目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話

 マリンが身をひそめているセンダン村までの道のりは長く遠い。

 悠長にしているとマリンに逃げられる可能性もある。

 そこで僕とニーナは、リンドブルグの町からセンダン村の一番近くにあるというサラニアの町まで、乗り合い馬車を利用することにした。

 乗り合い馬車には他に老夫婦とその孫娘らしき少女が乗っていた。

 僕の素性は知らないようだったので、僕たちは世間話を交わし、和やかに時を過ごしていた。

 馬車に揺られながら僕は老夫婦と他愛もない話で盛り上がる。

 少女はニーナと気が合ったようですぐに打ち解けた。

 用意していた昼ご飯をお互いに交換し合って満腹になったのか、少女とニーナは眠りにつく。


 リンドブルグの町を出て三時間ほど経った頃だろうか、突然馬がいななき馬車が急停止した。

 何事かと僕は馬車の窓から顔を出した。

 すると、御者の男性が慌てた様子で逃げていくのが見えた。

「ん、どうしたんだ?」

「クズミンさん、何かあったんですか?」

 いつの間にか起きていたニーナが僕に訊いてくる。

 振り返ると、老夫婦と少女も不安げな顔で僕をみつめていた。

 僕が肩をすくめてみせた時、

「おら、クズミンとかいう奴は出てこいっ!」

 外から野太い声が聞こえた。

「中にいるのはわかってるんだぞっ!」

 僕を名指しして呼びかけていることから、どうやら僕の素性がバレてしまっているらしい。

 おそらくは僕を狙う賞金稼ぎが現れたのだろう。

 やはり髪を隠すくらいの変装では不充分だったようだ。

「クズミンさん……」

「ごめん、ちょっと行ってくる」

 ニーナにもたまたま乗り合わせた三人にも迷惑をかけるわけにはいかない。

 僕は賞金稼ぎの指示通り、馬車のドアを開け地面に降り立った。

「おお、ずいぶんと聞き分けがいいじゃねぇか」

「へっ、こんな弱そうな奴が金貨十枚とはな。ボロい商売だぜっ」

 賞金稼ぎはいかつい顔をした男二人組だった。

 大きな剣を手にして僕を小馬鹿にするような目でじろじろと見てくる。

 どこで僕の正体がバレたのだろうか。

 リンドブルグの町からつけられていたのだろうか。

 考えていてもらちが明かないので、いっそ訊いてみることにした。

「なぁあんたたち、僕がこの馬車に乗っていることどうしてわかったんだ?」

「あん? てめぇにゃ関係ねぇだろっ」

「まあ待てコザック。冥途の土産に教えてやろうじゃねぇか」

 小柄な方の賞金稼ぎはそう言うと僕に向き直る。

「さっき逃げてった御者の男が知らせてくれたのさ。あいつにはたんまり貸しがあるからな」

「逃げたのも後で疑われないようにするためのただのフリだぜ。きっとその辺に隠れてやがるはずさ」

「ふーん、そうだったのか。っていうか訊いておいてなんだけどそんなこと僕に話しちゃっていいのか?」

「へへっ、構うもんかよ。どうせお前は……ここで死ぬんだからなっ!」

 大柄な方の賞金稼ぎが大剣を振りかぶり僕に向かって駆け出した。

 目の前まで来ると「スキル、必殺剣っ!」と大剣を勢いよく振り下ろす。

 僕はその剣撃を難なくかわすと、大柄な賞金稼ぎのあごに掌底をお見舞いした。

 首が九十度曲がり、大柄な賞金稼ぎは膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。

 かなり手加減したから死んではいないと思うが、たとえ死んでいたとしてもそれは自業自得というものだ。

 殺そうとする人間は当然殺される覚悟もあるはずだからな。

「な、な、なっ……!?」

 あっさりと仲間がやられたことで小柄な賞金稼ぎが言葉にならない声を上げる。

「お、お前、Eランクの冒険者のはずだろっ……コ、コザックはレベル七二だぞっ。Aランク冒険者にも匹敵するほどの強さなんだぞっ……!」

「そう言われてもなぁ。僕の方が強いってことだろ」

「なっ、ふ、ふざけるなっ!」

 小柄な賞金稼ぎは剣を投げ捨てると「スキル、銃具現化っ!」と唱えた。

 直後手の中に大型の拳銃が出現する。

 その上でそれを僕に向け発砲した。

 ズドンッ!

