成……ってなんですか?」
エイミのその言葉に俺は上半身を起こす。
「いや、合成だよ。ステータス画面に出てくるだろ」
「私そんなの知りませんよ」
エイミもむくっと起き上がった。
「知らないはずないだろ。レベルだって俺よりずっと高いんだから」
「でも知らないものは知らないんです。知り合いに魔物使いの先輩が何人かいますけど合成なんて聞いたことないですよ」
とエイミは言う。
どういうことだ?
合成について同じ魔物使いに会ったら訊こうと思っていたのに知らないだなんて。
「きみのモンスターたちってレベルいくつだったんだ?」
「えと、アップルが34でキュアたんが26でしたけど」
34と26?
俺はてっきり、モンスターをレベル10以上にしたら合成が出来るのだろうと踏んでいたのだが……。
……駄目だ。条件がまるでわからない。
「あの、合成ってモンスター同士を合体させるってことですよね?」
「ああ。このクラウンもスライム同士を合成させたら生まれたんだ」
「クラウンさんの種族名ってなんですか?」
エイミが身を乗り出し訊いてくる。
「クラウンスライムだけど……何、もしかしてそれも知らないのか?」
「はい、見たことも聞いたこともありませんでした。だからどこで仲間にしたのかずっと気になっていたんです」
まいったな……。
せっかく魔物使いの知り合いが出来たっていうのに、合成のことを聞いたことがないなんて。
しかもクラウンスライムのことも初耳だとは。
「クラウンさんのランクを訊いてもいいですか? すみません質問ばかりしちゃって……」
「構わないけどさ。クラウンはランクHだよ」
「Hっ!?」
大声を上げるエイミ。
一瞬ドキッとした。
「そんな……。何かの間違いじゃないんですか?」
「そんなことはないさ」
俺はクラウンを見ながらステータス画面を開いた。
【クラウンスライム ランクH 特技 キュア 丸飲み みね打ち 自爆】
「うん。やっぱりランクHだよ」
「……私の知っている限りではモンスターのランクはGまでしか存在しないはずです。H以上のモンスターなんて存在するはずないのに」
そう言うとエイミはうつむいてしまった。
「でもクラウンは現にここに存在しているぞ」
「そ、そうですよね、すみません……もしかしたら私が知らないだけなのかも。なんか変なこと言ってすみませんでした。クラウンさんもごめんなさい」
『オォン』
気にするなとでも言いたげな表情のクラウンは一声鳴いてみせる。
「黄昏の赤にはマジョルカさんていう凄腕の魔物使いの人がいて私その人に憧れて黄昏の赤に入ろうとしているんですけど、マジョルカさんならもしかして何か知っているかもしれないです」
エイミは続ける。
「だから黄昏の赤に入れたら訊いてみたいと思います。その時はクウカイさんも一緒にどうですか?」
「あ、あー。そうだな」
気のない返事をする。
合成については詳しく知りたいが、人付き合いは正直言って煩わしい。
その後、クラウンが見張りを務め、俺とエイミは眠りについた。
途中用を足しに起きた時、たまたまキラーハニービーと出くわしたが、クラウンがすぐに気付いてやってきてくれたから助かった。
せっかくだから、その時ついでにキラーハニービーを仲間にしておいた。
【キラーハニービー ランクC 特技 毒針】
夜が明けると、俺とエイミはクラウンとビーを連れてムシウ峠に向かって歩き出した。
ビーというのは昨夜のうちに仲間にしたキラーハニービーのことだ。
ムシウ峠はアイズの町の裏手にある。
アイズの町にはあまりいい思い出がないので本当は近寄りたくもないのだが、今回ばかりは仕方がない。エイミのためだ。
朝一番に出発したのに、アイズの町が視界に入ってきた頃にはもう日が落ちてきていた。
「結構疲れましたね。あの町の宿屋で少し休憩していきますか?」
隣を歩くエイミが訊いてくる。多分俺を気遣ってのことだろう。
「きみはともかく俺はクラウンとビーを連れてるから無理だろ……はぁ、はぁ」
「無理ってどういうことですか?」
「だってモンスター連れてたら店には入れないじゃないか……はぁ」
「え、そんなことないですよ。普通に入れますよ」
「いやいや、無理だろ。モンスターお断りの看板も立ってるし。大体俺はあの町で仲間を失ってるんだぞ……」
俺はアイズの町での出来事を話してやった。
すると、
「そんな……ひどい。町の人たちに仲間のモンスターを殺されたなんて……」
目を潤ませながらエイミが口にする。
「ああ。だから俺はあの町には寄りたくないんだ」
「そんなことがあったんですね……で、でも私のこれまで行ったことのある町では魔物使いもその仲間のモンスターも白い目で見られることなんてなかったんです。モンスターお断りの看板なんて見たことありません」
「そうなのか? じゃああの町が特別だったのかな……」
俺はアイズの町しか知らないからてっきりこの世界ではそれが当たり前なんだと思ってしまっていたが、エイミの話を聞く限りどうやら他の町では様子が違うらしいな。
「そういうことでしたらあの町に寄るのはやめましょう」
「別にきみが行きたいなら一人で寄っていっても全然構わないけど。お腹も減ってるだろうし」
「いえ、さっきカジュの実を食べたので大丈夫です。それにそんな町ならこっちから願い下げですっ」
俺の話を聞いてちょっと怒っている様子のエイミはアイズの町に寄ることを拒否した。
あ、そうそう。カジュの実っていうのは俺が主食にしているりんごそっくりの果実のことだ。
