「ごぼっ……!?」
なんだ!?
意識が戻ったぞ!?
俺は変わらずスライムの体の中にいた。
苦しいっ、なんだこれ!?
死んだはずなのにっ。
やばい、液体が肺にっ……。
死……。
「ごぼごぼっ……」
「ごぼっ……!?」
まただっ。
また意識が戻った。
ループしてるぞこれっ。
まさか、死ねないのか……!?
あの幼女が口にしていた死ねない体がどうとかってやつかっ、うそだろっ。
半永久的にこの苦しさが続くのかよっ、くそっ!
こんなの生き地獄だっ!
頼む、誰か助けてくれっ!
もう死のうなんて思わないから頼むっ!
死――。
「ごぼごぼっ……」
「ごぼっ……!?」
またかよ、くそったれ!
苦しすぎるっ。
まるで拷問だっ!
俺はスライムの体の中で、涙と鼻水とよだれと小便を垂れ流していた。
おいっ、くそ幼女っ!
聞いてるなら助けやがれこらっ!
助けてくださいよっ! お願いしますからっ!
俺は焦燥と絶望とあまりの苦しさで我を忘れ幼女に助けを請う。
駄目だっ、また死ぬっ!
そう思った時だった。
一筋の閃光が走ったように見えた直後――
バシュンとスライムの体が弾け飛んだ。
「ぐはぁっ、はぁっ、はぁっ……」
俺は地面に倒れ込み、肩で息をする。
「ははっ。おいおい、大丈夫かお前?」
軽薄そうな男の声が降ってきた。
体中の体液という体液を漏らしながら見上げると、そこには剣を肩に担いだ一人の青年が立っていた。
体中スライムの体液まみれだったおかげで、俺が涙を流しているのも小便を漏らしているのも目の前の青年にはバレてはいないようだ。
それにしてもこの青年……。
「ほら、手を出せよ。お前」
俺のことを同年代だとでも思っているのか、妙に馴れ馴れしい。
「あ、ああ……」
俺が手を伸ばすと、青年は俺の手を掴み、引っ張り上げて立たせた。
「おれ、ベンザっつうんだ。お前名前は?」
「……空海だ」
「クウカイか。変わった名前だな」
それはお互い様だろ。
ベンザは剣を鞘にしまうと両手を腰に当てた。
「それにしてもスライム相手に死にそうになってるお前を見た時はびっくりしたぜ。お前一体レベルいくつなんだ?」
「……レベル?」
レベルってなんのことを言っているんだ?
「レベルだよ、レベル。ステータス見りゃわかるだろうが」
「……ステータス?」
ベンザはゲームに出てくるような単語を並べる。
「おいおい、お前本当に大丈夫か? レベルもステータスも知らないなんてもしかしてスライムにやられて記憶失くしちまったのか?」
ベンザは苦笑しながら訊いてくる。
俺は一瞬考えた。
別の世界から来たようだと言って質問攻めに合うより、ここは記憶喪失で通した方が都合がいいかもしれないと。
「あ、ああ。どうやら断片的に記憶が飛んでるみたいだ」
「やっぱそうか。道理でな」
ベンザは簡単に信じてくれた。単純そうな奴で助かる。
「悪いがレベルについて教えてくれないか?」
「仕方ねぇな。いいか、レベルっつうのはそいつの大まかな強さだ。高いほど強い。自分のレベルを確認したいときは視界の右下にあるパネルを触ればいいんだ」
右手を動かしてみせるベンザ。
「パネル?」
俺はベンザのように正面を向いたまま目線を右下に落とした。
すると半透明の小さいパネルのようなものが確かにあった。
俺はそれを押してみる。
目の前にステータス画面のようなものが現れた。
「おおっ!? どうなってんだこれ?」
そこには俺の名前やレベル、力、運などの数字、装備品などが表示されている。
それによると……。
「俺のレベルは……1だ」
「レベル1!? お前これまでどうやって生きてきたんだよ! おれの親戚のガキだってレベル5はあるぜ……ってお前は記憶がないんだったな。すまんすまん」
大袈裟に驚いたベンザの様子から察するに、俺の年でレベル1というのはあり得ないことなのだろう。
俺からしたら、ついさっきこの世界に来たばかりなのだから、当然と言えば当然なのだが。
「なあ、この魔物使いってなんだ?」
そこで俺はふと気になったステータス画面に表示されていた文字を口にした。
「嘘だろ、お前魔物使いなのかっ? レベル1の魔物使いなんていよいよついてないなお前」
「だからなんなんだよこれ?」
