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第23話

 俺は振り向き、

「よお、アマナ。すごい家だなお前ん家」

「よお……じゃないわよっ。あんなに来たがらなかったくせになんでうちにいるのかって訊いてるのよっ」

「まあまあ、姉さん。パーティーは一人でも多い方が楽しいでしょ」

「俺はミケの付き添いで来ただけだよ」

 答える。

 アマナはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、せっかく来たんだ。俺も一つつまませてもらうか。

 そう思いテーブルの上の料理に手を伸ばしたその時、

「はしたないっ!」

 ぺしっと手をはたかれた。

 見上げると胸が大きくスタイルのいい女二人組が俺を軽蔑のまなざしで睨みつけていた。

 手にはリードを持ち、そのリードは横に立つ大男二人の首輪と繋がっている。まるで人間を奴隷のように扱っていた。

 なんだ? このいけ好かない女たちは……。

「アリーべ姉さん。デルチ姉さん。ご、ごきげんよう」

 アマナが女たちに向かって控えめに挨拶をした。

 ん……今、姉さんって言ったか?

 てことはこの二人がアマナたちの姉たちか。

「あら、この人間はアマナのペットだったのね。道理でしつけがなっていないはずだわ」

「そうねアリーべ姉さん、ほほほほ」

「まあ、アマナにはお似合いだけどね。ふふふふ」

 手を口元に当て高らかに笑うアリーべとデルチ。

「ペ、ペットなんかじゃない……です。この人間、クルルは……あたしの仲間です」

 振り絞るように声を出す。

「仲間~? 人間が仲間ですって!? この麒麟族の面汚しがっ!」

 アリーべがアマナの頬をひっぱたいた。

 続けてデルチが手をグーにしてアマナめがけて腕を振り下ろす。

 とっさにアマナは目をつぶった。

 だがデルチのげんこつはアマナには当たらなかった。

 俺がデルチの腕を掴んでいたからだ。

「なんのつもりっ、放しなさい人間っ!」

 デルチは声を張り上げる。

「俺はアマナの仲間だ。アマナに手を出すなら俺が相手になるぞ」

「くっ……コロ! やっておしまいっ!」

 コロと呼ばれた大男がデルチの声に反応して俺に殴りかかってきた。

 俺はデルチの腕を放し後ろへ退いた。

 アリーべとデルチがアマナをねめつける。

「いい度胸してるじゃない。覚悟は出来てるんでしょうねアマナ。この続きはバトルロイヤルではっきりさせましょう。もちろんそこの人間も参加するのよ、いいわねっ。逃げたら二度とこの家の敷居はまたがせないからねっ」

 そう言うと二人は大男を連れて豪邸の中に入っていってしまった。

「なんだ? バトルロイヤルって?」

 俺の問いにゲッティが答える。

「バトルロイヤルは麒麟族がペットにした人間を闘技場で一度に戦わせる競技です。麒麟族同士の代理戦争に用いることもあります」

「出る必要なんかないわ。クルル、あんたはもう帰ってちょうだい」

「いや、気が変わった。俺がそのバトルロイヤルとやら受けて立ってやる」

アマナたちの実家は本当に広い豪邸だ。

 庭に闘技場があるんだからな。

 俺は闘技場に立ち周りを見渡した。

 俺の他に人間が六人。俺以外はみんな首輪をつけていた。

 その中にはアリーべのペットのポチとデルチのペットのコロもいる。

 麒麟族たちがワイン片手に観覧している。

 誰のペットが勝つかで賭けをしているようだ。

 一番人気はアリーべ。最下位はアマナ、つまり俺だ。

「やっておしまいなさい、ポチ!」

「相手はアマナのペットよ、コロ!」

 アリーべとデルチが声を上げた。

 そして戦いの合図のゴングが鳴らされた。

 ポチとコロと俺以外の三人の人間が優勝候補のポチとコロに向かっていく。

 二人はポチに、一人はコロに。

 ポチとコロは血が出る程拳を強く握りしめると向かってきた相手の腹めがけてそれぞれパンチを繰り出した。

 拳が相手の胴体にめり込む。

 手を引き抜くと三人は闘技場の床にばったりと倒れ込んでしまった。

 ポチとコロは俺に視線を合わせた。

 と同時に飛び掛かってくる。

 二対一か。

 俺は二人の攻撃をかわしながら場外を見た。

 ゲッティとアマナが心配そうにみつめている。

 なんだ?

 俺が負けるとでも思ってるのか?

