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第13話

『……ほう。我の毒殺を企てていたというのか』

「はい。ですのでゼウス王を含めその場にいた者を一人残らず殺してしまいました。和平が叶わず申し訳ありません」

 ここは魔王の部屋。

 和平会談が失敗に終わったことを報告するため俺とゲッティはやってきていた。

 立て膝をつき魔王の反応をうかがう俺たち。

 魔王は例のごとく薄布一枚隔てて向こう側に鎮座している。

 シルエットが動く。

『……そうか。我が人間の王なんぞを信用したせいで余計な手間を取らせてしまったな』

「とんでもない。魔王様のせいなどでは断じてありません」

『……二人ともご苦労であった。もう下がってよいぞ』

「はい。失礼致します」

「失礼します」

 一礼をして俺たちは魔王の部屋をあとにした。

 四階へと下りる階段の途中でゲッティが口を開く。

「人間たちがこれからどう出るかですね」

「どういうことだ?」

「対魔王の急先鋒だった勇者がクルルさんに殺され、王までもが姉さんに殺されてしまった今、人間たちはやけになってここを攻めてくるのかそれともおとなしく身をひそめるのか」

「うーん。どうなんだろうな」

 俺としては全面戦争は避けたいところだが。

「どちらにしても僕らは魔王様の命令通りに行動するだけですけどね」

「お前自身はどうなんだ? やっぱり人間を殺したいのか?」

「まさか。僕は共存派ですよ。両親を殺したのがたまたま人間だったというだけで他の人間に特に恨みはありません。もちろんクルルさん、あなたにもね」

 意外だった。

 魔族の中にも人間と共存したいと考えている奴がいたんだな。

「では僕はこれを姉さんに届けてきますから」

「ああ、またな」

 俺はゲッティと別れると自分の部屋に帰った。

 ベッドに仰向けで倒れ込むと、

「あー。自分の部屋が一番だなぁ」

 寝ころんだまま背伸びをした。

 背中がポキポキ鳴る。

 初めは広すぎて落ち着かなかった部屋も慣れてくれば最高の我が家だ。

 長い時間グランの背中に乗っていたせいか今でも少し空を飛んでいる感覚がある。

 なんか変な感じだ。

 俺は目を閉じるとその感覚に身を任せた。

 その夜、俺は大空を飛ぶ夢を見た。


 ゼウス王が殺されたというニュースは瞬く間に世界に広がった。

 それを受け魔王城に乗りこもうと意気込む血気盛んな勇者たちも現れたがそのほとんどが蟻相手に敗れ、なんとか魔王城にたどり着けた者たちも城にいる魔族たちの返り討ちに合った。

 そんなことがあって人間たちは魔族たちに勝利することを半ば諦め始めていた。

 時を同じくして魔王城では盛大な祝賀パーティーが開かれていた。

 というのもエルザさんが一人で大国バスキアを攻め落としたからだ。

「エルザ様ばんざーい!」

「素敵ですエルザ様ー!」

「エルザ様、結婚してくださーい」

 大広間に集まった魔族たちが口々に声を上げる。

 エルザさんはグラス片手にステージ上のマイクの前に立った。

「みんなありがとうね。そしてこんな盛大な会を開いてくださった魔王様にも感謝します。ありがとうございます」

 ここにはいない魔王にも感謝の言葉を述べるエルザさん。

 俺はその様子を遠くから眺めていた。

「何よ、エルザばっかり。あたしだって人間の王を殺したっていうのに」

 近くにいたアマナがふくれっ面で口を尖らす。

「まあまあ姉さん。バスキアは鉄壁の守りで有名な国だったから魔王様もお喜びなんだよきっと」

「魔王様が命令してくれてればあたしもバスキアくらい一人で壊滅させられたわよ」

「そうむくれるな、アマナ。今日の会はお前らへのねぎらいの意味もあるんだぞ」

 モレロが続ける。

「その証拠にお前たちに魔王様から褒美があるそうだ」

「えっ、褒美ってなんか貰えるの?」

 モレロの言葉に目の色を変えるアマナ。

「この会が一段落したら魔王様のもとへ行くといい。お前もだぞクルル」

 そう言って俺に目線を移す。

「お前は行かないのか?」

「ああ。オレは呼ばれてはいないからな」

 モレロはそれだけ言うとその場を立ち去った。

 宴もたけなわ、俺とアマナとゲッティは大広間を抜け出て魔王のいる最上階へと向かった。

 魔王の部屋の前に着くと後方から声がかけられた。

「みんな待って」

 振り返るとエルザさんが小走りで近付いてくるのが見えた。

「エルザさん?」

「どうしたのよ、エルザ。パーティーの主役がこんなところで何してるの?」

 アマナが問いかける。

「ふふっ。私も魔王様に呼ばれているの」

「え、あんたもなの?」

「うん。だからアマナちゃんたちと一緒に行こうと思って追ってきたの」

 そう言ってアマナに抱きつくエルザさん。

 エルザさんはほんのり顔が赤い。

 酔っ払っているのかな……?

「ちょっとエルザ、暑苦しいから離れなさいよ」

「可愛いわね~、アマナちゃんは」

 嫌がるそぶりを見せるアマナだがエルザさんは意に介さず頬を寄せる。

 そんな二人を無視してゲッティが魔王の部屋の扉をノックをした。

「魔王様、モレロを除いた幹部四名集まりました。入らせていただきます」

 扉を開けるゲッティ。

 魔王はお決まりの定位置で俺たちを待っていた。

 もちろん薄布が邪魔でシルエットしか見えないのだが。

『……よく来た』

 俺たちは立て膝をつき魔王の声に耳を傾ける。

『……お主たちの此度の働きにより人間どもは戦意を喪失しておる。そこでお主たちには暇を取らせようと思う』

 重低音の声が腹に響いてくる。

「魔王様、このチャンスに総攻撃をかけたりしないんですか?」

 アマナが訊く。

『……九分九厘我らの勝利は揺るぎないものだが、それでも人間どもを下手に追い詰めると何が起こるかわからん』

「どういうことかよくわかりません、魔王様」

 とアマナ。

「窮鼠猫を嚙む、みたいなことだろ」

「きゅうそ? 何よそれ」

「つまり弱い者でもピンチになると意外な力を発揮して反撃してくるってことだ」

「……ふーん。なるほどね」

 眼鏡に手をやるアマナ。

 恰好だけは才女っぽいが本当に理解したのか疑わしい。

「あの~魔王様。私たちにご褒美があるって聞いたんですけどお休みを貰えることがご褒美なんですか?」

 控えめに手を上げるエルザさん。

「そういえばそうだったわね、忘れてたわ。ナイスよエルザ」

「ふふっ。ありがと~」

「姉さんたち、私語は慎んで」

 ゲッティは二人を小声で注意する。

『……ゲッティよ、構わん。それより褒美の件だがもちろん他に用意しておる』

 魔王は威厳のある声で続けて話す。

『……お主たちへの褒美はカザフ村への視察旅行だ』

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