魔王の部屋でささやかな葬式のようなものが開かれた。
この世界にも一応そういう文化はあるようだった。
とはいっても俺がいた世界とは異なり五分程で終わった。
エルザさんの遺体は土葬にされた。
それから三日が経ち、ブルの時と同様一つ空いた幹部の席をめぐって争奪戦が繰り広げられたらしいのだが、その結果新たな幹部にはなんとミケが選ばれた。
そして今日はミケが初めて幹部として魔王に接見する日だ。
「緊張しますニャ~」
胸を押さえているミケ。
「そう気負うな」
モレロが言う。
今は魔王の部屋の扉の前。
俺とモレロとミケの二人と一匹でこれから魔王の部屋に入るところだ。
モレロが扉を開け中に入る。
「失礼します、魔王様」
俺たちも続く。
「失礼します」
「失礼致しますニャ」
いつものように薄い布で仕切られていて魔王の姿ははっきりとは見えない。
薄布に映るシルエットだけだ。
「魔王様、新しく幹部になったミケを連れてきました」
「お、お初にお目にかかりますニャ。ミケと申しますニャ」
震える声で名を名乗る。
『……ミケよ。エルザのいなくなった影響は大きい。早く他の幹部たちに追いつけるように精進するのだ。期待しているぞ』
「は、はいニャ!」
跳び上がらんばかりに勢いよく返事をするミケ。
前から魔王に会いたがっていたからな。よほど嬉しいのだろう。
『……クルルとミケは下がってよいぞ』
魔王にそう言われ俺たちは退室した。
「失礼します」
「失礼致しますニャ」
部屋を出て廊下を歩きながらミケが、
「魔王様かっこよかったですニャ~。クルル様もそう思いますニャ~?」
と猫撫で声で俺に同意を求めてきた。
正直姿を見たこともないしかっこいいもくそもないのだが。
せっかく喜んでいるミケの気分を害するのも悪いしな。
「ああ、そうだな」
とりあえず賛同しておく。
「ニャニャ~。嬉しいですニャ~。魔王様がボクに期待してくれてますニャ~」
猫のくせに器用にスキップしながら廊下を進んでいくミケ。
俺は小走りでその後を追った。
ミケには四階に新しい幹部専用の部屋が与えられていた。
その部屋の前に着くとミケがおもむろに振り返る。
「クルル様、ボク早く魔王様に認められたいですニャ。何をしたらいいですかニャ?」
顔が近い。
温かい鼻息が顔に当たる。
「そうだなぁ……」
と一拍置いてから、
「悪い奴を沢山退治したらいいんじゃないか」
と提案してみる。
「悪い奴ですかニャ?」
ミケはふくろうばりに首をひねった。
「つまり勇者ね」
「ちょっと姉さんてば」
アマナとゲッティが廊下を歩いてきた。
「アマナ様とゲッティ様ですニャ! おはようございますニャ!」
「おはよ、ミケ。ついでにクルルも」
「おはようございます、ミケさん、クルルさん」
「おう」
「幹部になったんだってね、頑張ってね~」
「ミケさん、これからもよろしくお願いしますね」
「はいニャ。こちらこそお願いしますニャ!」
首をぶんぶん縦に振る。
「さっきの話に戻るけどクルルが言いたかったのは勇者を沢山殺せってことでしょ」
「そうなのですかニャ」
「いや、俺が言いたかったのは――」
「ミケ、勇者を沢山殺せば魔王様に褒められるわよ~」
「本当ですかニャ! でしたらボク頑張りますニャ!」
ゲッティは「姉さんてばまた適当なこと言って……」とあきれ顔だが、ミケは鼻息荒くすっかりその気になっていた。
時刻は夜十二時過ぎ、俺はミケの部屋を訪ねた。
「夜遅くわるいなミケ。いきなりだけどお前最近何やってるんだ?」
「ふニャ~、どういうことですかニャ?」
新しく幹部になったミケの部屋は俺の隣にある。
ドアを開け閉めする音が聞こえてくるのだがそれは決まって朝早くか夜遅くに聞こえてくるのだ。
「どこか出かけてるのか?」
「そうですニャ。クルル様に言われた通り勇者を退治して回ってるんですニャ」
俺はそんなこと言った覚えはないが。
「すでに四人の勇者とその仲間たちをやっつけましたニャ。それを知ったら魔王様もきっと褒めてくださいますニャ」
「その勇者たちはどんな奴らだったんだ?」
俺がこれまで会ってきた勇者はクズばかりだったが、もし俺が思い描くような立派な勇者だったとしたら心が痛む。
「もちろん全員悪者でしたニャ」
とミケは自信満々に答える。
なんだ? この世界にはまともな勇者はいないのか?
