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第13話

 それから砂漠のような砂地を歩くこと三日、

「あれがクオーツ城か……」

 僕はクオーツ城を前方にとらえていた。

 クオーツ城はクオーツ王国の中央付近に位置する巨大な要塞のような城で、警備も厳しく、簡単に立ち入ることは出来ない。

 さすがに関所とは違い、城門を守る門番には賄賂は通用しないだろう。

 いっそ名乗りを上げて正々堂々正面から城に突入するという選択肢もあるが、僕を殺そうと躍起になっている者相手ならともかく、そうでないただの一般兵士を殺す気にはなれない。

 僕は人殺しがしたいわけではないし、ましてや国を相手どって戦争を仕掛けたいわけでもない。

 あくまでもライドンに復讐がしたいだけなのだ。

 そこで、僕は一旦クオーツの城下町に身を置いて作戦を練ることにする。

 マリン曰はく、ライドンは兵を集めて僕を討とうとしているということなので、待っていればそのうちおのずと城から出てくる可能性もある。

 そうでないにしても、現在のライドンの状況を探るには、クオーツの城下町が一番適しているだろう。

 そう考えた僕は、クオーツの城下町に足を踏み入れた。

 町の中には自動小銃を持った兵士が沢山配置されていて、独特な緊張感があった。

 そのためか、町の人たちにはあまり笑顔が見られず、町を歩いていても話し声や子どもたちの楽しそうな遊び声などはほとんど聞こえてこない。

 そんなどこか殺伐とした雰囲気のクオーツの城下町で僕は宿屋を探し歩いていた。

 するとそんな時、

「おい、そこの奴止まれ!」

 後ろから声がした。

 バレたか……?