 俺はポチとコロの一瞬の隙を突き跳び上がると二人の頭を押さえて闘技場に思いきり叩きつけた。

 石で出来た闘技場に穴が空き崩れる。

「なあ、あんたたちは好きでこんなことやってるのか?」

 顔をうずめる二人を見下ろし声をかける。

 意識はまだあるはずだ。

 するとポチがふらふらっと立ち上がった。

「あ、ああそうだぜ。おれはアリーべ様が好きだからペットになっているんだ。優勝すればアリーべ様にご褒美がもらえるからな。え、へへへ……」

 だらしない顔で何かを思い出し笑う。

 あれ……?

 てっきりこいつらは無理矢理戦わせられているんだと思っていたのだが。

「好きでペットになってるっていうのか?」

「そうだ。文句あるか。麒麟族は美人揃いなんだ」

 ……バカらしい。

 俺はポチの後ろに回り込むと首にトンと手刀をくらわせた。

 その一撃で膝から崩れるように倒れるポチ。

 こうして俺はバトルロイヤルで優勝した。

「アマナ、あれでよかったのか?」

「まあ、結果オーライでしょ。あれで姉さんたちも少しはおとなしくなるだろうし」

 アリーべとデルチのペットは俺が痛めつけてやったからしばらくは動けないだろう。

 俺は料理をたらふく食べ芝生に寝ているミケをほっぺたを引っ張って起こす。

「もう食べられませんニャ~」

「バカ言ってないで起きろ」

「……ふニャ! クルル様……」

「ミケ、城に帰ろう」

「はいニャ。わかりましたニャ」

 重そうに起き上がるミケ。

「お前たちはどうするんだ?」

「せっかく実家に帰ってきたので今日は泊って帰ります」

 とゲッティ。

「そうね、姉さんたちの悔しがる顔ももっと見ておきたいしね」

「そうか。じゃあ俺たちは先に帰ってるからな」

「あ、クルル」

 帰ろうとしてアマナに呼び止められる。

「なんだ?」

「……ありがと」

「何がだ?」

「っ……知らないっ!」

 豪邸に入っていってしまった。

「クルルさん。姉さんが勇気を振り絞ってお礼を言ったのにあれはないですよ」

「そうですニャ。クルル様は女心がまるでわかってないですニャ」

 一人と一匹から責められる。

 アマナに感謝されるようなことなんてしたかなぁ……。

「はぁ……クルル様、お城に帰るから背中に乗ってくださいニャ」

 呆れた様子のミケが言う。

「それでは出発しますニャ!」

 かけ声とともに意気揚々と駆け出したミケだったが料理を食べ過ぎたせいか城に帰るのに来る時の倍の時間がかかってしまった。

 一夜明けた次の日、いつものように俺の部屋で熟睡していたミケを起こさないようにそっと部屋を出ると俺はヨミの研究室へと向かった。

 ヨミはこの城で唯一俺以外の人間であり、不思議な道具が作れる人間でもある。

 ヨミになら俺が異世界から来たことを話しても大丈夫そうな気がする。

 俺は階段を下り薄暗い地下へと足を運ぶ。

 そして研究室の前に着いた。

 ドアをノックする。

「ヨミ、いるか? クルルだけど」

「……」

 返事はない。

 おかしいな。

 ヨミはあまり研究室から出ないはずなのだが。

「ど、どうかしましたか?」

「うおっと……」

 背後からヨミに声をかけられ思わず声が出る。

「……ご、ごめんなさい。脅かすつもりはなかったんですけど」

「いや、ヨミは悪くないから気にしないで」

 俺はばくばくする心臓を落ち着かせながら話す。

「ちょっとお前に話があってさ、少し時間いいか?」

「は、はい、大丈夫です」

 研究室に招き入れられると手近にあった椅子に腰掛けた。

 ヨミはいつも通り白衣姿で前髪は下ろしている。

 表情はよくわからない。

「信じられないと思うけどさ……」

 前置きして、

「俺は別の世界からこの世界にやってきたんだ」

「……は、はい、そうですか」

「え……信じてくれるの?」

「は、はい」

 小さくうなずく。

 拍子抜けだった。こんな簡単に信じてもらえるとは。

「じゃあさ、その別の世界に帰る方法ってわからないかな?」

「……か、帰りたいんですか?」

「え、そりゃあまあ」

「……こ、この世界は嫌いですか?」

 小さな口を小さく動かして喋るヨミ。

「いや、嫌いじゃないけど俺の本来いるべき世界はここじゃないからさ」

「……そ、そうですか。ほ、保証は出来ないですけど元の世界に帰れる装置を作ってみたいと思います」

