僕たちは【サーチ】というスキル持ちの占い師に、ライドンとマリンの居場所を教えてもらうため、リンドブルグの町を目指してただひたすら歩いていた。
ニーナはもちろん、僕もリンドブルグの町には行ったことがないので、どれだけの日数がかかるかはわからないが、とにかくリンドブルグの町があるという東の国境へと向かって歩を進める。
道中、オークの群れに遭遇するも、僕はニーナを守りつつこれを返り討ちにした。
長旅になる可能性も考慮して倒したオークの耳を回収する。
その役目はニーナが買って出てくれたが僕も一緒に作業した。
その際、一応オークのお腹も切り開いてみたが、魔石をみつけることは出来なかった。
ちなみにニーナはこれまでにモンスターと戦った経験はないということだった。
モンスターとの戦いはすべて僕が引き受けることになるが、もとよりニーナを戦力として期待してはいなかったのでまったく問題はない。
適当な場所を探して野宿をし、一夜明けてから再び歩き始めると、少しして前方に大きなお城が見えてきた。
そこからさらに近付いていくと城下町が目に飛び込んでくる。
移動中に倒したモンスターたちの体の一部をギルドで買い取ってもらうため、僕とニーナはその城下町に立ち寄ることにした。
城下町に一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。
門をくぐった途端、にぎやかな音楽と人々の歓声が耳に入ってくる。
そばにいた花飾りを持った若い女性が、僕たちの姿を見て歩み寄ってくると、にこやかにその花飾りをニーナの頭に乗せた。
「ようこそ、マーレの町へっ」
「あ、ありがとうございます……」
恐縮するニーナをよそに僕はその女性に訊ねる。
「あの、すみません。僕たちこの町には初めて来たんですけど今日はお祭りでもあるんですか?」
まだ午前中だというのに、大人たちはみんなお酒を手にして陽気に騒いでいる。
子どもたちは子どもたちで、町のあちこちで楽しそうに歌いながら輪になって踊っていた。
「ええ、今日はアンリ王の誕生日なんですよ」
と女性。
「アンリ王?」
「はい。マーレ城の城主様です」
女性はお城を見上げて説明してくれる。
「アンリ王はそれは素晴らしいお方で町のみんなからとても慕われているんですよ。なので毎年アンリ王の誕生日にはみんな仕事を休んで町全体で盛大にお祝いするんです」
「へー、そうなんですか」
僕は相槌を打ちつつ一抹の不安を覚えていた。
町全体ってことはギルドも休みなんじゃないだろうか、と。
だがそれは杞憂に終わる。
この後ギルドを訪れたところ、ギルドは開いていて一人だけだがちゃんと職員もいた。
「いらっしゃいませ」
ギルドの職員の眼鏡をかけた男性が僕たちを出迎えてくれる。
「えっと、モンスターを何体か倒したので換金をお願いしたいんですけど」
「はい、かしこまりました。それでは冒険者カードとモンスターの体の一部をお見せいただけますか?」
丁寧な対応の男性職員。
「はい」
僕は皮袋からそれらを取り出すとカウンターの上に並べてみせた。
「それでは確認いたしますので少々お待ちいただけますでしょうか?」
「はい、お願いします」
「では少々お待ちください」
そう言うと、男性職員が僕の冒険者カードとモンスターの体の一部を持って奥の部屋へと入っていく。
僕が男性職員とやり取りしている間、ニーナは冒険者への依頼書が貼られた隣の壁を興味深げにずっと眺めていた。
ギルドはおろか村の外にもろくに出たことのないニーナからしてみれば、ギルドの中はとても物珍しく感じるのだろう。
僕がニーナのそんな姿を微笑ましく思ってみつめていると、
「あっ!」
ニーナが突如声を上げた。
「ん? どうかしたか? ニーナ」
「クズミンさん、こ、これ見てくださいっ」
ニーナが焦った様子で壁を指差す。
僕はニーナの指先を目で追った。
