朝起きると水道で顔を洗い、日中は公園でぼーっとして過ごし、夜になるとベンチで眠る。
そんな非生産的な生活を三日続けてわかったことがある。
「あー、死ぬほどお腹すいた……」
いくら不死の体で餓死しないといっても、お腹が減らないわけではないということだ。
俺は四日目にして空腹のつらさに負け、町を出てレベル上げを再開することにした。
とにかく俺たちが狙うのはスライムのみ、しかも単体の。
それ以外のモンスターと遭遇したら速攻で逃げた。
戦う時は常に二対一で全力でかかり、スラが傷付けば勧誘の腕輪で回復させ、お腹が減ったら草原に生えている草を食べさせる。
夜は強いモンスターが出るのでアイズの町の公園に戻り眠る。
この繰り返しで空腹に耐えながらもレベル上げをすること三日間、俺とスラのレベルは5にまで上がっていた。
レベルが上がっても魔物使いの俺は相変わらず弱いままだが、スラは初めに比べるとかなり強くなった。
もうスライム相手なら集団で襲ってきても一匹で対処できるほどだ。
しかもレベル5に上がった時に新しい特技【みね打ち】も覚えた。
この特技は相手のHPを1残して攻撃が出来るという特殊な技だ。
そのため、とどめの一撃を俺が刺せるので魔物使いとの相性がとてもいい。
この特技を使ってスラ以外のモンスターも仲間にしたい気持ちはやまやまなのだが、正直なところ俺のお腹の減り具合も限界に近付いているので、ここらでギルドの依頼を引き受けることにした。
スラと一緒にギルドに入った俺は受付の若い女性に声をかける。
「あ、あの、すいません。依頼を受けたいんですけど……」
「は~い、いらっしゃいませ~。こちら初めてですか~?」
緊張気味の俺に癖のある喋り方で優しく微笑みかけてくる女性。
「はい」
「そうですか~。わたくしアルンといいます~。これからよろしくお願いしますね~」
そう言うとアルンはごそごそとカウンターの下から紙を取り出した。
「ここに名前と職業と所属クランを書いてください~」
「あ……えっと俺クランには入ってないんですけど……」
「そうなんですね~。でしたら空欄でいいですよ~」
俺は名前と職業を記入して紙を返した。
「クウカイさんですね~。あ~やっぱり魔物使いさんですよね~、スライムと一緒ですもんね~」
『プギー』
カウンターから身を乗り出しスラの顔を覗き見るアルン。
アルンはだぼっとした服を着ているので胸元が見えそうになる。
「では壁に貼られた依頼書の中から好きなものを選んでこちらに持ってきてください~。一つ星から五つ星までありまして星の数が多いほど難しい依頼になってます~。もちろんその分報酬もいいんですよ~」
「わ、わかりました」
受付を離れ依頼書が貼られた壁の前に立つ。
俺以外にも十数人いたがみんな剣やら槍やら盾やら鎧やらを身につけている。
俺のように勧誘の腕輪を装着してモンスターを連れている人は一人もいない。
周りの邪魔にならないよう俺はスラを抱っこして壁の依頼書を見比べた。
うーん。やっぱり簡単な依頼がいいよな。
俺は一枚の依頼書に目を付けるとそれをはがした。
そしてアルンのもとへ持って行く。
「は~い、こちらは一つ星の依頼ですね~。ムシウ峠に生えているムシウ草を採ってくるという依頼です~。ムシウ草は足のしびれに効く薬草なんですけどムシウ峠にしか自生していないんですよ~。ギザギザの葉っぱが特徴なのですぐわかりますよ~」
アルンは笑みを絶やさない。
「あの、ムシウ峠ってどこにあるんですか?」
「この町の裏手がムシウ峠の入り口です~。夜はとてもとても強いモンスターが出るので午前中に行った方がいいと思いますよ~」
「わかりました」
俺はスラを連れてギルドを出るとそのままムシウ峠へと向かった。
「ここがムシウ峠か……」
俺は急勾配の山並みを見上げてつぶやいた。
ギルドで引き受けた、ムシウ峠に自生しているムシウ草なる薬草を採ってくるという依頼のため、俺とスラは峠の入り口まで来ていた。
親切に《ここから先、ムシウ峠》と書かれた看板も立っている。
「行くか、スラ」
『プギー!』
山の傾斜は急で四十二歳の俺が上るには結構しんどい山道が続いた。
それでもムシウ草を探しながら歩いていく。
ギザギザの葉っぱが目印だそうだ。
歩きながらきょろきょろと左右に首を振っていると、ムシウ草ではなくスライムをみつけた。
だがそいつはこれまでに見たことのないまだら模様のスライムだった。
油断しているようでこっちには気づいていない。
どうする……。
戦うか? それとも無視するか?
