特徴的な銀髪は帽子で隠し、偽の冒険者カードを使ってなんなく関所を通過した僕は、クオーツ王国に足を踏み入れる。
クオーツ王国の町の中はまるでみんながみんなを監視し合っているような異様な雰囲気が漂っていた。
おそらくはクオーツ王亡き後、クオーツ王国のトップの座についたジュニア王子によるものなのだろう。
独裁政権を維持するために、お互いを監視し合わせて、おかしな行動をする者がいたら告げ口させて処罰するというやり方だ。
僕はなるべく目立たないようにしつつ、ジュニア王子の住んでいるクオーツ城へと足を速めた。
それから数日後、僕はクオーツ城の城門前までやってきていた。
城門前には兵士が四人、左右に二人ずつ配置されていた。
「うーん……どうするかな」
兵士たちと戦ってもいいが、今回は巨悪を滅するためにやってきているので、出来れば不必要な血は流したくはない。
すると、
『……クズミン様、クズミン様、聞こえますでしょうか?』
耳に取り付けていた機械からラウールさんの声が聞こえてきた。
「あ、はい、聞こえますっ」
僕は怪しまれないように城門から少し離れて声を返す。
『今どちらにいらっしゃいますか?』
「えっと、クオーツ城の前です」
『ではこれからクオーツ城に入るわけですね』
「まあそうなんですけど……」
ラウールさんは僕の話し方で何かを察知した様子で、
『でしたら冒険者カードを城の兵士に見せてみてください』
と言ってくる。
「冒険者カードを城門前の兵士に見せればいいんですか?」
『はい』
僕はラウールさんとの会話を一旦止めると、城門へとゆっくり歩いていった。
「おい、何者だ貴様はっ」
「クオーツ城に何か用かっ」
兵士の態度が悪いのは相変わらずか。
僕は辟易しつつもラウールさんの言う通りに冒険者カードを兵士たちに提示してみせた。
その途端、
「なっ、Sランク冒険者だとっ!? ……い、いや、でしたかっ」
「よ、ようこそクオーツ城へっ」
兵士たちの態度が急変する。
「あの、僕城の中に入ってもいいですか?」
「そ、それはもちろんですっ」
「どうぞご自由にっ」
兵士たちは緊張した面持ちで僕を見送ってくれた。
『どうでしたか? Sランクの冒険者カードの効力は』
「いやあ、すごいですね。Sランク冒険者ってだけでこんな対応が違うんですね」
ラウールさんに小声で答える僕。
『はい。Sランク冒険者は世界中のありとあらゆる場所への立ち入りが許可されていますから』
「へー、そうだったんですか」
ずっとEランクのままの僕にはまったく知らなかったことだった。
僕はクオーツ城内の廊下を突き進みながら上への階段を探す。
とその時前から廊下を我が物顔で歩いてくる小柄な男がいた。
王冠をかぶり背中には赤いマントをひるがえしている。
その男を見て廊下にいた兵士たちがビビりながら次々とお辞儀をしていく。
あれ?
もしかして……あれがジュニア王子かな?
そう思っていたところ、
「なんだ貴様、我の行く道を邪魔する気かっ?」
目の前にやってきたその男は偉そうに口にした。
あ、こいつで間違いないな。
「あんたがジュニア王子だろ?」
「なっ、なんだと貴様っ!? だ、誰に向かって口を聞いておるっ、無礼だぞっ!」
一瞬で頭に血が上り顔が真っ赤になるジュニア王子。
廊下にいた兵士たちはお互い目を見合わせながら居心地悪くしている。
「あんたかなり評判悪いみたいじゃないか。細菌兵器とやらも作ってるって聞いたぞ」
「う、うるさい、黙れっ! お、おい貴様ら、さっさとこの無礼者を殺――」
ジュニア王子はそこまで言うとすべてを言い切る前に血を噴出して廊下に倒れた。
なぜなら――僕がジュニア王子の口から上を手刀で斬り飛ばしたからだった。
「な、なな、なっ!?」
「ジュ、ジュニア王子っ……!」
うろたえている兵士たちをよそに僕はきびすを返す。
「ま、ま、待てっ!」
「……何か?」
足を止め振り返り、兵士の目を見る僕。
「殺しちゃまずかったですか?」
「い、いや、それはっ……」
「じゃあ僕は帰りますね」
「あ、あ、ああ……」
こうして僕は口を開け呆けたままの兵士たちを置いて、一人クオーツ城をあとにするのだった。
ジュニア王子をクオーツ城で殺害してから数日後の深夜、僕はクダラ大帝国領土内のヴェガ将軍の自宅前にいた。
「ここか……」
僕は大きな家を見上げながらつぶやく。
ここに来るまでには関所や通行ゲートなどいくつものセキュリティチェックがあった。
おそらくジュニア王子が殺されたことを知って念のため警備を強化したのだろうが、Sランクの冒険者カードを見せるとすべて簡単に通してもらえた。
おそるべしSランクの冒険者カード。
クダラ大帝国はクオーツ王国以上にギスギスした雰囲気だった。
それもそのはず町の人たちはお互いがお互いを監視するのは当たり前で、少しでもヴェガ将軍の悪口を口にしようものなら、それがたとえ子どもであろうが連帯責任で家族そろって即銃殺刑というとんでもない国に変貌していたからだ。
おかげで町の人たちは疑心暗鬼に陥っていて、現政権に不満を持っていても大規模なクーデターが起こりそうな気配はまったくなかった。
それは兵士たちも同様で、せっかくルチ将軍が死んで平和になるかと思いきや自国の女、子どもを射殺しなければ今度は自分の家族が殺されるということもあって、心の中では反抗する気持ちを持ちながらもそれを実行することは出来ず、嫌々命令に従うしかないという現実に苦しめられていた。