するとそこにはBランク冒険者向けの依頼書があり、その内容をよく見ると、Cランク冒険者チェゲラ・ガッチェリオを殺した犯人である、Eランク冒険者クズミン・アルバラードの捕獲(生死は問わない)と書かれていた。
「げっ、なんだこれっ!?」
僕はその依頼書を手に取ってくまなく読む。
と、
「……まずい。僕、賞金首になってるみたいだ」
どうやら金貨十枚相当の賞金首として僕は大陸中に手配されてしまっていたようだった。
「えっ、賞金首ですかっ?」
「うん……多分この分だと手配書も出回っていると思う」
「そんなっ」
よく考えれば人を殺して逃げたのだから手配されるのは当たり前のことだ。
ましてや、その犯人が仲間の冒険者を殺した冒険者だというのならなおのこと放っては置けない事案だろう。
するとその時、
「お待たせいたしました」
奥の部屋から男性職員が戻ってきた。
「こちら、お返しいたしますね」
と言って僕の冒険者カードを手渡してくる。
見た感じ男性職員は僕の素性にはまだ気付いてはいないと思われる。
「ではこちらオーク五体とホブゴブリン二体、オバケカワウソ二体で銀貨二十四枚になりますがいかがでしょうか?」
「あ、はい、大丈夫です」
僕は早々に会話を切り上げると銀貨を受け取り背を向けた。
「行こう、ニーナ」
「は、はいっ」
バレないうちにと僕たちは足早にギルドをあとにする。
バンッ。
ギルドを出ようと僕が扉に手を伸ばした時だった、後ろから大きな銃声が聞こえた。
と同時に僕は前のめりに床にどさっと倒れ込む。
「クズミンさんっ!」
「へ、へへっ……やった、やったぞっ。へへっ、賞金首を殺してやったぞっ」
男性職員の声。
さっきまでの上品な態度とは打って変わって下品な笑い声を上げていた。
「Cランクの冒険者を殺したっていうからちょっとビビったが、なんてことはない所詮はEランクの冒険者だったな。へへへっ」
「あ、あなた、よくもクズミンさんをっ……!」
ニーナが男性職員に掴みかかろうとするが、
「なんだお前、お前も賞金首かっ?」
逆に胸ぐらを掴まれて持ち上げられてしまう。
「は、放してっ……」
「だったらお前も殺してやるよ。こんなガキじゃ報奨金も大したことはないだぶふぅっ……!!」
男性職員はギルドの奥の部屋のドアを突き破って吹っ飛んでいった。
もちろん僕が殴り飛ばしてやったからだが。
「クズミンさんっ! い、生きていたんですねっ」
床に尻もちをつきながらも、僕を見上げて嬉しそうに顔をほころばせるニーナ。
「ああ、拳銃で撃たれたくらいじゃ死なないよ」
僕は手を差し出してニーナを立ち上がらせる。
「さっきの男性、もしかして殺しちゃったんですか……?」
「多分生きてると思うよ。かなり手加減したつもりだから」
「そ、そうですか」
ニーナは僕のことを思ってか、それとも男性職員のことを思ってか、安堵の表情を浮かべた。
優しいニーナのことだからその両方かもしれない。
「ただこれからはギルドでお金を稼ぐことは無理っぽいね。それに賞金稼ぎや冒険者が僕を狙ってくるかも……」
僕はニーナに顔を向ける。
「これまで以上に大変な旅になりそうだ。ニーナ、前にも訊いたけどもし僕と一緒にいるのが――」
「ずっと一緒にいますよ」
「え?」
「前にも言いましたけど、わたしクズミンさんとずっと一緒にいますよ。その気持ちはこの先も変わりませんから」
ニーナは怒気をはらんだような鋭い目つきで僕を見据えていた。
「ニーナ…………もしかして怒ってる?」
「ほんの少しだけ怒ってます……だからもう今みたいな寂しくなるようなことは言わないでください」
いつになくニーナが自分の感情を表に出して言う。
「……ごめん。もう二度と言わないよ」
僕の言葉にニーナはにっこりと笑った。
そして、
「それじゃクズミンさん、早く町を出ましょう。異変に気付いて誰か来ちゃうかもしれませんよ」
そう言うとニーナは僕の手を取り、駆け出すのだった。
