気付けば辺りは薄暗くなっていた。
夜は強いモンスターが出ると聞いていたので少し不安な反面、見るからに頼もしいクラウンスライムがどれほど強いのかを、早くこの目で見てみたいという気持ちもあった。
俺は街道を歩く。
ぼよんぼよんとクラウンスライムが俺の横をついてくる。
俺の身長が一メートル七十五センチだから、クラウンスライムの大きさは王冠をのぞいて二メートルくらいだろうか。
ぼってりとした青いお腹が女子受けしそうな妙な可愛らしさがある。
とクラウンスライムが歩を止めた。
前を見ると見たこともないモンスターたちが居並んでいる。
人間大のカブトムシと紳士服を着た二足歩行のキツネ、りんごを両手に持ったゴリラが今にも襲い掛かってきそうな勢いで俺たちをにらみつけていた。
やばっ、強そう……。
だが、俺の思い違いだったのか、いつまで経っても襲い掛かってはこなかった。
それどころかゴリラに至っては冷や汗をかいているようにすら見える。
どうしたんだろう?
よく見るとゴリラの視線はクラウンスライムとばっちり合っていた。
クラウンスライムはただ悠然とそこにいるだけだが、ゴリラはそんなクラウンスライムに対して恐怖を感じているようだ。
「クラウンスライム、こいつら倒せるか?」
『オォン』
俺が声をかけると余裕とでも言いたげな表情で返す。
とその時だった。
ゴリラが後ろを振り向きそのまま逃げだした。
それを受けてキツネも一目散に逃走する。
「あれ? 逃げちゃった……」
残ったのはカブトムシだけ。
するとクラウンスライムは空高く飛び上がり、カブトムシをその大きな体でどすんと押しつぶした。
カブトムシはクラウンスライムの下敷きになりきらきらと霧状になって消えていく。
「ははっ……楽勝じゃないか」
『オォン』
クラウンスライムは平然とした顔で俺を眺める。
ランクHは伊達じゃないぞ。
しかも多分今のでレベルが上がったはず。
合成後はレベルが1に戻るからちょっとの経験値でもレベルが上がる。
俺はステータスを見た。するとクラウンスライムのレベルは5まで一気に上がっていた。
「すごいぞ、クラウン」
俺は嬉しさのあまりクラウンスライムの背中をばしばし叩く。
名前を付けないと決めた決意もどこへやら、俺はクラウンスライムのことをクラウンと呼んでいた。
その後も夜の街道を歩いたがモンスターが襲ってくることはなかった。
姿を見かけてもこっちにクラウンがいることがわかるときびすを返し逃げていく。
モンスターが近寄ってこない以上、新たなモンスターを仲間にすることもできないが、まあ別にいいだろう。
俺は立ち止まると、ズボンの両ポケットからりんごそっくりの果実を一つずつ取り出し、一つをクラウンに食べさせ、もう一つにかじりついた。
クラウンと一緒にいればモンスターに襲われることはないし、食事はこれがあれば事足りる。
運よくこの世界にはりんごのようなこの果実の木がいたるところに自生しているようだからな。
見渡すと街道の先のほうにも草原の中にも似たような木が点在していた。
不死の体なので不意打ちで死ぬこともない。
スライムにやられた時のことを思い返すと、厳密にいえば死んだ瞬間生き返るって感じなんだろうけど。
あとは……。
「これで住む家でもあれば完璧なんだけどなぁ」
クラウンがいる以上、前よりもっと町には入りづらくなってしまった。
まあ仮にクラウンがいなかったとしても、軽く人間不信に陥っている俺は少なくともアイズの町に戻るつもりは毛頭ないのだが。
「いつまでも野宿ってわけにもいかないよな……」
『オォン?』
不思議そうな顔で俺を見る。
クラウンはいいかもしれないが俺は人間だからな。
夜になると多少は肌寒く感じる。
出来れば屋根のある自分だけの落ち着ける場所が欲しい。
とその時だった。
「きゃあぁー!」
澄んだ夜空に女性の悲鳴が響き渡った。
「ん? なんだ……?」
『オォン?』
俺とクラウンは顔を見合わせる。
「誰か助けてー!」
助けを求める声が上がる。
普通の男なら声のするほうに駆けていってピンチの女性を救おうとするのだろうが、女性にモテない四十二年間を過ごし人付き合いを煩わしいだけのものだと思っている俺にはどうでもいいことだった。
ましてや、さっきのアイズの町での一件もあって今は他人と接したくない気分なのだ。
悪いな。
俺は心の中で謝ると街道脇の岩に腰掛けようとした。
「よっこら……おわっと!?」
するとクラウンが横から俺にぼよんとぶつかってきた。
俺は吹っ飛ばされてしまう。
「あ、危ないだろ、なんだよいきなりっ」
こちとらHPが4しかないんだからな。
クラウンの悪ふざけでも充分死ねるんだぞ。
『オォン』
「……なんだよ?」
