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第17話

 トリプルアクセルを発動しておいてよかった。

 そのおかげで、アマナに攻撃を仕掛けようとしたエルザさんの腕を瞬時に掴むことが出来た。

「邪魔するならきみも殺すよ」

 俺を見据えるエルザさんの目は座っている。

 いつものエルザさんではない。

 ドゴッ!

 エルザさんは前蹴りを放ってきた。

 不意の攻撃に俺は掴んでいた手を放してしまう。

 壁に激突し、めり込む俺。

「……いてて」

 トリプルアクセルを使ってなかったら今ので死んでるな。

「クルル、大丈夫!? 今バリアを張るからっ!」

「いや、俺なら大丈夫だ。エルザさんはここで止める」

 なおも飛び込んできて攻撃の手を休めないエルザさん。

 俺は腕でガードしつつどうするか考える。

「いてっ!」

 ガードをすり抜けたパンチが鼻にヒットする。

 たら~っと鼻血が垂れる感覚がした。

 なんかちょっとだけ、ほんのちょっとだけだがむかついてきたぞ。

 俺は左手でエルザさんの両腕の浴衣の袖を掴むと上にあげた。

 エルザさんの腹ががら空きになる。

 死なない程度で、三割くらいかな……。

 俺は右手でエルザさんの腹を殴った。

 ドオォン!

