センダン村を出た僕たちは、クオーツ王国を目指して、強風吹きすさぶ荒野を南へ南へと進んでいた。
クオーツ王国まではおそらく三日ほどを要するだろう。
センダン村は自給自足の村だったので、それほど水と食糧を確保できなかった。
センダン村からクオーツ王国までの間には、それらしい町や村もなさそうなので、水と食糧は節約しながら、出来る限りクオーツ王国へと急がなくてはいけない。
一日目の夜がきて、僕たちは荒野の真ん中で野宿をすることにした。
荒野には大きな岩山がところどころにあったので、僕とニーナは岩山の陰に隠れる形で体を休ませる。
「結構歩くペースが速くなっちゃったけどニーナ、疲れてない?」
「は、はい。大丈夫です」
そう答えるニーナだったが、かなり無理しているように見えた。
出会った頃より元気になったニーナだが、それでも僕と同じペースで歩くのはしんどいに違いない。
「明日はもうちょっとゆっくり歩こうか」
「いえ、平気ですよ。わたしのために計画を変更しないでください。水と食糧のこともありますし」
「そう? ……うん、じゃあそうするけど」
僕とニーナは水と小麦粉を練って固めたものを水と一緒に胃袋に流し込むと、そのまま固い地面に横になった。
ニーナではないが僕も疲れていたのだろう、すぐに深い眠りへと落ちていった。
「……してくださいっ! きゃあーっ、クズミンさんっ!」
僕はニーナの悲鳴で目が覚めた。
すると、僕の周りには刀を持ったむさくるしい男たちがいて、今まさにその刀を振り下ろさんとしていた。
僕はとっさに起き上がるとその男たちをなぎ払う。
そして周囲を見回した。
とそこにはいつの間に集まったのか、刀を持った男たちが二、三十人はいて、少し離れた場所にいるニーナと僕を取り囲んでいる。
「クズミンさんっ、この人たち盗賊ですっ! 気をつけてくださいっ!」
ニーナは男二人に両腕を掴まれながらも僕の心配をして声を飛ばしていた。
「ニーナっ」
僕はすぐさまニーナを助けようとするが、
「動くなっ!」
ニーナの首筋に刀を突きつけられてしまう。
まずい、僕の懸念が現実になってしまった。
「くっ……卑怯だぞっ」
「だからどうした小僧っ?」
「世の中甘くないんだぜっ」
ニーナを取り押さえていた盗賊たちは下品な笑みを浮かべてニーナの全身をくまなく見やった。
「このガキ、肉付きはあまりよくねぇが器量はなかなかのもんだな」
「ああ、高く売れそうだぜ」
「お前ら恥ずかしくないのかっ! 僕と勝負しろっ!」
僕は必死に叫んだ。
だが、その盗賊たちは意にも介さず、
「このガキは貰っていくぜっ。おいてめぇら、その小僧を始末しとけやっ」
子分であろう数十人の盗賊たちに命令すると、ニーナを引きずって連れて行こうとする。
ど、どうすれば……?
