ライドンへの復讐を終えた僕は、ニーナのお墓があるセンダン村に戻っていた。
センダン村は山の奥深くにある村なので、ここなら僕がお尋ね者だという噂も一切届かない。
村人たちはみな優しく、よそから来た僕に対しても好意的に接してくれるので、とても住み心地がいい。
自給自足の生活も僕には向いていたようで、毎日が充実していた。
センダン村ではほとんどお金を使う機会はないので、クオーツ城の格闘大会で手に入れた百枚の金貨は未だに手付かずで保管してある。
僕がこの村に住み始める際、引っ越しの挨拶がてら何も配る物がないので金貨を一枚ずつ村人たちに渡そうとしたところ、とんでもなく叱られた。
「同じ村に住むんならおらたちはもう家族みてぇなもんだろがっ。家族に金なんか渡すか? いいかクズミン、二度と馬鹿なこと考えんじゃねぇぞっ」
村長が僕に放った言葉だ。
僕は今までの人生の中で怒られたことは数え切れないほどあったが、叱られたことはこれが初めてだった。
村長の温かい気持ちに触れて、僕は嬉しさのあまり説教中なのに村長の前でにやけてしまったことを今でも覚えている。
村には僕を入れてちょうど百人が生活している。
お年寄りの割合がやや高いが、中には産まれたばかりの赤ん坊もいる。
村長曰はく、全員が僕の家族だ。
センダン村にやってきてから二週間がたった頃、僕はクララさんと村の奥地に自生しているココナツ草という栄養豊富な食用の草を採りに山の中に分け入っていた。
村の外にはゴブリンが出る危険性があるので、僕がクララさんの護衛役を任されたのだ。
クララさんは、ジムさんという優しい旦那さんとレイラという可愛らしい赤ん坊とともに僕の隣の家で暮らしている女性で、いつも明るく笑顔を絶やさない太陽みたいな人だった。
今日も今日とて、昨日の晩家であったことを楽しげに僕に話しながら獣道のような草木が生い茂った場所を先頭切って歩いていく。
「クララさん、あんまり僕から離れないでくださいね。っていうか僕が前を歩いた方がいいんじゃないですか? ゴブリンが出たら危ないですよ」
「大丈夫よ、わたしこう見えてジムなんかよりもずっと強いんだからっ。クズミンくんが村に来る前はわたしが護衛役を買って出ていたくらいなのよっ」
クララさんが振り返り、右腕の力こぶを見せてくる。
「それなのにジムったら心配性なのよ。そういえばこの前だってジムはわたしが一人で出来るって言ったのに……」
僕はクララさんの愚痴を聞きつつ、クララさんのあとをついていった。
「ふぅ~……これくらい採れば充分かしらね」
クララさんが額の汗をタオルで拭うと僕に顔を向ける。
僕とクララさんが持ってきていたカゴの中には、ココナツ草がこれでもかというくらい沢山入っていた。
「そうですね。どちらかと言うとちょっと採り過ぎたくらいですかね」
「そうね、話に夢中になってて採り過ぎちゃったわね。ふふっ、まあいいわ。じゃあそろそろ村に戻りましょうか」
「はい」
僕たちはココナツ草がいっぱいに詰まったカゴを背負い、もと来た道を戻ろうとする。
とその時だった。
「あれ、何かしら?」
クララさんが空を見上げ口にした。
僕はそれを受けて顔を上げる。
「ん……?」
遠くの空にきらりと光る何かが見えた。
それが少しずつ大きくなっていくにつれてゴオオオオ……という音も聞こえてくる。
なんだ……?
