「おりゃあっ」
僕はオーガに向かって飛びかかると、顔面を思いきり殴りつけた。
その衝撃でオーガの首の骨が折れたのか、首がぐるんと回転しそのまま地面に沈む。
「ニーナ、伏せてっ」
続けざま、僕は地面を蹴って跳び上がると、ニーナを背後から襲おうとしていたオーガを蹴り飛ばした。
体長二メートル以上ある筋骨隆々の人型モンスターであるオーガが、後ろに吹っ飛んで大きな岩に激突し白目をむく。
「あ、ありがとうございます、クズミンさん」
「大丈夫だった?」
「はい」
僕とニーナは、岩山の一本道で二体のオーガに前後を挟まれてしまっていたのだが、僕はニーナを守りつつ、それらを撃退することに成功した。
オーガはライドンたちと一緒にいた時に一度だけ遭遇したことがあった。
その時は一体のオーガに対してライドンとチェゲラとマリンの三人がかりで相手をした。
僕はあまりの力量差に戦闘に参加することも出来ず、ただ岩陰に身を隠していた。
三十分ほどの死闘の末、なんとかライドンたちは勝利をもぎ取ったが、それから三日間三人は宿屋で休養を余儀なくされたことを覚えている。
そんな強敵だったはずのオーガを、今の僕は一撃で倒すことが出来るまでになっていた。
「すみませんクズミンさん、足を引っ張ってしまって……」
「そんなことないから気にしないでいいよ」
申し訳なさそうにするニーナの頭にぽんと手を置く。
「それに今の僕はお尋ね者だからね、どっちかというと迷惑かけてるのは僕の方だよ」
「い、いえ、そんなことないですっ……」
ニーナは必死に首を振り否定するが、僕がニーナに迷惑をかけているのは事実だ。
僕より体力の劣るニーナを僕の私怨のためだけに連れ回しているのだからな。
本来ならどこかの町でニーナにはお金を渡して別れた方がいいのかもしれないが、ニーナがそれを望んでいない以上無理強いは出来ない。
僕は復讐を果たした後のことはまだ何も決めていないが、ニーナのことを第一に考えて生きようと思う。
「さあ、行こうか」
僕が歩き出そうとすると、
「あ、ちょっと待ってください」
ニーナはそう言ってオーガのもとに走っていく。
そしてオーガの耳をナイフで切り落とすとバッグの中にそっと入れた。
「ニーナ、さっきも言ったけどそれ持ってても多分売れないと思うよ」
「わかっていますけど、やっぱりもったいないので……」
ギルドで換金してもらうためには冒険者カードの提示が必要だが、僕はお尋ね者になってしまっているので、冒険者カードを提示した瞬間僕の身元はバレてしまう。
そうなればギルド内の冒険者たちに囲まれて換金どころではなくなってしまうだろう。
下手すればマーレの城下町の時と同じようにギルドの職員に狙われる可能性だってある。
そう説明したのだが、それでもニーナはここに来るまでにも僕が倒したモンスターの耳をすべて回収していたのだった。
「もしかしたら役に立つかもしれないので」と言って。
うーん……もったいないという精神は立派だが、徒労に終わると思うんだけどなぁ。
岩山を抜け出て、僕とニーナは東の国境までやってきていた。
しかしリンドブルグの町が見当たらない。
そこで僕たちは国境沿いにあった関所の門番に話を訊くことにした。
関所まで近寄っていき、
「すみません、リンドブルグの町ってこの辺りにあるって聞いたんですけど」
大きな門扉の前に陣取っていた門番の男性に僕は話しかける。
「ん? あー、リンドブルグならここからずっと南に下っていったところにあるぞ」
門番の男性はつまらなそうに返した。
「南ですか、ありがとうございます」
変装のおかげか僕の正体はバレてはいないようだ。
でもいつ気付かれるかわからない。
なので早々に立ち去ろうとすると、
「あー、ちょっと待てっ」
門番の男性に呼び止められる。
「は、はい。なんですか?」
「お前たち、リンドブルグに行くのか?」
「ええ、まあ……」
「だったら遠回りした方がいいな。真っ直ぐ南に行くと大きな森が広がっているんだが最近そこでドラゴンを見たって目撃情報があったからな」
「ドラゴン……ですか?」
「ああ」
ドラゴン。噂には聞いたことがあるが見たことはない、最強クラスのモンスターだ。
「お前、冒険者か? ランクは?」
門番の男性があごをしゃくって訊いてきた。
「……Eランクですけど」
「Eっ!? おいおい、そんな奴がなんでこんなところにいるんだっ? この辺にはオーガも出るんだぞ、お前なんかオーガに出遭ったら一瞬で殺されるぞっ」
「はぁ……」
そのオーガならばついさっき返り討ちにしてやったところだが。
まあ、最下級ランクの冒険者相手だとそれも当然の反応か。
「ドラゴンは少なくともAランクの冒険者が三人、いや四人はいないと話にならないからな。間違っても森を突っ切ろうとなんてするなよ。お前たち百パー死ぬぞ」
「はぁ、わかりました」
「あのう、ちなみに森を避けて遠回りするとどれくらい時間がかかりますか?」
ニーナが控えめに手を上げて質問する。
「ん、そうだな~、なんせでかい森だからな……二日は余計にかかるんじゃないか」
とのことだった。
門番の男性にお礼を言いその場を離れると、僕たちは歩きながら顔を見合わせる。
「森を避けて遠回りすると二日余計にかかるみたいだな」
「そうですね」
「どうしようか?」
「う~ん、どうしましょうか」