クラウンは何かを訴えるような目で俺を見下ろす。
何が言いたいかはなんとなくだがわかっている。
「……助けに行けって言いたいんだろ?」
『オォン!』
……はぁ、まったく。
正義感の強いモンスターってのも厄介だな。
「……わかったよ。行くよ。行きゃあいいんだろ」
『オォン!』
俺は吐き捨てるように言うと、声のした方へと駆け出した。
一人の女性が熊くらい大きな蜂のモンスターたちに囲まれていた。
それを目にしたクラウンは俺を追い越して女性のもとへと大きな体をぼよんぼよんさせながら急ぐ。
「はぁっ、はぁっ、待てって……」
四十二歳の体に全力疾走はこたえる。
俺が息を切らしながらやっとこさクラウンに追いついた時には、既にクラウンはモンスターたちを蹴散らした後だった。
そこかしこできらきらとモンスターが霧のようになって消滅していく。
クラウンのレベルが7に上がった。
「あ、ありがとうございます……?」
目をぱちくりさせ女性が俺に向けて口を開いた。
女性はクラウンから少し距離をとって、
「た、助けてもらったんですよね? 助けてもらっておいてあれですけど……このモンスターは……?」
震える手でクラウンを指差した。
「はぁっ、はぁっ、ちょっと待って……」
「は、はい」
俺は手を前に出し息を整える時間をもらう。
その間クラウンは興味深げに女性を眺めていた。
俺も呼吸を整えながらその女性を盗み見る。
女性は年の頃は二十代前半くらいだろうか、小柄で可愛らしい感じの顔立ちをしていた。
赤いフレアスカートがよく似合っている。
大きな胸を強調するようなニット地の服を着ているので、自然とそっちに目がいってしまいそうになる。
視線には気を付けねば。
しばらくして落ち着いた俺は、クラウンにじろじろ見られ所在無げにしていた女性の問に答えた。
「ふぅ……こいつは俺の仲間のクラウンスライムだ。害はないよ」
「やっぱりそうなんですか。よかった~」
胸をなでおろす女性。
「じゃああなたも魔物使いなんですね」
「……も?」
「あっ私も魔物使いなんです。エイミといいます」
エイミと名乗った女性は両手を差し出してきた。
その手には確かに勧誘の腕輪を装備していた。
これは握手をしようってことだよな。
……触っていいんだよな?
俺はおそるおそる手を出しながら「お、俺は空海だ」と名乗った。
ちょっとぶっきらぼうな言い方だったかな、と反省する間もなくエイミは両手で俺の手を優しく握ると、
「クウカイさんですね。あらためてお礼を言わせてください、ありがとうございました」
お辞儀をするエイミ。
胸元があらわになり俺は目が泳ぐ。
「よ、夜遅くにこんなところで何してたんだ?」
平静を装うため俺は適当な質問をした。
「実は黄昏の赤というクランに入るための試験の途中だったんです」
エイミは話す。
「ムシウ峠というところに深夜になると現れるモスクイーンというモンスターを仲間にすることが黄昏の赤に入るための条件だったのでここまでやってきたんですけど、キラーハニービーの大群に囲まれてしまって……」
キラーハニービーというのは、おそらくさっきの熊みたいにでかい蜂のモンスターのことだよな。
「アップルとキュアたんが私のことを身を挺して守ってくれたんですけどやられてしまって。もう駄目だと思った時にこの大きなスライムさんが助けてくれたんです。あっ、アップルっていうのは私の仲間のアップルエイプのことでキュアたんはキュアスライムのことなんですけど」
「はぁ……そうなのか」
軽い気持ちで質問しただけなのに一訊いたら十返ってきた。
「アップルとキュアたんが死んじゃったからもう私試験には受からないです、ううっ……」
エイミは仲間のモンスターが死んでしまったからか、それとも試験とやらに受からないからか、とにかく泣き出してしまった。
「うっうっ……」とすすり泣くエイミに俺はかける言葉が見つからない。
女性が目の前で泣くなんて状況、生まれて初めてなんだからしょうがないだろ。
背中をさすったりした方がいいのか?
でもそんなことしたら気持ち悪がられるかも……。
俺が手をこまねいていると、
「……がっ!?」
突然、背中に激痛が走った。
振り向くとキラーハニービーがお尻の太い針を俺の背中に突き刺していた。
「きゃあっ!」
エイミの悲鳴が聞こえた直後、キラーハニービーは俺の背中から針を抜き今度はエイミに向かっていった。
「……あ……がっ」
俺は全身が硬直したようになってそのまま地面に倒れた。
俺の意に反してびくっびくっと体が痙攣する。
まずい……これ、毒か何かだ。
っていうか息苦しくなってきたぞ。
やべ、息が出来ないっ。
くそっなんだよ、またこのパターンかよっ!
くっ、苦しいっ!
このままだと死ぬっ。
死っ……。