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第11話

 目覚めると辺りは暗くなっていた。

「……ん。もう夜か……」

 夜空に無数の星が瞬いている。

 手を伸ばせば届きそうなくらい近くに見える。

「あ、起きましたかクルルさん」

 俺を見て声をかけてくるゲッティ。

「悪い、眠ってたみたいだな」

「気にしないでください。姉さんとミケさんはまだ眠っていますよ」

 見るとアマナとミケは抱き合って気持ちよさそうに寝息をたてていた。

「クルルさん。人間と和平を結ぶことについてどう思いますか?」

 真剣な顔で訊いてくる。

「ん~、そうだなぁ……」

 争いがなくなるならそれに越したことはないと思うが。

 この世界に来てまだ間もない俺にはよくわからないというのが率直な意見だ。

「すみません。人間のクルルさんには答えにくい質問でしたね」

 ゲッティは微笑する。

「でもいいことなんじゃないか、多分」

「そうですね……あ、見えてきましたよ」

 ゲッティが立ち上がって指差した。

「あれがグラバニャ城です」

 グラバニャ城。

 人間の王が住む唯一無二の巨大な城。

 周りを断崖絶壁で囲まれていて空路でしか行き来することが出来ない地上の要塞。

「姉さん、ミケさん。起きてください。グラバニャ城に着きましたよ」

 揺り動かす。

 と、

「……う~ん……なんなのよも~。気持ちよく寝てたのに……」

「んニャ~」

 アマナはぶつくさと文句を言いながら、ミケはあくびをしながら目を覚ました。

「……ふーん、あれが人間の王がいる城ね。なかなかイケてるじゃない」

「大きいですニャー」

「グラン。城に下りてくれ」

「グオオォォー!」

 グランは雄たけびを一つ上げると宙で旋回してから城の屋上の広いスペースに下り立った。

 まさかドラゴンに乗ってやってくるとは思っていなかったのだろう、見張り塔にいた兵士たちが「敵襲だ!」と慌てふためいている。

 俺たちはグランの背中から飛び降りると、

「驚かせてしまって申し訳ありません! でも心配しないでください! 僕たちは和平会談にやってきました!」

 ゲッティが声を大にして言う。

 兵士たちは剣を構えたまま俺たちを囲むようにして固まっている。

 せっかく帽子まで被って驚かせないようにしていたのにこれじゃ元も子もないな。

 さてどうしたものか……。

 見るとアマナは「あんたたち、やる気なの?」と宙に魔法陣を描き魔術を発動させようとしていた。

 とそこへ、

「剣をしまいなさい!」

 オールバックのスーツ姿の男が現れた。

 その男の一言で兵士たちはみな一様に剣を鞘におさめる。

「よくぞいらっしゃいました魔王軍の方々。お見苦しいところを大変申し訳ありません」

 深々と頭を下げる。

「わたくしはゼウス王様の右腕と勝手ながら自負させていただいております、内務大臣のルッコラと申します。以後お見知りおきを」

「ルッコラね。和平を結ぶにしてはずいぶんな歓迎の仕方じゃないの」

 アマナが前に出る。

「もう少しで皆殺しにしちゃうところだったわよ」

 振り上げていた手を下げた。

「失礼致しました。ドラゴンに乗って来られるとは考えが及ばなかったもので……わたくしどもの不手際をどうかお許しください」

 再度頭を下げるルッコラ。

「まあいいけど。それよりさっさと和平なんとかってやつを終わらせましょ」

「あの……勉強不足で大変申し訳ないのですが魔王様はどちらの方でしょうか? あなた様ですか?」

 ルッコラは俺を見てそう言った。

「いや、俺は魔王……様じゃない。幹部のクルルだ。ちなみにそっちにいるのが幹部のゲッティとミケでこの好戦的なのが幹部のアマナだ」

「魔王様はいらっしゃらないのですか?」

「ああ。あんたたちをむやみに怖がらせたくないんだそうだ」

「そ、そうでしたか」

 ルッコラの表情がわずかに曇る。

「なんなの、あたしたちじゃ不満なの?」

 アマナがルッコラに詰め寄る。

「いえ、滅相もない。それではゼウス王のもとへご案内致します」

「案内されようじゃない」

 大きな扉を開け城の中へ入っていくルッコラ。

 それに続くアマナ。

「グランはそこでおとなしく待っててくれ」

 ゲッティに従い首を丸めしゃがみ込むグラン。

 周りを囲む兵士たちなど眼中にないかのように目を閉じた。

 それを確認して、俺とゲッティとミケもアマナのあとを追って城へと入った。


 グラバニャ城の廊下は荘厳な装飾が施されていて見ているだけでも飽きない。

 廊下の壁には宝石が埋め込まれているようで目がチカチカする。

 あちらこちらには高そうな美術品も多数置かれている。

 一体いくらくらいかけたらこんな立派な城が建てられるのだろう。

「へー。悪趣味な城ね」

 アマナがルッコラに聞こえるように言う。

 魔王城の方がよほど悪趣味だろうが。

