「クズミンさぁ~ん、お昼ご飯出来ましたよぉ~」
「はーい、今行きますっ」
僕はルビーさんの呼ぶ声を受けて畑仕事を一時中断すると、ルビーさんの待つ家へと戻る。
「お疲れ様でしたぁ、クズミンさん」
「いえ、こちらこそご飯作ってもらってありがとうございます」
家に入るとルビーさんがにこにこした顔で出迎えてくれた。
テーブルの上には美味しそうな料理がたくさん並んでいる。
「わたし張り切って作り過ぎちゃいましたぁ。食べ切れなかったら残してくださいねぇ」
「大丈夫ですよ、僕かなりお腹すいてますから。それにルビーさんの料理すごく美味しいですし」
「わぁ、そう言ってもらえると嬉しいですぅ」
最悪僕が食べ切れなくてもルビーさんが平らげるだろう。
一緒に住んでいてわかったことだが、ルビーさんは細身の割に結構な大食らいなのだ。
「いただきます」
「いただきますぅ」
僕たちは胸の前で両手を合わせると、そう口にしてから昼ご飯を食べ始めるのだった。
ルビーさんがこのセンダン村にやってきてから一週間、僕とルビーさんは同じ家で暮らしていた。
僕が言った「一緒にこの村で暮らしませんか?」という言葉にルビーさんは「わぁ、ほんとですかぁ~? お世話になりますぅ」と心底嬉しそうに返した。
少しして夜になり「どの家に住むか決めましたか?」と訊くと「ふぇ? ここで一緒に暮らしていいんですよねぇ?」ときょとん顔を僕に向けてきた。
そこで僕は気付いた。
ルビーさんは僕の言った言葉を「一緒の家で暮らしませんか」という意味でとらえていたのだと。
もちろん僕はすぐに否定したが、ルビーさんは悲しげな顔をして「別々だったんですかぁ……」としょんぼりしてしまった。
ルビーさんはメイドとして他人の家に住み込みで働いていたようなので、男の僕と一緒に暮らすことにもまったく抵抗がなかったらしい。
むしろ他人と暮らすことに慣れてしまっていて、一人だと心細かったようだ。
僕はそんなルビーさんを見て思い切って言ってみた。
「じゃあこの家で一緒に暮らしますか?」と。
僕も久しぶりに人と会話して楽しかったのだ。
この時間がずっと続けばいいとも思っていた。
幸い僕の家は広く一人で住むには大きすぎた。
……断じて下心があったわけではない。
「ごちそうさまでした」
「は~い、お粗末様でしたぁ」
昼ご飯を食べ終わると僕は、ルビーさんがキッチンで食器を洗い始めるのをよそに、再び外に出て畑仕事を再開する。
僕たちは仕事を分担していた。
畑仕事はそれなりに重労働なので僕が引き受け、家事全般をルビーさんにお願いする形にしていた。
ルビーさんはおっちょこちょいでたまにお皿を落として割ってしまうこともあるが、料理は上手だし掃除も他の家の分までやってくれているので、僕としては大助かりだった。
二時間ほど畑仕事に精を出した後、僕はルビーさんに一言断ってから村の外に自生しているネリンギというきのこを採りに村を出た。
そして辺りが暗くなるまでネリンギを山ほど採ってから村へと戻った。
「ただいま帰りましたー」
僕が玄関のドアを開けると、
「あっ、おかえりなさいクズミンさんっ」
ルビーさんが玄関まで走ってやってくる。
わざわざ出迎えなくてもいいのに。
そう言おうとした時、
「あのあの、クズミンさんにお客様が来ているんですぅ」
ルビーさんが焦った様子で僕に言った。
「え? お客さん?」
「はいぃ。すごく綺麗な方でわたし緊張しちゃいましたぁ」
綺麗な人?
