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第15話

「こちらが菖蒲の間、そしてこの向かいの部屋が撫子の間です。どちらも二人部屋となっております。もし御用がありましたらお呼びください。ではごゆっくりどうぞ」

 宿屋の女将さんが退室する。

「あたしたちこっちの部屋にするわ」

「そうね~。それでいいかしら? クルルくん、ゲッティくん」

「俺はそれでいいですよ」

「僕も構いませんよ」

「だったら男どもは早く出ていきなさい。しっしっ」

 虫を追い払うように俺とゲッティを部屋から閉め出すアマナ。

「なんなんだあいつは……」

「追い出されてしまいましたね」

 仕方なく俺たちは荷物を持って向かいの撫子の間に移動する。

 中に入り、

「へ~、部屋の感じはさっきの菖蒲の間とほとんど変わりませんね」

「そうだな」

 ゲッティが言うようにさっきまでいた部屋と見た目はほぼ同じだ。まあ、アマナに追い出されたから細部までは見ていないのだが。

 畳が敷かれていて、部屋の真ん中に低いテーブルがあり、お茶とお茶菓子が用意されている。

 俺はお茶菓子を一つ取り、口に入れた。

「……うん。おいしい」

 こうなるとお茶も飲みたくなる。

 俺は座って急須に手を伸ばそうとすると、

「さあ、ではそろそろ行きましょうか」

 ゲッティが張り切って言う。

「行くって視察ってやつか?」

 ゲッティを見上げる。

「はい。そうです」

「視察って具体的には何をすればいいんだ?」

「そうですね、村を見て回りながら住民の方に暮らしぶりなどを訊けばいいんじゃないでしょうか」

 うーん。アマナじゃないが面倒くさいな。

 部屋に荷物を置いて俺とゲッティは撫子の間をあとにする。

 そして向かいの菖蒲の間へと赴く。

「姉さーん、エルザさーん。行くよー」

「……」

 ゲッティがドアの前から声をかけるが返事がない。

 ……まさか寝てるんじゃないよな。

 ゲッティがしびれを切らしドアに手をかけた。

 すると、

「お連れ様なら温泉に入りに行きましたよ」

 仲居さんが話しかけてきた。

「え、温泉ですか?」

「ええ、先程温泉の場所はどこかと菖蒲の間のお二人に訊ねられましたので……」

 俺とゲッティは顔を見合わせる。

「そ、そうですか。ありがとうございました」

「いえいえ、どうぞごゆっくり」

 俺が仲居さんに礼を言うと仲居さんはお辞儀をして廊下を歩いて行った。

「……温泉だとさ」

「そのようですね」

 正直俺も温泉には入りたいのだが。

「……俺たちも温泉行くか?」

「でも視察はどうするんですか」

「出てからでいいんじゃないか。どうせあの二人もいないんだし」

「……はぁ。わかりました」

 渋々という感じだがゲッティも同意した。


 カザフ村の温泉は源泉かけ流しで万病に効くと言われているそうだ。

 深い森の奥にどうしてそんな温泉があるのかは謎だが今はそんなことどうでもいい。

「あ~、極楽極楽」

 俺は今カザフ村の宿屋の温泉にゲッティと一緒に浸かっていた。

「確かに気持ちいいですね」

 頭にタオルを乗せたゲッティが言う。

 裸になってわかったのだが、ゲッティの背中には申し訳程度の翼のようなものがついていた。

 訊くと、なんの役にも立たない翼で双子の姉であるアマナの背中にもついているということだった。

「そういえばアマナもエルザさんもまだ入ってるのかな」

 竹を束ねた敷居で温泉は男女にわかれている。

 敷居の向こう側に二人はまだいるのだろうか。

「どうでしょうね。エルザさんはどうか知りませんが、姉さんはああ見えてきれい好きなのでまだ入っているかもしれませんね」

 噂をすればなんとやら、

「はうっ……ちょっとエルザ、変なとこ触んないでよ!」

 男湯にアマナの声が届いてきた。

 聞き耳を立てるつもりはないが男湯が静まり返る。

「アマナちゃん、私とお揃いね~」

「あんたの羽とは全然違うのよ、これはっ。敏感なんだから触んないではうっ……」

「ふふっ、面白~い」

「だーかーらーっ!」

 二人の声が耳に入ってくる。

 せっかく落ち着いた気分だったのが台無しだ。

「そろそろ出ますか?」

「ああ、そうしよう」

 俺たちは二人の声を背に温泉を出て部屋へと戻った。

 浴衣に着替えた俺たちはアマナとエルザさんが温泉から上がってくるのをお茶をすすりながら撫子の間で待っていた。

「こんないい温泉があるならモレロも来れればよかったのにな」

「そうですね。でもモレロさんは多分温泉には入らないと思いますよ」

「どうしてだ?」

 あんなに気持ちいいのに。

「僕の勘だとモレロさんはお湯が弱点なんじゃないかなぁと……」

「お湯が弱点?」

「ええ。魔族には必ず弱点があります。たとえそれがどんなに強い者でも。そして多分モレロさんは熱いお湯がそうなんだと思います……これ内緒ですよ。魔族にとって弱点を知られるのは最も避けたいことですから」

