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第14話

「カザフ村……ですか」

「へー、あたし一度行ってみたかったのよね。カザフ村」

 双子の二人が魔王の言葉に反応する。

 二人はカザフ村ってところのことを知っているようだな。

「あの、エルザさん。カザフ村って有名なんですか?」

 俺は横にいるエルザさんに小声で訊いた。

「そうね~、私も噂でしか聞いたことないんだけど人間にも魔族にもとっても人気のある村みたいよ」

 微笑みながら答えるエルザさん。

 人間にも魔族にも人気?

『……城のことはモレロに任せて、お主らはせいぜい気晴らししてくるがよい』

 魔王の部屋を出た俺たちは階段を下りて四階の廊下を歩いていた。

「旅行なんて久しぶりだわ。明日が楽しみ~」

「姉さん今回の旅行の目的はあくまでも視察だよ」

「わかってるわよ。でも魔王様も言ってたじゃない、気晴らししてこいって」

「それはそうだけど……」

「エルザも楽しみでしょ? 旅行」

 アマナはエルザさんに話を振る。

「そうね~、カザフ村には温泉があるらしいから一緒に入りましょうね、アマナちゃん」

「ちょっ、わかったからいちいちくっつかないでよ、も~」

 じゃれ合っているエルザさんとアマナを横目にゲッティが、

「クルルさん。カザフ村は人間と魔族が共存する唯一の村なんです」

「えっ、そうなのか?」

「はい。僕と同じように人間の中にも種族など関係なく共存を目指している者はいるんです。そんな者たちが集まる村がカザフ村なんです」

 説明してくれる。

「へ~。そんな村があるのか」

「少人数の小さい村ですけどね」

 少し歩いて、

「あっ。あたしの部屋はここだから、じゃあね。ほらエルザ、ちゃんと立ってよ」

「では僕も失礼します」

 アマナとゲッティの二人がそれぞれ自分の部屋に入っていった。

 ほろ酔い加減のエルザさんが二人の背中に向かって「またね~」と手を振る。

「じゃあ、俺も自分の部屋に行きますから」

「うん。私はせっかくのパーティーだからもう一度だけ顔を出しておくわね」

 そう言って俺とエルザさんも別れた。

 自分の部屋に戻る俺。

 ベッドに座り一息つく。

「旅行、ね……」

 まさか異世界に来て魔族たちと旅行することになるとはな。

 俺は背中をベッドに預け、そのまま眠りについた。


 翌朝。

 俺とゲッティとアマナとエルザさんは魔王城の中庭に集まっていた。

「それで、カザフ村にはどうやって行くんだ? またグランに乗っていくのか?」

 俺はゲッティに訊く。

 グランとはゲッティが飼っているペットのグランドラゴンのことで前にもそいつに乗って移動したことがある。

「いえ、カザフ村は近いので歩いて行こうかと思っています」

「え、そうなの? あたし歩くの面倒くさいんだけど」

「姉さんは運動不足だから少しくらい歩いたほうがいいよ」

「あたしは余計な筋肉をつけたくないのよっ」

 朝から言い争いをしている姉弟の横でエルザさんが口を押さえて「ふぁ~あ」とあくびをする。

「寝不足ですか? エルザさん」

「ふふっ、そうなの。私みんなで旅行できるって思ったら嬉しくなっちゃってちゃんと眠れなかったの」

「へ~、どこでも眠れちゃうエルザにしては珍しいわね」

 アマナが言う。

「それだけアマナちゃんとの旅行が楽しみだったってことよ~」

「わっちょっと、いちいち抱きつかないでよ。頭撫でるなっ」

「ふふっ。可愛い~アマナちゃん」

 エルザさんのふくよかな胸に包まれ苦しそうなアマナ。

 なぜだろう。目が離せない。

「クルルさん、早速カザフ村に向かいましょうか?」

 冷静なゲッティ。

「ん、おう。そうだな」

 俺はゲッティの後をついていく。

「ちょっと待ちなさいよ二人ともっ。あたしたちを置いていくんじゃないわよっ」

「ああん、待って~、アマナちゃん」

 アマナとエルザさんも後を追ってきた。

 十五分程歩いた頃、

「ここがカザフ村への入り口です」

 ゲッティが口を開いた。

「もう着いたのか?」

「っていうかただの森じゃない」

「そうね。森ね~」

 ゲッティに案内された場所は大きな森の真ん前だった。

 俺たちは森を見上げる。

「ゲッティ、あんたこれのどこが村なのよ」

「ここは村への入り口だってば、姉さん。僕の言ったことちゃんと聞いてた?」

「だからただの森じゃないの」

「はいはい。いいから入るよ」

 そう言うとゲッティはうっそうと木々が生い茂る森の中へと足を踏み入れていった。

 アマナは怪訝な顔をしながらも弟の後に続いた。

