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第22話

 誰にも顔を指されることなくクダラ城のそばまで来ると、僕は月のない暗闇に乗じてクダラ城の回りを囲む高い塀を飛び越えて敷地内へと入る。

 城門を背にした兵士たちは油断しきっていてあくびなどしている。

 僕は物陰から彼らにそっと近付くと、彼らのお腹を軽く殴り気絶させた。

 城門を抜けて城の中に入ると、階段を一気に駆け上がって最上階まで向かう。

 するとそこには大きな扉があった。

 もしかしたらこの先にルチ将軍が……。

 僕ははやる気持ちを抑えながら扉に手を伸ばすとそれを押し開ける。

 ギィィィィ。

 大きな扉が開くとそこは寝室のようだった。

 広い割には殺風景で、部屋の中には天蓋付きのベッドとタンスが置かれてあるだけ。

「ぐぅー……ぐぅー……」

 ベッドからは寝息が聞こえてくる。

 僕は足音を殺してベッドに近付くと、レースの幕をゆっくり手で押しのけた。

「ぐぅー……ぐぅー……」

 そこに寝ていたのは髪の長い爬虫類のような顔をした男。

 まさしくルチ将軍その人だった。

 その横には裸の女性も一緒に寝ている。

 警備兵もろくに置かずに気持ちよく熟睡しているところを見ると、やはり僕のことは死んだと思っているのだろう。

 僕は寝息を立ててのんきに寝ているルチ将軍の口を手で塞ぐ。

「……っ!?」

 ルチ将軍が目を覚ました。

「お前が本物のルチ将軍だな?」

「んーっ!」

「うるさい」

 ゴッ。

 僕はかなり手加減してルチ将軍の右目を殴った。

 すぐに右目の回りが腫れて紫色になる。

「これから手を放すからな。馬鹿な真似はするなよ」

「後悔するぞ」と忠告してから、僕はルチ将軍の口を押さえていた手を放した。

「お前が本物のルチ将軍だな?」

「……そ、そうだ。き、貴様生きていたのか? 兵士の報告ではゲルググの町ごと吹っ飛んだと……」

「質問するのは僕だ」

 言いながら今度は左目を殴る。

 ルチ将軍の左目の回りの肉が腫れて視界が狭まる。

「センダン村にミサイルを落としたのはお前か?」

「……あ、ああ、オレ様の指示だ」

「そうか。それだけ聞ければ充分だ」

「ま、待てっ。オ、オレ様を殺すと兵士たちが黙ってないぞ」

「またそれか……聞き飽きたよ」

 クオーツ王もそれに似たようなことを言って命乞いをしてきたことを思い出す。

「確かにお前の国の兵士たちはお前の命令に忠実らしいけどそれはお前に人望があるからじゃなくてお前の命令に逆らうとあとが怖いからだろ。つまりお前が死ねばすべて丸く収まるんじゃないのか」

「っ……」

「図星らしいな」

 ルチ将軍の表情から察するに僕の考えは正しそうだった。

「オ、オレ様をどうする気だ? こ、殺すのか……?」

「もちろん殺すよ」

 ただ問題はその方法だ。

 少しでも苦しめてから殺してやりたいが、僕の平凡な頭では大した考えは浮かばない。

「とりあえず爪を無理矢理はがしてみるか」

「ひっ……う、動くなっ、こいつを殺すぞっ!」

「きゃあっ!?」

 ルチ将軍は何を思ったのか、隣に寝ていた女性の首に手を回すと僕を脅してくる。

 いつの間にか手には小さな果物ナイフを持っていた。

「ル、ルチ様、何をっ……!?」

「さ、さあどうするっ? 近付くとこいつを殺すからなっ!」

 果物ナイフを女性の首に押し当て声を上げるルチ将軍。

「それ、なんの意味があるの? 僕はその女性がどうなろうと全然構わないけど」

「ふ、ふんっ、それは嘘だなっ。兵士からの情報では貴様は町の人間は誰一人殺してはいないはずだっ。貴様は無関係の人間が犠牲になることをよしとしないのではないかっ、ええっ!」

