俺は再度パネルを開きスライムの情報を確認した。
【スライム ランクA 特技 体当たり 丸飲み】
「このランクっていうのはなんなんだろうな……お前わかるか?」
『プギー?』
スライムは難しい顔になる。
「わかるわけないよな」
これもベンザに訊いておくべきだったが失念していた。
とはいえベンザが言うには、スライムは最弱モンスターのようだから、ランクAっていうのは多分低いんだろうけど。
「……とりあえず夜になる前に町をみつけるか」
画面を閉じると俺は街道に沿って歩き出した。
するとスライムも俺の足元をぴょんぴょんと飛び跳ねながらついてくる。
俺に懐いているようで実に可愛らしい。
『プギー?』
スライムは俺と目が合うと不思議そうに目をぱちくりさせた。
「なんでもないよ、行こう」
『プギー!』
夜になると強いモンスターが出てくるらしいから早いとこ町をみつけないとな。
俺は、夕日に照らされて黄色く輝く草原を背に街道をただひたすら歩いた。
そして二十分ほどして、やっと前方に町らしきものが見えてきた。
俺は疲れた体に鞭打ってもうひと踏ん張りする。
町の入り口に着くと、そこにいた女性が「アイズの町へようこそ!」と歓迎してくれた。
だが俺の足元にいたスライムを見るなり表情を一変させ苦々しい顔になる。
「?」
急にどうしたんだろう?
しかしこの反応は彼女だけではなかった。
町に入ると、すれ違う人たちが俺とスライムを交互に見てみな一様に眉をひそめたのだ。
そしてその理由を一軒の宿屋をみつけた時に知ることになる。
《モンスターお断り》
宿屋の看板に書いてあったのが目に入った。
それだけではなく――。
酒場。
《モンスターお断り》
レストラン。
《モンスターお断り》
武器屋。
《モンスターお断り》
防具屋。
《モンスターお断り》
道具屋。
《モンスターお断り》
よろず屋。
《モンスターお断り》
すべての店がモンスターお断りの看板を出していたのだ。
俺が宿屋の前で看板を眺めていた時に一人の老紳士が教えてくれたのだが、魔物使いは町の中にモンスターを入れないという暗黙のルールがあるのだそうだ。
もちろん法律などで決まっているわけではないので、モンスターを連れていても特段問題はないようなのだが、周りからの刺さるような視線はかなり気になる。
悪いことなど何もしていないのに肩身が狭い。
俺は人目を避けるように夜の公園へと向かった。
さすがに夜の公園は人影もまばらでスライムに気付く者もいない。
街灯のそばのベンチをみつけ腰掛けると、スライムも俺の横にぴょんと飛び乗った。
「魔物使いって大変なんだな……」
ベンチの背もたれに背中を預け大きく伸びをする。
この世界に飛ばされてからようやく落ち着けた気がした。
つまりこいつがいると店には入れないのか。
俺は横にいるスライムを横目で見た。
歩き疲れたのか気持ちよさそうに眠っている。
「まあ……別にいいか。どうせお金持ってないしな」
俺は自分に言い聞かせるようにつぶやくと腕組みをして目を閉じた。
今日はここで眠らせてもらおう。
「おやすみ、スラ……」
この時、俺はスライムの名前をスラに決めた。
一夜明けた早朝。
俺は公園の水道で顔を洗うとスラとともにアイズの町を出た。
お金がなくても寝床はどうにかなるが、食事をするにはさすがにお金が必要だ。
昨日、町の中を見て回っていた時にギルドなる場所を俺はみつけていた。
そこは唯一モンスターを連れていても入れる建物で、中は壁一面に依頼書が貼られていて、その依頼をこなすことで報酬が得られるようだった。
これまでにまともに働いたことなどなく、モンスターを連れている俺が、お金を手に入れるにはギルドの依頼を引き受けるしかない。
だが依頼を成功させるにはある程度の強さが求められる。
つまり今俺がすべきことは経験値稼ぎだ。
経験値が入れば俺とスラのレベルが上がる。
俺のレベルが上がればスライムよりもっと強いモンスターを仲間にすることが出来るようになるし、スラのレベルが上がれば経験値稼ぎがより効率的になる。
だから俺は、一旦町を出て街道沿いで野生のスライム探しをしている真っ最中なのだった。
