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第26話

 三年がかりで悪者を退治すること九百九十九人。

 そのほとんどが勇者と勇者の仲間たちだったわけだが、これで自称神の幼女が示した目標まであと一人となっていた。

 しかし幸か不幸か、俺が悪者退治を躍起になって始めたためもう表立って悪さをする者は誰一人としていなくなっていたのだ。

「くそ……あと一人悪い奴を退治すれば元の世界に帰れるかもしれないっていうのに……」

「あんたまだ諦めてなかったわけ?」

 三年経って少し大人っぽくなったアマナがあきれた様子で俺に話しかけてくる。

「もういい加減この世界に骨を埋める覚悟をしたら」

「そうですよ。クルルさんは僕たちの仲間なんですから。これからも一緒に暮らしていきましょうよ」

 三年経ってこちらも少し背が伸びたゲッティが爽やかな顔で言う。

「俺はこの世界の人間じゃないんだ。何がなんでも元の世界に帰ってやるからな」

「クルル様、そんなこと言わずに考え直してほしいですニャ」

 体長五メートル程に成長したミケがすがるように寄り添ってくる。

 寄りかかるな、重いだろうが。

「クルル、お前が勇者たちをほぼ全滅させたからもうこの世界には勇者などいないのではないか?」

 モレロが口を開く。

 なんでお前ら俺の部屋に勝手に入ってくるんだ。

 ちなみにモレロは三年前のままどこも変わっていない。

「勇者じゃなくても悪い奴なら誰でもいいんだよ」

 こいつらの頭の中は悪い奴イコール勇者と決めつけているところがある。

 ……まあ、実際これまで会った勇者は往々にして全員悪者だったのだが。

「そんなことよりクルル。魔王様がお前をお呼びだぞ。早く行ってこい」

「え……俺だけに呼び出しか?」

「そうだ」

 モレロが毅然とした態度でうなずく。

「あんた何かしでかしたんじゃないの~?」

 指先を俺の鼻に当てるようにしてからかってくるアマナ。

 随分楽しそうじゃないか。

「何もしてないはずだけど……」

「クルル様、ボクもお供しましょうかニャ?」

「いや、いい。大丈夫だ」

「そうですかニャ」

 少しだけしゅんとなるミケ。

 大きい図体に似合わないポーズだがギャップがあって可愛らしい。

「じゃあちょっと行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 ゲッティに笑顔で見送られ俺は自分の部屋をあとにした。

