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第20話

「……こいつ、死んだの?」

 地面に着地した俺にアマナが訊いてきた。

 俺は倒れているヤドクを見下ろす。

「いや、まだ生きてる」

「そう、ちょうどよかったわ。あたしがとどめを刺したかったし」

 そう言うとアマナは自分の手を刃に変形させた。

 その手をヤドクめがけて振り下ろす。

 刃がヤドクの首筋に触れるか触れないかのところで、

「やめろっ!」

 声が飛んだ。

 さっきまで瀕死状態だったはずのモレロがアマナを止めたのだ。

「モレロ、止めないでくれる。こいつはエルザの仇よ」

 モレロの方を見ずにアマナが言う。

「止めるつもりはない。だがそいつにはまだ訊きたいことがあるからな。その後でなら煮るなり焼くなり好きにするがいい」

 とモレロ。

 っていうか……。

「お前大丈夫なのか? 死にそうだっただろ」

「ゲッティに治してもらったからな。問題ない」

 見るとゲッティが爽やかに笑ってみせた。

 魔術で傷を治したってことか……。

 モレロは倒れているヤドクに近寄ってしゃがみ込むと禁断の魔術書を取り上げた。

「こいつは魔王様の物だからな、返してもらうぞ」

「……ゲ、ゲコ」

「それで……もう一冊はどこにあるんだ?」

 語気を強めるモレロ。

 もう一冊?

「おい、モレロ。どういうことだ?」

「……魔王様によると宝物庫には禁断の魔術書が二冊おさめられていたそうだ。今こいつから取り返したこれは【地の書】といって自らを巨大化させる魔術の秘法が書かれている。対を成すようにもう一冊【天の書】という物も存在するのだがそれも宝物庫からなくなっていたのだそうだ」

 俺を見上げ説明してくれる。

「もう一度訊くぞ。【天の書】はどこだ?」

「……」

 ヤドクは目をつぶり口をつぐんで何も話そうとしない。

 冷や汗が頬を伝う。

「口を割らせる方法ならいくらでもあるんだぞ」

 モレロの目が冷たく光る。

「……ゲコ……そ、それは――」

 ヤドクが口を開きかけたその時、

 ズドン。

 ものすごい速さの光線がヤドクの胸を貫いた。

 ヤドクの体にぽっかりと風穴が開いている。

「ゲコッ……」

 長い舌をだらんと出し絶命するヤドク。

 俺たちは揃って光線の出どころである上空を見上げた。

 っ!?

