僕は村のみんなの遺体を回収すると村の一画に埋葬した。
中には遺体の一部しかみつからなかった者や遺体そのものがなかった者もいた。
僕は丸一日かけて村のみんなのお墓を作った。
崩れかけていたニーナのお墓も作り直した。
そんな僕は百基の墓石の前でひざまずく。
「……すみませんでした。僕のせいでこんなことになってしまって……みなさんにはとてもよくしてもらったのに恩を仇で返すような形になってしまいました。本当に申し訳ありません」
僕は謝罪の言葉を吐露する。
さらに、
「僕はこれからクダラ大帝国に向かいます。僕が言えた義理ではありませんがみなさんを殺したルチ将軍に罪を償わせてきます……無事に帰ってこられたらその時はもっとちゃんとしたお墓を作ります。村も再建するつもりです。だからどうかそれまで待っていてください」
村のみんなに誓いを立てると僕はゆっくりと立ち上がった。
ニーナの墓石の欠片をお守り代わりにズボンのポケットにしのばせて、僕は一切変装することなく村をあとにする。
「じゃあ……行ってきます」
村を出て一人山を下りていく。
僕はセンダン村から一番近くにある町、サラニアまで歩いてからそこで乗り合い馬車に乗りこんだ。
僕の他に数人の男女が乗っていた。
彼らは僕の心情を知らずに気軽に話しかけてきたが、僕は世間話に興じる気にはなれなかったので、一言二言言葉を交わすだけで会話を切り上げた。
僕が乗った馬車は南西に向かってひた走る。
途中小さな町に寄り、新しく乗ってくる者と入れ替わりで馬車を下りる者もいた。
その後も何度か町や村に止まり、休憩をとりつつ馬たちは僕たちを乗せた馬車を引いて走り続けた。
馬車に揺られること三日半、僕はデロンガという町で馬車を降り、地面に下り立った。
そこから少し歩いて、ようやく僕は目的の地であるクダラ大帝国へと続く関所前までたどり着く。
「待っていたぞクズミンっ!」
するとどうやって情報を掴んでいたのか、関所の門の上に数十人の自動小銃を持った兵士たちが隠れていて、僕を確認するなり一斉に姿を見せた。
その中のリーダーらしき男が叫ぶ。
「撃てぇっ!!」
男の声を合図に兵士たちが引き金を引いた。
無数の銃弾が僕めがけて襲い来る。
銃弾の雨の中、僕はそれらを手で掴むと親指を使って手にした銃弾をビシッとはじいた。
僕の親指ではじかれた銃弾が兵士に直撃して「うあっ……!」と声をもらしその場に倒れる。
僕は敵の銃弾を自分の武器としてはじき返し、一人また一人と兵士の数を減らしていった。
そして――
「ば、ばけものか、貴様っ……!」
気付けば残すはリーダー格の兵士一人だけとなっていた。
関所の門の上から僕を見下ろしているが、僕におそれおののいているようで声を震わせる。
「もう撃ってこないのか?」
見上げる僕に、
「くっ……し、仕方ない。こうなったら」
そうつぶやくとリーダー格の兵士は「スキル、韋駄天っ」と唱え逃げ出した。
「逃がすかっ」
僕は地面を強く蹴って関所の門を飛び越えると、リーダー格の兵士の後を追う。
だがその兵士は逃げ足が速く、なかなか距離が縮まらない。
あいつ、かなり速いな。
そこで僕は道の脇に落ちていた拳大の石を拾うと、兵士の背中めがけて思いきり投げつけた。
ビュン。
僕の投げた石は風を切って飛んでいくと兵士の体の真ん中を貫通する。
「がはっ……!?」
何が起こったのかわからないといった顔で振り向いた兵士はそのまま地面に倒れ込んだ。
「きゃああぁっ!!」
すると次の瞬間、耳をつんざくほどの女性の悲鳴が聞こえた。
その声は伝播しあちらこちらから「きゃああぁっ!」「きゃあぁっ!」と女性の悲鳴が次々と上がる。
僕は兵士を追うのに夢中になっていて、いつの間にかクダラ大帝国の領土内にあるどこぞの町に足を踏み入れていたことにそこでようやく気がついたのだった。
女性たちの悲鳴を聞いた町の人たちが何事かと集まってきた。
あっという間に僕を遠巻きに取り囲むように人だかりが出来る。
女性たちから僕が兵士を殺したと聞かされた一人の男性が「誰か警備兵を呼んで来いっ!」と大声で言った。
それを受けて数人の男性が駆け出していく。
まずいな……うかうかしていると大勢の兵士がやってきてしまう。
今の僕はクダラ大帝国の兵士を殺すことにはいささかの抵抗もないが、事情を知らない町の人を巻き込みたくはない。
大勢の兵士が銃を僕に向けて放ったら町の人に被害が及ぶかもしれない。