マーレの城下町をあとにして、僕とニーナは一路東の国境にあるリンドブルグの町を目指す。
僕のせいで賞金稼ぎや依頼を受けた冒険者から追われる身となってしまったわけだが、ニーナは文句一つ言わないでいる。
それに関してはありがたいと思う反面、申し訳ないという気持ちもある。
もし仮にだが僕が捕まるような事態になった場合は、僕が無理矢理連れ回したことにしてニーナだけは守り抜こう。そう心に誓う。
「クズミンさん、誰も追ってきませんね」
隣を歩くニーナが後ろを振り返りながら言った。
「うん、そうだね」
マーレの城下町は王様の誕生日だとかでお祭り騒ぎだったので、僕の存在には誰も気付くことはなかったようだ。
だが唯一気付いたギルドの職員を殴り飛ばしてきてしまったので、バレるのは時間の問題だろう。
なので、マーレの城下町から少しでも離れておくに越したことはない。
「それにしても金貨十枚の賞金首か……面倒なことになったな」
身から出た錆ではあるが、身動きがとりにくくなってしまった。
これまでのようにギルドを利用することはもう出来ないので、お金を稼ぐ手段もなくなってしまったわけだ。
とはいえ手持ちのお金はまだ金貨四枚と銀貨が数十枚あるので、目的を果たすまでにおそらく足りなくなることはないと思う。
「ちょっとした変装くらいはしておくかな……」
「変装ですか?」
「ああ」
僕は皮袋からバンダナを取り出すとそれで口を覆ってみた。
「どうかな?」
ニーナに意見を求めると、
「どうって言われても……クズミンさんのままですよ」
困り顔で返されてしまう。
「それになんか盗賊さんみたいでちょっと怖いです」
「そっか」
「それよりもクズミンさんの髪の色は特徴的なので、髪を隠した方がいいんじゃないですか?」
ニーナが提案してきた。
「そう?」
「はい」
僕の髪の色はくすんだ銀色だ。確かにそう言われると、他に銀色の髪をした人はあまり見かけないかもしれない。
僕はバンダナの代わりに手拭いを取り出して、ニーナに言われるがまま、髪の毛を隠すようにそれで頭を覆ってみた。まるでターバンのように。
「これでどうかな?」
「わぁ、だいぶ雰囲気が変わりましたよ、クズミンさんじゃないみたいです。これまでは前髪で隠れていたおでこも見えますしなんかすっきりした印象ですよ。よく似合ってます」
「そ、そう。ありがと」
顔を隠すどころか全面に押し出している感はあるが、ニーナがそう言うのなら信じよう。
結論から言うと頭を覆い隠して正解だったようだ。
夜まで歩いてみつけたドドーラの町に立ち寄った僕とニーナだったが、誰にも顔を指されることなく町の中を自由に移動出来た。
宿屋にチェックインを済ませた時も、飯屋で食事をした時も、服屋でちゃんとしたターバンを買った時も、僕の素性がバレることはなかった。
さすがに手配書と捕獲依頼書が出回っているであろうギルドに行くのは勇気が要ったのでやめておいたが。
「案外バレないもんだな。ニーナのおかげだよ」
「えへへ、ありがとうございます」
ニーナは照れながらもそう返す。
出会った頃よりも幾分肌艶がよくなっていて、頬もややふっくらとして健康的に見える。
やはり村ではろくな食事を与えられていなかったのだろう。
「ニーナ、あそこの店で焼き鳥売ってるよ。ひと串もらおうか?」
「ええっ、まだ食べるんですか? わたしもうお腹いっぱいですよ」
「まあまあそう言わずに。宿屋に持って帰ってあとで食べればいいじゃないか」
「そ、そうですか。まあそれなら……」
しぶしぶ了承するニーナを置いて僕は焼き鳥屋に駆け出した。
翌朝、町の人にリンドブルグの町の場所を訊ねると、徒歩で三日ほどかかると言われた。
さらにそこまでには町も村もないので、もし行くのならきちんと準備をしていった方がいいと教えてもらう。
そこで、僕たちは三日分の水と食糧を買い込んでからドドーラの町を出発したのだった。