「ボクも幹部になれるように頑張りますニャ。クルル様、お元気でニャ」
目を潤ませて俺に手を振る……というか前足を振るミケを中庭に残して俺は今城の四階にある豪華な部屋にいる。
幹部になった俺には幹部専用の部屋が与えられたのだ。
前までミケと同居していた部屋とは段違いに広い。さすが幹部といったところか。
「基本的に普段何をしようが自由だが、魔王様に招集された時は何をしていようがすぐに集まること。いいな。ちなみに魔王様はこの上の最上階におられる。だから勝手に上の階には上がるなよ」
口をぱくぱくさせながらモレロが説明する。
「わかりました」
俺が返すと、
「オレとお前は同等の幹部なんだ。敬語を使う必要はないぞ」
「あ……ああ。わかった」
「よし、じゃあこれから幹部たちを紹介する。ついてきてくれ」
モレロが部屋を出ていく。
俺もあとに続いた。
モレロは俺の前を足をぺたぺたさせながら歩く。
モレロの足には水ひれのようなものがついていて体中には鱗がある。態度は紳士的だがやっぱり見た目は半魚人みたいで気持ち悪い。
「ここだ、入ってくれ」
モレロに大部屋に通された。
部屋の中には三人の男女がいてそれぞれソファに座ってくつろいでいたり本を読んでいたりしていた。
「わあっ、あなたが新しい幹部ですね、僕はゲッティです、よろしくお願いしますね」
俺に気付いた青年がソファから立ち上がり手を差し出してくる。
「あ、ああ、よろしく。俺はクルルだ」
「ちなみにあっちで本を読んでいるふりをしているのが双子の姉のアマナです」
「ふり?」
「ええ。姉さんは頭が悪いのがコンプレックスなのでいつも本を持っているんです」
俺は壁に寄りかかって読書をしているアマナを見た。
アマナは眼鏡をかけていて賢そうに見えるが……。
「あれは伊達メガネですよ。姉さんの視力は10.0ありますから」
「そうなのか」
よく見ると二人は顔立ちが似ていて整ったきれいな顔をしている。そして二人とも頭からキリンのような角が生えていた。
するとアマナと目が合った。
アマナは本をぱたんと閉じてつかつかとこっちに歩いてきた。
「ちょっとゲッティ、変なこと言ってないでしょうね」
「大丈夫だよ姉さん。ですよねクルルさん?」
ゲッティが目配せしてくる。
「ん、ああ、別に何も」
「そう、それならいいんだけど。あ、一応自己紹介しとくわね、あたしはこいつの双子の姉のアマナよ」
小さい胸を張る。
「俺はクルルだ。今日から幹部になった」
なりたくてなった訳ではないが。
「あんたいくつくらい魔術使えるの?」
アマナがぶしつけに訊いてくる。
「ゼロだけど」
「「えっ、ゼロ!?」」
ゲッティとアマナが口を揃えて言う。さすが双子。
「なんだクルル、お前魔術が使えないのか?」
モレロまで驚いている。
そういえばミケも驚いていたっけ。
「ああ、俺は魔術は使えない」
つい最近までただの高校生だったんだから当然といえば当然だ。
「クルル、あんたそれでよく幹部になんかなれたわね」
「ブルさんもそうでしたけどクルルさんは基本の魔力が高いんでしょうね、きっと」
「そうかもな」
ヨミに測ってもらった俺の魔力は一億だったしな。
「魔術についてはあとでこいつら双子に教えてもらうんだな」
「ああ、わかった」
続いてモレロはソファに向かった。
ソファにうつ伏せになっている羽の生えた女性に声をかける。
「おい、起きないかエルザ」
「んん……」
「エルザ、起きろ」
するとソファに突っ伏していたエルザさんが顔を上げ俺を見た。
寝ぼけまなこで、
「んん……あれ? きみ……どこかで会ったことある?」
エルザさんとはこの世界に来た初日にミケと一緒に会っている。
その時も確か眠そうにしていた。
「エルザ。こいつはクルル、新しい幹部だ」
「へ~、そうなんだ。よろしくね~クルルくん」
上半身だけ身を起こしけだるそうに言う。
服がはだけて大きな胸が今にも見えそうだ。
「ちょっとエルザ、あたしたちもしたんだからあんたもちゃんと挨拶しなさいよねっ」
「あ~アマナちゃん、あれ~、ちょっと見ない内に胸大きくなった?」
「えっ、ほんと!?」
「うんうん。アマナちゃん成長期だもんね~」
「あ、ありがとエルザ」
エルザさんに注意していたことも忘れアマナは自分の胸を見下ろし微笑んでいる。
「クルル、エルザはいつもこんな感じだから気にしないでくれ」
「ああ」
エルザさんは俺との挨拶を済ませるとまた寝入ってしまった。
見た目はスタイルのいい天使そのものだが服が胸と背中の部分がざっくり開いていて少々露出過多な気がする。
「さて、これで幹部たちとの顔合わせは済んだ訳だが何か質問はあるか?」
モレロが俺に視線を合わせる。
質問ねぇ……。
特にはないんだけど。
「魔王……様にはいつ会えるんだ?」
「基本的にはこちらからお会いすることは出来ない。魔王様からの招集がかかった時のみだ」
「でも一つ上の階にいるんだろ?」
「いらっしゃるが間違っても勝手に行こうとはするなよ。殺されるぞ」
「そうなのか。わかったよ」
魔王ってのはそんなにやばい奴なのか?