僕とクララさんは目を凝らしてそれをみつめる。
すると次の瞬間、飛行している物体が確認できた。
「っ!? ミ、ミサイルだっ!!」
僕は思わず叫ぶ。
「えっ、ミサイルってどういうことっ!?」
「そんなことより早く逃げないとっ」
「でもあれ村の方に落ちていくわっ!」
クララさんが僕の手を振り払うと村へと向かおうとする。
とその直後――ミサイルが村のある方角に落下した。
信じられないほどの爆音とともに地面が大きく揺れる。
「きゃあっ!」
「クララさんっ」
僕は倒れそうになるクララさんの肩を抱きかかえ支えた。
時間にして五秒ほどそうしていてから地響きが止むと、今度は紫色の煙が村の方から立ち上っていく。
それを見てクララさんが、
「レイラっ! ジムっ!」
必死の形相で駆け出していく。
僕もすかさずそのあとを追った。
木の枝で腕や足が傷つくのもお構いなしに、クララさんと僕は草木が生い茂る山の中を駆け抜けた。
そしてセンダン村にたどり着くと、そこはミサイルの直撃を受けて廃墟と化していた。
崩壊した家々に燃え盛る木々、そして辺りを包む紫色の煙。
村のあちらこちらで口から血を吐き倒れている村人たち。
「レイラっ! ジムっ……!」
クララさんは旦那さんと赤ん坊を探しに自分の家へと向かおうとするが、足がおぼつかなくなりその場に倒れてしまう。
「クララさん大丈夫ですかっ」
「む、胸が苦しっ……がはっ……!」
僕の腕を強く掴むとクララさんは鮮血を吐き白目をむいた。
「クララさんっ、クララさんっ!」
体を揺さぶるがクララさんはなんの反応も示さない。
と次の瞬間、
「うぐっ……!」
僕も突如、胸が苦しくなる。
それとともに吐き気を催し「おえっ」と戻すと、吐瀉物と一緒に大量の血液が口から溢れ出た。
な、なんだこれ……?
僕もクララさんもミサイルの被害は受けていないはずなのに、この体調の急激な異変はなんだ……?
そこで改めて村全体を覆っている紫色の煙が目に入る。
こ、これ、もしかして……毒ガスか……?
気付いた時にはもう既にクララさんも僕も大量にその煙を吸ってしまっていた。
僕はクララさんに覆いかぶさるようにして倒れてしまう。
だ、駄目だ……死……ぬ。
「ぶはぁっ、はぁっ……!」
死んでから数秒後、僕はさっきまでいた場所から五メートル近く離れた地点でよみがえりを果たした。
初めて生き返った時に僕の足が治っていた時と同じように、僕の体は毒が抜けて完全な復活を遂げていた。
だが、
「ぐぅぇぇっ……!?」
毒ガスの回りが思った以上に早く、ここら一帯には既に紫色の煙が充満している。
僕はまたしても毒に侵されてしまった。
血へどを吐いて倒れる僕。
く、くそ……また……死――
それから僕は生き返っては毒ガスで死ぬというループを幾度となく繰り返した。
それはまさに生き地獄だった。
どれだけこの苦しみが続くのだろうと絶望感にさいなまれた。
もうこれ以上苦痛を味わいたくない僕は生き返った途端息を止め、より毒ガスが薄まっている地面に伏せた。
顔に泥がつくくらい地面に顔を押しつけ、少しでも毒ガスから逃れようとする。
するとそこに、
「ここまでやる必要あったのか?」
「うちの将軍はクオーツ王とは旧知の仲だからな。徹底的に復讐したかったんだろ」
男たちの話し声が降ってきた。
少しだけ顔を上げると、僕の横をガスマスクをした兵士が二人歩いていく。
だ、誰だこいつら……?
クオーツ王の復讐……?