あいつらはニーナを欲しがっているようだからむやみに傷つけないかもしれないが、それでも僕が動けばニーナの身に危険が及ぶ可能性は否定できない。
このままでは……。
僕が手をこまねいていたその時だった。
ニーナが首筋に当てられた刀に臆することなく盗賊の腕に思いきり噛みつくと、一瞬の隙をつき逃げ出した。
「クズミンさん、わたしに構わずこの人たちを倒して――」
「このくそガキっ!!」
しかし腕を嚙みつかれた盗賊は激昂し、僕の方に駆けてきていたニーナを後ろから刀で斬り伏せた。
「きゃぁっ……!」
ニーナは背中を斬られ地面にうつ伏せに倒れ込む。
「おいてめぇ何してんだっ。せっかくの上玉をっ」
「はぁっ、はぁっ……悪ぃ、ついカッとなっちまった」
足元のニーナを見下ろしつつ盗賊二人が言葉を交わしている。
僕は地面に倒れたニーナを見ながらただ呆然としていた。
「くそ、仕方ねぇ。そっちの小僧で我慢するか」
「ああ、こっちのガキには劣るが小僧の方もよく見りゃなかなかいい面してるかもな」
「……黙れ」
僕は一言だけ口にする。
「あん? なんか言ったか小僧?」
刀を持った盗賊たちの中の一人が、へらへらと笑いながら近付いてきて、僕の顔を下から覗き込んだ。
「……お前ら全員殺す」
「は? おい、みんな聞いたかっ。この小僧がオレたちを皆殺しにするってよ!」
「「「がっははははっ!!」」」
盗賊たちが声を揃えて笑った。
僕はその笑い声を不快に思い、僕の目の前にいたその盗賊の首を手刀ではね飛ばした。
「「「なっ……!?」」」
「……まずは一人」
「て、てめぇら、全員でかかれっ!」
僕の実力を瞬時に判断した盗賊の一人が大声を上げた。
それを受けて二、三十人の盗賊たちが刀を手に一斉に襲いかかってきた。
「ニーナ、ニーナ大丈夫か?」
「……ク、クズミンさん……は、はい、なんとか」
ニーナの背中の傷は僕が思っていたよりもずっと浅く、ニーナは一命をとりとめていた。
「よかったよ。僕はてっきり……」
「心配かけてすみません。あ、一人で立ち上がれますから……」
僕の支えを断ってニーナは一人で起き上がる。
「……これ、みんな死んでいるんですか?」
ニーナは積み重ねられていた盗賊たちの死体の山を見て訊ねてきた。
「ああ、ニーナを殺されたと思ったからついね」
「すみませんでした。わたしのせいで……」
神妙な面持ちのニーナ。
自分の責任を痛感しているのだろう。
「いや、もう別にいいんだよ。それより早く寝ようか、また明日も明後日も歩くことになるからさ」
すると、
「あ、あのクズミンさん、そのことなんですけど……わたしやっぱりセンダン村に残ろうと思います」
ニーナは意を決した様子で口にした。
「え、どういうこと……?」
「わたし今回の件で思い知らされました。自分がクズミンさんのお荷物になっているんだって」
僕を見上げニーナは言う。
「そんなことは……」
「いえ、いいんです。クズミンさんは優しいからそう言ってくれますけど、クオーツ王国に行ったらわたし絶対にクズミンさんの足を引っ張ってしまうと思うんです……だから、お別れしましょう」
しっかりとした口調で話すニーナ。
ニーナのその瞳には強い決意が宿っているのが感じ取れたので、僕はそれ以上何も返すことが出来なかった。
僕はニーナが心配だったので、センダン村までおぶっていくことにした。
最初は渋っていたニーナだったが、僕に根負けしたのか「……じゃ、じゃあ、お願いします」と最後には僕に頭を下げた。
傷が浅かったとはいえ背中に怪我をしたニーナ。
僕はそんなニーナを背負い、もと来た道を一日かけて戻った。
センダン村に着くと僕たちは空き家で一晩過ごし、翌朝、
「絶対に無事に戻ってきてくださいねーっ」
とのニーナの声を背に受けて僕は村を旅立った。
隣にニーナがいなくなって寂しさを覚える反面、一人になったことで身軽になった僕は、クオーツ王国まで三日かかるところをたった一日半で移動してしまった。
クオーツ王国は軍事大国として知られているため、領土内に入った途端、自動小銃を持った兵士たちの姿をあちらこちらで目にするようになった。
ちなみに、国境の関所を通る際関所を守っていた兵士に正体がバレてしまったので、僕はその兵士に賄賂を渡して関所を通過していた。
もちろん強行突破することも出来ただろうが、自ら騒ぎを大きくするつもりは僕にはなかったので、穏便に済ませることにしたのだった。
クオーツ王のところに身を寄せているとなると、ライドンはおそらくクオーツ城にいるはずだ。
そう思い、僕は一路クオーツ城を目指すことにした。