誰だろう……。
僕はとりあえず客間に向かった。
客間のドアをノックしてから開けると、そこにはフォーマルな恰好をした顔立ちの整った男性の姿があった。
美男子という言葉がとてもしっくりくる感じの、爽やかなそれでいて清潔感のある男性だった。
その男性は僕を見るなりお辞儀をしてから自己紹介を始めた。
「初めまして、クズミン様。わたくしは世界評議会から派遣されてまいりました、ラウールと申します。以後お見知りおきを」
「世界評議会……?」
このラウールという男性の訪問によって、僕の平凡で穏やかな日常は一変することになるのだが、この時の僕はそれをまだ知らないでいた。
「あの、すみません、世界評議会ってなんですか?」
初耳だったので、僕はラウールさんという男性にそう返す。
すると、その問いに答えたのはラウールさんではなくルビーさんだった。
「クズミンさん、世界評議会知らないんですかぁ? 世界評議会っていうのは世界のすごく偉い人たちが集まった評議会なんですよぉ」
「は、はあ……」
いまいちわからない。
とルビーさんの説明を補足するようにラウールさんが口を開く。
「世界各国のトップで構成された最高意思決定機関だと思っていただければよろしいかと」
「はあ、そうですか。それでその世界評議会の方が僕になんの用なんですか?」
「そのお話をする前に失礼ですがわたくしの質問に答えてもらってもよろしいでしょうか?」
「質問ですか……まあ、いいですけど」
「ありがとうございます」
ラウールさんは深々と頭を下げた。
それから顔を上げ僕の目をじっとみつめる。
「では率直にお聞きしますね。クオーツ王国のクオーツ王とクダラ大帝国のルチ将軍はクズミン様が殺したのでしょうか?」
本当に率直に訊いてきた。
僕は突然出てきた二人の名前に少々面食らってしまう。
そしてそんな状況の中、僕はルビーさんを盗み見た。
ルビーさんは意味がよくわからないようでぽかーんとしていた。
僕は一瞬思い悩む。
ここで僕がイエスと答えたらルビーさんはどんな反応をするのだろうか。
もしかして僕を怖がって村を出ていってしまうんじゃないか。
しかし、ラウールさんの真剣な眼差しに対して僕は嘘はつけなかった。
「……はい。僕が殺しました」
僕は正直に答えていた。
ルビーさんがどんな反応をしているのか気になるが不安で目線を動かせないでいると、
「やはりそうでしたか。それでは本題に入らせていただきます」
ラウールさんは話し出す。
「実はクオーツ王とルチ将軍も世界評議会のメンバーの一員だったのですが評議会を隠れ蓑にしてクオーツ王とルチ将軍は裏で結託して銃器の密売をしていたのです」
「銃器の密売……?」
「はい。しかしクオーツ王国とクダラ大帝国は世界二位と一位の軍事国家だったためなかなか手が出せなかったのです。評議の際は自分の国からモニター越しに参加していましたから二人の身柄を確保することは困難でした。そうしてわたくしたちが手をこまねいていたところクズミン様がその二人を殺害したというわけです」
「そう……だったんですか。えっと、ということはラウールさんは僕を逮捕しに来たんですか?」
「いえ、少し違います」
ラウールさんは続けた。
「もしクズミン様がわたくしたちの願いを聞き入れてくださるのならばわたくしたち世界評議会はあなたのしたこと、そしてこれから将来にわたってすることすべてに免罪符を与えるつもりでおります」
願い……免罪符……。
まだ話が見えてこない。
「世界評議会には現在二十二人のメンバーがいるのですがこの世界には世界評議会に属さずに自国で好き放題やっている世界各国のリーダーがいます。その多くが恐怖政治を敷いた独裁国家なのです」
「はあ……」
「ちなみにあなたが殺したクオーツ王の後釜にはクオーツ王の息子であるジュニア王子がルチ将軍の後釜にはヴェガ将軍という人間がそれぞれついているのですがこの二人とも前任者に輪をかけて性格が破綻しているそうです。ジュニア王子もヴェガ将軍も世界評議会には一切参加せず自国で細菌兵器を開発しているようなのです。この二人、命令に背いた者はその場で即銃殺刑に処しているそうで、その上ヴェガ将軍に至ってはそれが女性であっても子どもであっても迷わず殺すとの評判です」