逡巡しているとスラがまだら模様のスライムに飛び掛かっていった。
「あっ、スラっ」
スラは特技のみね打ちを繰り出した。
不意の一撃をくらいまだら模様のスライムはふらふらと体が揺れている。
おそらくあと一発で倒せる状態だろう。
「こうなりゃ、とどめは俺がっ!」
仲間になるかもしれない可能性を信じて、俺はまだら模様のスライムを左手で宙に放り投げ、右手で殴りつけた。
木にぶつかりどさっと地面に落ちる。
破裂もせず霧散して消えることもなくただ倒れている。
「この状態はもしかして……仲間になる前兆じゃないか?」
すると俺の読み通り、まだら模様のスライムはその場でむくっと起き上がると、すがるようなまなざしでこっちをみつめてきた。
「やっぱりそうだ!」
モンスターを倒すと最終的にきらきらと霧状になって消える。
そうならない時は仲間になるってことだ。
俺は勧誘の腕輪をまだら模様のスライムに触れさせた。
緑色の光がモンスターの体を覆うとみるみるうちに傷が癒えていく。
【まだらスライム ランクA 特技 体当たり】
ステータス画面を確認した俺は、
「こいつ、まだらスライムっていうのか。じゃあ名前はまだらんにするか」
早速まだらんを連れさらに上を目指した。
仲間が二体になった俺は、その勢いのまま出遭ったモンスターを次々と仲間にしていった。
【特攻インコ ランクA 特技 特攻】
【おばけミミズ ランクA 特技 なし】
【化石ねずみ ランクA 特技 なし】
そして合計五体となったところでまだらスライムをもう一体仲間にしようとした時だった。
まだらスライムは起き上がってすがるようなまなざしを見せたかと思いきや、俺が勧誘の腕輪を当てる前に悲しそうに俺の目の前から去っていってしまったのだ。
その後も何度か試してみたが、六体目のモンスターが仲間になることはなかった。
おそらくだが魔物使いは五体までしか仲間に出来ないのではないだろうか。
だとするとモンスターを選別する必要が出てくるな。
そして少なくとも一体分は空きを用意しておかないといけないだろう。
俺は生理的に受け付けないおばけミミズと化石ねずみを野生に戻すと、計三体でムシウ峠での探索を続けることにした。
そして山道を探し回ること一時間。
ようやく切り立った断崖付近でムシウ草を発見した。
「ご苦労様でした~。確かにムシウ草ですね~」
夕方ごろ町に戻った俺は、ギルドに向かうとアルンにムシウ草を手渡した。
「ではこちらが報酬の金貨一枚と銀貨五枚です~」
「あ、どうも……」
何を食べようか。肉か魚か。
いや、なんでもいい。
とにかくお腹が爆発するくらい膨れるまで食べてやる。
報酬を受け取ると早速レストランへと足を向ける。
もう一週間ほど水しか口にしていないので、俺は食事のことで頭の中がいっぱいになっていた。
さらにお金を稼ぐという行為が学生時代のバイト以来約二十年ぶりだったため、アドレナリンがどばどば出て興奮していた。
そんなこともあって俺はすっかり忘れていた。
レストランがモンスターを連れて入れないということを。
「あーちょっと駄目だよ、うちはモンスターお断りだ。看板に書いてあっただろ」
店に入るなり従業員に止められてしまった。
そこでやっと気付いた俺はスラたちを連れそそくさとレストランを出た。
「まいったな……」
レストランの前で立ち尽くす。
ぎゅるるる……。
腹の虫が鳴る。
「なあ、お前たち。俺がご飯食べてる間公園で待っててくれないか?」
俺はスラたちにそうお願いした。
するとまだらスライムのまだらんと特攻インコのトッコーは素直にうなずいてくれたが、
『プギー!』
とスラだけはぶるぶると体を横に揺すってみせた。
「なんだ? 嫌なのか?」
『プギー』
一緒にいたいと目で訴えてくる。
「やれやれ……よいしょっと」
俺はスラを持ち上げると服の中に隠してみた。
スライム一匹くらいならなんとかごまかせそうだった。