ふと見ると、スラは街道の周りの草原に生えている草をむしゃむしゃと食べていた。
「お前はご飯の心配はいらないわけだ……」
『プギー』
振り向きもせず返すスラ。よほどお腹が減っていたのだろう。
だが俺はそこらへんの草を食べるというわけにはいかない。
やはりお金を稼いで何か食べ物を買わなくてはな。
とそこへ俺の前に一匹のスライムが通りかかった。
「おい、スラっ。スライムが出たぞ、出番だっ」
『プギー!』
スラは草を食べるのをやめ俺の横についた。
スラが先に攻撃を仕掛けた。
スライムに体当たりをかます。
ぶつかった反動で両者ともに後ろに飛ばされた。
お互いが同じくらいのダメージを受けたようでふらふらとよろめいている。
強さはほぼ互角のようだ。
俺はスラに加勢することにした。
「二対一だが悪く思わないでくれよな」
スライムには散々辛酸をなめさせられたからな。
用心に越したことはない。
俺は近付かないよう足元にあった石を拾ってスライムめがけて思いきり投げた。
ゴッ。
投石はスライムのど真ん中に命中した。
自慢じゃないが物を投げるコントロールはなぜか昔から悪くないのだ。
「よしっ。今だスラ、体当たりっ」
スライムがひるんだ隙を狙ってスラが追い打ちをかける。
スラの追撃で後方に吹っ飛んだスライムだったが、ここで粘りを見せた。
素早く俺に近付くとがっぱぁと大きな口を開け俺を飲み込もうとする。
「っ!」
俺は足をもたつかせながらも、なんとかこれを避けた。
必死だったのでそのまま尻もちをつく。
「いてっ」
俺を飲み込むことに失敗し隙だらけのスライムに横からぶつかっていくスラ。
スライムは岩に激突しそのままぺたんと倒れた。
すると倒れたスライムがきらきらと霧状に霧散していく。
「なあ、スラ……これ、やっつけたってことでいいんだよな……多分」
『プギー』
スライムは完全にいなくなった。
「ははっ……やったぞ。スライムを倒したぞ」
多少ひやっとした場面はあったが、俺とスラはスライム相手に初勝利をおさめたのだった。
と突然、
『プギー……』
スラが仰向けに寝そべった。
「どうした?」
俺はしゃがみこんで訊ねる。
『プギー……』
弱々しく返すスラ。
よく見ると体中あざだらけだ。
スラはダメージを負って倒れたようだった。
「おい大丈夫か? スラ」
こう言う場合どうすればいいんだ?
ダメージは自然回復させるのか?
それとも寝かせればいいのか?
だとすれば宿屋に連れていった方がいいのか?
でもお金はないし……。
「あっ……」
そこで俺はあることを思い出す。
そういえばスラを仲間にした時、勧誘の腕輪を当てたら負っていた傷が治ったはず。
ってことはもしかして……。
俺は勧誘の腕輪の緑色の宝石部分を寝転んでいるスラに押し当ててみた。
すると驚くことに宝石部分が光り、緑色の光に包まれるスラ。
スラのあざが消えていく。
「おお! やっぱり」
しばらくして光が消えると、元気になったことをアピールするかのように『プギー!』とスラはその場で跳び上がってみせた。
「ははっ、いいぞ……希望が見えてきた」
勧誘の腕輪があれば仲間モンスターをただで回復させられるってことだ。
スラは草を食べてればお金はかからないし、寝床は公園のベンチがある。
となると当面の心配は俺の食費くらいだが、少なくとも数日は水だけでしのげるだろうから、レベルを上げてギルドの依頼をこなす時間の余裕がかなり出来たことになる。
……ってちょっと待てよ。
俺って死なない体になったんだよな。
だったらお腹が減っても餓死はしないってことじゃないのか?
もしそうなら俺がこの世界で生きていくのにお金は必要ないのかもしれないぞ。
なら必死こいてレベル上げなんてしなくてもいいのではないか?
長いニート生活の結果、俺の思考回路はどうやったら働かなくても済むかということに常に収れんするようになってしまっていた。
そしてこの考えがたどり着いたのは……。
「スラ。レベル上げは一旦やめにして休もうか」
『プギー?』
レベル上げをせずにただだらだら過ごすという非生産的な生活だった。