「職業さ。みんな生まれた時から決まってるんだ。ちなみにおれの職業は剣聖、レベルは102だ。お前の職業の魔物使いっつうのは唯一モンスターを仲間にすることの出来る職業なんだ」
「それのどこがついてないんだ? 聞く限りじゃ悪くなさそうだぞ」
モンスターを仲間に出来るなんて、それこそゲームみたいで面白そうじゃないか。
だがベンザは額に手を当て、首を横に振りながら、
「さっきレベルが高いほど強いって言ったが魔物使いは例外でな、レベルが上がっても力とか素早さとかのパラメータは一切増えないんだ。だからお前はどんなにレベルを上げても弱いままだ。それに仲間にすることの出来るモンスターは本人のレベルに大きく関係しているんだ。つまりレベル1のお前じゃ最弱モンスターのスライムだって仲間に出来るか微妙なとこだぜ」
そう答える。
「マジか……」
おおハズレの職業じゃねぇか。
「それに見たとこ勧誘の腕輪も持ってないみたいだしな」
「勧誘の腕輪? なんだよそりゃ?」
知らない単語が次から次へと。
「魔物使い専用の装備品だぜ。それがなきゃ魔物は仲間にはならない……だがな」
とベンザは前置きした上で、俺の顔を見てにやりと笑った。
「これに関してはお前は運がいい。ほらこれ」
肩に掛けていたバッグから緑色の宝石のついた腕輪を取り出し俺に見せてくる。
「これってもしかして……」
「勧誘の腕輪だ。実は魔物使いの彼女にプレゼントしようと思って買っておいたんだがついさっきフラれちまってな、もう用済みなんだわ。だからお前にやるよ」
「こんな高そうな物をいいのか? ただでくれるのか俺に?」
「ああ、構わないぜ。内緒だけどこれ中古だしな」
人差し指を口元にやるベンザ。
俺は勧誘の腕輪を受け取るとそれを右腕にはめた。
ステータスの装備品の欄に勧誘の腕輪と表示された。
「ついでだからお前がスライムを仲間にするまで手伝ってやらあ。おれっていい奴だろ?」
ベンザはウインクしてみせる。
男のウインクなんぞまったく興味はないが、地獄に仏とはまさにこのことだ。
俺はスライムの体の中で永遠に死を繰り返すなんてことは二度とごめんなのでベンザの言葉に素直に甘えることにした。
「いいか、モンスターを仲間にするには勧誘の腕輪を装備した状態でモンスターを自分の手で倒す必要があるんだ。武器を装備してたり仲間に倒してもらったんじゃあ仲間にはならない。だからおれがスライムをあと一発で倒せる状態に追い込むからお前がとどめを刺せ。そうすりゃ運がよければスライムを仲間に出来る。これ全部元カノの受け売りだけどな」
ベンザはそう言うと持っていた剣とバッグを地面に置いた。
「おれが剣を使ったらスライムなんかひとたまりもないからな。素手でやるぜ」
「何から何まで悪いな、ベンザ」
「なあに、いいってことよ」
スライムを仲間にする手助けを申し出てくれたベンザにおんぶにだっこ状態の俺。
自分の子どもくらいの年でもおかしくない青年に頼りっきりなのは恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
「じゃあまずスライムを探そうぜ。二手に分かれるけどみつけたらおれに合図してくれよな。スライムじゃないモンスターに出遭ったら間違っても手出しするなよ。今のお前じゃ速攻殺されるからな」
とベンザは言うがそれに関しては問題ない。
なぜなら俺は死ねない体になってしまったのだからな。
とはいえ、さっきのスライムにやられたみたいに永遠に苦痛を繰り返すようなことだけは避けたいからここはベンザに従っておく。
俺とベンザは二手に分かれスライム探しを開始した。
ベンザは草原の中を俺は街道周辺を重点的に探す。
「いざ探すとなるといないもんだなぁ」
草をかきわけながら草原の中を進むベンザ。
初めこそ馴れ馴れしい軽薄そうな男だと思ったが、こうして付き合ってみるといい奴だ。
……そういえば他人とこんなに長くいたのは学生時代以来かもしれない。
「おーい、クウカイ。こっちにいたぞっ」
草原の中からベンザの声が聞こえた。
俺は声のした方へ急ぐ。
と、
「あっやべ、倒しちまった!」
ベンザが声を上げた。
「なんだ? どうしたんだ?」
