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第15話

 クオーツの城下町に着いた僕は、クオーツ王の戴冠三十年を記念した格闘大会が開かれることを知った。

 優勝者には金貨百枚とクオーツ王と二人きりでの謁見の権利が与えられるという。

 大金が手に入り、その上無駄な血を流すことなくクオーツ王に近付けるのならば一石二鳥だ。

 しかも運よく予選は本日開催、そして参加費は必要ないとのことだったので僕はその大会に参加することにした。

 頭にはターバンを巻き、口元にはバンダナという急ごしらえの変装が功を奏し、僕は誰にもバレることなく予選を勝ち進み、見事本選出場を決めた。

 そしてその翌日、僕を含めた本選出場者八人がクオーツ城の中庭に集まった。

 本選出場者ということで大した身元確認もされずにクオーツ城に入り込むことが出来たのは僥倖だった。

 今から約一時間後、四方を観客に囲まれた石造りの四角いリングの上で、一対一のトーナメント形式の戦いが行われるという。


 格闘大会の名の通り、予選と同じく本選も武器やスキルの使用は不可だった。

 そのためステータスで圧倒的にまさっている僕は、第一試合、余裕で勝ちを手にする。

 相手を殺してはいけないというルールだったので、僕は万が一がないように出来うる限り手加減をした。

 その甲斐あって、僕は正体を隠したまま順調に決勝戦へと駒を進めることが出来たのだった。

 そして、午後になり決勝戦が始まった。

 決勝戦の相手はラングレーというS級冒険者の体格のいい男性だった。

 僕は知らなかったが結構な有名人らしく、今大会の本命とみられているようで、ラングレーがリングに上がると観客席からは大歓声が上がった。

 ラングレーは僕と同じく予選も本選も本気を出していた様子はなく、かなりの実力者であることがうかがえた。

「頑張ってラングレー!」

「ラングレー、優勝だぞっ!」

「行けラングレーっ!」

 完全アウェイの中、僕はラングレーに駆けていくとパンチを繰り出した。

 ラングレーはこれまでの対戦相手とは違い、これを紙一重でかわすとカウンターを放ってくる。

 ラングレーの拳が僕の頬をかすめていった。

 続けざま、ラングレーは僕の襟首を掴むと、顔面目掛けて膝蹴りを飛ばしてきた。

 僕はそれを手で掴むと、そのままラングレーをリングの外に向かって投げ飛ばす。

 だが、ラングレーは空中で自分の体を半回転させてリング上に下り立った。

 一定の距離を保ちつつラングレーが僕に話しかけてくる。

「なかなかやるなお前」

「はぁ、どうも」

「でもまだ本気出してないだろ? なんでだ?」

「えっと、この大会、相手を殺したら反則負けなので」

「……あっはっはっ。お前おもしろい奴だな」

 ラングレーは屈託のない笑みを見せた。

「でもな、本気を出してないのはお前だけじゃないんだぜ。だから手加減なんてせずに本気でかかってこい、おれはそんなヤワじゃないからよっ」

 ラングレーはそう言うが、さすがに全力でかかっていったらきっと殺してしまうだろう。

 そこで僕は、

「わかりました」

 と返してから三割ほどの力でリングを蹴ると、ラングレーの正面に移動する。

「!?」

 そして、ぎょっとしているラングレーの胸を僕は正拳突きでどついた。

 直後ラングレーがリング外へ勢いよく吹っ飛んでいった。

「じょ、場外っ! ラングレー選手場外負けですっ!」

 リングアナウンサーが驚きつつマイクを通して声を上げる。

「お、おい嘘だろ……」

「ラングレーが負けちゃったわ……」

「あの少年、何者なんだ……?」

 今の今までラングレーの勝ちを確信していた観客たちもざわついている。

「しょ、勝者はナーニ選手ですっ!!」

 リングアナウンサーが僕のもとにやってきて、僕の手を取り、勝ち名乗りを上げた。

 予期していなかった結末に会場は静まり返ってしまう。

 がしかし、リングの外に倒れていたラングレーが起き上がり大きな音を鳴らして拍手をすると、一時の間があってから観客席からも拍手が上がった。

 そして、気付けば割れんばかりの大歓声に会場が包まれていたのだった。

「ナーニ、お前みたいな奴がこの世にいるなんて知らなかったぞ。まさかおれが負けるとはな、まだまだ修行不足みたいだな」

 ラングレーが近寄ってきて僕に手を差し出してくる。

 僕はラングレーと握手を交わすと微笑み返した。

 ちなみに、さっきから呼ばれているナーニというのは僕の偽名だ。

 さすがに本名でエントリーしてはバレるからな。

「それではナーニ選手には優勝賞金の金貨百枚を贈呈したいと思います!」

 リングアナウンサーはじゃらじゃらと重そうな皮袋を僕に手渡してきた。

 さらに、

「副賞のクオーツ王との二人きりでの謁見の件についてですが、そちらはこれからクオーツ城の王の間に出向いてもらいたいと思います! では改めまして最後にナーニ選手に盛大な拍手をお願いいたします!」