「本当か、それは助かるよ。ありがとう。ヨミも困ったことがあったらなんでも相談してくれ」

「は、はい、わかりました」

 俺は礼を言うとヨミの研究室を出た。

 なんだ、こんなことなら初めからヨミに相談すればよかった。

 ……元の世界に帰れる希望が出てきたぞ。

 と嬉しい気分も束の間、翌日勇者たちが魔王城に総攻撃をしかけてきた。

「出て来い魔王!」

「おれたちと勝負しろ!」

「逃げ道はないぞ!」

 大勢の勇者たちが城の外で叫ぶ。

 魔術を使っているのだろうか声が城全体に響き渡って聞こえる。

 アマナは窓の外を見下ろし、

「あいつら、どこからわいてきたのよまったく」

 不機嫌な表情を隠さない。

「あたしが行ってさくっと全員殺してくるわ」

「待つのだアマナ。まずは魔王様の意見を聞くべきだ」

 指をぽきぽき鳴らすアマナをモレロが止めた。

「オレは今から魔王様のもとへ行ってくる。お前たちはそれまで何も手出しするな」

 そう言い残しモレロは上の階へと上がっていった。

「手出しするなって向こうから喧嘩売ってきてるのよ」

「そうですニャ。このまま好き勝手言わせておくのはよくないですニャ」

「まあまあ、姉さんもミケさんも落ち着いて」

 一人と一匹をなだめるゲッティ。

「クルルさんを見習ってください。どしっと構えているでしょう」

 ゲッティにつられミケも俺を見る。

「クルル様、凛々しくてかっこいいですニャ。モレロ様みたいですニャ」

 嬉しくない褒め言葉を聞き流し俺は窓の外を見た。

 勇者や魔法使い、戦士たちで魔王城の前はごった返していた。

 アマナの言う通り、こんな数の勇者たち一体どこにいたんだっていうくらい大勢集まっている。

「あと五分だけ待ってやる。それでも魔王が出てこない場合はこいつを見せしめに殺してやるからな!」

 そう言って勇者が人間の群れから引っ張り出してきたのはヨミだった。

「ヨミ……っ!?」

「ヨミさん!?」

「なんであいつ勇者に捕まってるのよっ!?」

 勇者はヨミをその場に正座させ首筋に剣を当てた。

「こいつは魔族に寝返った女だ。助けたければあと四分以内に魔王が直接出て来い!」

 やはりこの世界の勇者は俺が思い描く勇者とは程遠い。

 その時モレロが戻ってきた。

「どうでしたか? 魔王様はなんて?」

 ゲッティの問いに、

「……魔王様はいらっしゃらなかった」

 モレロが首を横に振る。

「いなかったってどういうことよ」

「オレにもわからん」

「もう、あたしは行くわよ。ヨミを人質にしてるあの勇者の首をねじり曲げてやるわっ」

「僕も行きます」

「だったらボクもお供しますニャ」

「仕方ない、オレも出るか」

 アマナたちは今にもヨミを助けに行こうとしていた。

「さあ、あと一分だぞ魔王。仲間を見捨てるつもりか!」

 勇者が叫んだ。その矢先、

『……我なら既にお主らの目の前にいるであろう』

 落ち着いた、だが威圧感のある声が轟いた。

「なっ!? ど、どこにいる魔王! 出て来いっ!」

 ヨミに剣を突き付けていた勇者が辺りを見回す。

「姿を見せろ魔王! でないとこの女を殺すぞっ!」

『……やってみろ』

 その時ヨミの口元がそう動いたように見えた。

 するとヨミは自分の首に突き付けられた剣を握りしめた。

 そして次の瞬間ヨミに握られた剣はチョコレートのように溶けた。

 ……!?

 ヨミはゆっくり立ち上がると動揺している勇者に向かって手を差し出した。

 何をするのだろうと凝視しているとヨミは勇者の首を掴んでちぎった。

 ……っ!?

 いつの間にかヨミの体には羊のような角が生えていて俺と同じように黄色く輝く魔力のオーラが纏われていた。

『……我が魔王だ。死にたい者は前に出て来い』

 勇者たちを振り返り言葉を発するヨミ。

 魔王の正体はヨミだった。

「えっ、ちょっと待ってよ。ヨミが魔王様だったの!?」

「そんな……」

「驚きですニャ!」

「オ、オレも知らなかった……」

 幹部たちもヨミが魔王だったことに驚いているが、勇者たちの驚きはその比ではなかった。

 勇者たちは人間を裏切った女くらいに思っていた相手であるヨミが魔王だったのだから。

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