歩いている途中でエイミに教えてもらったのだ。
「そっか。じゃあこのままムシウ峠に向かうとするか」
「はい」
俺たちはアイズの町には寄らずぐるりと回って裏手に出た。
そしてムシウ峠の入り口に立つとその頃にはちょうど辺りは暗くなっていた。
急勾配の山並みを目の前に、
「ここがムシウ峠なんですね。クウカイさんは来たことがあるんですよね?」
エイミが俺を覗き見る。
「ああ、ギルドの依頼でな」
その時の報酬の残りがまだ金貨一枚と銀貨二枚残っている。
アイズの町での出来事以降俺は一切お金を使ってはいない。
傾斜の鋭い山道を俺たちは一歩一歩慎重に上っていった。
エイミが言うには一つ目の山の頂上付近にモスクイーンは出てくるらしい。
道中、まだらスライムや化石ねずみなどの懐かしいモンスターが俺の前に姿を現した。
俺はクラウンのみね打ちを利用し、それぞれを仲間にした。
【まだらスライム ランクA 特技 なし】
【化石ねずみ ランクA 特技 なし】
今さらランクAのモンスターなど必要ないのだが「私、合成するところを見てみたいです」とエイミが言うので一応仲間に加えておいたのだ。
「でも俺にも合成出来る時の条件がよくわからないんだよな。俺はレベル10以上になったら合成出来るようになるんじゃないかと勝手に思っているんだが」
「う~ん、私はレベルは関係ないような気がするんですけど……私の仲間モンスターのレベルはクウカイさんのモンスターよりも高かったですし」
「まあそうなんだよな……でも他に時別なことをしたつもりもないしなぁ」
ああでもないこうでもないと言いながら険しい山道を歩くこと一時間、俺たちは一つ目の山の頂上にたどり着いた。
夜の山はかなり肌寒く、また薄気味悪いので、さっさとモスクイーンをゲットして帰りたいところだ。
するとエイミが、
「あっ、あれってそうじゃないですか?」
と遠くを指差す。
「え、どれだ?」
俺はエイミの指差した方を目を細めて見るがよくわからない。
昔は遠視のおかげか視力は両目とも2.5もあったのだが、さすがに四十二歳にもなると視力は落ちてきている。
運転免許の更新で最近はかった視力は確か両目とも0.2まで下がっていた。
「やっぱりモスクイーンですっ、こっちに向かってきてますっ!」
エイミが声を上げた。
そこでようやく俺にも見えた。
人間の女性のような外見をしているが、全身が緑色で目の部分だけが黒い。
さらによく見ると地面から少しだけ浮き上がっている。
モスクイーンは直進しながら手を後方に向けた。
そして次の瞬間、手を前に出すとモスクイーンの腕がぎゅーんと伸びてきて俺の足首を掴んだ。
「っ!?」
ゴムが伸び縮みするように、今度は腕がものすごい速さで縮んでいき、俺はそのまま引っ張られていく。
「クウカイさんっ!」
「うおぉぉっ……!」
モスクイーンにどんどん引き寄せられていく。
モスクイーンの目が赤く光ったのが目に映る。
やばい、何かする気だっ!
引っ張られながらも観察していると、モスクイーンは空いているもう片方の手を鋭い刃物のように変形させた。
その手を体の前で構えるモスクイーン。
嘘だろっ。
この勢いのまま突っ込んでいったら間違いなく真っ二つにされるぞ!
「クラウンっ! なんとかしてくれっ! 死ぬぅっ!」
俺は必死に叫んだ。
だが叫んだ直後、俺はふと思い返す。
俺ってそもそも死にたかったんだということを。
鋭い刃が目の前に迫りつつある状況。
めちゃくちゃ怖いがこれなら確実に死ねるんじゃないだろうか。
これまでの死に方のように溺死ループや毒死ループのような延々と生死をさまようことにはならないはずだ。
間違いなく一瞬で死ねる。
俺は抵抗するのをやめ目を閉じた。
「クウカイさんっ、いやあぁぁっ!!」
エイミの闇夜をつんざくような悲鳴が俺の鼓膜を震わせる。
そして――
死。
俺の体は真っ二つに斬り裂かれ、モスクイーンの後方にどさ、どさっと落ちた。
はい、これで俺の長いようで短かった生涯は終わりを迎えたのでした。めでたしめでたし。
……って俺、意識があるぞ。
気付くと真っ二つになったはずの体も元に戻っている。
俺は立ち上がって自分の体を触って確かめる。
「どうなってんだ一体……?」
わけがわからない。
そう思っていたのは俺だけではなくその場にいた全員だったようで、みんな俺を見て口をあんぐりと開けていた。
それは敵であるモスクイーンでさえもだ。
その隙だらけのモスクイーンに一足早く我に返ったクラウンがみね打ちをしかけた。
モスクイーンのHPを1にする。
ふらふらのモスクイーンを前にして俺はとっさに、
「エイミ、今がチャンスだっ」
とエイミに声を投げかけた。
涙を流していたエイミは俺の言葉ではっとなり、瀕死状態のモスクイーンに向かってがむしゃらに走っていく。
大きな胸が上下左右に揺れるのもお構いなしだ。
そして腕が届く距離まで近付くとモスクイーンに殴りかかった。
「えぇいっ!」
なんとも弱々しいパンチだったが、1ダメージは与えることが出来たようだ。
モスクイーンがあおむけに倒れた。
きらきらと霧散して消滅しなければ仲間になるはずだ。
俺もエイミも倒れたままのモスクイーンを注視する。
と、モスクイーンがむくっと起き上がった。
「おおっ」
俺は思わず声を上げる。
エイミがモスクイーンに勧誘の腕輪を当てると、モスクイーンはさっきまでの荒々しい行動が嘘のようにエイミにすり寄った。
エイミのレベルの高さもあってか、運よく一体目で仲間にすることに成功したようだ。