「毒だって!?」
落ち着きを取り戻したミケが、
「間違いありませんニャ。このワインには毒が入っていますニャ」
「そ、そんな、ミケ様。ご冗談を。ワインの中に毒なんて入っている訳ないではありませんか」
「そ、そうじゃとも。その証拠にほれ、わしも飲んでおるがなんともないぞ」
「ニャ~? おかしいですニャ~?」
ルッコラとゼウス王に説得され首をひねる。
……はっ!
「おい、アマナ。ゲッティ。お前たちは大丈夫か?」
「ん~? はに?」
アマナは口いっぱいにローストビーフを詰め込んでいた。それをワインで流し込む。
「ぷはっ……あんたも食べなさいよ。じゃないと全部あたしが食べちゃうからねっ」
大丈夫みたいだな。
そしてゲッティはというと……こくこくっとワインを堪能していた。
こいつも大丈夫そうだ。
「どうかしましたかお二人とも。汗がすごいですよ」
グラスを置いたゲッティがゼウス王とルッコラを見ながら言う。
なんだ?
見るとゼウス王もルッコラも額から大量の汗を流していた。
「それは冷や汗ですか? いつまでたっても僕たちが毒で死なないから焦っているのですか?」
目を細めるゲッティ。
「な、何をバカなことを言っておるのじゃ……」
「そ、そうですよ。わたくしたちが毒を盛るわけないではありませんか」
動揺する二人にゲッティは追い打ちをかける。
「ではミケが残したワインを一口だけでいいので飲んでもらえますか?」
「……っ」
「……」
ゼウス王とルッコラは押し黙ってしまった。
「ゼウス王? まさか本当に毒を?」
俺はたまらず口にした。
「ちなみにいくら待っても僕も姉さんも死にませんよ。僕たち姉弟は毒に耐性があるので」
ゲッティは不敵な笑みを浮かべた。
ゼウス王の頬を一筋の汗がつーっと伝う。
ゲッティの言葉に、
「……ル、ルッコラ、どうするつもりじゃ! お主が上手くいくというからわしはお主の作戦に乗ったというに!」
「く、くそがっ。こうなったらみんな出て来い! 作戦Bでいくぞっ!」
ゼウス王とルッコラは人が変わったように態度を豹変させた。
すると銃剣を構えた数十人の兵士が部屋に入ってきて俺たちを取り囲む。
「撃てぇっ!」
ルッコラの合図で兵士たちが一斉射撃を始めた。
「!?」
だが銃弾は俺たちには当たらずに跳ね返る。
その跳弾が兵士たちの体を撃ち抜いていく。
「ぐあっ」
「ぐはっ」
次々と倒れる兵士たち。
その時、一発の跳弾がゼウス王のこめかみをかすめた。
「や、やめっ。撃ち方やめっ!」
ルッコラの号令で兵士たちが銃を撃つのをやめた。
静かになる室内。
火薬の臭いが充満している。
「き、貴様ら何をした……?」
脇腹を押さえたルッコラが鬼のような形相で睨みつけてくる。
どうやらルッコラにも跳弾が命中していたようだ。
「バリアを張っただけよ」
コーンスープを飲みながらつまらなそうにアマナが答える。
「僕たち魔術に関しては結構自信があるんですよ。だよね、姉さん」
「人間相手じゃ自慢にもならないけどね。どうせあんたらバリアも見えてないんでしょ」
アマナが言うバリアとは俺たちの周りを覆っている球体の膜のことだろう。
俺とアマナの周囲には赤色のバリアが、ゲッティとミケの周囲には青色のバリアが張られている。
「バリア、だと……?」
ルッコラは目を凝らすが見えてはいないようだ。
「魔王様にいい報告が出来ないのは残念ですけどこれで和平会談は終わりですね」
「ゲッティ、もうこいつら皆殺しにしてもいいわよね」
アマナの頭上に魔法陣が浮かび上がる。
「ま、待て。待ってくれ。わしはルッコラにそそのかされただけじゃ。わしだけでも助け――」
「うるさい」
アマナが声を発した刹那、魔法陣から赤色に光り輝く矢が無数に放たれ人間たちの心臓に突き刺さる。
ゼウス王もルッコラも生き残っていた兵士たちもその場に倒れ込んだ。
「全員死んだのか?」
「もちろんよ」
平然と返す。
「では魔王城に帰りましょうか」
「そうしますニャ」
「あたしお腹いっぱいだから眠くなってきちゃったわ」
あくびを隠そうともせず大口を開けるアマナ。
こうして魔王の毒殺をもくろんでいた人間の王ゼウスは、あっけなくその生涯を終えた。
グランの周りを取り囲んでいた兵士たちは、ゼウス王が殺されたことを知ると俺たちを逃がすまいと躍起になって攻撃してきたが、ゲッティとアマナとミケによって返り討ちにされていた。
グランはグラバニャ城に別れを告げた俺たちを背中に乗せると魔王城へと飛び立った。
「明日の夕方頃には魔王城に着けると思いますよ」
「あたしは寝るから着いたら起こしてね」
そう言うとアマナはごろんとグランの背中に横になった。
寝息が聞こえてくる。
もう眠ったのか……?
