「おっそーいっ!」
森の中で腰に両手を当て俺を待ち構えていたアマナの第一声が森の中に響き渡る。
「あんたねぇ、あたしより先に来て待ってるはずだったわよね。なんであたしの方が待たなきゃいけないのよ!」
「悪い、エルザさんと話してたら遅くなった」
「エルザと? 何話してたのよ?」
「いや、それは……」
ブルを殺したのが実は俺だったことがエルザさんにバレてさぁ……なんて言えないしなぁ。
言いよどんでいると、
「ふーんそう、あたしには話せない訳ね。わかったわ、別にいいわよ」
アマナは面白くない顔をする。
「でも一つ忠告しておくわ」
「忠告ってなんだよ」
「寝ているエルザを不用意に起こさないこと。寝起きはまるで別人だから」
「どういうことだ?」
「嫌いな奴に起こされたりしたらそいつのこと殺しちゃうのよ。だから間違っても一緒に寝たりしないことね。死にたいなら別だけど」
おいおい、俺がエルザさんと一緒に寝る機会なんてあるわけないだろうが。
「そんなことより早速あんたに魔術を教えてあげるわ。感謝しなさいっ」
偉そうに胸を張るアマナ。
「これが魔術書よ」
そう言いながら一冊の分厚い本を俺に手渡す。
そして俺に渡したのと同じ本をカバンの中から取り出すとアマナもそれを手に持った。
アマナは眼鏡をくいっと持ち上げその魔術書をめくる。
「まず初めに魔力とはどういうものかを教えるわ」
そう言って目線を魔術書に落とすと一行目から読み上げ始めた。
「魔力とは魔術を使うにあたって力の……であり……である。なので魔術を使うには魔力が……なのである」
?
声が出ていない箇所があった。
なんだ?
……もしかしてだがアマナの奴、書いてある漢字が読めないのか?
そういえばゲッティが言っていたな、アマナは頭がよくないって。
俺は顔を上げアマナを見た。
「うおっ!?」
アマナも俺を見ていた。鬼のような形相で。
「なんだよ、その顔。こえぇな」
「クルル、あんたあたしのことバカだと思ってるでしょっ」
今にも飛び掛かってきそうな勢いで迫ってくる。
「べ、別にそんなこと思ってないって。ほら、俺もここの漢字難しくてよくわかんないし」
「ほ、ほんと……?」
「ああ、本当だよ」
「……そ、そう。そうよね。これはこの魔術書が悪いのよね。いいわ、こんな物に頼らなくてもあたしが魔術くらいいくらでも教えてあげるから」
アマナは俺に渡した魔術書と自分の魔術書をカバンにしまうと何事もなかったかのように仕切り直した。
「クルル、あんたはどんな魔術が使いたい?」
「う~ん、そうだなぁ……」
魔術でどんなことが出来るのかがよくわからないからなぁ。
「楽に覚えられて簡単に強くなれる魔術とかがいいな」
「あんたバカなの? そんなのある訳ないでしょ」
「そうなのか? じゃあどんなのがあるんだよ」
「そうね~、あたしは百個くらい魔術を使えるけど魔術って結局センスなのよね~」
俺の問いには答えず自慢話を始めるアマナ。
「あたしは生まれ持っての美貌と魔術のセンスがあったから百個も魔術を覚えられたけど、センスがない奴はいくらやっても無駄だしね。ブルなんて魔力は高くても魔術は一つも使えなかったし」
どさくさ紛れにルックス自慢も入れてきた。
「とりあえず初歩中の初歩の魔術を教えるからあたしの言う通りやってみて」
「わかった」
「この魔術は身体能力を向上させる魔術よ。魔力の高さに比例して強く、堅く、素早くなれるわ」
いいじゃないか。
無駄に魔力の高い俺にはもってこいの魔術だ。
「まずは精神を集中する。初心者は目を閉じた方がやりやすいかもね」
俺はアマナの言う通り目を閉じてみた。
そして自分なりに精神を集中させる。
「魔力が自分の体を覆っているイメージを膨らませて……」
俺はアマナの声に耳を傾けその通り黄色く輝く魔力が体を覆うイメージをした。
「トリプルアクセルと言葉に出す」
「……トリプルアクセル」
口にした瞬間、全身が異様に軽く、しかし一方で重くなるという不思議な感覚がした。
「目を開けていいわよ」
アマナの声で目を開ける。
「!?」
俺の体はイメージしていた通りに黄色く輝く魔力に包まれていた。
「これが身体能力強化の魔術、トリプルアクセルよ。試しにそこの大きな木をパンチで倒してみなさいよ」
アマナが言う。
俺は半信半疑ながらも巨木に向かってパンチを繰り出した。
手が痛くなるのは嫌なのでちょっと弱めに叩くくらいで。
ぐしゃあぁ!!