そんなことになっていたのか……この村にはそういった話は一切届かないから知らなかった。
僕はてっきりクオーツ王とルチ将軍がいなくなって少しは平和な国になっていると思っていたのだが。
「あの、それで僕に聞いてほしい願いというのはなんなんですか?」
「今わたくしが話したような独裁国家のリーダーをすべて排除してほしいのです」
「排除って……要は殺せってことですか?」
「……」
今まで饒舌だったラウールさんだがその問いだけには答えなかった。
「僕がそれを断ったらどうするんですか?」
「クズミン様、あなたを殺人の罪で逮捕します」
「……なるほど」
逮捕か……正直言って僕がそう簡単に捕まるとは思えないが、ラウールさんの妙な自信からすると、もしかしたら僕の動きを封じるようなスキルを持った人間が評議会の関係者の中にいるのかもしれないな。
「お返事はまた明日うかがった時にお聞きますので今日一日お考え下さい。それでは失礼いたします」
そう言い残してラウールさんは立ち去っていった。
雰囲気や身のこなしからしてラウールさんはかなり強そうな感じが見て取れた。
「あ、あのぉ、クズミンさん? さっきの話ってどういう……?」
ルビーさんが不安げに僕の顔を見上げてくる。
「えっと、全部話すのでリビングに場所を移してもいいですか?」
「は、はいぃ」
僕はこの後、自分の身に起こったことや僕が今までしてきたことをすべて洗いざらいルビーさんに話して聞かせた。
ルビーさんはそれを複雑な表情でずっと黙って聞いていたが、僕の話が終わるとただ一言「大変でしたね、クズミンさん」と僕をいたわるような言葉をかけながら、僕の手を優しく包んでくれた。
翌朝、ラウールさんは約束通りやってきた。
「おはようございますクズミン様。お気持ちは決まりましたでしょうか?」
「はい、昨日の申し出を受けることにしますよ」
僕は昨日一晩考えて出していた結論を伝える。
「そうですか。それはどうもありがとうございますクズミン様」
「まあ、クオーツ王国とクダラ大帝国に関しては僕も見過ごせないので」
僕がクオーツ王とルチ将軍を殺したせいでさらに厄介なリーダーが生まれてしまったというのならば、僕にも責任の一端はある。
「それではこちらをどうぞ」
「……これは?」
「クズミン様の新しい冒険者カードです」
「僕の冒険者カード……?」
僕はラウールさんからそれを受け取ると詳しく見てみた。
すると名前の欄にジャック・フラッシュと書かれていた。
ジャック・フラッシュ?
僕が眉をひそめているとラウールさんが説明してくれる。
「クズミン様は現在首に金貨五百枚のかかったお尋ね者です」
「五百枚っ?」
「はい。なので関所などを通る際に偽の身分証が必要なのではないかと思い用意しておきました。申し訳ありませんが名前はこちらで適当に決めてしまいましたが」
「あー……そういうことですか。わ、わかりました」
これで入国時に強行突破せずに済むというわけか。
さすが世界最高の意思決定機関、これくらいは造作もないということか。
というか僕の首にかかった賞金、いつの間にか金貨五百枚になっていたんだな。
ちなみにその他の項目を確認すると僕の冒険者ランクがSになっていた。
僕の本当のランクはEなのだが、偽の冒険者カードということで粋な計らいをしてくれたのだろうか。
「それとこちらもお持ちください」
ラウールさんはそう言うと豆粒くらいの機械製品をよこしてきた。
ラウールさん曰はく、
「それを耳につけておいてください。そうすればそれを通じてクズミン様とわたくしはいつでも会話が出来ますから」
とのことだった。
「じゃあラウールさん、ルビーさん、行ってきますね」
「はい。成功をお祈りいたしております」
「クズミンさん、絶対無事に戻ってきてくださいねぇ」
「はい。ルビーさんももし村の外に出る時は充分気をつけてくださいね」
「はぁ~い」
こうして僕はラウールさんとルビーさんに見送られセンダン村をあとにしたのだった。