「な、なによあいつら……!?」

 宙に浮かんでいたのは天使の大群だった。

五十人程いるだろうか、天使たちは俺たちのもとへとすうっと下りてきた。

 地面に着くと先頭にいた女の天使が口を開く。

「わたくしは天使族の族長、名前をエルリーといいます」

「そんなことどうでもいいのよっ。それよりなんでこいつを殺したのっ」

 アマナが怒りをあらわにする。

「? おかしななことを訊くのですね。あなたはその者の死を望んでいたのではないですか」

「あたしが直接この手でエルザの仇を討ちたかったのよっ」

「そうでしたか。ですがそれならばわたくしにも権利はあると思いますが……」

「どういうことです?」

 ゲッティが訊いた。

「わたくしはエルザの祖母ですから」

 両手を広げ答えた。

「祖母? エルザのおばあさんてこと?」

「ええ、そうです」

「嘘つかないでよ、あんた全然若いじゃないっ」

 アマナの反応ももっともだった。

 エルリーと名乗った天使はどう見ても二十代に見えた。

「わたくしたち天使はあなた方に比べて若い肉体でいる期間が長いのです。わたくしはこう見えて二百二十四歳です」

「げ……めちゃくちゃばばあじゃない」

「姉さん、失礼だよ」

 ゲッティはアマナを一言たしなめてから前に向き直る。

「……わかりました。それでエルリーさんたちはエルザさんの仇をとりにきたのですか? そんな大勢で」

「それもありますが、わたくしたちは魔王に会いに来たのです」

「魔王様にですか?」

「エルザを安心して任せていたのにこんなことになってしまって……ですから魔王の頬を一発くらいひっぱたかないと気が済まないので」

 笑顔のエルリーさんが続けて言う。

「どなたか魔王のもとへ案内してもらえませんか?」

「それは見過ごせんな」

 とモレロが話に割って入る。

「魔王様に危害を加えようとしている者を黙って通す訳にはいかない」

 槍を構えるモレロ。

「エルザのおばあさんでも魔王様の敵なら今ここで倒すわ」

 アマナも戦闘モードに入っている。

 いつでも魔術を放てる体勢だ。

「あら、わたくしたちはあなた方とやり合いに来たのではないのに……困ったわねぇ」

 手で顔に触れ目を細める。

「こちらもあなたたちと戦うのは本意ではありません。退いてもらえませんか」

 ゲッティが言うがエルリーさんの後ろに控えている天使たちもまたにらみをきかせやる気満々のようだ。

「どうしましょう。このままやり合うとお互いに死者が出るでしょうし……」

「死者が出るのはそっちだけよっ」

「ここは一つ昔から天使族に伝わる方法で解決しませんか?」

「勝手に言ってなさいよっ。あたしたちはあたしたちのやり方でやるわっ」

「姉さんは黙ってて」

 リードがなければ今にも飛び掛かっていきそうな猛犬のようなアマナを制してゲッティが一歩前に出る。

「それはどんな方法なんですか?」

「各々代表者を出して一対一で戦うのです。相手に参ったと言わせれば勝ちです。勝者は敗者に一つだけ言うことをきかせることが出来ます」

 一対一か。

 人数的には圧倒的に不利なこっちとしては悪くない条件だ。

 ゲッティもそう思ったのか、

「わかりました。その方法で決めましょう」

 と同意する。

「ちょっとゲッティ勝手に決めないでよっ」

「そうだぞ。オレたちに相談もしないで……」

「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 いきり立つアマナとモレロをなだめるゲッティ。

「こちらの代表者はもちろんわたくしです。そちらは誰が出るのですか?」

 エルリーさんの問いにゲッティが返す。

「こちらは彼が出ます」

 ゲッティは話の輪に入っていなかった俺を指差した。

 ……え、俺? 

「おい、ゲッティ。どういうことだよ、俺が代表者なんて」

「そうよ。なんでクルルなのよっ」

「代表ならオレが出よう」

「まあ、待ってください。天使族は魔術への耐性が強いので僕や姉さんは不利なんです。その点クルルさんは身体強化して戦うタイプなので相性はいいはずです」

 ゲッティが諭すように言う。

「それなら俺じゃなくてモレロでもいいんじゃないか」

「そうだ。ならばオレでも構わないだろう」

 モレロが食い下がる。

「確かにそうですが、クルルさんは以前暴走したエルザさんを止めた実績がありますから」

 そういえばそんなこともあったが……。

「……むう。そうなのか」

 ゲッティの言葉に納得した様子を見せるモレロ。

 おいおい、お前が引き下がると俺が戦わなくちゃならなくなるだろ。

 くそ……真面目過ぎる性格も考えものだな。

 結局ゲッティの思惑通りエルリーさんと俺が一対一の対決でケリをつけることになった。

「あなたたちは手を出しては駄目よ」

 天使たちに指示するエルリーさん。

 言われた天使たちは「はっ」とうなずきその場にひざまずく。

「勝負はどちらかが降参するまで。いいですね?」

「殺しちゃったらどうするのよ」

 アマナが横から水を差す。

「その場合もその者の勝ちです」

「クルル聞いたわね。殺しちゃっていいって」

「わたくしを殺すというのですか。ふふっ、面白い冗談です」

 エルリーさんは手を口元に当て優雅に微笑んでみせる。

 俺を無視して変な方向に話を進めるなよな。

「クルルさんでしたね。それでは始めましょうか」

 外堀がっちりかためられて今更嫌とは言えないな。

「はぁ……お手柔らかに」

 モレロが「始めっ!」と声を上げた。

 その瞬間、エルリーさんは羽を広げ空高く舞い上がった。

 っ!?