 エルザさんはうきうきした様子で続いていく。

 俺はそんなエルザさんを見ながら最後尾をついていった。

 森の中は大きな木が密集しているところもあれば全く木が生えていないところもあって、まるで天然の迷路のようだった。

 俺たちはゲッティが木々をかきわけ歩く道順をその通りに真似して進んだ。

「ねえ、あんた道わかってるんでしょうね」

 アマナがゲッティに問いかける。

「こんなところで迷子なんて嫌よ」

「大丈夫だよ。伊達に書物を読み漁ってないからね」

 振り向いたゲッティの顔は夏の晴れた日の空のように爽やかだった。

「エルザさん、大丈夫ですか?」

 俺の前を歩くエルザさんは天使の羽を木の枝に当たらないように折りたたんでいる。

「ええ、大丈夫よ。これはこれで楽しいわ」

「どこがよっ」

 エルザさんの言葉にアマナが振り返る。

「こんなのちっともご褒美じゃないわ。罰ゲームを受けてる気分よっ」

 アマナじゃないが俺もそんな気になってきていた。

 もうかれこれ一時間は深い森の中を歩いてきただろう。

 さすがに疲れてきた。

 いっそトリプルアクセルを発動して無敵状態のまま森の中を突っ切るという手もあるんじゃないか……などと考え始めた頃、

「見えてきましたよ。あれがカザフ村です」

 ゲッティが前方を指差した。

 ゲッティの指差す先には光が見えた。

 俺たちは自然と足取り軽く早足になる。

 段々と光が大きくなっていき、そして視界が開けた。

「おおー!」

 眼前に広がる光景に思わず声が出る。

 俺たちはカザフ村にやっと到着したのだった。


 カザフ村は一目見て異様な光景だった。

 そこでは人間と魔族が仲良さそうにあちらこちらで立ち話をしていたのだ。

「本当にこんな村が存在してたのね……」

 アマナがずれかけていた伊達眼鏡を元の位置に戻しながら言う。

「だから言ったでしょ、姉さん」

「なんか変な感じだわ」

「そうね~。でもほら見てあそこ」

 エルザさんが指差す方向には人間の子どもたちと魔族の子どもたちがいて、みんなで楽しそうに追いかけっこをしていた。

「微笑ましいわね~」

 とエルザさんがこぼす。

「そうですね」

 この光景が全世界に広がれば争いはなくなるかもしれない。

「とりあえず宿屋を探して荷物だけ置いてからこの村の視察をしましょう」

「えー。本当に視察なんてするの? 面倒くさいわねぇ」

 ゲッティの提案にアマナが難色を示す。

「あのね、姉さん。僕たちはただ遊びに来たわけじゃないんだからね。魔王様が視察旅行っておっ――」

「あーはいはい。わかったわよ」

 俺たちはゲッティに従い宿屋に向かうことにした。

 村の中央付近まで歩くと大きな宿屋が目に留まる。

「へー。村の宿屋の割にはなかなか立派じゃないの」

 アマナが見上げて言った。

 アマナの言う通りへんぴな村には不釣り合いな程大きくて立派な宿屋だった。

「ここにしましょうか、クルルさん」

「そうだな。エルザさんもいいですよね?」

「うん。いいわよ」

 俺たちは宿屋の中へ。

「いらっしゃいませ。この宿の女将です」

 宿屋の女将さんがお辞儀で出迎えてくれる。

 どうやらこの女将さんは人間のようだ。

「四人なんですけど泊まれますか?」

「もちろんですよ。では四部屋でよろしいですか?」

「そうですね……」

「ねぇゲッティくん、お部屋は二つで男女でわかれればいいんじゃないかしら」

 ゲッティと女将さんの話に割って入るエルザさん。

「はぁ、別に僕は構いませんけど」

「クルルくんはどう?」

「俺もそれでいいですよ」

「なら姉さんもそれでいいよね。じゃあ二部屋でお願いします」

「あっちょっと――」

「はい、かしこまりました。ではこちらへどうぞ」

 女将さんが先導して部屋に案内してくれる。

「あたしは一人部屋の方がよかったのに……」

「え~、私と一緒じゃ嫌なのアマナちゃん?」

「そうやってすぐくっついてくるから嫌なのよ」

 エルザさんはアマナにおぶさるようにして抱きついていた。

 それを見て女将さんが、

「お客様、天使族の方ですか? これは縁起がいいです。この村でも天使族は非常に珍しいですからね」

 とエルザさんに向かって言う。

「ふふっ、そうなんですか。でも私は堕天使なので縁起がいいかどうかはわからないですけどね」

「えっ、エルザあんた堕天使だったの!?」

 アマナが振り返り言う。

「あれ? 前に話さなかったかしら」

「聞いてないわよっ」

 俺も知らなかったが、エルザさんは堕天使だったのか。

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