「……」

 僕は何も答えられなかった。

 確かに目の前にいる女性を見殺しにするのは気が進まない。

「ほ、ほら見ろ阿呆めがっ。わかったらさっさと下がれっ!」

 僕はルチ将軍に言われた通りにルチ将軍から離れ距離をとる。

 ルチ将軍は女性を盾にしながらベッドから下りた。

 僕とルチ将軍の間には均衡状態が保たれる。

「それでここからどうするんだ?」

「オレ様のことは諦めて貴様は村に帰れっ!」

「いや、それは出来ない。僕の目的はルチ将軍、お前の命だからだ」

「こ、この女が死んでもいいのかっ!」

「た、助けてっ……!」

 ルチ将軍に後ろから首を絞められ苦しそうに声をもらす女性。

「その女性が死んだらお前も死ぬぞ」

「ぐっ……阿呆めっ、だったらオレ様の奥の手で貴様を殺してやるっ!」

 そう言い放つと、ルチ将軍は「スキル、幻獣召喚っ!」と叫んだ。

 直後――

『ギャアアアァァァオ!!』

 僕とルチ将軍の目の前に、首が八本にわかれたドラゴンが出現した。


「さあ行け、ヤマタノオロチっ!」

 ルチ将軍の合図で首が八本にわかれたドラゴンが僕を踏みつぶそうと前足を高く上げる。

 僕はそれを避けようとするが、

「おっと、逃げるなよっ! 逃げたらこの女の命はないぞっ!」

 人質にした女性を盾にしてルチ将軍が声を飛ばしてくる。

 僕は仕方なくその場から動かずにヤマタノオロチという名のドラゴンの攻撃を受けた。

「はっはっは! やったぞ、阿呆め、潰れて死におったわっ!」

『ギャアアアァァァオ!!』

 ルチ将軍は高笑いを、ヤマタノオロチは勝利の雄たけびを放つ。

 だが――

『ギャアッ!?』

 ヤマタノオロチが異変に気付いたようで前足をゆっくりと上げた。

 僕を踏み潰したはずなのに感触がいつもとは違ったのだろう。

「ん? どうした、ヤマタノオロチよ」

「いっててて……なかなかやるじゃないか」

 今にも崩れ落ちそうな床に這いつくばっていた僕は首を手で押さえながら立ち上がる。

「なっ……!? なんだと貴様っ!?」

「っ……!」

 ルチ将軍と人質となっている女性が息をのんだ。

「ど、どういうことだっ! ヤマタノオロチの攻撃を受けて傷一つついていないだとっ……!」

「これでわかっただろ。このドラゴンがいくら強くても僕を倒すことは出来ないよ」

 僕は服についた汚れを払い落としながら言う。

 とその時、

「ルチ将軍、何事ですかっ!」

「入りますルチ将軍っ!」

 城の兵士たちが部屋にやってきた。

 そしてヤマタノオロチを見て固まる。

「ちょうどいいところに来たっ、貴様らのスキルでヤマタノオロチを強化しろっ!」

「えっ……!?」

「こ、この状況は一体……?」

「いいから早くしろっ! 一家全員路頭に迷いたいかっ!!」

 ルチ将軍が兵士たちに向かって声を荒らげると、兵士たちは怯えた様子で「「は、はいっ!」」とうなずいた。

 すると兵士たちは声を揃えて「「スキル、応援っ!」」と唱える。

 その途端、ヤマタノオロチが一回り、二回り大きくなった。

 っ!?