 僕はおそるおそる振り返る。

 だがその声は僕に向けられたものではなく、通りを歩いていた別の男性に向けられたものだった。

「な、なんですか……?」

「貴様、今オレをにらんだだろう」

 ビクつく男性にその男性を呼び止めた兵士がそう返す。

「えっ、そんな、にらんでなんかいませんよっ……」

「うるさいっ、嘘をつくな! 死刑にするぞ!」

「そ、そ、それだけはご勘弁をっ……」

 僕は兵士のあまりの傍若無人ぶりに驚き、立ち止まってしまっていた。

 とそんな僕に気付いた兵士が、

「何を見ている、貴様!」

 僕に声をぶつけてきた。

「は、いや別に……」

 僕はそう言って立ち去ろうとするが、

「こら待て、貴様!」

 兵士は男性を押しのけ僕の前までやってくる。

「貴様、何かオレに文句でもあるのかっ?」

 まるでどこぞのチンピラのようにいちゃもんをつけてくる兵士。

 言いがかりもはなはだしい。

「ん? 貴様の顔、どこかで……?」

 その兵士は僕の顔をじっと見てからそんなセリフを吐いた。

 まずい、バレる。

 そう思った直後、さっきの男性が急に逃げ出した。

「っ! 待たんか貴様っ!」

 それを見た兵士が条件反射のように、持っていた自動小銃を構え男性に向けて撃つ。

 銃弾が後頭部に当たり、男性が血を流して通りに倒れた。

 しかし、その様子を目撃した通行人たちは、足を止めることなくそそくさと過ぎ去っていく。

 まるで止まったら次は自分が標的にされてしまうとでも思っているかのように。

「な、あんた、なんでその男性を殺したんだよっ」

 僕はたまらず兵士に問いかけていた。

「ふんっ、そいつが逃げたからに決まっているだろう! なんだ、貴様も死刑になりたいのかっ?」

「それだけで撃ち殺すなんてどうかしてるんじゃないかっ」

「なんだと、貴様っ!」

 兵士が僕の胸ぐらを掴んだその時だった。

 銃声を聞いて駆けつけたのだろう町の四方八方から兵士が集まってきた。

「おい、何があった?」

 兵士の中で一番体格のいい男性が口を開く。

 僕はすかさず今ここで起こったことを丁寧に説明した。

 これで目の前の兵士は牢屋に連れていかれる。と思いきや、

「なんだそんなことか。みんな撤収だ! 行くぞ!」

 僕の説明を聞いて、撃ち殺された男性に非がないとわかったはずなのに、持ち場に戻っていく兵士たち。

 なんなんだ、この町の兵士たちは……。

 何事もなかったかのように去っていってしまったぞ。

「ふん、わかったか。ここではオレたち兵士が法律なんだよっ。わかったらさっさとオレに謝罪しろ!」

 男性を撃った兵士は僕の額を銃で小突く。

「あ、あんたに僕が謝る理由はない」

「貴様、本気で死にたいらしいな!」

 銃の引き金に指をかける兵士。

 目を見る限り今にも引き金を引きそうだ。

 僕はそんな兵士に対して腹立たしい思いを膨らませていた。

「……もし、それを撃ったら死ぬのは僕じゃなくてあんただからな」

 それでも情けをかけて一応忠告だけはしてやる。

 だが兵士は、

「貴様っ!」

 ズドンッ!