 との締めの言葉でもって、リングアナウンサーは格闘大会の幕を閉じたのだった。


 誰にも邪魔されることなくクオーツ王と二人きりで会えることになった僕は、クオーツ城の王の間の前までやってきていた。

 頭に巻いたターバンはともかく、口元のバンダナはさすがに注意されたので外している。

「ここから先は一人で行くがいい」

 城の近衛兵に見送られ、僕は王の間をノックして中に入ると、すぐに内側から鍵を閉めた。

「よく来たな。主の名はなんという?」

 玉座に鎮座している王冠をかぶりマントを羽織った中年男性。

 この人がクオーツ王か……。

「……ナーニといいます」

「ふむ、ナーニか。近くに来い」

 手招きをするクオーツ王。

 普段から余程いい物を食べているのか、丸々と太っている。

「主のような者が優勝するとはな、見なくて正解だったな」

 クオーツ王は僕を一瞥してからつまらなそうに口にした。

 さすが王様だけあって偉そうな態度だ。

「してナーニ、主は願いはあるか?」

「願い、ですか?」

「そう言っておるだろう。せっかく格闘大会で優勝したのだ、願いがあるなら言ってみろ。叶えてやらんこともないぞ」

 クオーツ王は玉座の背もたれにもたれかかりあごをしゃくる。

「願いならあります。王様の親戚にライドンって冒険者がいると思うんですけど是非手合わせをお願いしたいんです」

「ライドンか? ふむ……あやつは今は戦えるような状態ではないから無理だな」

「どうかしたんですか?」

「同じパーティーにいた小僧に殺されかけたんだそうだ。今のライドンは慣れない義足で歩くのもやっとらしい。腕の骨も粉々に砕かれたというしな」

 なるほど……やはりライドンは生きていたか。

「それで今はどこにいるんですか?」

「そんなこと聞いてどうする? ライドンの奴は戦えんと言っただろうが」

「いいから話せ」

「な、なんだその口の利き方は! ん? ちょっと待て、主はまさか……おい、近衛へ――んぐっ!?」

 僕はクオーツ王の口を手でふさぐ。

 その上で玉座に座ったままのクオーツ王の目に親指を近付けていく。

「ライドンはどこにいる? 言わないと右目を潰す」

「ん~っ!?」

「どうせあんたが後ろ盾なんだろ。だったら居場所くらい当然知ってるよな?」

「ん~、ん~っ!」

「これから手を放すけど馬鹿な真似をしたら近衛兵がやってくる前にあんたの両目だけは確実に潰すからな」

 僕は「わかったな」と念押ししてからゆっくりと手を放した。

「……き、貴様クズミンだな。こんなことしてただで済むと思うなよ」

 クオーツ王は唇を噛みしめながら僕をにらみつけてくる。

「ライドンはどこだ?」

「……」

「死にたいか?」

「……デ、デロトリノの町だ」

 クオーツ王は苦々しい顔をしてつぶやいた。

 デロトリノの町か……。

 噂には聞いたことがある。

 クオーツ王国の中でも科学技術の発達した町だ。

 きっとライドンはその町で義足を用立てたのだろう。

「だ、だが貴様にはライドンを殺せはしないぞ」

「アンジーがそばにいるからだろ、そんなことわかってるさ。それよりも訊きたいことはまだあるんだ。ライドンとアンジーの家族はどこに住んでいる?」

「な、何っ、どういうことだ?」

「決まってるだろ。人質にするんだよ」

 僕は無関係の人を極力巻き込みたくはなかった。

 だが先に人質としてニーナをさらったのは向こうだ。

 だったら僕も容赦はしない。

「さあ、答えろ」

「……い、いない」

「は? ふざけてるのかっ」

 僕はクオーツ王の右目のまぶたの上から親指を強く押し当てる。

「……ほ、本当のことだっ。ライドンとアンジーに家族はいない、ライドンの親は既に死んでおるしアンジーはもともと孤児だ」

「なんだ、と……」

 クオーツ王の反応を見る限り、多分嘘はついていないと思われた。

 となると、ライドンとアンジーの家族を人質にとるという僕の目論見は脆くも崩れ去ってしまったわけだ。

「ふん、計画失敗か? 今ならまだ見逃してやってもいいぞクズミン。だからさっさとここから消え失せろ」

 急に強気になるクオーツ王。

「うん……確かに、考えていた計画は失敗だよ。でもまだあんたがいるじゃないか」

「な、なんだ貴様……我をどうするつもりだっ」

「クオーツ王、あんたにはもう少し僕に協力してもらうよ」

 僕はクオーツ王の目を見て不敵に笑うのだった。


 僕はクオーツ王を人質にとると城の中の放送室まで案内させた。

 途中、出会った近衛兵たちはすべて一撃で返り討ちにした。

 僕とクオーツ王を取り囲むようにして近衛兵たちが槍を構えるが、僕の強さにおそれをなして、もう誰も飛びかかってはこない。

 僕はクオーツ王とともに放送室に入ると、ドアに鍵をかけて城内と城外に向けて放送を開始する。

『僕はクズミン・アルバラードです。現在クオーツ王を人質にしてクオーツ城にたてこもっています。僕の目的はライドン・アルマーニという冒険者とアンジー・フォックスという兵士の身柄です。この二人がおとなしく投降してくればクオーツ王はただちに解放します。城下町の皆さんにはしばらくご不便をおかけするかもしれませんがご容赦ください。兵士の皆さんは死にたくなければ城から出ていってください。もう一度だけ言います。僕の目的はライドン・アルマーニとアンジー・フォックスの二人だけです』

 僕は放送を終えると、抵抗するクオーツ王を引きずりながら王の間へと戻った。

 城の中にはまだ数人の兵士がいたが、ほとんどの兵士は今の放送を聞いて城から逃げ出していた。

 精鋭揃いの近衛兵を僕が一撃で返り討ちにしたことが他の兵士たちの耳に届いたらしい。

 それとクズミン・アルバラードが格闘大会の優勝者だということも、既に兵士たちの間では広まっていたようで、そのことも影響しているようだった。

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