「がはっ……」

 エルザさんは俺にもたれかかるようにして気を失った。

「アマナ、これで平気か?」

 俺は鼻血を拭きながらアマナを見た。

「……暴走したエルザを止めるなんて。あんた何者よ」

 アマナはかなり驚いているようだった。


「本当にすみませんでしたっ!」

 宿屋の女将さんと仲居さんに向かって深く頭を下げるエルザさん。

 ついさっき正気を取り戻したエルザさんにアマナが事情を説明したところだ。

「なんてお詫びをしたらよいか……」

「大丈夫ですよ。怪我はなかったんですから」

「そうですよ。頭を上げてください」

 女将さんと仲居さんは寛容にもエルザさんのしたことを許してくれるようだ。

 この村の人たちは本当に心が広い。

「本当に申し訳ありませんでした! 壊してしまった宿屋の修理代も必ず私が弁償しますので」

「そんな、いいんですよ。気にしないでください」

「そういう訳にはいきません。本当にすみませんでした!」

 土下座をしようとするエルザさん。

 必死にそれを止める女将さんと仲居さん。

 そのやり取りはしばらく続いたが、ゲッティが上手く間に入り、事を丸く収めてくれた。

 アマナも入ろうとしていたがそれは俺が止めた。

 結局、宿屋の修理代をエルザさんが払うことで一件落着ということになった。

 そして俺たちはカザフ村をあとにしたのだった。

カザフ村から魔王城に帰ってきて一週間、俺はまた平穏な日々を送っていた。

 天気がいいので城の中庭でミケの大きな背中をベッド代わりにしてひなたぼっこをして過ごす。

 贅沢な時間の使い方だ。

「クルル様。起きてますかニャ~?」

「ああ、起きてるよ」

「気持ちいいですニャ~」

「そうだなぁ」

 ミケの体温と太陽の日差しがなんとも心地良い。

 俺たちの周りだけ時間がゆっくり進んでいるように感じる。

「……ニャ」

 ミケの耳が突然ぴくんと動いた。

 すると、

「なんだクルル、こんなところにいたのか」

 モレロが近寄ってきていた。

「モレロ様、おはようございますニャ」

 ミケが起き上がり会釈をする。

「おっと……」

 俺は滑り落ちるようにミケの背中から降りた。

「おうミケ。元気か?」

「はいニャ」

「幹部を目指してるのならクルルなんかに付き合ってないでちゃんとトレーニングするんだぞ」

「わかりましたニャ。ありがとうございますニャ」

 俺なんかって……。

「何か用か? モレロ」

「ああ、魔王様の命令を伝えにお前を探していたんだ」

「え……まさかまた勇者を殺せってんじゃないだろうな」

 たとえ俺が魔王の配下だろうとそうぽんぽん人間を殺したくはない。

「ふっ、察しがいいじゃないかクルル。なぁに今回の勇者は前の奴より数段弱い、お前なら眠っていても勝てる相手だ」

 モレロが口角を上げながら言う。

「だったら俺が行かなくても蟻たちを送り込めば済む話だろ」

「魔王様は寛大なお方だ。あくまで敵は勇者であって村人を怖がらせることはするなとおっしゃっている」

「はぁ、そうなのか……」

 人間の王に一度裏切られたにしては魔王も器が大きいな。

「それに今回はぴったりの案内役がいる」

 そう言うとモレロは後ろを振り返った。

「おい、そんなところに隠れてないで出て来い」

「……は、はい」

 木の陰からおずおずと現れたのはヨミだった。

 ゆっくりと近付いてくるヨミ。

 長い前髪が邪魔で目を合わせることが出来ない。

「……お、おはようございます。クルルさん」

 消え入りそうな声で喋るヨミ。

「あ、ああ、おはよう」

「……」

 黙ってうつむくヨミ。

 ……これのどこがぴったりの案内役なんだ。

「今回の勇者はウルチ村という関係者以外立ち入り禁止の閉鎖的な村を拠点にしているのだが、何を隠そうその村はヨミの出身地なのだ」

 モレロが仰々しく説明する。

「ヨミも同じ人間同士お前と一緒の方がいいだろうし、ヨミがいれば村にも入れるはずだ」

「……よ、よろしくお願いします」

 魔王は変なところに気を遣うなぁ。

 村なんか勝手に入ってしまえばいいのに……と思ってしまう俺がいる。

 あれ? これじゃどっちが魔王だかわからないな。

「まあ、いいけどさ」

 するとミケが、

「ボクも一緒に行ってもいいですかニャ?」

 いつものごとく同行を名乗り出た。

 だが、

「駄目だ。お前はトレーニングに専念しろ」

 モレロに一蹴されてしまう。

「は、はいニャ……」

 しょんぼりするミケ。

 俺は「また今度な」とミケの肩をぽんと叩きヨミを見た。

 ヨミは科学者が着るような白衣を着ている。

「その恰好で行くのか?」

「な、何か問題でも……?」

 おそるおそる俺を見上げるヨミ。

 うーん、まあいいか。

「じゃあウルチ村だっけ? に行くとするか」

「は、はい」

 こうして俺とヨミは魔王城を出て、ヨミの故郷のウルチ村へと向かった。


 閉鎖的な村だとは聞いていたが村に入るまでに五回も関所を通過した。

 ウルチ村出身のヨミがいたおかげで難なく通ることが出来たのだがちょっと閉鎖的すぎないか。

「む、昔はここまでじゃなかったんですけど……」

 とヨミが言う。

 確かヨミは小さい頃、魔王に村から攫われて魔王城に連れてこられたんだったっけ。

 もしかしたらその出来事があって村の警備が厳重になったのかもしれないな。

 村に足を踏み入れてもその閉鎖的な感じは変わらず、村人たちは俺を、いや俺たちを魔族を見るような目で見てきた。

 子どもを遊ばせていた母親は自分の子どもを連れて家に入っていくし、露店商の主人はこれでもかというくらい睨んでくる。

 まったく……カザフ村とは正反対な村だなぁ。

「ヨミ、ここがお前の故郷なのか?」

「……は、はい。そうです」

 申し訳なさそうにうつむくヨミ。

 こんな居心地の悪いところ早く去りたい。

 さっさと勇者を探してさくっと倒すか。

 別に殺さなくても魔王にはバレないだろ。

 村の教会まで歩いて来たところで、

「のこのこ帰ってきやがって、この魔女め!」

 中年の男が叫びながら石を投げつけてきた。

「うわっ、あぶねっ」

 俺はそれを紙一重で避けることが出来た。

「おい、あんた。いきなり何するんだ!」

 俺の言葉は意に介さず男はなおも石を投げてきた。

 それを皮切りに他にも数人の男女が石を持って投げつけてくる。

「立ち去れっ!」

「呪われた魔女がっ!」

 俺はかろうじてそれらを避けたが、連中の狙いはヨミだったようで、何発かがヨミに当たった。

 ヨミは頭を押さえてその場にうずくまる。

「おい、大丈夫かヨミ!」

「……は、はい。だ、大丈夫です」

 見るとヨミの額からは血が流れ出ていた。

「血が出てるじゃないか」

「……へへへ」

 ヨミは慣れない笑顔を作って見せた。

 俺は村人たちに向き直り怒鳴る。

「あんたたち一体どういうつもりだっ! いい加減に――」

「いい加減にしたまえ!」

 俺の声にかぶさるように後ろから怒鳴る男がいた。

 その男は頭には王冠、背中にはマント、手には斧、そして下は半ズボンと奇妙な出で立ちをしていた。

 なんだ? この変な奴は……。

 するとさっきまで石を投げつけていた村人たちが、

「勇者様なぜ止めるのですか?」

「その女は魔王に見初められた魔女なんですよっ」

「我々の敵です! 勇者様っ」

 口々に声を上げる。

 おいおい、この変な奴が俺たちが探していた勇者なのか?

「弱い者いじめはこのぼくが許さないぞ!」

 おかしな恰好をした勇者が村人たちを怒鳴りつけた。

「そんな……」

「勇者様……」

 村人たちは持っていた石を地面に落とす。

「大丈夫かい? きみたち」

 勇者は俺に向かって手を差し伸べてくれた。

 なんだこいつ、いい奴じゃないか。

 魔王はこの勇者を殺せって言っているのか?

「あ、俺は大丈夫なんでこっちの彼女を手当てしてあげてください」

 俺はヨミを見た。

 その瞬間――

 ガツン!!

 と強い衝撃が後頭部を襲った。

 俺は気を失いかけ受け身もとれずに前に倒れ込んでしまう。

「クルルさんっ」

 ヨミが俺を呼ぶ声がする。

 頭が割れるように痛い。

「は、はははっ。やったぞ! よそ見なんかするからだ、ばかめっ!」

 これは勇者の声だ。

 うっ……。

 勇者が俺の背中を踏みつけている。

「この女もすぐにあの世に送ってやるから心配するなよ。は、はははっ」

 なんてことだ……油断した。

 魔王が勇者を殺せというからにはちゃんと理由があったんだ。

「クルルさんっ。しっかりしてくだきゃあぁ――」

 どさっ。

 ヨミの声が掻き消え地面に何かが落ちる音がした。

 まさか……。

 俺は残る力を振り絞って顔を動かした。

 っ!!

 無残にも、そこには恐怖で引きつった顔をしたヨミの生首が転がっていた。

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