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第9話

「わぁ、ここがリンドブルグの町ですかぁ~」

 ニーナがきょろきょろと町の様子を眺めながら、独り言のようにつぶやく。

 僕たちはリンドブルグの町にようやくたどり着いていた。

 リンドブルグの町はかなり大きく、それに比例して人の数もとても多かったので、小さな村出身のニーナが驚くのもうなずける。

 かく言う僕も、こんなに大きな町に来たのは初めてだった。

 これだけ人がいては僕が賞金首だということに気付く者も現れかねない。

 そうなる前に早いところ凄腕の占い師とやらに会いに行かなくてはな。

 すると、

「あ、あの、すみません。この町に探し物の場所を教えてくれる占い師さんがいるって聞いたのですけど、知りませんか?」

 道行く女性にニーナが声をかけた。

 僕を気遣っての行動だろう。

「あー、ナシババさんねもちろん知ってるわよ、有名だもの。この道を真っ直ぐ行った突き当たりにある怪しげなお店がナシババさんの占いの館よ」

「あ、ありがとうございますっ」

「でもあなたたちだと多分無理なんじゃないかしら」

「え、無理?」

 ニーナは首をかしげる。

「あっ、ごめんなさいね。なんでもないわ、じゃあねっ」

 口を押さえいそいそと去っていく女性。

 気になる言葉を残していったがなんだったのだろう……?

 僕とニーナは訳が分からずお互いに顔を見合わせ眉をひそめたが、その理由は占いの館に着くとすぐに明らかになった。


「えっ、金貨百枚ですかっ!?」

「ああ、そうじゃよ。わしに人探しをしてもらいたかったら金貨百枚じゃ」

 テーブルを挟んで対面の椅子に座る老婆が面倒くさそうに言う。

 ちなみにこの老婆が占いの館の主のナシババさんだ。

「お主ら金貨百枚持っとるか? 持っとらんのならさっさと立ち去るがよい」

 しっしっと言わんばかりに手をひらひらと振るナシババさん。

「金貨百枚っていくらなんでも……」

 金貨百枚と言ったら十年は遊んで暮らせる額だ。

 僕の現在の手持ちの金貨は四枚。

 とてもじゃないが百枚には遠く及ばない。

「あの、金貨四枚でなんとかなりませんか?」

 無理を承知で訊ねてみるが、ナシババさんはテーブルの上の水晶玉を布巾で磨きつつ、

「馬鹿言うんじゃないよ。わしをなめとるのか? 若造が」

 僕をにらみつけてきた。

「す、すみません……」

 思わず謝る僕。

「クズミンさん、どうしますか?」

 隣に座っていたニーナがこそっと耳打ちしてくる。

 不安そうな顔を僕に向けてきていた。

「うーん……」

 まいったな……ライドンとマリンの居場所を探し当ててもらうつもりだったのに、当てが外れてしまった。

 お金を稼ごうにも僕はお尋ね者なのでそれもままならない。

 どうするか……?

 僕が頭を悩ませていると――

「若造、お主もしやクズミン・アルバラードか?」

 ナシババさんが突如口にした。

「えっ……!?」

 予期していなかった言葉に僕は頭が真っ白になる。

「い、いや。えっと僕はそんなことはなくてっ……」

 なんとかごまかそうとする僕に、

「隠さんでいいわい。そこの嬢ちゃんがさっきそう呼んだじゃろうが」

 すべてを見通すかのような目でナシババさんが言った。

 さっきのささやき声が聞こえたのか……?

 年寄りのくせして結構な地獄耳だ。

 バレてしまったからにはと席を立とうとする僕にナシババさんは、

「これ、待たんか。別にお主をどうこうする気はないわい。とにかく一旦座りな」

 再度椅子に座るよう促す。

「え?」

「わしは相手がお尋ね者だろうが一向に構いやしないよ。金さえ払ってくれればね」

「……い、いや、でも僕たち金貨百枚なんて持っていませんよ」

「そんなことはわかっとるわい、わしの話を最後まで聞かんか。よいか、お主Eランクの冒険者らしいがCランクの冒険者を殺したってことはそれなりに強いんじゃろ?」

 言いながらくぼんだ目をぎろりと僕に向けるナシババさん。

「は、はぁ……」

「そこでじゃ、お主に一つやってもらいたいことがある」

「僕に……?」

「もしわしの頼みを聞いてくれたら金貨百枚はチャラにしてやってもよいぞ」

「えっ、本当ですかっ?」

「どうじゃ、聞いてくれるか?」

 金貨百枚なんて今の僕にはとても用意出来ない。

 ナシババさんの頼みが何かはわからないが、それでライドンとマリンの居場所を探し出してもらえるのなら、やらないという手はない。

「は、はいっ。やります」

「そうかそうか、お主ならそう言ってくれると思っとったよ」

「それで僕は何をすればいいんですか?」

「ほっほっほ。なあに、簡単なことじゃ」

 ナシババさんはそう前置きすると、

「北の森に棲むドラゴンを倒してそのドラゴンの角を取ってくるだけじゃよ」

 底意地の悪そうな顔でにやりと笑うのだった。


「ドラゴンの角、ですか?」

「そうじゃ。ドラゴンの角を持ってきたら金貨百枚払わずとも人探しに力を貸してやるぞい」

 ナシババさんは楽しそうに言う。

「ドラゴンの角はギルドで高く買い取ってもらえるからのう、それでチャラにしてやるわい。とはいえドラゴンはSランク冒険者でも手こずるモンスターじゃからな、お主では殺されるのがオチじゃろうて。ほっほっほ」