 僕の忠告を無視して銃を放った。

 空の薬莢がカランカランと石畳の上に転がる。

 それとほぼ同時に兵士は物言わぬただの肉塊となり、石畳の上にどさっと崩れ落ちた。

 ――僕を撃った銃弾は僕の額にぶつかって跳ね返り、兵士の顔面に深くめり込んでいたのだった。


 僕は足元に転がる兵士の死体を見下ろしながら、どうしたものかと思案する。

 だが僕にとっては好都合なことに、今度は銃声がしても兵士たちは集まってはこなかった。

 また、通行人たちも関わり合いになりたくなかったのか、兵士の死体を見ても次々と素通りしていく。

 僕はこれ幸いと兵士の死体を路地裏に隠すと、平静を装いクオーツの城下町で宿屋探しを再開した。

 しばらく歩いて宿屋をみつけた僕は、とりあえずそこにチェックインする。

 宿屋代は一泊銀貨三十枚とやや割高だったが文句を言ってもしょうがない、僕はお金を支払うと部屋に案内してもらった。

 これで残りの所持金は金貨が三枚と銀貨が六枚だ。

 少し休憩しようとも思ったがライドンを探す時間が惜しい。

 そこで僕は町の人たちに手当たり次第話を訊いて回った。

 だが、ライドンの情報は何も得られなかった。

 ライドンは確かにクオーツ王家の血筋らしいがかなり遠縁らしく、そもそもライドンの存在を知っている者はわずかしかいなかった。

 その上、町の人たちは何故か皆一様に口が重く、なかなか会話が進まない。

 僕は数時間かけて町中を歩き回ったが時間の無駄に終わってしまった。

 辺りも暗くなってきて、通行人の姿も少なくなってきたので、僕はひとまず宿屋に戻ろうと思い帰路につくと、その帰り道に酒場の看板がピンク色に光っているのが目に入った。

「ここにはまだ入っていなかったな……」

 最後の望みを託し酒場に立ち寄る僕。

 未成年なので酒場に入るのは初めてだったが、特に注意されることもなくそれどころかむしろ「いらっしゃいっ」と威勢のいい声で歓迎された。

 酒場の中は町の雰囲気とは一転してかなりにぎやかだった。

 僕はまるで別世界に足を踏み入れてしまったかのような感覚に面食らいつつもカウンターに近付いていく。

「あの、すみません、訊きたいことがあるんですけど……」

「お客さん、その前に何か頼んでくださいよっ」

 酒場の店員に人懐こい顔でそう言われ僕はミルクを注文した。

「はい、ミルクお待ちっ」

 ものの十秒ほどでミルクの入ったグラスが出てくる。

 僕はそれを手に持って口にしながら店員に訊ねた。

「あの、ライドンっていうクオーツ王家の人間を最近見かけましたか?」

「ライドン? あー、ライドンってよそで冒険者やってるっていうクオーツ王の親戚の人でしょ? その人がこの町にいるんですかい?」

「この町か城にいると思うんですけど……」

「いやあ、ちょっとわかりませんねぇ~」

 店員は頭をかきながら申し訳なさそうに言う。

「そうですか」

「すいませんね~」

 すると、僕と店員の会話を耳にしていた隣のおじさんがおもむろに口を開いた。

「んあ、ライドンだかなんだかっちゅう名前は知らねぇけどよ、えらくガタイのいい黒髪で短髪の若い男が兵士を五十人くらい連れて城から出てくるところは見たぜ」

 顔全体を真っ赤にしたかなり出来上がっている様子のおじさんが僕に顔を向ける。

「本当ですかっ?」

「ああ、ほんとだぜ」

 酔っ払いの証言ではあるが、特徴からしてその若い男はライドンだろう。

 僕は詳しく話を訊こうとそのおじさんに向き直った。

「それでその若い男はいつどこに行ったんですか?」

「んあ~、教えてやってもいいけどよ、その前に一杯酒おごってくれや兄ちゃん」

「あ、はい、わかりました……すみません、この方に同じものおかわりお願いします」

「はいよっ」

 一杯のお酒をおごるだけでライドンの情報が得られるなら安いものだ。

 僕は言われた通りにおじさんにお酒をおごってやる。

 ごくごく……。

「ぷはぁ~っ……あ~うまいっ!」

 おじさんは喉を鳴らして一気にお酒を飲み干すと、歓喜の声を上げた。

 そして、

「んじゃあ約束だからな、教えてやるぜ」

 口元を手で拭いつつ僕に話し始める。

「その若い男を見たのはそうさなぁ~、確か一週間くらい前だったかな。沢山の兵士を従えてなんか偉そうに命令してやがってよ、いけ好かない奴だったぜ」

「城を出てどこに行ったかわかりますか?」

「う~んとな、ちょっと待てよ今思い出すからな……兵士の何人かがぼやいてたんだよなぁ~、なんで子ども一人にオレたちが駆り出されなきゃならないんだとか、あとは……占い師がどうのこうのって言ってたかもな」

「占い師?」

「ああ、間違いねぇよ。兵士たち、占い師って言ってたぜ」

 占い師と聞いて僕が真っ先に思い浮かべたのはリンドブルグの町の占い師の老婆のことだった。

 その占い師は【サーチ】というスキルで人探しが出来るのだ。

 ライドンはその占い師に会いに行ったのだろうか。

 では何故?