俺がたどり着くとスライムの残骸が地面に散らばっていた。
「いやあ、お前が来る前にあと一発ってとこまで追い込もうとして殴ったら破裂しちまったんだ。手加減したつもりだったんだけどよ、わりいな」
飄々と謝ってみせる。
「別に気にするなよ。またみつければいいだけだろ」
「おう、そうだな。前向きだなお前」
前向きなんて言葉俺には到底似合わないが、死ねないとわかった以上この世界で生き抜くすべを身につけるしかないからな。
「あっそうそう、夜になったら強めのモンスターも出てくるから日が落ちる前になんとかしようぜ」
「そうなのか、わかった」
いいことを聞いた。
この世界のことは知らないことばかりだからこいつといると助かる。
ずっと一緒にいてくれないかなぁ、なんて四十二歳のおっさんがベンザをみつめながら気持ちの悪いことを考えていると、
ガサガサ。
茂みの中で何かが動いた。
俺は目を凝らす。
すると、茂みからぴょんと現れたのは憎き宿敵スライムだった。
「おい、ベンザいたぞ、スライムだっ」
「おっしゃ、待ってろっ」
飛び跳ねるようにして草原から出てきたベンザは、俺の前に立つと足元のスライムを見下ろした。
そしてスライムを手で掴むとそのまま持ち上げる。
「さっきは殴ったから弾けちまったんだよなきっと。だから今度は軽くはたくくらいの感じでやってみるぜ」
ベンザはスライムにぱしんとビンタをした。
スライムはぶるぶると体を振動させたが弾け飛ぶことはなかった。
「よし、こんなもんだろ。クウカイとどめの一撃だ。全力で行けよ」
スライムを俺の前に差し出してくる。
「わかった」
ベンザに掴まれ手出しできないスライムに攻撃するのもどうかとは思うが、ここまでお膳立てしてもらったからにはこのチャンスは逃すまい。
「おらぁっ!」
俺はスライムめがけ思いきり拳を振り抜いた。
俺に殴られたスライムは街道脇の岩にぶつかりぺたんと倒れる。
スライムは動かない。
……これで倒せたのだろうか?
「なあ、モンスターが仲間になる時ってどんな感じになるんだ?」
「さあな。おれも実際に仲間になるところを見たことがあるわけじゃねぇからわからねぇよ。ただ――」
俺の問いに首を振るベンザ。
そして何か言いかけた時だった。
スライムがむくっと起き上がると、すがるようなまなざしで俺を見上げてきた。
「ベンザ、これってもしかして……」
「仲間になりたいってことだろ多分。勧誘の腕輪の宝石部分を当ててみろ」
「お、おう」
俺は言われるがまま勧誘の腕輪の緑色の宝石部分をスライムに押し当てた。
するとどうだろう、スライムは岩にぶつかった時の傷が癒え、
『プギー!』
と元気に跳び上がった。
「お前俺の仲間になったのか?」
『プギー!』
足元で体をぐにゃっと折り曲げるようにしながら返事をするスライム。
会話こそ出来ないが意思の疎通はなんとかとれるようだ。
「ステータスを見てみろよ」
とベンザが言う。
俺はあらためてステータス画面を開いた。
【スライム ランクA 特技 体当たり 丸飲み】
半透明のパネルが目の前に表示される。
「おお、本当に仲間になってるぞ」
「よかったなクウカイっ」
俺の肩に手を回すベンザ。
「あとはこいつを地道に育てりゃいいさ。こいつが敵のモンスターを倒せばこいつとお前両方に経験値が入るはずだからお前もレベルが上がるし一石二鳥だろっ」
フラれた彼女から聞いた情報だろう、俺に教えてくれる。
「っつうわけでおれはそろそろ行くわ。もうちょっとお前といたいとこだけどよ、おれ銀の旅団てクランに入ってて今日そこの会合があるから遅刻するわけにはいかないんだ」
「クラン?」
「あっそうか、クランもわかんないのか。クランっつうのは……なんだろな、おれみたいに生まれ持った職業を活かして生計を立ててる奴らの集まりってとこかな」
ベンザは首をひねりながらも答えた。
「んなことよりマジで遅れるからおれもう行くな。じゃあなクウカイ。死ぬなよっ」
そう言ってキザったらしく二本指を顔の前にやるとベンザは駆け出していく。
「ああ。いろいろありがとなっ」
「いいってことよ!」
俺はベンザの背中が見えなくなるまでその場に立ち続けた。