やはりすべての元凶はヴェガ将軍にあるようだった。
ピンポーン。
僕はヴェガ将軍の家の玄関ドアのチャイムを鳴らす。
するとドアが開いて中からメイド姿の若い女性が顔を覗かせた。
「どちら様でしょうか?」
「ヴェガ将軍いますか?」
僕はメイドの女性に訊き返す。
「あの、あなたは一体……?」
「ヴェガ将軍を殺しに来ました。巻き込まれたくなかったら外に出ていてください」
「え、ちょ、ちょっと……」
ドアを開け放つと、メイドの女性を追いやって僕は家の中へと問答無用で入っていった。
広くて長い廊下を抜け大きな螺旋階段を上がる。
煙となんとかは高いところが好きなようで、最上階である四階まで上がっていくとヴェガ将軍と鉢合わせした。
「んっ? なんだ貴様?」
「あんたがヴェガ将軍で間違いないな?」
念には念を入れて僕はヴェガ将軍にそう訊ねる。
「貴様、どうやってここまで入ってこれたんだ?」
家に見知らぬ男が入ってきたという割には落ち着き払った様子のヴェガ将軍に、
「これを見せたらすんなりやってこれたよ」
僕は持っていたSランクの冒険者カードを見せてやった。偽造品だけど。
すると、
「ちょっと待てよ。貴様もしかしてジュニア王子を殺したって噂のSランク冒険者か?」
ヴェガ将軍は僕の目をじっと見て思い出したように口にする。
僕のことがそんな噂になっているのか……全然知らなかった。
「あんた前任のルチ将軍よりタチが悪いらしいじゃないか。だから殺しに来たよ」
「なるほどそうか、ルチ前将軍をやってくれたのは貴様だったのか。ふふふ、それは感謝しなくてはな」
「あんたずいぶん余裕そうだけど僕のこと怖くないのか?」
ヴェガ将軍はこれまで殺してきた奴らとは明らかに反応が違う。
よほど自分に自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。
「ふっ、怖くなどないさ。貴様は既にオレの術中にはまっているのだからな」
「何? どういうことだ?」
「教えてやろう。オレのスキルは絶対遵守という常時発動型のスキルでな、オレと目が合った者を意のままに操ることが出来るんだよ」
「なんだってっ?」
僕はさっきからヴェガ将軍の目を見て話していた。
ということはもうその絶対遵守とやらのスキルにかかっているということかっ……?
僕はすぐさまヴェガ将軍に攻撃を仕掛けるべく動こうとした。
だが、
「な、なんだっ……?」
体が動かない。
「ふふふ、オレは貴様に対して待てという言葉を発していたからな。貴様は動けないというわけだ」
「くっ、くそっ……動けないっ……」
「さてと、それじゃあ死んでもらうとするか。貴様は全力で自ら自分の首を絞めて死ね」
いやらしい笑みを浮かべヴェガ将軍がそう口にした直後僕の手が勝手に動いた。
「なっ、なんだこれっ……ぐぅぇっ……!」
「ふふふふっ、これはなかなか面白い見世物だな」
「ぐ、ぅ……かはっ……かっ……が……」
僕は自分の意思とは無関係に自分の首を強く締め上げていく。
い、息が出来ない……く、苦しいっ……死ぬっ。
一分近くその状態のまま耐えていた僕だったが、気を保てていたのもそこまでで、次の瞬間僕は死を迎えた。
スキル【強復活】により、
「ふふふ、はーっはっはっは。オレのスキルは最強だな」
と悦に浸っているヴェガ将軍の前に復活を果たした僕。
「なっ!? 貴様なぐあああぁぁっ……!!」
僕の姿を見て驚きの声を上げていたヴェガ将軍の目を見ないように注意を払いながら、僕はヴェガ将軍の両目を指で突き刺した。
指先には眼球が潰れる感触が。
「なんなんだ貴様ぁぁっ!! くそがああぁぁーっ!」
さっきまでの落ち着きっぷりが嘘のように声を荒らげ暴れ回るヴェガ将軍。
しかし目が見えていないので僕には滑稽な姿に映る。
それにしても……。
「絶対遵守か……危ないスキルだったな。命令が自殺じゃなければヤバかったよ」
「貴様ぁぁーっ、なんで生きてるんだああぁぁーっ!!」
「僕は自然死じゃなければ何度死んでも生き返れるんだ。残念だったな」
僕はこれから死んでいくヴェガ将軍に他の誰も知らない秘密を教えてやった。
いや……唯一すべてを話して聞かせたルビーさんは知っているんだったっけ。
どうでもいいことを考えていると、
「うあああぁぁぁーっ!!」
ヴェガ将軍が逃げ出した。
だがすぐに廊下にぶつかり後ろに倒れる。
「無様だな」
「た、助けてくれっ! 金でも女でもなんでもやるから頼むっ!!」
「あんたは今までに命乞いをしてきた罪のない人を許してやったことはあるのか?」
「ぐっ……そ、それは……だ、だがこれからは心を入れ替えるっ、だから殺さないでくれぇっ!!」
「答えはノーだ」
そう言うと、僕は土下座していたヴェガ将軍の頭を両手で挟み、水風船が破裂するように両側から頭を押し潰した。
血液やら脳しょうやらが廊下に散らばる。
僕は顔についた返り血を服で拭いつつ「終わりましたよラウールさん」とヴェガ将軍の殺害完了をラウールさんに報告するが、
『すぅ……』
「ラウールさん?」
ラウールさんからは返事がない。
それどころか寝息らしき音が聞こえてくる。
やれやれ。僕に汚れ仕事をさせておいて、あなたは寝ているんですかラウールさん。