それは避けねば……。
そう思った時だった。
「死ねぇクズミンっ!」
ゴッ。
僕の名を叫ぶ声とともに僕の後頭部に石がぶつけられた。
振り返り見ると、そこには僕を涙目でにらみつけている十歳くらいの少年の姿があった。
その後ろには母親らしき女性がいて、その少年を「や、やめなさいマルコっ……」と止めている。
「ボクのお父さんを返せっ!」
少年は後ろから母親に体を抱きかかえられながらも必死に僕に声を飛ばしてきた。
「お父さん……?」
「そうだっ! お前が殺したんだっ!」
少年は倒れた兵士を指差し声を張り上げる。
どうやら僕が今さっき殺した関所を守るリーダー格の兵士が目の前の少年の父親らしかった。
僕は少年に近付いていく。
すると少年の母親が、
「息子だけは殺さないでっ!」
少年を庇って覆いかぶさるように強く抱きしめた。
「殺したりなんかしませんよ。それよりなんで僕の名前をその少年は知っているんですか?」
母親に訊ねると、
「……あ、あなたの顔と名前でお触れがあって……ち、近いうちにクダラ大帝国に乗り込んでくるかもしれない極悪人だから用心しろと……」
少し間があってから母親が顔を上げ答える。
「なるほど……そうだったんですか」
つまりこの国の全員が僕のことを知っているというわけか。
そして自分たちに危害を加える敵として認識しているということだろうか。
「……すみませんでした、家族を殺してしまって」
僕は少年と母親に対して頭を下げた。
「え……?」
「大切な人を殺される気持ちはよくわかっているつもりですから。でも、それでも僕はこの復讐をやめるつもりはありません」
僕はそう言うときびすを返し歩き出す。
そして一度だけ振り返り、
「マルコって言ったか? もし僕が憎いなら、強くなって復讐しに来い。その時は相手になってやる」
少年にそれだけ言い残すと、僕は兵士の増援が来る前に駆け足でその場を離れるのだった。
まるで四面楚歌だった。
右を向いても左を向いても僕のことを知っている者ばかり。
その誰もが僕を恐怖と憎悪の対象として見てくる。
石をぶつけられることもあれば、口汚く罵倒されることもあった。
また、僕を見て悲鳴を上げて逃げ出す者も数多くいた。
僕はそんなクダラ大帝国の国民たちには手を出さずに、向かってくる兵士だけを確実に殺していった。
そんな中、ルチ将軍の耳にも僕がクダラ大帝国の領土内に侵入したことが届いたのだろう、とある町で一人の兵士が白旗を上げながら僕に近寄ってきた。
その兵士は「ルチ将軍からだ」と僕に手紙をよこしてきた。
手紙を受け取った僕は中身を確認する。
そこにはこう書かれていた。
[クズミン・アルバラードへ、ルチ将軍よりここに記す。
貴様はオレ様の親友であるクオーツ王を殺した。
またクオーツ王の親類のライドンを惨殺した。
これは許されざることだ。
よってオレ様の命において貴様を貴様の住む村もろとも消し去ることにした。
だが貴様は生きていた。
これは貴様にとってチャンスでもある。
オレ様のことは忘れおとなしくクダラ大帝国から立ち去れ。
そうすれば貴様のやったことはすべて水に流してやる。
適当な場所をみつけその地で一生おとなしく暮らすがいい。
だが、もしもオレ様のこの誘いを断ると言うのならば村の人間とともに死んでいた方がよかったと思うほどの苦痛を与えてやる。
貴様が阿呆でないことを願う。]
「読んだか?」
「……ああ」
「それで返事は? イエスかノーか、どっちだ?」
兵士は緊張した顔で訊いてくる。
「ルチ将軍に伝えてくれ。返事はノーだよ」
「そ、そうか……わかった」
それを聞いた兵士は手紙を返せと言わんばかりに手を差し出してきた。
僕は手紙を兵士の手のひらの上に置いた。
とその時、
「スキル、自爆」
兵士がそうつぶやいた。
刹那――兵士の体が内部から光を放ちまばゆい閃光とともに大爆発を起こしたのだった。
「こほっ、こほっ……まさか自爆するとはな」
土煙が舞う中、僕は体中砂とすすだらけになりながらも、ほとんどノーダメージだった。
指先から多少血は出ているものの、命をかけた【自爆】攻撃をこの程度の傷で受けきることが出来たのなら上出来か。
兵士の自爆も多分ルチ将軍の発案だろう。
僕が誘いを蹴った時は自爆するよう命令されていたに違いない。
今思い返すと自爆した兵士はかなり緊張していた。
「くそ、ルチ将軍……やっぱりあんただけは殺しておかないとな」