地面に横たわる傭兵二人をよそに、僕はセンダン村に足を踏み入れる。
ニーナも僕のあとに続いて村に入った。
センダン村はひっそりとしていて村人の姿もほとんど見えない。
そんな閑散とした村の中を僕とニーナはマリンを探しながら歩く。
マリンが雇った傭兵が村の入り口の前にいたということは、間違いなくマリンもこの村にいる。
そう確信して、僕たちは村の中にある家を一軒一軒回っていった。
幸いにも、村にある家は両手で数えきれるほどしかなかったので、マリンが隠れ住んでいた家はあっけなくみつかった。
マリンは村の一番奥の高台にあった物置小屋のような家にいた。
「ひぃっ……!」
ドアを開けて目が合った瞬間、マリンは怯えた様子で声を発した。
僕がここにいるということは、自分が雇った傭兵たちがやられたということを意味しているわけで、当然次は自分が殺される番だと悟ったはずだ。
「マリン、探したよ。こんな山奥に隠れてたんだね」
「……」
「僕がチェゲラを殺したところは見てたんだろ?」
「っ……」
マリンは返答することなくただ息をのむ。
最後に会った時より幾分痩せたように見えるのは気のせいではないだろう。
「チェゲラにも言ったけど僕はマリンたちのことを本当の家族のように思っていたんだ。それなのによくも僕をおとりにして自分たちだけ逃げてくれたね」
「……」
「話さないならそれでもいいよ。僕がマリンを殺すことに変わりはないから」
「ま、待って……!」
殺すという言葉に反応したのか、マリンが口を開いた。
絞り出すように声を震わせるマリン。
「何?」
「た、確かにあたしはあんたを見捨てて逃げたわっ、そ、それは認める……で、でもあたしがあんたを殺そうとしたわけじゃないしあんたの足を斬り落としたのだってあたしじゃなくてライドンでしょ! そ、そうよっ、悪いのはライドンだわっ!」
この期に及んで責任転嫁かとも思ったがマリンの言うことも一理ある。
僕だって一番憎いと思っている相手はライドンだ。
「じゃあライドンの居場所教えてよ」
「お、教えたらあたしのこと、こ、殺さないでくれる……?」
「……うん」
「ほ、本当でしょうね……?」
マリンは疑心暗鬼に陥っているような目つきで僕を見てくる。
「交渉できる立場じゃないんだから早く教えてよ。殺すよ」
「わ、わかったわっ……教えるからそれ以上近付かないでっ」
両手を胸の前に出し言うと、マリンは「ラ、ライドンならクオーツ王国にいるはずよ」と小さな声でつぶやいた。
「クオーツ王国?」
「ええ。あんたは知らなかったでしょうけどライドンの奴、クオーツ王の親戚なのよ」
「親戚?」
「あんたがチェゲラを殺したってことを知ったライドンは今度こそクズを殺してやるって息巻いてクオーツ王国に向かったわ。きっと今頃はクオーツ王に取り入って大量の兵士を用立ててもらってるはずよ」
「へー、そうなのか」
ライドンがクオーツ王家の人間だったとは初耳だ。
クオーツ王国といえばこの世界で一、二を争う軍事大国。
そんな国の王様がライドンの味方についているのか……。
「お、教えたわよっ……約束は守ってよね」
「ん? ああ、わかってるさ」
僕の返事に緊張の糸が切れたかのようにほっと安堵の顔を見せたマリン。
僕はそんなマリンのお腹に軽くパンチをして気を失わせた。
「ちょっと、話が違うじゃないっ! 助けてくれるって約束したでしょっ!」
ここはセンダン村からさらに山奥に入った人気のまったくない場所。
僕は気絶したマリンの手足を縄できつく縛ってからここまで運んできていた。
「助けるとは言ってないよ。僕は殺さないって言っただけだ」
「な、何よそれっ!? ふざけてんのっ!」
地面から頭だけ出した状態のマリンが大声を上げる。
マリンの体は地中に埋まっていて、その上縄で縛られているので、身動き一つとれない。
……まあ、もちろんすべて僕がマリンの気絶中にやったことなのだが。
「さっき村の人に聞いたんだけどこの辺りは夜になるとゴブリンがわんさか出るらしいね。普段のマリンだったらゴブリンくらいなんともないんだろうけど今の状態だとゴブリン相手でもかなりヤバいんじゃない?」
「あ、あんたまさか、あたしをこのままにしていくつもりじゃないでしょうねっ!」
「マリンのスキルの雷撃って一日五回が限度だったよね」
「ちょっ、あたしの話聞きなさいよクズっ! 早くここから出しなさいよっ!」
「もう日が傾いてきたね。ゴブリンになぶり殺しになるのも時間の問題かな」
「ちょっと、やめてってば! 助けてクズっ、クズミンっ! お願いよ、クズミンっ!」
声を大にしてわめくマリン。
