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第16話

 僕は何十日でも城にたてこもり待つつもりだった。

 だが意外なことに放送を終えてからわずか一時間後、突然アンジーが王の間に【ワープ】を使い姿を現した。

「ア、アンジーっ。早く我を助けろっ!」

 僕に首根っこを掴まれながらクオーツ王がアンジーに声を飛ばす。

「あんた一人で来たのか? ライドンはどうしたんだ?」

「ライドン様はあなたのせいで休養を余儀なくされています」

 アンジーは相変わらず感情のまったくこもっていない声で答えた。

「投降しに来たのか?」

「いえ、もちろんクオーツ王をお助けするために来ました」

「そっか……」

 僕はクオーツ王を掴む手に力を込める。

 アンジーのスキル【ワープ】は対象者に触らないと一緒には移動できないはず。

 そこで僕はクオーツ王の首根っこを掴んだままアンジーを見据えた。

「あんたはニーナを死に追いやった。その責任はとってもらうよ」

「私は私の仕事をしただけです」

「黙れっ」

 僕はクオーツ王とともにアンジーへと飛びかかる。

「スキル、ワープ」

 アンジーは【ワープ】を唱え僕の後ろに瞬間移動した。

 そしてクオーツ王に手を伸ばす。

「させるかっ」

 僕は左足でアンジーの手を蹴り上げた。

 アンジーの手はその攻撃で明後日の方向に折れ曲がる。

「っ……」

 だが確実にアンジーの手は折れたはずなのに、アンジーは悲鳴を上げることもなく後方へと飛び退いた。

「屋内じゃワープも上手く使えないだろ」

「……」

 僕の問いかけにも答えずアンジーは僕の目をじっと見返してくる。

 表情からは何を考えているのかまるで読めない。

 すると、

「スキル、ワープ」

 唱えたアンジーは部屋から一瞬にして消え失せた。

 逃げた……?

 いや、クオーツ王を見捨てて逃げるはずがない。

 きっと僕が油断した頃を見計らってまたやってくるに違いない。


 夜になった。

 しかしアンジーは一向に姿を見せない。

 僕は眠気に襲われながらもクオーツ王から手を放すことなく気を張っていた。

「貴様、我をこんな目に合わせたことを必ず後悔させてやるからなっ……」

 クオーツ王はずっとこんな調子で僕を脅してきている。

 ライドンとアンジーを片付けたらクオーツ王も始末した方がいいかもしれないな。

 そう思った時だった、アンジーが突如目の前に現れた。

 僕は即座に反応し拳を浴びせようとするが、

「スキル、ワープ」

 すんでのところでかわされる。

 そして気付けばアンジーはクオーツ王の背後に移動していた。

 クオーツ王の背中に片手を当て「スキル、ワープ」と唱えようとした瞬間、僕は回り込んでアンジーの腕を手刀で斬り落とした。

 アンジーの本体だけが瞬間移動して部屋の床にはアンジーの腕が落ちて転がる。

 と、部屋の隅にアンジーが再び出現した。

 アンジーは片腕がなくなりもう片方の手は折れ曲がっている。

「その腕じゃもうクオーツ王を助けることは出来ないだろ」

「……」

 出血量もひどい。

 すぐに適切な処置をしないと死ぬのは目に見えている。

 それなのにアンジーは僕に向かって飛びかかってきた。

 両腕が使い物にならなくなっているにもかかわらず、流れるような動きで鋭い蹴りを何度も放ってくる。

 僕はその蹴りを受け続けながら考えていた。

 このアンジーという奴は僕に屈することはないだろうと。

 それと同時に敵ながらあっぱれという気持ちも芽生えていた。

 ニーナの仇として苦しめてから殺してやるつもりだったアンジーだが、僕は次の瞬間、アンジーの背後に回ると、細い首の骨を一瞬で折ってやった。


 アンジーの死体を足元に僕はクオーツ王に目を向ける。

「ほら、唯一あんたを助けに来てくれたアンジーは死んだぞ」

「くっ……」

 悔しそうに歯ぎしりをするクオーツ王。

「それにしても、あんた王様のくせに人望ないんだな」

 この城の兵士は自分の身可愛さに夜までには全員城から逃げ出していた。

 城下町の兵士たちも助けに来る気配はまるでない。

 ライドンはデロトリノの町にいて思うように動けないようだし、アンジーも死んだ今となってはクオーツ王を助けに現れる者などもういないのではないだろうか。

「そ、そんなことはないっ。我を助けるために今頃は城の周りを大勢の兵士が取り囲んでいるはずだっ」

「ふーん……」

 僕は窓際に近付いていくと窓から外を見下ろしてみる。

「そんな様子はまったくないけど。ねぇ、もしかしてあんたって人質としての価値がないの? だったら生かしておいても意味がないんだけど」

「ち、近寄るなっ! わ、我を殺したりしてみろっ、同盟国のクダラ大帝国が黙ってないぞっ!」

「そうかなぁ? 僕からしたらそれも疑わしいけどね」

 自国の兵士にすら見捨てられるような王様だ。

 死んだところで他国が動くとは到底思えないのだが。

「まあ、どちらにしろこのまま待っていてもライドンは来ないようだから僕の方からデロトリノの町に出向くとするかな」

「さ、さっさと消え失せろっ……!」

 クオーツ王は体裁を保つように僕に強い言葉を吐いた。

 だがその声は明らかに震えていた。

「はいはい、わかったよ」

 僕は王の間を出ようときびすを返す。

 が、そこで立ち止まって今一度思い返してみた。

 クオーツ王がごくりと唾を飲みこむ音が聞こえた。

 僕は振り返ると、

「よく考えたらあんたがライドンに兵を貸し与えなかったらニーナは死んでいなかったのかもな」

「ニ、ニーナだと? だ、誰だそれはっ……?」

「やっぱりあんたも殺しとくよ」

「なっ!? や、やめ――うがぁぅっ……!!」

 クオーツ王の左胸に腕を突き刺した。

 そして体内から心臓を引きちぎると、それをクオーツ王の目の前で潰してみせた。


 血だらけの右手をクオーツ王のマントで拭いてから、床に置いておいた金貨の詰まった皮袋を持ち上げる。

 それを肩から掛けて背中に回すと僕は王の間をあとにした。

 静寂に包まれた城の中を一人歩いていると、逃げ遅れたのか、料理人のような恰好をした男性と出くわす。

「た、た、た、助けてっ……!」

「別に何もしませんよ」

 腰を抜かしたその男性に笑顔を作って対応する僕。

 しかしその男性はそのまま後ろに倒れ口から泡を吹いてしまった。

「え? まいったな……」

 しゃがみ込むと、僕は倒れてしまったその男性の首に触れ、脈を確認する。

「あ、よかった。生きてる」

 どうやら気絶しているだけのようだったので、僕は安堵しその場から立ち去った。

 それから三日後、僕はライドンがいるというデロトリノの町にたどり着いていた。

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