ミケが会いたがっていたし俺も一目くらいは見てみたかったのだがな。
「ではみんなご苦労だった。自分たちの部屋に戻っていいぞ」
モレロの号令で俺たちは大部屋をあとにした。
……が、エルザさんはソファで眠ったままだった。
「……そうですかニャー。魔王様にはまだ会えてないんですかニャ」
俺が幹部になってから毎日のようにミケは俺の部屋に遊びに来ていた。
紅茶のティーカップを器用に前足で持って、猫舌のせいか、やたらと息を吹きかけている。
「そうなんだよ。最上階にはいるらしいんだけどな」
「ボクも早く幹部になりますから待っててくださいニャ、クルル様」
「ああ、わかったよ」
俺はテーブルに置かれたクッキーを一つ取ってかじる。とてもおいしい。
魔王城で出てくる食べ物は人間でも食べられる物ばかりなのでありがたい。
てっきりイモリの丸焼きとかカラスの目玉のスープとかゲテモノ料理が出てくると思っていたからな。
俺とミケはその後も談笑しながら三時のおやつを楽しんでいた。
終始、魔王城にいるとはとても思えない平和な時間が流れていた……のだが、
「クルルいるー? 入るわよー」
アマナがノックもせずにいきなり俺の部屋に乗りこんできた。
「おい、ノックくらいしろよな」
「いいじゃない。同じ幹部なんだし」
とアマナ。どういう理屈だ。
「ニャニャ! アマナ様ですニャ! 初めましてですニャ、ボクはギガントキャットのミケと申しますニャ」
「あんたおっきいわねー。それにきれいな毛並みしてるわ。あたしのペットにしてあげようか?」
「こ、光栄ですニャー」
両前足を合わせて喜ぶミケ。
「そんなことよりなんの用だ?」
せっかくの穏やかな時間だったのに。
「あんた魔術が使えないでしょ、幹部のくせに」
「だからなんだよ」
「あたしの方が先輩だし、あんたに魔術を教えてやろうと思ってね。ふふん」
眼鏡をずらし自慢気に言うアマナ。
「いいよ、別に」
「なっ、あたしが教えてやるって言ってるのに断るわけっ!」
「だって興味ないし」
面倒くさそうだしな。
「興味ないですって!? あんた頭どうかしてるんじゃないのっ」
「そ、そうですニャ。アマナ様は幹部の中で一番魔術が得意なんですニャ。そのアマナ様に魔術を教えてもらえるなんてそれはもう奇跡ですニャ」
「よく言ってくれたわ、ミケ」
「んニャ~」
アマナがミケのあごの下を撫でる。
「クルル、あんたもし魔王様に先陣切って戦えって命令されたらどうするつもり? 魔術もなしで勇者たちとどうやり合うのよ」
「それは……」
「クルル様、こんな機会滅多にないですニャ。逃したらもったいないですニャ!」
「うーん、そうなのか?」
「そうですニャ!」
鼻息荒くミケが力説してくる。
俺の顔に生温かい鼻息がかかる。
まあ確かに魔力や魔術について俺は何も知らないからなぁ。
「……ミケがそこまで言うならやってみるか」
「やったニャ! それでこそクルル様ですニャ!」
ミケが前足をぱちぱち叩いて喜ぶ。
面倒くさいからなるべく楽に覚えられそうな簡単な魔術を教えてもらおう。
「お城の北側にある森の中で待っててちょうだい。あたしは自分の部屋で準備してから行くから」
言うなりアマナは部屋を出ていった。
「ではボクはトレーニングルームに行って鍛えてくるとしますニャ」
「そっか、頑張れよ」
「クルル様も魔術の修行頑張ってくださいニャ」
ミケと別れた俺は部屋をあとにして廊下を歩き出した。
すると廊下の向こうからエルザさんがやってきた。
長身でスタイルがよく天使の羽を生やしたエルザさんは離れていても目立つ。
「こんにちは、エルザさん」
「あ、クルルくんごきげんよう」
俺に気付いたエルザさんはにこりとして俺を見た。
「今日はいい天気ね。ぽかぽかして絶好のお昼寝日和だわ」
「まあ、そうですね」
昼寝か……。
そう言われると眠たくなってくるなぁ。
不意にエルザさんは俺の頬をぺろっと舐めた。
「っ!?」
「ふふっ、やっぱり」
俺が驚き反応できずにいるとエルザさんは得心した顔で微笑む。
「な、なんですかいきなり!?」
「ブルはもう死んでるのね……っていうよりきみが殺したのね、クルルくん」
いきなり図星を突かれた。
俺は内心動揺しながらも素知らぬ顔をしてみせる。
「え? なんのことですか。俺にはさっぱり――」
「私ね、相手の汗を舐めるとその人の記憶を読み取ることが出来るの」
エルザさんは笑顔で続ける。
「クルルくん、きみこの世界の人間じゃないでしょ」
何もかも見透かしたかのような目で見てくるエルザさん。
この人、本当に俺の記憶を読んだのか……?
「……あの、エルザさん。本当に――」
「クルルくん、私眠いからもう行くわね」
言って俺から離れる。
少し歩いて、
「あ、そういえば忘れてたわ。ありがとうクルルくん」
振り返り感謝の言葉を口にするエルザさん。
「えっと、何がですか?」
「ブルを殺してくれて。私、ブルのこと実は嫌いだったのよね」
そう言うと、色気のある残り香を漂わせエルザさんは去っていった。