僕たちが心配しているのは水と食糧のことだ。
ドドーラの町を出る時、リンドブルグの町までは三日でたどり着けると聞いていたので、三日分の水と食糧しか買っていなかった。
だから既に三日が経過している今、もうどちらも底をつきかけているのだった。
僕一人なら迷わず森を突っ切るのだが……。
すると、
「クズミンさんならたとえドラゴンが現れても倒せるんじゃないですか?」
ニーナが僕の顔を覗き込んで言った。
「うん、まあ多分勝てると思うけど……ニーナはドラゴン怖くないの?」
「クズミンさんと一緒ならわたしは平気ですよ」
とニーナ。
おそらく僕に気を遣って気丈に振る舞っているのだろう。
ニーナがいる以上安全策をとった方がいい気もするが、既に三日間歩き通しなのに、その上さらに二日間ニーナを飲まず食わずで歩かせるわけにもいかない。
「じゃあ、森を抜けていこうか?」
「はい」
こうして僕たちはドラゴンが目撃されたという森に向かうことにした。
国境沿いを南下していくと広大な森が僕たちの行く手を塞ぐ。
何やら不気味な雰囲気のするその森を前にして、
「もしもドラゴンが出てきたらすぐに隠れるんだよ」
ニーナに話しかける。
「はい、わかりました」
ニーナは緊張した顔で一つうなずいた。
僕たちは森へと足を踏み入れる。
森の中は大きな木々がうっそうと生い茂っていて、日の光があまり差し込んできておらず、薄暗く肌寒かった。
そんな森の中を僕もニーナも慎重に進んでいく。
いつドラゴンが姿を現すかと僕たちは気を張っていたが、そのような気配は一切なく、二時間ほど歩いたところで森の出口が見えてきた。
「ドラゴン、出てきませんでしたね」
「うん、そうだね」
森が予想以上に広かったせいか、僕たちはドラゴンはおろか他のモンスターにも遭遇することはなかった。
ニーナはどうかわからないが、僕は正直拍子抜けしていた。
Aランク冒険者でも一人ではまったく歯が立たないようなドラゴン相手に僕がどれだけ戦えるのか、少しだけ楽しみにしていたふしもあったのだが。
「まあ、いないならいないでそれに越したことはないか……」
「はい、そうですね」
と微笑み合ったその時だった。
『ギャアアアァァァオ!!』
モンスターのけたたましい鳴き声が森中に響き渡った。
その声を受け、鳥たちが一斉に飛び立っていく。
「クズミンさんっ」
「ああ、ドラゴンだ。ニーナは僕の後ろに」
隣にいたニーナをかばうようにして手を伸ばすと、僕は辺りを見回した。
姿は見えないが、今のびりびりと大気が震えるような威圧感のある叫び声はドラゴンのものに違いない。
すると、
「クズミンさん、上ですっ!」
『ギャアアアァァァオ!!』
ドラゴンの咆哮が次の瞬間、頭上から降ってきた。
顔を上げると、大きな翼を広げた緑色のドラゴンが、僕を射殺すような目でにらみつけている。
僕と一瞬目が合ったドラゴンは、翼を大きくはためかせ突風を巻き起こした。
見えない攻撃が襲い来る。
「ぐあっ」
「きゃあっ!」
僕はニーナの盾になってそれを受けた。
風が止んでから体を見ると、無数の切り傷がついている。
風の刃のようなもので斬り裂かれたらしい。
「ニーナ、あの木の陰に隠れててっ。僕はドラゴンを倒すっ」
「は、はいっ」
ニーナが駆け出していく。
ドラゴンは逃げたニーナには目もくれず僕をじっと見据えていた。
「今度はこっちの番だっ」
僕は地面を蹴ってドラゴンの正面にまで跳び上がる。
そしてドラゴンの顔面に右拳を――
『ギャアアアァァァオ!!』
撃ち込もうとした瞬間、ドラゴンが大きな口を開け炎を吐いた。
「うおっ……!?」
「クズミンさんっ!」
炎に飲み込まれ地面に落下する僕。
「クズミンさんっ!」
「だ、大丈夫っ。ちょっと驚いただけだからっ」
これは強がりなどではなく本当のことだ。
実際に大したダメージは受けていない。
すんなり立ち上がった僕を見て、ドラゴンが追撃のため急降下してきた。
僕は勢いのついたドラゴンの突進を左手で受け止めると、
「ぐぅっ……この、これでもくらえっ!」
ドラゴンの額を全力を込めた右拳で撃ち抜く。
『ギャアアアァァァ……!!』
僕の一撃はドラゴンの額を突き破った。
脳まで達していたのか、ピンク色の内臓のような物体が飛び散り、黒みがかった血液が大量に噴き出る。
断末魔の叫び声を上げたドラゴンは力なく地面に横たわった。
体長五メートル以上もの巨体が倒れ地響きが起こる。
「クズミンさんっ」
それを見てニーナが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、クズミンさんっ?」
「ああ、問題ないよ」
多少の切り傷と火傷は負ったが、最強クラスのモンスター相手にこの程度の傷で済めば上出来だろう。
その後ニーナはドラゴンの耳を切り取ろうとしたがドラゴンには耳がなかったので、仕方なく角を切り落とすことにした。
しかしドラゴンの角はさながら鋼のように硬く、ニーナの持っていたナイフではまったく歯が立たなかったので、僕がドラゴンの角を二本とも折ってニーナに手渡した。
「あ、ありがとうございます、クズミンさん」
「さてと、じゃあもうひと踏ん張り頑張って歩こうか」
「はいっ」
僕とニーナは疲れた体に鞭打って、凄腕の占い師がいるというリンドブルグの町を目指すのだった。
リンドブルグの町まであとわずかだ。