 速い。

 強化した俺の動体視力でなんとか追いすがる。

 エルリーさんは一瞬で遥か上空へと到達するとおもむろに手を上げた。

「あいつ、何するつもり」

 アマナは目を凝らしつぶやく。

 天使たちはエルリーさんの勝利を信じて疑わない目をしていた。

 エルリーさんの手が光り魔法陣が発現する。

 そこから天に向かって無数の光弾が放たれた。

「はんっ、どこに向かって撃ってるのよ、あいつ」

 俺もそう思った矢先、光弾は軌道を変え放物線を描くように俺に向かってきた。

「なっ!?」

 無数の光弾が降り注ぐ。

「うおっ」

 俺はそれらを紙一重でかわす。

 落ちた光弾によって地面には底が見えない程の深い穴が無数に開いていく。

 天使たちは戦況を見守っていた。

 俺は光弾を避け続けながらエルリーさんを見上げた。

 エルリーさんは涼しい顔で光弾を放ち続けている。

「ずいぶんと余裕そうじゃないか。年寄りのくせに」

 なんで俺はこんな目に遭っているんだ。

 俺が何をしたっていうんだ。

 考えてたらだんだん腹が立ってきたぞ。

「その顔、気に食わないなっ」

 俺は自分めがけて襲いかかってくる光弾を素手で弾いた。

「……っ!?」

 それを見て天使たちが目を見開く。

 エルリーさんも多少驚いたようだ。目を丸くしている。

 俺の方はというと弾いた右手がちょっとしびれてはいるがどうということはない。

 俺は連続で襲い来る光弾を両手で弾き続けた。

 無言の攻防がしばらく続いたが先に音を上げたのはエルリーさんの方だった。

 光弾の雨が止む。

「ナイスです、クルルさん。さっきまでの攻撃で相手は相当魔力を消費したはずです」

 ゲッティが声をかけてくる。

 エルリーさんはすうっと下降してきた。

 そして穴だらけの地面に下り立つ。

「どうした? 降参か?」

「いえ、あなたと少し話がしたいと思いまして……」

 エルリーさんが微笑む。

「話? 決闘の最中だぞ」

「……あなたはそれ程強いのになぜ魔王の配下にいるのですか?」

 俺の言葉は無視してエルリーさんは訊いてくる。

「関係ないでしょう」

「あなたは人間ですよね。なのに魔族に与しているのはなぜですか?」

「だから――」

「クルルはあたしたちの仲間よ、何か文句あるの!」

「そうだ。クルルは人間だがオレたちの味方だ」

「それこそエルリーさんには関係のない話ですよ」

 アマナたちが口々に声を上げた。

「ふふっ、わかりました。勝負再開といきましょう」

 そう言うなりエルリーさんは「……」と何やら呪文をぶつぶつ唱え始めた。

 そして、

「……龍神変化!」

 宙に向かって叫んだ。

 エルリーさんの目が白く輝き光を放つ。

 どくんどくんと体が脈打つ。

 手足に鱗のような模様が浮かび上がった。

「まさか、この魔術は……」

「そんな、うそでしょ……」

 ゲッティとアマナが口を開けたまま立ち尽くす。

 なんだっていうんだ?

 次の瞬間――

 エルリーさんの着ていた白装束が破け、エルリーさんは光り輝く大きなドラゴンへと姿を変えた。

「グオオォォー!!」

 光り輝くドラゴンに変身したエルリーさんは辺り構わず炎を吐いた。

「なんだよこれ!? ドラゴンになったぞ!?」

 俺たちは炎を避ける。

 天使たちも立ち上がり「まずい、逃げろ!」と炎から逃げ出した。

「この魔術はダイヤモンドドラゴンに変身する超高等魔術ですっ。僕も実際に見たのは初めてですっ」

 炎をかわしながら興奮した様子でゲッティが答える。

「喜んでる場合じゃないでしょ、ゲッティ!」

 アマナがバリアで炎を防いでいる。

「さっきまでとはうってかわって誰彼構わず攻撃しているのはなぜだっ?」

「地上最強の生物に変身する代わりに自我がなくなるんですよっ」

 モレロの問いにゲッティが返す。

 地上最強の生物だって……?

 俺はダイヤモンドドラゴンとやらに変身したエルリーさんの横っ腹にパンチを思いきりぶち込んだ。

 ガキイィィン。

 少々体勢を崩させた程度でダメージはほとんど与えられてはいない。

 滅茶苦茶な硬さだ。

「ゲッティ、何か弱点はないのかっ!?」

「はははっ、残念ながらありませんっ」

 笑顔で答えるゲッティの顔はとても残念そうには見えない。

「目を狙ったらどうなのよっ?」

 アマナが言うが、

「眼球も内臓もダイヤモンドで出来てるから無理だよ、姉さんっ」

 それも無駄らしい。

 だったらどうすればいいんだ……。

 エルリーさんが吐き出す炎から天使たちが逃げ惑う中、

「ドラゴンには逆鱗があるはずだ! そこが弱点だ、そこを狙えっ!」

 とモレロが叫んだ。

 さすが半魚人。鱗がある者同士ドラゴンの生態には詳しいようだ。

 ……でも逆鱗てどこにあるんだ?

 ……いや、待てよ。昔何かで読んだことがある。

 確かあごの下辺りだったはずだ。

 そうと分かれば……。

 俺は炎をかわしながらエルリーさんの下に潜り込み首元を見上げた。

「う~んと……あった!」

 鱗が一つだけ逆さまになっている。

 俺は地面を力強く蹴って跳び上がるとエルリーさんの逆鱗にパンチをくらわせた。

 拳が逆鱗にめり込む。

「グオオオォォォー」

 エルリーさんは咆哮にも似た鳴き声を上げ倒れていく。

 それと同時に天使の姿へと戻っていった。

「おっと」

 俺は倒れかけた全裸のエルリーさんを抱きかかえた。

 天使の羽が首筋に当たりくすぐったい。

「すごいですよ、クルルさん。まさかダイヤモンドドラゴンを倒してしまうなんて」

 ゲッティが駆け寄ってきて着ていた服をエルリーさんに被せた。

「モレロのおかげだよ」

「いや、オレは助言をしただけだ」

「……それにしても人騒がせな天使ね、まったく」

 モレロとアマナも集まってきた。

「……ぅん。あら、どうやらわたくしやられてしまったようですね」

 エルリーさんは俺の腕の中で目覚めた。

「そうよ、あんたの負けよ」

「ええ、降参します。わたくしの負けです」

 そう言うとエルリーさんは自分の足で地面に立った。

 そして俺をじっと見てくる。

「……何か?」

 するとエルリーさんは俺に顔を近づけて頬をぺろっと一舐めした。

 っ!?

「ふふっ、クルルさん。わたくし、あなたに興味がわきました。また会いましょうね」

 言ってからくるっと振り返り天使たちの方へ向かう。

 天使たちと合流したエルリーさんは「では、さようなら」と手を振ると飛び去っていった。

「よかったじゃない。エルザのおばあちゃんに好かれたみたいで」

 楽しそうに俺の背中を叩くアマナ。

 ……勘弁してくれ。

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