 ……そんなの決まっている。

 ライドンは僕を殺すために兵を集めたのだ。

 ならば僕の居場所を探すために違いない。

 くしくも僕とライドンは相手を殺すという同じ目的のために行動し、入れ違いになってしまっていたというわけか。


 ライドンは五十人程の兵士を連れ、どうやらリンドブルグの町に向かったらしい。

 そして、そこで僕の居場所を占い師の老婆に訊き出すつもりのようだ。

 ……いや、もう既に訊き出して僕の近くまで迫ってきているかもしれない。

 だったら僕はここから下手に移動しないほうがいいだろう。

 また入れ違いになっても困るからな。

 そう考え、僕はライドンが戻ってくるまでクオーツの城下町に滞在することにした。

 しかし、いくら待ってもライドンはクオーツの城下町に戻ってくることはなく、時だけがいたずらに過ぎていった。

 十日が経過し僕の所持金は底をついた。

 もう宿屋に泊まるお金もないので外で野宿をしようと町を出る。

 とまさにその時だった。

 遠くの方に夕日を背にした沢山の人影が見えた。

 その人影はこっちに向かって近付いてきているようだった。

「あれは……」

 僕はじぃっと目を凝らすと先頭にいた男の顔が確認できた。

「ライドンっ!」

 それは夢にまで見た憎き相手、ライドンだった。


 僕は今にも駆け出していってライドンの顔面を殴り飛ばしたい衝動にかられながらも、拳をぎゅっと握り締め、

「我慢だ、我慢」

 と自分に言い聞かせる。

 頭に血が上った状態ではライドンの奴をきっと瞬殺してしまう。

 僕とライドンの力量差を考えると思いきり顔面を殴ったら、その一発で復讐は終わってしまうだろう。

 そんな生ぬるいやり方でライドンへの復讐を済ますつもりはない。

 少なくともマリン以上の恐怖と苦痛を与えなければ僕の気がおさまらないのだ。

 ざっざっざっ。

 砂を踏みしめライドンと五十人程の兵士たちが一歩ずつ向かってくる。

 兵士たちは頑丈そうな鎧を身に纏い、右手には切れ味の鋭そうな長剣を、左手にはドラゴンのうろこを模した盾を持っていた。

 ライドンはというと、兵士たちの装備品よりもさらに質の高そうな武器と防具で身を固めていた。

 僕と十メートル程の距離をとって立ち止まるライドン。

 兵士たちもそれにならって横に広がり前後二列になって並ぶ。

「ようクズ! お前チェゲラをたった一撃で殺したんだってな!」

 ライドンが口を開いた。

「マリンがその瞬間を見ていなかったら信じてなかったところだが、マリンのあの怯えようじゃ本当なんだろうな!」

「確かに僕はチェゲラを一撃で殺したよ。もっと苦しませるべきだったと後悔しているけどね」

「マリンはどうしたっ? お前、リンドブルグの占い師にマリンの居場所を聞いたらしいじゃないか!」

「マリンならチェゲラの時の反省を生かして自分から殺してくれって泣き叫ぶくらい苦しめてやったよ」

「クズのくせに立派になったもんだな! ゴブリンも満足に倒せなかった奴がどうやってそこまで強くなったんだ、教えてくれよクズ!」

 ライドンはあくまでも強気に僕に問いかけてくる。

 横に居並ぶ兵士たちは僕とライドンの会話を聞きながら、明らかに僕を格下だと思っているのだろう、にやにやと笑みを浮かべていた。

 ……癇に障る。

「話す必要はないだろ。それより周りの連中はライドンの味方なの? 一人で僕に挑むのが怖かったわけ?」

「ふん、言ってろクズが! お前なんかオレがやるまでもない、こいつらにやられて死ぬのがお似合いだぜ! ほらお前ら、さっさとクズを始末しろっ!」

 ライドンの言葉を合図に数十人の兵士たちが歩み出てくる。

 しかし、僕の実力をまるでわかっていないらしく、あまりやる気が感じられない。

「なあ、あんたたち。本気で僕を殺す気がないのならここから消えてくれないか。僕は弱い者いじめは趣味じゃないんだ」

「へっへっ。何を言い出すかと思えばオレたちが弱いだってよっ」

「ずいぶんとなめてくれるじゃねぇかっ」

 兵士たちは笑みを崩さず近寄ってくる。

 ……仕方ないか。

 僕は一人の兵士に狙いを定めて飛び出すと、右拳を突き出しその兵士の鎧ごと左胸を貫いた。

「がふっ……!」

 体から腕を引き抜くと、その兵士は血を吐いて地面に倒れた。

 砂に顔をうずめ身動き一つしない。

「「「なっ!?」」」

「わかっただろう。僕とあんたたちとじゃ勝負にならないよ。今なら見逃してあげるからライドンを置いて立ち去ってくれないかな」

 驚き怯む兵士たちに僕は出来るだけ優しく話しかける。

「ふ、ふざけんじゃねぇ、仲間を殺されて逃げられるかっ!」

「そ、そうだっ。オレたちのおそろしさを見せてやるぜっ!」

「行くぞお前らっ!」

「「「おおーっ!!」」」

 僕のしたことはまったくの逆効果だったらしく、兵士たちはいきり立って一斉に僕に向かってきた。

「はぁ~……まったく」

 僕は襲いかかってくる兵士たちの攻撃をなんなくかわしながら、彼らの胸や顔面を次々と殴っていった。

 拳が肉を突き破り内臓を破裂させる感触や、顔面の骨をぐしゃっと砕き潰す感触が両手にこびりついていく。

 はたから見れば、それはさながら現実の出来事とは思えない惨劇だっただろう。

 兵士たちの血が砂ににじんで吸収されていく中、僕は僕を取り囲んで襲いくるすべての兵士を、スキルを使う隙など一切与えず全員返り討ちにしてみせた。

 するとその時、

「そこまでだクズっ!」

 長らく黙っていたライドンの声が耳に届く。

 僕は顔を上げライドンの声のした方を見た。

「っ!?」

 僕は予想だにしていなかった光景に息が止まりそうになった。

「……ク、クズミンさんっ……」

 というのも、ライドンの横にいた一人の女性兵士が、目に涙を浮かべたニーナの首を鷲掴みにして、もう片方の手で長剣を首に突き当てていたからだ。

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