だが、ここはセンダン村から遠く離れていて、どんなに大声を出しても誰にも届かない。
「じゃあ僕は行くから」
「やだっ、行かないでクズミンっ! お願いだから助けてぇっ!」
「せいぜい頑張って」
「このっ……スキル、雷撃っ!」
マリンは僕が助ける気がないということをやっと理解したようで、それならばと【雷撃】を放ってきた。
一筋の雷が僕の頭上に落ちてくる。がダメージはない。
「あ~あ、これで残り四回か……マリン、無駄遣いしない方がいいぞ」
「うっさい、死ねクズっ!! スキル、雷撃っ!!」
結局この後マリンは僕に向かって【雷撃】を撃ち続け全弾使い果たしてしまった。
そしてマリンにとっては運悪く、そこにゴブリンの群れが現れた。
ゴブリンたちは初めこそ僕を狙ってきたが、一撃で先頭にいたゴブリンの頭を粉砕してやると、残りのゴブリンたちは僕におそれをなしてマリンに向かっていった。
そこから先は悲惨だった。
ゴブリンたちは地面から頭だけ出たマリンを取り囲むと、殴る蹴るの暴行を一方的に加え続けた。
マリンが泣き叫ぼうがお構いなし、ゴブリンたちはマリンを生き人形のごとく壊さない程度にいたぶった。
しまいにはマリンの方から「も、もう……殺してっ……!」と泣いて僕に頼む始末。
僕はそんなマリンを無視してニーナの待つセンダン村へときびすを返した。
僕の耳にはマリンの悲痛な叫び声がいつまでも聞こえていた。
ゴブリンたちのおもちゃと化したマリンを置き去りにして、僕はセンダン村へと戻った。
センダン村ではニーナが僕の帰りを待ってくれていた。
「あっ、お帰りなさいクズミンさん」
ニーナは僕がマリンに何をしてきたかを知っている。
それでもいつもと変わらない笑顔で僕を迎えてくれた。
「うん。お待たせニーナ」
僕は微笑み返すとニーナの髪をくしゃっと撫でた。
ニーナは気持ちよさそうに目を細める。
「マリンへの復讐は終わったよ。あとはライドンだけだ」
「ライドン……さんの居場所はわかりましたか?」
「ああ、マリンからちゃんと聞き出せたよ。どうやらクオーツ王国ってところで僕を殺す準備をしているみたいなんだ」
マリンの話では、ライドンはクオーツ王の親戚筋に当たるらしく、兵士たちを多く従えて僕を亡き者にする計画を企てているようだ。
「ええっ、大丈夫なんですかっ?」
「まあ大丈夫だとは思うよ」
兵士が何人来ようと問題はない。
ライドンの味方をするというのなら、それは言い換えれば僕の敵ということだ。
なので、たとえ僕とは無関係の人間だとしても殺す覚悟は出来ている。
もし仮にクオーツ王国全体が敵に回ったとしても、僕はライドンを必ず血祭りにあげてみせるつもりだ。
ただ、僕にも気がかりなことはある。
それはニーナのことだ。
ニーナは僕とは違いまるで戦えない。
だからニーナが争いに巻き込まれるようなことだけはなんとしてでも避けたい。
「……ねぇ、ニーナ。僕がライドンに復讐をし終えるまでしばらく別れないか?」
「えっ……!?」
愕然とした顔をするニーナ。
「ど、どうしてですか? わたしが足手まといだからですかっ?」
「いやそういうわけじゃないけどさ、僕はニーナのことが心配なんだ」
ニーナは捨てられた子犬のような目で僕をみつめている。
「この村にニーナが残ってくれると僕は安心できるんだよ」
「で、でもわたし、クズミンさんと一緒にいたいですっ。も、もしわたしに何かあっても見捨ててくれて構いませんっ。ですからクズミンさんと一緒にいさせてください、お願いしますっ」
「もう一人になるのはいやなんです!」とニーナは声を張り上げた。
目に涙を浮かべ懇願するニーナ。
その姿を目の当たりにして僕は決心が鈍りそうになる。
「う~ん……」
この後ニーナは一言も喋ることはなく、僕は結局この日結論を出すことは出来なかった。
村の空き家に一泊して翌朝。
「おはようニーナ」
「……おはようございます」
ニーナは僕の挨拶に小さくうなずく。
目の下にはクマが出来ていた。
「眠れなかったの?」
「……寝ている間に置いていかれるかと思ったので」
とニーナ。
もしかしたら一晩中起きていたのかもしれない。
「いいよ、ニーナ。僕と一緒に行こう」
「えっ、いいんですかっ!」
僕は一晩考えてそのような結論に達していたのだった。
「ああ。でも危なくなったらすぐ逃げるんだよ、いいね?」
「はいっ」
ニーナはさっきまでとは打って変わって元気よく答える。
「じゃあ改めて、これまで通りよろしくニーナ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
僕たちは握手を交わすと、お互いににこっと笑うのだった。