 だが、僕はその銃弾を右手で受け止める。

「痛っ」

 手の平に少しだけ痛みが走り、見ると右の手の平には血がにじんでいた。

「な、な、なんなんだお前はっ……!? どうして無傷なんだっ……!」

「無傷じゃないよ。ほら見ろ、血が出てるじゃないか」

「う、うわあああぁぁぁーっ!!」

 恐怖で顔が引きつる小柄な賞金稼ぎ。

 持っていた大型の拳銃を撃ちまくる。

 僕はそれらを手ではじきながら、小柄な賞金稼ぎの前まで走り出た。

 そして、

「痛いだろうが、この野郎っ」

 小柄な賞金稼ぎの顔面を殴り飛ばした。

 豚の叫び声のような奇声を発して、小柄な賞金稼ぎが遠くへ吹っ飛んでいく。

「……まったく」

 血がほんの少したらりと垂れている手を振り払うと僕は馬車へと戻った。

 老夫婦は驚きの顔を僕に向けたが、少女は興奮した様子で「お兄ちゃん、強いんだねっ」と顔をほころばせていた。

「クズミンさん、大丈夫でしたかっ?」

「うん、まあね」

 その後しばらく待ったが、御者の男性が戻ってくることはなかった。

 おそらく、どこかから賞金稼ぎたちが僕に返り討ちになるところを見ていて、本当に逃げ出してしまったのだろう。


 御者の男性がいなくなったことで僕たちは立ち往生してしまっていた。

 すると、

「仕方ないのう。私が代わりにやってやろうじゃないか」

 おじいさんが口を開く。

「あら、おじいさん本気ですか?」

「おじいちゃん、お馬さん動かせるの?」

 おばあさんと孫娘の少女がおじいさんを見た。

「何を言っておる。私は若い頃は御者をやっていたこともあるんじゃ、問題ないよ」

 おじいさんはそう言うと「よっこらせ」と御者台に上がった。

「あの、お任せしても大丈夫なんですか?」

「ああ。ニーナちゃんもクズミンくんも大船に乗ったつもりでいなさい」

 問いかけるニーナに、おじいさんは振り返って、年の割に健康的な白い歯を覗かせると手綱を握る。

 そして、

「はいよ~っ」

 おじいさんは威勢よく馬車を出発させたのだった。


 おじいさんは有言実行、見事サラニアの町まで馬車を走らせることで、昔取った杵柄は今でも充分通用するのだということを証明してみせた。

 それにより、僕たちは予定より一日も早くサラニアの町に到着することが出来たのだった。

「ありがとうございました」

「お世話になりました」

 おじいさんたちに僕とニーナはそれぞれお礼を言って別れると、サラニアの町で食事をしてから目的地であるセンダン村へと向かう。

 センダン村にはマリンが身をひそめているはずだ。

 僕は、はやる気持ちを抑えニーナとともに山奥にあるというセンダン村を目指し歩を進めた。


 急勾配の山道を上りながら、襲い来るモンスターを撃退しつつ、僕たちは山奥へと入っていく。

 もちろんニーナの体力を考慮して休み休みだ。

 三十分ほどすると傾斜がなだらかになり、そこからさらに三十分くらい歩いたところで前方に人影が見えた。

「クズミンさん、あれって村じゃないですか?」

「ああ、そうみたいだな」

 センダン村の入り口らしき門の前に、槍を持った体格のいい男性が二人、僕たちを待ち構えているようにして立っている。

 僕たちはゆっくり近付いていくとその男性たちに話しかけた。

「すみません、ここってセンダン村ですか?」

「そうだがお前らは何者だ?」

 つっけんどんなもの言いで訊き返してくる男性たち。

 山奥の村なので外界の者を警戒しているのだろうか。

「えっと、僕はクズミンという冒険者です。それでこっちは仲間のニーナといいます」

 山奥だし僕のことなど知らないだろうと思い本名を名乗る。

 だがしかし、

「ほう、貴様がクズミンか。お尋ね者にしては弱そうだな」

「まあ、こいつを殺して金貨十枚なら儲けものだろ」

 男性たちは僕の素性を知っていた。

 槍を構え戦闘態勢をとる男性たち。

「ニーナ、僕の後ろにっ」

「は、はい」

 僕は素早くニーナに指示を出すと男性たちを見据えた。

「あんたたち、賞金稼ぎか?」

「いや、ちょっと違うな」

「オレたちはマリンに雇われた傭兵だ」

「何っ……?」

 マリンに雇われた傭兵だと……?

 ……どういうことだ?

「マリンはな、クズミンってパーティーの元メンバーが自分を狙ってるってことでオレらを金貨十枚で護衛役として雇ったんだよ。しかもそいつは金貨十枚の賞金首だって言うじゃないか」

「つまりお前を殺せばオレたちは金貨二十枚手に入るってこった」

 目の前の傭兵たちは僕を指差してけらけらと笑う。

「なるほど、あんたたちはマリンの味方ってわけか……そっか、わかった」

「あ? 何がわかったんだ?」

「自分の命がここまでってことかぁ?」

「……いいや、あんたたちが僕の敵だってことがだ」

 言うが早いか、僕は向かって左側にいた傭兵の槍をいなすと、そのまま傭兵の首に四本の指を差し込んだ。

「ぐはぁっ……!」

 さらにその指を引き抜くと、今度は血だらけのその手で右側の傭兵の首を掴む。

「うぐぅっ……!?」

 ぐぐぐっと万力のように腕に力を込めていく僕。

 それにともなって傭兵が苦しそうにもがく。

 傭兵は僕の手を必死にはがそうとするが、その力はだんだんと弱くなっていった。

 そして次の瞬間、首の辺りから鈍い音がしたかと思うと、傭兵の頭部がだらんと垂れた。

 時間にしてわずか六秒、僕は二人の傭兵の息の根を完全に止めてみせた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?