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第10話

「ニャニャ。お出かけですか? クルル様」

 魔王城を出たところでミケとばったり出くわした。

「アマナ様もゲッティ様もいつもと雰囲気が違いますニャ。なんでですかニャ?」

 人間を必要以上に怖がらせないようにとアマナとゲッティは帽子を被りキリンのような角を隠していた。

「ああ。実はな……」

 魔王に人間との和平を結ぶように言われたことを伝えると、

「ボクも行きたいですニャ」

 ミケが言った。

「あのねぇミケ、これは魔王様からの大事な任務なのよ。遊びに行こうってんじゃないんだからね」

「んニャ。わかってますニャ、アマナ様」

「ミケさん、人間と同じ見た目の僕たちが選ばれたのは人間を怖がらせないためなんです。人語を話す巨大な猫が一緒にいたら人間はびっくりしてしまいますよ」

 ゲッティがミケに諭すように話して聞かせる。

「それなら心配いらないですニャ。ボクは魔術で人間に変身することが出来ますニャ」

「本当か?」

「特訓しましたニャ。クルル様、任せてくださいニャ」

 と自信満々なミケ。

 魔術で小さくなれることは知っていたが、人間にも変身できるのか……?

 にわかには信じられないが。

「じゃあ今すぐ人間になってみなさいよ。あたしたちもう出かけるんだからね」

「わかりましたニャ」

 言うとミケはぎゅっと体を縮めてぷるぷると震え出した。

「ニャニャニャニャ……」

 次第に体毛が逆立っていくミケ。

 そして、

「……ニャー!!」

 と叫んだ次の瞬間。

 ぼふん。

 忍者の煙玉が破裂したかのようにミケのいた場所がピンク色の煙で覆われた。

「こほっこほっ……何がどうなったっていうのよ、も~」

 風下にいたアマナが煙を吸い咳込む。

 徐々に煙が晴れていく。

「なっ!?」

 俺は思わず声を上げた。

 ミケがいた場所には、俺と同い年くらいの裸の女の子が立っていた。


 俺の目の前に立つ同年代くらいの裸の女の子に俺が言葉を失っていると、

「何してんのよミケ、服着なさいよっ」

「ニャ? ボクはいつも服なんか着ていないですニャ」

 ミケが首をひねる。

「今は人間なんだから服を着なさいっ!」

 アマナが自分の着ていた服をミケに羽織らせた。

「あんたたちもぼーっと見てるんじゃないわよ、いやらしいわねっ」

「ちょっと姉さん僕は別に――」

「俺はただミケがメスだったことに驚いていただけで――」

「うっさい。やっぱり男ってサイテーね」

 人間に変身したミケの胸が自分より大きかったからだろうか、アマナは怒りの矛先を俺たちに向けた。

「あんたたち後ろ向いてなさい、早く!」

「はい」

「わかったよ」

 そのまま五分程待っていると、

「もういいわよ」

 アマナの声がして振り向く。

「おお!」

 そこには着替えを済ませたミケがいた。

 黒髪ですらっと手足の長い女の子。

 さっきは出ていた猫耳も帽子で隠れていてどこからどう見ても人間そのものだ。

「アマナ様の服を貸してもらいましたニャ。なんかちくちくしますニャ」

 ミケが服を引っ張りながらこぼす。

「あんたねぇ、貸してやってるんだからありがとうくらい言いなさいよね」

「すごいです。僕たち以上に人間に見えますよ、ミケさん」

「ありがとうございますニャ」

「それにしてもその喋り方はどうにかならないのか?」

 普通の人間は語尾に「ニャ」なんてつけないぞ。

「こればっかりはどうにもならないですニャ。見逃してくださいニャ」

 手を合わせ可愛らしく上目遣いをしてくるミケ。

 てっきり俺はミケのことをオスだと思い込んでいたからなんか違和感があるんだよなぁ。