それとも俺とミケの善悪の基準が違うのだろうか。
「そういう訳でボクは寝不足なので休ませてもらいますニャ」
「ん、ああ。そうしてくれ」
俺はミケの部屋をあとにして自分の部屋へと戻った。
ベッドに寝転ぶと天井を見上げる。
成り行きで魔王の配下になってしまった俺だが、ここらでこれからのことをちゃんと考えないとな。
やはり最優先で考えるべきは元の世界に帰る方法だが、俺は一度死んで神と名乗る幼女にこの世界に飛ばされた訳だからなぁ……。
いっそもう一度死んでみるというのはどうだろう。そうしたらあの幼女にまた会えないだろうか。
いや……また会える保証はどこにもないし何より自ら死を選ぶ気にはなれない。
俺が本当は魔王のことなど全く尊敬も崇拝もしていない異世界から来たただの高校生だと知られたらどうなるのだろう。
魔王に殺されてしまうのだろうか。
異世界に帰る方法を誰かに訊きたいところだが、唯一俺が異世界から来た人間だと知っていたエルザさんが亡くなってしまった今となっては相談する相手は誰もいない。
ん……?
誰もいない?
ちょっと待てよ……もしかしたら俺の正体を知っていそうな人が一人だけいるじゃないか。
エルザさんのおばあさんのエルリーさんだ。
先日、エルリーさんはエルザさんと同じく俺の頬を舐めた。
エルザさんは相手の汗を摂取することで記憶を読み取れる能力があると俺に話してくれたことがあるが、もし仮にエルリーさんにも同じ能力があったとしたら……先日のエルリーさんの突然の行動にも説明がいく。
エルリーさんは長く生きているから異世界のことについて何か知っているかもしれないし好都合だ。
「よしっ……!」
俺はベッドから飛び起きた。
「エルリーさんに相談してみよう」
「エルリーさんに会う方法ですか?」
「ああ、わからないか?」
俺は元の世界に帰る方法を探るためエルリーさんに相談しようと考えたのだが、会う方法がわからないのでゲッティに訊ねに来たところだ。
「なぜまた彼女に会いたいのですか?」
「ん、まあちょっとな……話したいことがあってさ」
「げ、あんたあんなのが趣味なの? 二百歳過ぎたばばあじゃない」
なぜかゲッティの部屋にいたアマナが苦虫を嚙み潰したような顔で口を挟んでくる。
「誤解するな。あの人は物知りそうだからちょっと話してみたいだけだ」
「ふーん。そうなの。へー」
全然信じてないな、こいつ。
「それで、どうなんだゲッティ」
「正直エルリーさんに会う方法は僕にもわかりません。天使族は閉鎖的な種族ですから」
「うーん、そうなのか」
まいったな……ゲッティなら知っていると思ったんだが。
「あたしもわからないわよ。残念だったわね」
とアマナ。お前には訊いてない。
「わかった。邪魔したな」
俺はゲッティの部屋を出た。
すると、
「おお、クルルじゃないか。ゲッティの部屋にいたのか? 珍しいな」
モレロと廊下でばったり会った。
「ああ、まあな。あんたは何してるんだ?」
「魔王様の命令でこの密書を届けに行くところだ」
モレロは右手に持った手紙を上げてみせた。
「大変だなあんたも」
「何を言う。魔王様のお役に立てるんだぞ、これ以上の幸せはないだろうが」
俺の目をじっとみつめてくる。
圧がすごい。
「あ、ああそうだな。まあ頑張れよ」
「では行ってくる。いざ天使族の集落へ」
颯爽と去っていくモレロ。
……えっ?
今なんて言った?
「お、おい、モレロ。今どこに行くって言ったんだ?」
背筋を伸ばし廊下を歩くモレロの背中に投げかけた。
モレロは振り返り、
「? 天使族の集落だが……」
「お前天使族がどこにいるか知ってるのか?」
「ああ、魔王様に教えてもらったからな」
平然と答える。
マジか。
「なあ、もしかしてその密書、エルリーさんに渡すのか?」
「もちろん、族長はエルリーどのだからな」
おいおい、マジかよ。
俺ってついてる~。
「どうしたというんだクルル、さっきから興奮して……」
「その任務俺もついていっていいか?」
「それは構わんが――」
「そうと決まれば……俺準備してくるから待っててくれ」
「あっ、おい……」
困惑するモレロをよそに俺は自分の部屋へと駆け出した。
モレロによると天使族の集落は人里離れた山奥にあるらしい。
俺とモレロとミケは天使族の族長であるエルリーさんに会うために天使族の集落へと馬車で向かっていた。
「それでなんでミケまでいるんだ?」
「悪いモレロ。こいつ勝手についてきたんだ」
「クルル様たちだけずるいですニャ。ボクも魔王様のお役に立ちたいですニャ」
魔術で小さくなったミケが鼻を鳴らす。
「今からでも置いてこようか?」
「いや。魔王様のお役に立ちたいという思いはよくわかる。ミケの同行を許可しよう」
「ありがとうございますニャ、モレロ様」
モレロに向かって頭を下げるミケ。
なんかこいつら、魔王に心酔している辺りちょっと似ているかもな。
草原の中、馬車に揺られること数時間、うとうとしていたところにモレロの声が耳に入ってくる。
「クルル、ミケ。見ろ、あれが天使族の集落だ」