と、樹齢数千年はありそうな巨木がまるで豆腐のように粉々に崩れ散った。
散り散りになった巨木の破片が宙を舞う。
「……クルル、あんた何気にすごいわね。あたしが言ったのはそっちの木じゃなくてそこの木だったのに」
アマナが樹齢数十年程度の木を指差していた。
おそらくだが今の俺ならその木はデコピン一発でも充分倒せそうな気がする。
「あんた魔術の才能があるかもしれないわ。そうとわかれば今からびしばし鍛えるわよっ。覚悟しなさいっ」
アマナは楽しそうに笑った。
二時間後。
「あんた全然才能ないわ。センスの欠片もない」
アマナが言い捨てる。
俺は二時間特訓してもらったが、結局使えた魔術はトリプルアクセルだけだった。
「一つでも使えたんだからそこまで言うことないだろ」
「まあ、ブルよりはましだけど……はぁ、期待して損したわ」
つまらなそうに言う。
「あたし疲れたからそろそろ自分の部屋に戻るけど、あんたはどうする?」
「そうだな。せっかくだから城の周りを見て回ってから戻るよ」
俺はこの世界に来てからずっと城にこもりっきりだったからこの機会に少しくらい城の周りを散策してみようと思い立った。
「あっそ。じゃあね」
城に戻るアマナを見送ってから俺は城をぐるりと回るように歩き出した。
城の周囲には堀があり水が張られている。
そこには元いた世界では見たこともないようなカラフルで大きな魚たちが泳いでいた。
俺が水の上に手をかざすと魚たちが一斉に群がってきて口をぱくぱくさせる。
俺は一瞬モレロを思い浮かべてしまった。
城の南側が正門で、北側にはさっきまでいた森がある。そして東側と西側には大きな山々があって城が山に挟まれる形になっていた。
俺は今城の東側にいてその大きく切り立った山に対峙していた。
手の届く距離に急こう配の山がある。
「ここら辺ならいいかな」
俺は右腕を大きく振り回す。
こんなところで何をしているのかというと、トリプルアクセル使用時にどれ程の力が出るのか試しておきたくなったのだ。
「さっきは手加減しちゃったからな」
俺は目を閉じて精神を集中させると、
「トリプルアクセル」
と唱えた。
黄色く輝く魔力のオーラが全身を覆う。
さっきよりもスムーズに一連の動作を行うことが出来た。
二時間の魔術の訓練は無駄じゃなかったのかもしれない。
俺は魔力を身に纏った状態のまま切り立った山めがけて力一杯パンチを放った。
「せーのっ……」
ドゴォォォ――ーン!!
「うおっ」
ものすごい衝撃で砂煙が嵐のように辺りを舞う。
目を開けていられない。
俺はとっさに腕で顔を隠し、目をつぶった。
「くっ……」
しばらくしてぱらぱらと砂が地面に落ちる音に変化した。
やっと暴風が治まってきたので俺はゆっくりと目を開けてみた。
すると目の前にあった山は地面からえぐり取られたかのようにきれいさっぱり消えてなくなっていた。
「……おおう……漫画かよ……」
自分でやったことながら俺はドン引きしていた。