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第6話

「……トリプルアクセルを使う時は手加減しないと駄目だな」

 俺はえぐれた地面を眺めながら口にした。

 山一つ吹っ飛ばして更地にしてしまう程の威力だ。人間相手に本気で殴ったりしたら塵一つ残らないかもしれない。

 それにこんな力があると魔王や幹部の連中に知られたら対勇者の最前線に駆り出されるかもな。

 そんなことになったら面倒なことこの上ない。

 俺が考えを巡らせていると、

「クルル、これはどういうことだ?」

 背後から声をかけられた。

 声の主はモレロだった。

「あ、いや~……」

「……ここで何があったんだ……?」

 モレロが口をぱくぱくさせ辺りを見渡す。

 どうやら俺がやったところは見ていなかったようだな。

 トリプルアクセルも解除しておいて正解だったな。

「お前はここで何をしている?」

「そういうあんたこそ何をしているんだ?」

 俺は焦りと後ろめたさから食い気味に質問し返した。

「オレか? オレは城の外ですごい音がしたからな、確認しに来たんだ」

「そうなのか」

 やっぱりあれだけの衝撃だったから城内にも音は届いていたか。

「それでクルル、お前は何をしていた? ここで何があったか見ていないか?」

 モレロが訊いてくる。

「俺もあんたと似たようなもんだ。散歩していたらすごい音がしたから来てみたらこうなっていたって訳だ」

 えぐれた地面を見ながら答える。

 完全に嘘だけどな。

 これがモレロじゃなくエルザさんだったらバレていたかもしれないが、真面目なモレロは、

「そうか。一体何があったんだろうな……」

 とあっさりと信じてくれた。

「一応オレはこのことを魔王様に報告しておこうと思う」

「魔王……様に会うのか?」

「む? そうだが」

 これは魔王の顔を拝めるチャンスかもしれない。

「俺も一緒に行ってもいいか?」

「むう、そうだな」

 モレロは一瞬考えるそぶりを見せたが、

「まあいいだろう」

「本当か」

 魔王に会えることになった。

「では早速行くとしよう」

「ああ」

 これでミケにいい土産話が出来そうだ。

俺たち幹部の部屋のある四階からさらにその上に続く階段。

 そこを上った先に魔王はいる。

「失礼のないようにな。私語は慎めよ」

 モレロが緊張した顔で俺を見てくる。

「わかってる」

「では行くぞ」

 モレロが階段に足をかけ一歩一歩踏みしめるように上がっていく。

 俺もその後に続いた。

 階段を上りきると廊下が一つの部屋にだけ通じていた。

 魔王城自体がわりかし不気味な造りをしているが、魔王のいる最上階は一段と気味が悪く壁面には人間の恐怖に満ちた顔を模したようなレリーフが施されていた。

悪趣味だ。

 最上階に上がってからは空気もなんだかよどんでいて重たい感じがする。

 俺たちは廊下の先の部屋へと進み大きな扉の前に立った。

 そしてモレロが扉をノックして声を上げた。

「魔王様、モレロです! ご報告があって参りました!」

 いつも以上に背筋を伸ばして声を発するモレロ。

「今日は新しい幹部であるクルルも同行しております! よろしいでしょうか!」

「……」

 返事はない。

「失礼します!」

 モレロは扉に手をかけた。

「おい、モレロ。返事がないのに勝手に入っていいのか?」

「しっ。私語は慎めと言っただろう」

 そんなこと言ったって勝手に部屋に入る方が失礼じゃないのか。

「魔王様がお返事をなさらないのはいつも通りのことだ」

「なんだ、そうなのか。だったら先にそう言っておいてくれよ」

「言わなかったオレも悪いが今は黙っててくれ」

 顔をぐっと近づけてくる。

 うっ……半魚人の顔のドアップはきつい。

 モレロが扉を開け中に入る。

 俺も部屋に入ると、視界に入ってきたのは、一段高い場所に薄い布が垂れ下がっている光景だった。

 なんだ?

 よく目を凝らすとぼんやりとだがシルエットが薄布に映っていた。

 向こう側に魔王がいるのか?