「和平会談があんなことになって魔王様になんて説明しますかニャ?」
「正直に話すしかないでしょうね」
「やっぱりゼウス王を殺したのはまずかったんじゃないのか?」
今更だが。
俺は眠りこけているアマナを見た。
「こいつは悩みがなさそうでいいな」
「……姉さんが人間たちを皆殺しにしたのは半分はクルルさんの責任でもあるんですよ」
とゲッティ。
「どういうことだ?」
「僕たち姉弟は毒に耐性がありますけどクルルさんにはありませんよね」
「ああ」
「つまりクルルさんは殺されていてもおかしくなかったんですよ」
……確かに、もしワインをそのまま飲んでいたら俺は死んでいたかもしれない。
「姉さんはそのことに怒っていたんだと思います」
「だから皆殺しにしたっていうのか?」
「はい」
うーん。
俺を心配してくれた上での行動だったということなのか?
俺はもう一度アマナを見た。
アマナは幸せそうな寝顔で「ん……もう食べられないわよ……」とベタな寝言を口走っていた。
「ありがとう、グラン。助かったよ」
「グオオォォー!」
グランは魔王城の中庭に俺たちを下ろすと空の彼方へと飛び立っていった。
「さて、魔王様への報告ですが……」
ゲッティが話し始めると、
「あたしは嫌よ。人間たちと仲直りするどころか皆殺しにしちゃいました、なんて死んでも言えないわ」
「ボクは魔王様に会う資格がないのでこれで失礼させてもらいますニャ」
アマナとミケは即座に口を開いた。
「そうですか。では僕とクルルさんで報告に行きましょうか。ね、クルルさん」
「ん、ああ、そうするか」
「じゃ、あたしはお昼ご飯でも食べてくるわ」
アマナはひらひらと手を振り離れていった。
グラバニャ城であれだけ食べたのにまだ食べるのか。
「ではボクは自分の部屋に戻りますニャ。クルル様、ゲッティ様、今回はボクのわがままを聞いてくれてありがとうございましたニャ」
ミケが帽子をとって頭を下げる。
黒髪がさらりと揺れた。
「お前いつまで人間の恰好でいるつもりだ」
「あ……すっかり忘れてましたニャ。今すぐ戻りますニャ」
そう言うとミケは着ていた服をささっと脱ぎ体を震わせ始めた。
「ニャニャニャ……ニャ―!」
ぼふん。
小さな爆発が起こり、ピンク色の煙の中から大きな黒猫が姿を現した。
「人間の姿もいいですがやっぱりこっちの方が楽ですニャー」
ミケが猫独特のポーズで伸びをする。
「ゲッティ様、すみませんがこの服アマナ様に返しておいてもらえませんかニャ?」
「いいですよ。僕が預かります」
ゲッティは無造作に脱がれた服をきれいにたたむとそれを手に持った。
「ありがとうございますニャ。ではボクはこれで失礼しますニャ」
首を垂れるとミケは自分の部屋に向かっていった。
ミケの後ろ姿を見送ってから、
「クルルさん。魔王様のもとに行きましょうか」
「ああ」
俺たちは魔王のいる部屋に向けて歩き出した。