 魔王の部屋に向かう途中、城の魔族たちとすれ違う。

「あ、おはようございます。クルル様」

「お元気ですか、クルル様?」

 礼儀正しく挨拶してくる。

「ああ。おはよう二人とも」

「それでは失礼します」

「失礼します」

「おう」

 ……俺もすっかり魔王軍の幹部が板についてきていた。

 全然嬉しくない。

 魔王の部屋の前に着いた。

 声をかけた後扉を開ける俺。

「魔王……様、失礼します」

 まだ魔王様と呼ぶことには抵抗がある。

 ヨミのことは嫌いではないが俺は魔王を崇拝しているわけではないからな。

『……よく来たな、クルルよ』

 俺が部屋に入るとシルエットの手だけが動いた。

『……こっちに来るがよい』

「はぁ、失礼します」

 俺は薄布を一枚挟んで魔王の前にひざまずいた。

 もう魔王の正体はヨミだってみんなにバレているのだから薄布はいらないんじゃないかと思うが魔王はこれを外さない。

『……クルルよ。お主まだ元の世界に帰りたいのか?』

 威圧感のある低い声が部屋中に響く。

「ええ、まあ」

『……そうか』

 しばしの間沈黙が流れる。

『……ならばお主にちょうどよい頼みごとがある。聞いてくれるか?』

「はい。なんでしょうか」

『……ミケの故郷は知っておるか?』

「ミケの故郷ですか? いえ、知りませんけど……」

 ミケとは魔族の中では一番長い付き合いだがそういえば故郷の話はしたことがないな。

「それがどうかしたんですか?」

『……ついさっきミケの故郷の長老から我に封書が届いてな。なんでも魔族が攻めてくるから力を貸してほしいそうだ』

「そうなんですか」

『……ああ。だから今すぐミケとともにミケの故郷ガルガンドへ向かってほしい』

「今すぐですか?」

『……我はそう言ったであろう』

「あ、はい……わかりました」

 俺はお辞儀をして魔王の部屋を出ていこうとする。

 すると魔王が、

『……今回の件が片付けばお主は元の世界に帰れるかもしれぬな。ヨミがお主によろしくと言っておったぞ』

「はい。ありがとうございます。失礼します」

『……達者でな』

 俺に言葉をかけてくれた。

 俺は自分の部屋に戻った。

「あれ……もう誰もいない」

 さすがに住人なしでは解散したか。

 俺は旅支度を整えると隣のミケの部屋を訪れた。

「ミケ、ちょっといいか?」

「なんですかニャ? クルル様」

「さっき魔王から聞いたんだがな……」

 と魔王からの話をミケに伝えてやる。

 と、

「それは大変ですニャ! 早くガルガンドへ行きますニャ!」

「ああ、俺も行くからな」

「クルル様も一緒に行ってくれるんですかニャ? それは心強いですニャ」

 目を輝かせるミケ。

「じゃあ早速お前の故郷のガルガンドとやらに向かおう」

「はいニャ!」

 威勢のいい返事とともにミケは俺を背中に乗せ部屋を飛び出した。

「いざガルガンドですニャー!」

 部屋を出た勢いそのままに荒野を駆け抜けるミケ。

 俺は振り落とされないようにミケの体毛を掴む。

「痛くないか?」

「大丈夫ですニャ」

 ミケは体調五メートルに成長してから一段と走るスピードが速くなった。

 風圧で俺は目を開けているだけでも結構きつい。

 数十分走り続けてガルガンドに到着した。

「ここがボクの故郷のガルガンドですニャ」

 見上げる程大きな町だった。

 大きな山を切り崩して造られたような段々になっている町並み。

 そこにいるのは大小さまざまな大きさの猫たち。

 ミケと同じ黒猫から茶色いのから白いのから……沢山の種類の猫がいた。

「ここがミケの故郷か~」

「そうですニャ。久しぶりに帰ってきましたニャ」

「とりあえず長老って猫のとこに会いに行くか」

「はいニャ。案内なら任せてくださいニャ」

 ミケは前足で胸をぽんと叩いた。

「おお、ミケじゃないかニャ。久しぶりだニャー」

「まあ大きくなってニャ~」

「ミケちゃん大人っぽくなったわニャ~」

「ニャニャ! ミ、ミケじゃねぇかニャ!」

 通り過ぎていく猫たちが口々にミケに言葉を投げかけていく。

 ミケもそれに対して「お久しぶりですニャ」と一つ一つ丁寧に返していく。

 それにしてもニャーニャーうるさいな。

「クルル様、長老の家はここですニャ」

 早く着かないかなぁと思っているとミケが一軒の家を指差した。

「おお、ここか。じゃあミケから入ってくれ」

「わかりましたニャ」

 長老の家はさすが長老というだけあって広かった。

 そこに一匹で住んでいるらしい。

「ミケや、おお、よく来たニャ~」

 長い銀色の体毛をなびかせて一匹の猫が家の奥から姿を現した。

「どれ、もっと近くで顔を見せとくれニャ~」

「長老様、そんなことより魔族が襲ってくるというのは本当ですかニャ?」

「んニャ~。そうだったニャ~。最近とんと物覚えが悪くなってニャ~」

 長老は続ける。

「昨日のことだニャ~。凶悪なドラゴンが若いメスのギガントキャットをいけにえに出さないとこのガルガンドを壊滅させると言ってきたのだニャ~」

「それは大変ですニャ。なんとかしないといけないですニャ」

「あのすいません……そのドラゴンてどこにいるんですか? 俺たちが退治してきますよ」

「ニャニャ~。本当ですかいニャ」

「そうですニャ。このクルル様は最強のお方なんですニャ。ついでにボクも今は魔王軍の幹部ですニャ」

「それは頼もしいですニャ~。それではドラゴンの居場所ですがニャ……」

 俺たちは長老からドラゴンのいる場所を聞くとそのドラゴンがいるという火山に向かった。

「暑いですニャー」

「……ああ、そうだな」

 活火山というだけあって頂上付近まで来るととんでもなく暑い。

 噴火口を覗くと今にもマグマが噴火して飛んできそうだ。

「おい、ドラゴン! いるか!」

 俺は山の頂で声を上げた。

 するとしばらくして、

「誰だ、オレ様を呼ぶのは?」

 唸るような声が轟いた。

「魔王軍幹部の一人、クルルだ! お前を退治しにやってきた!」

「ふはははっ。ふざけたことを」

 ドラゴンは岩陰から姿を現した。

「人間ごときにやられるオレ様ではないわ」

 声の主は体長三十メートルはありそうなダイヤモンドドラゴンだった。

「ん? なんだ……ちゃんとメスのギガントキャットを連れてきているではないか」

 ミケを見てダイヤモンドドラゴンが声を出す。

「そいつは旨そうだ」

「ボクはいけにえじゃないですニャ。魔王軍幹部の一人、ミケですニャ!」

「魔王軍の幹部だと? ギガントキャットごときがか? ふん。まあ、どうでもよい。貴様らまとめて食ってやるわ」

 ダイヤモンドドラゴンは俺たちに向かって灼熱の炎を吹いた。

「うわっ、あちちっ……」

 魔力のオーラで身を纏っていてもまともにくらったらやばいかもしれない。

 あいつ、俺たちを食うとか言ってたくせに丸焦げにする気か?

「ミケ、お前は下がっていろ。俺がやる」

「はいニャ。すみませんが任せましたニャ」

 俺は炎をかいくぐりながらダイヤモンドドラゴンの首の下に潜り込んだ。

「ちょこまかとすばしっこい奴め。だが逃げているばかりでは――」

「はいはい。お前の弱点は把握済みだよっと」

 俺はダイヤモンドドラゴンのあごの下にある逆鱗を思いきり殴りつけてやった。

「グオオォォ――!?」

 叫び声を上げその場に倒れるダイヤモンドドラゴン。

「ふぅ……これで千体目だな」

 感慨深いが悪者退治もこれで終了だ。

 やっと元の世界に帰れる。

 ミケが俺を名残惜しそうにみつめる目が印象的だった。

 ところ変わって天使族の集落。

「ではさようなら、クルルさん」

 エルリーさんに掛け軸をどかしてもらって俺は自称神のいる幼女のもとへと進む。

 明かりに導かれるように見覚えのある和室へと足を踏み入れた。

「なんじゃ、お主また来たのかわさ」

 俺を見て幼女が面倒くさそうに言う。

「ああ、約束通り千人悪者を倒したからな」

「そうかそうか……って、ん? 千人?」

 怪訝な顔をする幼女。

 なんか嫌な予感。

「うち千人て言ったわさ?」

「ああ、確かにそう言ったぞ」

「じゃあ間違いだわさ。本当は一千万人だわさ」

 いっせんまんにん……?

「………………このガキ、てめぇ!!」

「うわーっ。うちは神だわさっ……や、やめるわさっ。お尻ぺんぺんするんじゃないわさっ」

 俺が元の世界に帰れる日は来るのだろうか。

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