 頭から羊の角のような物が生えている人物が椅子に座っているように見える。

「クルル、頭が高いぞ。しゃがめ」

「お、おう」

 俺はモレロの真似をして立て膝をつきしゃがむ。

「……」

「……」

『……モレロ。なんの用だ?』

 魔王が喋った。

 薄布越しの魔王の声はライオンの咆哮に似て、地の底から腹にずしんと響くような低い声だった。

「はっ。魔王様、先程の城外での大きな音はお聞きになられましたでしょうか?」

『……それがどうした?』

「はっ。実は確認しに行ってみたところ山が丸々消えていたのです」

『……』

 沈黙。

『……それで終いか?』

「はっ」

 殿様を前にした大名のようにかしこまるモレロ。

『……隣にいる者はクルルといったか』

「はっ。こちらがブルの代わりに新しく幹部になったクルルでございます」

 モレロが俺を紹介する。

『……クルルよ。幹部になったばかりですまぬが一つ我の頼みを聞いてくれるか?』

「はぁ、なんでしょうか?」

「こら、クルル。はいとだけ答えればよいのだ」

『……モレロ、お主は少し黙っていろ』

「はっ。失礼しました」

 深く頭を下げるモレロ。

『……最近エスペラードの町に現れた勇者がなかなか強者だと聞く。クルル、お主にはその者を殺してきてもらいたいのだ』


「え……?」

 今魔王はなんて言った?

 勇者を殺してきてほしい?

『……どうしたクルルよ。不服か?』

「いえ、滅相もございません、魔王様。クルルは感激のあまり言葉を失っているだけでございます」

『……モレロ、お主には訊いておらん。黙っておれ』

「はっ。失礼しました」

 モレロが頭を下げる。

「魔王……様。勇者は殺さないといけませんか? 適当にあしらうだけでいいのでは?」

『……クルルよ、よく聞け。今回の勇者相手に遠慮する必要はない。あやつは悪だ』

 薄布越しに魔王の手が動くのがうっすら見える。

 いやいや、勇者は正義の味方だろ、悪はお前だろうが。

 いっそのこと、その薄い布を破って今すぐ魔王を退治してやろうか、なんて考えが頭をよぎるが返り討ちに合うのも嫌なのでおとなしく従う。

「はぁ……わかりました。一応やってみます」

『……頼んだぞ』

「では失礼致します」

 モレロはシルエットの映った布に向かって一礼すると魔王の部屋を出た。

 俺もモレロのあとに続いて部屋を出る。

「クルル。魔王様が言っていた勇者一行の強さはオレの耳にも届いている。気を引き締めて任務に当たれよ」

 四階の廊下を歩いているとモレロが口を開いた。

「なあ、それって俺がやらないと駄目なのか?」

「当然だ。魔王様直々の命令だからな」

「う~ん……」

 勇者を相手に戦うのか……気が進まないなぁ。

「これは魔王様からのテストだと思え」

「テスト?」

「そうだ。新しい幹部として試されているのだ」

「そうなのか?」

「ああ」

 モレロが俺を見て力強くうなずいた。

「では頑張れよ」

 俺はモレロと別れると自分の部屋に戻った。

 ドアを開けるとミケが丸まって寝息をたてていた。だがすぐに俺に気付いて寄ってくる。

「あっ、クルル様。お帰りなさいですニャ」

「ああ、ただいま」

 ミケは俺の近くですんすんと鼻を動かし、

「何か嗅いだことのない匂いがしますニャ」

「それは多分ついさっきまで魔王……様に会ってたからじゃないかな」

「ニャニャニャ! 魔王様に会ったんですかニャ!?」

 跳び上がる。

「会ったっていっても顔は見てないんだけどな」

「それでもすごいことですニャ。うらやましいですニャ~」

 前足を合わせ遠くを見つめるミケ。

「それで魔王様とどんなことを話したんですかニャ?」

「うん、実はな……」

 俺は魔王に勇者殺しを命じられたことを話して聞かせた。

 すると、

「クルル様、ボクもお供したいですニャ」

 とミケがすがってきた。

「お願いしますニャ~」

 うーん。

 魔王からは仲間を連れていっちゃいけないとは言われてないし別にいいかな。

「わかった。一緒に行こうか」

「ニャニャ! ありがとうございますニャ!」

 俺に抱きつくミケ。

 ミケの体温が伝わって温い。

「そうと決まれば早速エスペラードの町に向かいますニャ」

「お前、エスペラードって町の場所知ってるのか?」

「任せてくださいニャ」

 どんと胸を叩く。

 こうして俺とミケはエスペラードの町を目指して城を出発した。

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