「はっはっは。これでヤマタノオロチはさっきまでとはレベルが桁違いだぞ! さあ行けヤマタノオロチよ、クズミンをぶち殺せっ!!」

 もう必要ないと思ったのか、女性を投げ捨てるとルチ将軍がほえた。

『ギャアアアアァァァァオーッ!!』

 鳴き声を上げヤマタノオロチが僕に向かって前足を振り下ろしてきた。

 僕は両手をクロスさせそれを受け止めるが、ヤマタノオロチの全体重がのしかかり床が崩れて抜け落ちる。

「うおっ!?」

『ギャアアアアァァァァオーッ!!』

 僕とヤマタノオロチは落下の勢いで、下の階の床もその次の階の床も突き破りながら落ちていった。


 城の一階まで落ちきった僕とヤマタノオロチ。

「ぐっ……いてて……滅茶苦茶だな……」

 僕は頭から血を流していた。

 とそこへ、

『ギャアアアアァァァァオーッ!!』

 ヤマタノオロチが立ち上がり、八つの口からそれぞれ炎を吐いた。

 僕に向かって火炎放射器のような直線状の炎が八本襲い来る。

「ぐあっ……!」

 さすがの僕もすべては避けきれずに炎の直撃を受けてしまった。

 炎に包まれる中ルチ将軍の高笑いが頭上から降ってくる。

「はっはっは! 今度こそ奴も終わりだっ! はっはっはっはっ!!」

 僕は炎に焼かれながらも、耳障りなその笑い声を今すぐ止めてやる。そう思った。

 灼熱の炎の中を突き進み、ヤマタノオロチの首を手を伸ばして掴むと、それをヤマタノオロチの巨体ごと最上階めがけて放り投げる。

「うおおおりゃああぁぁーっ!」

「はーはっはっはっ――」

 僕が投げ上げたヤマタノオロチは高笑いをしていたルチ将軍に当たって、そのまま最上階の部屋の天井にルチ将軍を圧し潰す形で激突した。

 ヤマタノオロチが落下を始めるが、ルチ将軍が息を引き取ったのか、ヤマタノオロチは落下の最中跡形もなく消え去っていった。


 炎に焼かれボロボロになった服を脱ぎ捨て上半身裸になった僕は、思いきり床を蹴り最上階へと飛び移る。

 とそこにはさきほどの裸の女性と二人の兵士、そしてルチ将軍の死体があった。

「お、お前、もしかしてクズミン・アルバラードか……?」

 兵士の一人が僕に向かって声をかけてくる。

 頭に巻いていた布も焼け落ちていたので素顔があらわになっていた僕は兵士に素性がバレてしまっていた。

「は、はい、そうですけど……」

 僕は多少身構えつつもそう答えた。

 するとその兵士は、

「やった……やったぞっ! ルチ将軍が死んだぞ、おいっ!」

 隣にいた兵士に感情を爆発させた。

 それを受けもう一人の兵士もそして裸の女性も、

「よっしゃー! もうこれであいつに怯えて暮らさずに済むぞっ!」

「よ、よかった……」

 喜びの言葉を口にした。

「あの、僕あなたたちのボスを殺したんですけど憎くはないんですか?」

 一応訊ねる。

「憎いわけないだろ。ルチ将軍は命令を聞かない兵士は簡単に銃殺刑にしていたんだからなっ」

「ああ、おれたちはお前に感謝こそすれ憎んだりなんかしないさ」

「そうよ。私なんかあの男に逆らったら両親が殺されるから仕方なく今までっ……」

 女性は苦々しい顔でルチ将軍の死体をにらみつける。

 いつの間にか女性はベッドのシーツを体に巻いていた。

「ありがとうな、クズミン」

「おれたちの国を救ってくれて」

「私からもお礼を言うわ。本当にありがとう」

 三人は順に僕の手を取って握手をしていく。

「でも僕はここに来るまでに多くの兵士を殺してきました。だから感謝される資格はありません」

「それを言うならおれたちだって同じだ。お前が住んでいた村にミサイルを落とせという命令に逆らえなかった時点でおれたち兵士はみんな同罪だよ」

 重苦しい空気が部屋に流れる。

「ちょ、ちょっと。せっかくルチ将軍がいなくなってくれたんだからみんなそんな暗くならないでよっ」

 女性が口を開いた。

「誰が何と言おうとあなたは私の恩人よっ。それは間違いないんだから覚えといてよねっ」

「は、はい」

「よし……じゃあルチ将軍が死んだことを国のみんなに伝えにいくぞっ」

「おう、そうだな!」

 兵士たちはそう言うと部屋を駆け出していく。

「それじゃ私も両親の待つ家に帰るわ。本当にありがとね」

 女性は僕の頬にキスをすると兵士たちを追って出ていった。

 すっかり静かになる城内。

「……僕もセンダン村に帰るか」

 僕は、部屋にあったタンスの中から適当な服を見繕うとそれを着て城をあとにするのだった。

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