「北の森のドラゴンを倒してその角を持ってくればいいんですか?」

「そうじゃよ。お主はさっきその口でやると言ったはずじゃぞ、今さら出来ませんは通らんぞい」

 とナシババさん。

「もし断ると言うのならお主の正体をバラすだけじゃ」

 ナシババさんは口角を上げ不敵な笑みを見せた。

 うーん……どうやらこの人はかなりねじ曲がった性格の持ち主らしい。

「ほれ、どうするのじゃ? やるのか、やらぬのか、はっきりせい」

 身を乗り出し詰め寄ってくるナシババさんをよそに僕はニーナに向き直る。

「ニーナ、さっきのドラゴンの角出してくれる?」

「はい、わかりました」

「んん? 何を言っとるんじゃ、お主ら……」

「はい、どうぞ」

 ニーナは怪訝な顔をしているナシババさんの前に、さっき手に入れていたドラゴンの角をそっと置いた。

「? これはなんじゃ?」

 目をぱちくりしているナシババさんに「北の森のドラゴンの角ですけど」と僕が説明する。

「な、ど、どういうことじゃ??」

 ナシババさんは理解が追いつかない様子。

「お、お主、まさか北の森のドラゴンを倒したのか……?」

「はい。ついさっき倒してきました。触って確認してもらってもいいですよ」

 僕の言葉を受けて、ナシババさんがドラゴンの角を持ち上げる。

「ほ、本物じゃ……お、お主、一体……?」

「ニーナありがとう。ニーナのおかげで金貨百枚分チャラになったよ」

「はいっ。わたしも嬉しいです」

「さあ、約束ですよ。今度はこっちの頼みを聞いてもらいますからね、ナシババさん」

「お、お主は一体何者なんじゃ……ま、まあ約束は約束じゃからの、ただで人探ししてやるわい」

 悔しそうに言うと、ナシババさんはテーブルの上にあった水晶玉を床に置いた。

「あれ? その水晶玉使わないんですか?」

「これはただの雰囲気作りじゃ。わしのスキル、サーチにはこんなもの必要ないわい」

 ナシババさんは僕の目をじっとみつめてくる。

「それで誰を探せばいいんじゃ?」

「えっと、Bランク冒険者のライドン・アルマーニとCランク冒険者のマリン・スコティッシュを探してほしいんですが」

「ん、これ、待て待て。わしは金貨百枚分をチャラにすると言うたのじゃぞ。二人探すなら金貨は二百枚じゃぞい」

「え? そうなんですかっ?」

「当然じゃろ」

 ……想定外だ。

 一人につき金貨百枚とるのか。

 この老婆、なかなかがめついな。

「ど、どうしますか? クズミンさん」

 ニーナが顔を寄せてくる。

「うーん、そうだなぁ……」

 ライドンかマリンか、居場所を探れるのは一人だけか。

 より復讐したいのは僕の足を平然と斬り落としたライドンだが、ライドンは自尊心の強い性格からして僕から逃げ回ることを嫌うはず。

 一方のマリンは慎重な性格だから、一度身を隠したら二度と僕の前には姿を見せないだろう。

 二人が一緒にいるという可能性も充分あることだし、ここは……。

「ほれ、どうするんじゃ?」

「じゃ、じゃあCランク冒険者のマリン・スコティッシュの居場所を教えてください」

「あい、わかった」

 言うなりナシババさんは「スキル、サーチ」と唱えた。

 そして目を閉じ「ふんふん……」と何やらうなずいている。

 一分ほどそうしていただろうかナシババさんは突如カッと目を見開き、

「その者はセンダン村にいる」

 そう断言したのだった。


 ナシババさんに別れを告げると、僕たちは水と食糧を買い込んで、リンドブルグの町をあとにすることに。

 僕の正体がバレないように、ニーナが買い物を率先して引き受けてくれたので、僕は町の入り口でそれを待っていた。

 少しして、

「お待たせしましたー」

 ニーナが駆けてくる。

 パンパンに膨らんだバッグを見るに相当な量の水と食糧を買ってきたのだろう。

「ニーナありがとう。重かっただろう。入るだけ僕の皮袋に詰め替えよう」

「ありがとうございます、クズミンさん」

 僕はニーナのバッグから水の入った水筒を僕の皮袋へと移し替える。

「あ、それとセンダン村の場所も訊いてきましたよ。ここからずっと西に行った山奥にあるそうです」

「そっか、ありがとう。ニーナがいてくれて助かるよ」

「えへへ、そんなことないですよ」

 嬉しそうに微笑むニーナ。

 つられて自然と僕も笑顔になる。

 はたから見たら僕たちが復讐の旅の途中だとは誰も思わないだろう。

「さて、じゃあセンダン村とやらに向かおうか」

「はい、行きましょう」

 こうして旅支度を済ませた僕たちは一路マリンのいるセンダン村へと旅立つのだった。

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