「クルル様、なんかおいしそうないい匂いがしますニャ。なんだかお腹がすいてきましたニャ」

「会談の時に料理が出るんじゃないのか」

 わからんけど。

「それは楽しみですニャ~」

「おい、よだれ出てるぞ」

「ルッコラさん、会談にはゼウス王も出席されるのですか?」

 俺の前を歩くゲッティがルッコラに訊いた。

「はい。もちろんです。ゼウス王様は皆さまが来るのを今か今かと首を長くしてお待ちしております」

「そうでしたか」

 ルッコラが廊下の突き当りで足を止めた。

「こちらがゼウス王様がお待ちしているお部屋になります。さあどうぞお入りください」

 扉を開けるルッコラ。

「ニャニャ!」

 広い部屋の中央には長いテーブルがあり、その上には見たこともないような豪勢な料理が所狭しと並べられていた。

 そしてテーブルの前の椅子に腰掛けていた人物が俺たちを見て立ち上がる。

「おお、これはよくぞ参られた魔族の者たちよ。わしはこの国の王であるゼウスじゃ」

 ゼウス王は両手を広げ歓迎してくれた。

「さあさあ、好きなところにかけてくれたまえ。堅苦しい話の前に食事を楽しもうではないか」

「皆さまどうぞ」

 笑顔のゼウス王とルッコラが席に着くよう促す。

「へー、気が利くじゃない。ちょうどお腹がすいてたのよねあたし」

「ボクもお腹ぺこぺこですニャ」

「それではお言葉に甘えて」

 アマナたちは入り口に近い席から順々に座っていく。

 俺もゲッティの隣に腰を下ろした。

 するとそばに控えていたメイドがグラスに飲み物を注いでくれる。

 その様子を待ってからゼウス王が、

「それでは皆の者、ワインで乾杯といこう。グラスを手に持ってくれたまえ」

 ワインの入ったグラスを前に差し出した。

 三人もゼウス王に倣ってグラスを持つが。

 いや、ちょっと待て、俺は未成年だぞ。ワインなんてもちろん飲んだことはない。

「何してるのよクルル。早くあんたもグラス持ちなさいよ」

「っていうかお前らは何歳なんだ? 俺と大して変わらないだろ」

「はあ? 年がなんだっていうのよ」

「クルル様、何が言いたいのですかニャ?」

 アマナとミケが揃って首をかしげる。

「大丈夫ですよ、クルルさん。あなたがいた場所ではどうか知りませんが、ここではお酒を飲むのに年齢は関係ありませんから」

 訳知り顔で優しく微笑むゲッティ。

「う~ん。そうだとしてもだなぁ……」

 勇者を殺しておいてなんだが高校生が酒を飲むというのはやはり抵抗がある。

 俺は意外と古風な性格なのだ。

「悪いけど俺はジュースにしてもらえるかな」

「え? ジュースですか? え~と……」

 メイドがルッコラに助けを求めるような顔をする。

「こほん。こちらにジュースをお出ししなさい」

「は、はい。かしこまりました」

 慌ててメイドが部屋を出ていった。ジュースを取りに行ってくれたようだ。

「すみません。勝手を言ってしまって」

「構いませんよ。気が付かなかったわたくしどもがいけないのですから」

 嫌な顔一つせず応対してくれる。

「クルルのジュース待ちなんてあたしはごめんだわ。先に飲むからね」

 そう言うとアマナはグラスに入ったワインを一気に飲み干した。

「ぷはぁ~。おいしいわこのワイン、おかわりもらえる?」

「は、はい」

 いなくなったメイドの代わりにルッコラに向かっておかわりを要求するアマナ。

 俺も俺だがこいつもこいつだ。

 人様の城で好き勝手やりやがって。

「あー、それでは改めて乾杯といこうかのう。クルルどののジュースはまだじゃがよいかな?」

「はい、いいですよ」

 アマナの飲みっぷりを見かねたのか、ゼウス王は俺のジュースが来るのを待たずに乾杯の音頭をとった。

「乾杯!」

ゲッティがワインを口にする。

「姉さんの言う通り、確かにおいしいワインです」

「でしょ。なのにこんなおいしいワインを飲まないなんてクルル、あんたどうかしてるわっ」

「はいはい。俺はどうかしてますよ」

 模範的な高校生だった俺はアルコールなんて口にしたことはない。

「ミケ様は飲まれないのですか?」

 ルッコラに訊かれたミケはその声を無視してワイングラスに顔を近づけすんすんと鼻を鳴らしていた。

「おい、ミケ。恥ずかしいからやめろ」

「ニャ~? なんかこのワイン変な臭いがするんですニャ」

 そう言うとミケは舌を伸ばしてぺろっと一舐めしてみせた。

 その瞬間――

「ニャー!!」

 跳び上がり床を転がり回るミケ。喉を押さえてなんだか苦しそうに見える。

「なんだよ!? どうしたんだミケ!?」

「ニャニャニャー!?」

 ぺっぺっと床に唾を吐く。

 人間の姿でそんなことするなよ。

「一体どうしたんだミケ?」

 肩で息をしながら振り向いたミケはこう叫んだ。

「このワイン毒が入っていますニャ!」

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