「そうなのか。わかった」

 魔族に弱点があるとは知らなかった。

「僕や姉さんの翼も弱点なんですよ。だから普段は見えないようにしているんです」

 さっき温泉で見た黒く小さい翼のことか。

「いいのか、そんな大事なことを俺に教えても。弱点を知られるのは避けるべきことなんだろ」

「いいんですよ。僕はあなたを信用していますから」

 涼し気な顔でさらりと言うゲッティ。

 いつの間にそんなに信用されていたんだ。

 ……まあ、悪い気はしないがな。


 しばらく待ってから俺とゲッティはアマナとエルザさんのいる菖蒲の間のドアを叩いた。

「はーい。開いてるわよー」

 中からアマナの声が返ってくる。

 部屋に入るなり、

「あれ、あんたたちも温泉に入ってきたの?」

 浴衣姿の俺たちを見て訊いてくる。

 アマナも俺たちと同じように浴衣を着ていた。

「まあな。それよりエルザさんはどこなんだ?」

「隣の部屋で布団敷いて寝ちゃったわ」

 お茶菓子を口に運びながら隣を指差すアマナ。

「まだ昼前だぞ。もう寝てるのか?」

「エルザはそういう奴なのよ」

「じゃあエルザさんはいいから姉さんだけでも一緒に行こう」

 ゲッティの言葉にアマナは、

「エルザが行かなくていいんならあたしもパスするわ。面倒くさいもん」

 腕を組んで反抗の態度を見せた。

「……はぁ、仕方ありません、僕たちだけで行きましょう。クルルさん」

 え……。

 内心俺も面倒くさいから行きたくないと思っていたのだが。

 ついさっき俺のことを信用していると言われた手前断りづらい。

「あ、ああ。そうだな」

 俺は絞り出すように返事をした。

「いってらっしゃーい」

 のんきに手を振るアマナを恨みがましい目で見ながら俺は菖蒲の間をあとにした。


 その後、俺たちはカザフ村の中を見て回った。

 カザフ村では本当に人間と魔族が共存していた。

 移動販売のアイスクリーム屋に人間の子どもと獣人の子どもが列をなしていたり、ワニのような尻尾を生やした大道芸人が人間相手に芸を披露していたりと実に平和そうで微笑ましい。

 教会では人間の神父の話に人間と魔族が静かに聞き入っていた。

 村の人たちは俺たちに対しても分け隔てなく接してくれた。

 そんな村人たちに話を訊いて回っていると俺たちは村長の家に呼ばれた。

「すいません、突然押しかけてしまって……」

 村長を前にして俺が口を開く。

「いいんじゃよ。わしらも外の世界の者との交流は必要じゃからのう」

 そう言う村長の口は鳥のくちばしのような形をしていて目つきは鋭い。

 確実に魔族だ。

「それでどうじゃな? この村の雰囲気は」

「はっきり言って驚きました。魔族と人間がこんなにも仲良く暮らしているなんて」

 とゲッティ。

「ほっほ、そうじゃろう。じゃがこの村にいる者が特別という訳ではないぞい。分かり合おうと思えば誰でもこの村の者たちのようになれるのじゃ。あんたらがいい例じゃろうて」

 村長は俺たちを交互に見やる。

「そうですね」

 俺は横目でちらりとゲッティを見た。

 俺は人間だがこいつら魔族となんだかんだ上手くやっている。

「僕は魔族ですけど人間と共存出来たらいいなと思っています」

 共存派のゲッティが口にする。

「ほっほ、そうかそうか」

 もしかして魔王が俺たちをこの村に来させたのは実は魔王も人間との共存を望んでいるからなのではないか、なんて考えがふと頭をよぎる。

「あんたらは魔王様の配下じゃろ。じゃから人間と戦うこともあるじゃろうが人間が悪なのではないぞい。この世界には悪い人間と悪い魔族がいる、それだけのことじゃ」

 村長のこの言葉がなぜだが耳に残った。

 俺たちは村長に礼を言い、村長の家をあとにすると宿屋へと戻ることにした。

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