「じゃあなるべく喋らないようにしろよ」

「わかりましたニャ」

 ぶんぶんと首を縦に振るミケ。

 本当にわかっているのかこいつ。


 和平会談が行われるグラバニャ城は魔王城から南に遠く離れた地にある。

「どうやって行くんだ? 馬車とかか? まさか歩きじゃないよな」

「あんたバカなの? 歩いていったら一ヵ月はかかるわよ」

「クルルさん、大丈夫ですよ。移動手段はちゃんと考えてありますから」

 そう言うとゲッティはポケットから角笛を取り出した。

「なんだそれは?」

「まあ見ていてください」

 ゲッティは唇に角笛を当てそっと吹いた。

 ……。

 するとミケが突然、

「ニャニャ!? いい音色ですニャ~。初めてこんなきれいな音を聴きましたニャ~」

 うっとりした顔で遠くをみつめた。

「……なんだ? 何も聞こえないが」

「あんたには聞こえてないのこれ? 結構な音よ」

 と言いながらアマナが耳を塞ぐ。

 角笛を吹き終えたゲッティが、

「人間には聞こえないんですよ。僕たち魔族には大音量に聞こえているんですけどね」

「そうなのか。ミケはどうしたんだ?」

「ミケさんにはマタタビのような効果があるのかもしれないですね。すみません、僕にもよくわかりません」

 苦笑する。

「それでそいつを吹いたらどうなるっていうんだ?」

「ふふっ、それはですね――」

 その時、バサッと翼を羽ばたかせる音がしたと思ったら一瞬にして辺りが暗くなった。

「なんだ……うおっ!?」

 俺は空を見上げて思わず声を上げた。

 なぜなら俺たちの頭上を大きなドラゴンが舞っていたからだ。

 ドラゴンはそのまま地面に下り立つと大きな翼を閉じた。

「おい、これってドラゴンだよな。お前が呼んだのか? そいつで」

「はい。このグランドラゴンは僕たち姉弟のペットなんです」

 見るとアマナが「よく来たわね、グラン」とドラゴンの前足をぽんぽんと叩いている。

「ドラゴンがペットね……もう何が来ても驚かないつもりでいたんだけどな」

 こいつは反則だ。

 ペットと口では簡単に言うが、三階建ての家くらいの大きさがあるぞ。

「ではみなさん、グランに乗ってください」

 ゲッティに促され俺たちはグランという名のドラゴンの背中に乗った。

「グラン、グラバニャ城まで頼むよ」

「全速力でお願いね」

「グオオォォー!」

 グランは雄たけびを上げると俺たちを背中に乗せたまま大空に飛び立った。


「ドラゴンに乗ったの初めてですニャー。すごいですニャー。楽しいですニャー」

「おい、暴れるなミケ。落ちるぞ」

 雲を横目で見ながらグランの背中に乗って大空を駆け抜けていく。

 ものすごい風圧で初めは目も開けられなかったがようやく慣れてきたところだ。

 グランの背中から身を乗り出して地面を見下ろすミケ。

「砂漠ですニャ。ラクダが豆粒みたいに見えますニャ」

「ランド砂漠ですね。グラバニャ城まではまだまだです」

 ゲッティが冷静に言う。

 風を受ける姿も画になる奴だ。

「え~、まだかかるの? グラバニャ城って遠いのね」

 風で飛ばされないように帽子を押さえているアマナ。

「いつもみたいに本を持って来ればよかったかしら」

 いやいや、この風圧の中読書するのは無理があるだろ。

 そもそも読む気もないくせに。

「あたしちょっと寝るから着いたら起こしてね」

「今日中には着けると思いますからクルルさんもミケさんも休んでください」

「ああ、わかった。そうさせてもらうよ」

「ボクはもうちょっと景色を堪能しますニャ」

 アマナと俺はグランの広い背中の上で横になった。

 そしていつの間にか眠りについていた。

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