「ニーナっ!?」
残る敵はあと二人だけ。
ライドンと女性兵士のみ。
しかしその女性兵士はあろうことかニーナを人質にとっていた。
「な、なんでニーナをっ……!?」
驚きの声を上げる僕にライドンが返す。
「ふははっ! やっぱりこいつはお前の仲間だったかクズっ! 占い師のばばぁの言った通りセンダン村に行ったらお前はいなかったがこのガキがいやがったんだ! 占い師のばばぁの話じゃお前はチビの女と一緒にいたらしいからな、役に立つかと思って連れて来たんだが正解だったみたいだぜっ!」
「や、やめろっ! ニーナは関係ないっ、放せっ!」
「……ク、クズミンさんっ……す、すみま……せ……」
ニーナは女性兵士に首を鷲掴みにされ息も絶え絶え口にした。
「卑怯だぞライドンっ!」
「はっ、だからどうしたっ! これからオレがお前を殺してやる! いいか、少しでも抵抗したらガキは死ぬからなっ!」
「くっ……」
女性兵士がニーナの首に剣先を当てているので僕は身動きが取れない。
ライドンはそんな僕の顔を殴りつけてくる。
「くらえクズっ!」
僕の頬にライドンのパンチがクリーンヒットした。
だが、
「いってぇーっ! くそっ、なんだお前っ!?」
ライドンの一撃は僕にはノーダメージでライドンの拳から血が噴き出る。
「僕は強くなりすぎたんだ。ライドンには僕を殺すことは出来ないよ」
「だったらこれならどうだ! スキル、破壊剣っ!」
ライドンが力の限り振り下ろした剣は僕の首に当たり折れた。
「なっ!? なんだとっ……」
「僕はもう昔の僕とは違うんだ、ライドンがいくら殺そうとしても僕は死なない。だからニーナを放してくれ」
「うるせぇ! おいアンジー、あれよこせっ!」
ライドンは振り返ると女性兵士に声を投げかける。
「早くしろ、アンジーっ!」
「はい」
アンジーと呼ばれた女性兵士は、平坦な声で返事をすると、剣を地面に突き立ててから、何やらカプセルのようなものを鎧の内側から取り出した。
そしてそれをライドンに投げてよこす。
「ライドン、なんだそれは?」
「これか? これは毒入りカプセルだ。兵士たちは捕まった時に自害できるようみんな持っているんだぜ」
毒入りカプセルだと?
「クズ、お前がいくら強くなっていようが毒には勝てないだろう。さあ、口を開けろ!」
自害するための毒ということは死に至る毒だということだ。
それならば僕は死んでも生き返ることが出来る。
復活を果たした後、僕の体から毒が消え去ってくれているかはわからないが、それでも僕はライドンの言う通りにしようと口を大きく開けた。
だが、そこで予期していなかったことが起きた。
ニーナが女性兵士の突き立てた剣をとると、なんとそれで自分の胸を突き刺したのだ。
「ニーナっ!」
僕はライドンを押しのけ駆け出すと、女性兵士を突き飛ばし倒れゆくニーナを抱きかかえた。
失念していた。
僕はニーナに、僕のスキルである【強復活】のことをきちんと説明していなかった。
モンスターに殺されて一度復活したことがあるということは話していたが、自然死でなければ何度でも復活できるということまでは教えていなかった。
僕の完全なミスだ。
「ごほっ……ク、クズミンさん……わたし……」
「喋るなニーナっ! 今すぐ医者に連れてってやるからっ!」
血を吐き力なく僕にもたれかかるニーナに大声で呼びかける。
「わ、わたし……足手まといに……なりたくなかった、から……」
「ニーナ、しっかりするんだニーナっ!」
僕の呼びかけに応じるかのようにニーナは僕の顔にそっと手を触れた。
「……ク、クズミンさん……わ、わたし……と、とても楽しかった……です……ありが……とう……」
「ニーナっ、目を開けてくれニーナっ! ニーナっ!!」
ゆっくりと目を閉じたニーナは、僕の腕の中で静かに息を引き取った。
「ニーナっ!!」
――ニーナは僕を守るために自ら死を選んだのだった。
僕は、そっとニーナのなきがらを地面に横たわらせた。