僕はじっと伏せながら男たちの声に耳を傾けた。
ピーピピピー。
何やら機械音がしてから、
「おっ、もうマスクを外しても大丈夫みたいだぞ」
「本当か? だったらお前から外せよ」
「疑り深い奴だな。わかったよ……ほら、大丈夫だろっ」
ガスマスクを脱いでいく兵士たち。
どうやら毒ガスがやっと消え失せてくれたらしい。
僕はゆっくり立ち上がると、兵士たちの背中に声を投げかける。
「おい」
「うおっ!?」
「な、なんだお前っ!? どこから来たんだっ?」
兵士たちは僕を見て声を上げた。
「あんたたち、クオーツの人間か?」
僕は問いかけるが、
「お前は何者だっ!」
「この村の人間かっ」
二人の兵士は無視して訊き返してくる。
「質問に答えてくれ」
「質問に答えるのはお前の方だっ!」
「ん? おい、ちょっと待て。こいつがもしかしてクズミンって奴じゃないのか?」
片方の兵士が僕の正体に気付いたようで、もう片方の兵士の腕を叩いた。
「ぎ……銀髪で、青色の目。間違いない、こいつだっ!」
「なんで生きてるんだこいつっ。村にいなかったのかっ」
「オレが知るかよっ」
兵士たちは動揺した様子で言い合うと持っていた槍を構える。
「なあ、あんたたちさっきクオーツ王の復讐とか言ってたよな。あんたたちはクオーツの兵士なのか? これをやったのはあんたたちなのか?」
僕はすぐにでも殺してやりたい衝動を抑えながら、努めて冷静に訊き直した。
「だ、黙れっ!」
「死ねっ!」
兵士たちは二人して槍を突き出してきた。
僕はその槍を二本とも掴むと力ずくで奪い取る。
さらにその槍の穂先を飴細工のように指でぐにゃっと折り曲げてみせた。
「「なっ……!」」
それを見て、目と口を大きく開く兵士たち。
これで少しは口が軽くなってくれると助かるんだけど。
「もう一度だけ訊くよ。あんたたちはどこの誰だ?」
すると観念したのか一人の兵士が、
「……クダラ大帝国の者だ」
小さな声で口にした。
「ば、馬鹿お前っ……!」
「いいんだよこれで。話さなきゃ確実に殺されるだけだ」
「だ、だからって……」
「あのさ、二人で話してるところ悪いけどクダラ大帝国の人間がなんでこの村を襲ったんだ?」
そう訊きつつも理由はわかっていた。
僕が狙いだったに決まっている。
「お前がクオーツ王を殺したからだ」
「それでなんでクダラ大帝国が出てくるんだ?」
自国の兵士たちだってクオーツ王のことは見捨てたっていうのに。
「クオーツ国とクダラ大帝国は同盟を結んでいる」
「その上クオーツ王とクダラ大帝国のルチ将軍は旧知の仲だった。だからルチ将軍がお前に復讐するためにこの村に毒ガスを搭載したミサイルを放ったってわけだ」
「僕に復讐……? そんなことのために村の人たち全員を殺したのかっ?」
「お、お前だって復讐のためにクオーツ王を殺しただろ」
「一緒にするなっ!」
僕は村人の命とクオーツ王の命を同列に扱われたことに怒りを覚えて、そう言った兵士の顔を殴り飛ばした。
兵士は後方に吹っ飛んで崩れかかっていた家の壁に激突する。
「ま、待てっ。オレたちはお前の死んだ姿を確認するために送り込まれたんだ。も、もしオレたちが戻らなかったらお前は生きているってことになるんだぞっ」
「何が言いたい?」
「オレを見逃してくれ。そうすればルチ将軍には上手く話してお前は死んだことにしといてやる。ど、どうだ、悪くない話だろっ」
「……」
「クダラ大帝国はクオーツ王国以上の軍事大国だぞっ。まさか死んだ村人のかたき討ちのためだけにうちの国と全面戦争しようってんじゃないよな、なっ!」
「全面戦争か……」
そんなこと考えたこともなかった。
世界屈指の軍事大国と僕が衝突するなんて……。
「でもあんたの仲間の兵士、多分今の攻撃で死んじゃったよ」
「そ、それもオレが上手くごまかしてやるっ。だからオレをこのまま返してくれ、いいよなっ?」
「うーん、そうだな……」
今の僕にはもう守るものは何もない。
すべて消え失せた。
クララさんもジムさんもレイラも村長も村のみんなもニーナのお墓もすべて。
「いや、やっぱりいいや」
「いいって、どういうことだ……? オレの案に賛成ってことだよな……なっ?」
「ううん。ルチ将軍を殺す。邪魔する奴も殺す。ついでにあんたも殺す」
「なっ!? く……く、くそがぁぁーっ!!」
次の瞬間、やけになって飛びかかってきた兵士の顔面を僕は手のひらで受け、そのまま地面に叩きつけ押しつぶした。
この行動がクダラ大帝国への宣戦布告となったのは言うまでもない。