仕方ないか……。
「じゃあ俺とスラはこのままレストランに入るからまだらんとトッコーは公園にいてくれ。頼む」
『ピギー!』
『キュー!』
まだらんとトッコーが公園の方に向かったのを確認してから、俺はレストランに再び足を踏み入れた。
内心びくびくしていたが、今度は従業員に止められることもなくすんなりとレストランに入れた。
席に案内されメニューを見せてもらうと、そこにはおいしそうな料理の写真が沢山載っている。
値段を確認すると銅貨五枚くらいから銀貨二枚くらいまでの間の価格帯。
感覚的には銅貨が百円玉で銀貨が千円札ってとこだろうか。
すると金貨は一枚で一万円くらいの価値があるのかな。
俺の手持ちは金貨一枚と銀貨五枚。
食事をするには充分なお金だ。
俺はカロリーの高そうな料理を三皿注文するとそれらをものの五分でたいらげた。
それだけお腹がすいていたってことだ。
その代わりといってはなんだが、食後のアイスは時間をかけ味わって食べた。
食事に満足した俺は、支払いを済ませるとまだらんとトッコーの待つ公園に向かった。
「あー、おいしかったー。コンビニのおにぎりも悪くないけどやっぱり店の方が贅沢感があるよな」
結局お勘定は銀貨三枚でこと足りた。
手持ちのお金はまだ金貨一枚と銀貨が二枚ある。
満足感に浸りつつポケットの中の硬貨を握りしめながら公園に近付くと、
『ピギー……!』
『キュー……!』
聞いたことのある鳴き声が聞こえてきた。
その瞬間俺は嫌な予感がして駆け出した。
すると公園には人だかりが出来ていて騒がしかった。
「すいません!」と俺は人ごみを割って中に入っていく。
嫌な予感は的中していた。
まだらんとトッコーが町の人たちに蹴られ踏みつけられている光景を俺は目の当たりにする。
「や、やめろっ……!」
俺は勇気を振り絞って大声を上げた……つもりだったが、俺の声は周りの喧騒にかき消されるほど小さなものだった。
緊張と怒りで声帯が縮こまっていたのだろう、自分でも自分が嫌になるが大勢の人の前で大声を出すなどしたことがない俺にとってはそれでも精一杯の声だったのだ。
「早く誰か始末してちょうだいっ」
「やれやれ! もっとやれっ!」
「なんでモンスターが町の中にいるんだよ!」
「雑魚モンスターのくせによっ!」
はやし立てる声と止むことのない怒号を前にして俺は立ちすくんでしまう。
目の前には踏みつけにされているまだらんとトッコーがいるのにだ。
二匹とも俺に気付き、
『ピギー!』
『キュー!』
と助けを求めている。
でも俺は二匹の前に出て盾になってやることも出来ずに、服の中のスラをぎゅっと抱きしめるのがやっとだった。
もう声は出ず、ひざはがくがく震え一歩も前に出られない。
長年のニート生活のつけがここにきて一気に押し寄せてきたようだった。
俺はこんなに情けない奴だったのか……。
……そして、
『ピギー……』
『キュー……』
まだらんとトッコーは俺の目の前できらきらと星くずのように消滅した。
「は~、せいせいしたわ」
「これで安心して眠れるな。がっはっは」
「けっ。雑魚が町の中に入ってくるから悪いんだぜっ」
「なんか弱すぎて物足りなかったな」
町の人たちが口々に好き勝手なことを言いながら立ち去っていく。
ただ茫然と立ち尽くしている俺一人を残して。
俺は大きく唾を飲み込むと地面に手とひざをついて、
「……ご、ごめん……まだらん、トッコー」
小刻みに震える口をなんとか動かした。
その時スラが俺の服からぴょんと飛び出た。
「あっスラっ」
スラは町の人を追いかけようとした。
「駄目だスラっ!」
俺は必死にスラの背中に飛び掛かりつかまえる。
「ごめんなスラ。俺が弱いばっかりに何も言えなくて……何も出来なくて……まだらんとトッコーが消えるのをただ見ていることしか出来なくて本当にごめん」
『プギー』
スラは悲しそうに鳴く。
俺は、この日を境に町に入ることをやめた。