頬を伝う涙を拭うこともせず僕はライドンを見据えると、次の瞬間、ライドンの目の前に高速移動する。
「っ!?」
僕は目を見開いているライドンの右腕を殴りつけた。
ライドンの右腕の骨が折れ、腕から飛び出る。
「ぐああぁぁっ……!」
「簡単には殺さない。じわじわといたぶってから殺してやる……そのあとはお前だからな」
僕はライドンから目をそらすと、後ろにいたアンジーという名の女性兵士に目線を飛ばした。
アンジーとやらはまったく感情のこもっていないような表情で僕を見返している。
ライドンみたく怯えてくれた方が復讐のし甲斐があるのだが、アンジーはまるで機械人形のごとく反応がない。
「ぐうぅぅっ……クズ、お前だけはぜってぇ許さねぇっ……!」
「それはこっちのセリフだよ」
僕はそう言いながらライドンの左ももを両手でむんずと掴むと、思いきり力を込めてもぎ取った。
ぶしゅーっと血が噴き出しあっという間に血だまりが出来る。
「ぎぃやああぁぁぁぁっ……!!」
「ふふ……あの時の僕と同じになったね」
片足になって地面に倒れたライドンを見下ろす僕。
「こんのクズがぁっ!! 殺す殺す殺す殺すっ! ぜってぇ殺すぅぁああっ……!!」
ライドンは血走った目で僕を見上げ声を荒らげた。
「あ、でもちょっとやり過ぎたかな? これだとすぐ死んじゃいそうだ」
左足を引きちぎったせいか出血量がすごい。
血がとめどなく溢れ出ていて、このままではこれ以上楽しむ暇もなくライドンは死んでしまう。
「失敗したか……」
つぶやいたその時、僕の足元に突然アンジーが現れた。
そしてライドンの体に手を伸ばし「スキル、ワープ」と唱えると、僕をにらみつけながら叫び続けていたライドンとともに、僕の目の前から忽然と姿を消してしまった。
「えっ……!?」
あまりに突然のことだったので僕は何も反応できなかった。
だが、少し考えるとアンジーのスキルで消え失せたことに気付く。
「嘘だろ……逃げられた……?」
あそこまで追い詰めていたのに、不意を突かれ、ライドンに逃げられてしまった僕。
「くそ……くそっ……くそっ! ライドンっ!! アンジーめっ!! くそ――っっ!!」
僕は頭をかきむしりながら天高く叫び声を上げた。
「ライドンとアンジー、それから復讐を邪魔する者を僕は殺してくるよ」
僕はセンダン村にいた。
センダン村でニーナのお墓を作った僕はそのお墓の前で誓いを立てる。
「ニーナ……すべてが終わったら戻ってくるからね。寂しいだろうけどそれまで待ってて」
ニーナのお墓の上にそっと手を置いてから目を閉じる。
一分ほどそうしていただろうか――
僕は誓いを胸に、センダン村を一人あとにした。
僕の目指すべき場所は決まっていた。
それはクオーツ城だ。
初めはリンドブルグの町の占い師の老婆にライドンの居場所を教えてもらおうかとも考えたが僕の所持金はゼロ。
また、仮にお金があったとしても、ライドンのそばにアンジーがいる以上追い詰めたところでスキルの【ワープ】で逃げられてしまう可能性もある。
それならばいっそ、ライドンの方から僕のもとに来させてやればいい。
クオーツ城にはライドンの親戚筋であるクオーツ王がいるはずだから、そのクオーツ王を使ってライドンをおびき寄せてやる。
センダンの村人たちから水と食糧を分けてもらった僕は、それらを少しずつ口にしながらクオーツ城を目指した。
国境の関所は通らず、兵士にみつからないよう国境沿いの壁の低くなっている部分をみつけ素早く飛び越えた。
道中、僕の捕獲依頼(生死は問わず)を受けたAランクの冒険者が三人僕の行く手を遮った。
戦闘に特化したスキルを持った男女の三人組で、連携も上手く取れていたが、もちろん僕の敵ではなかった。
一人につき一発ずつ蹴りをくらわせただけでみんな二度と動かなくなった。
彼らの持っていた依頼書がはらりと落ちたので手に取って見てみると、僕の首にかかった賞金額は金貨十枚から四十枚へと跳ね上がっていた。
「皮肉だね……僕は無一文なのにさ」