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第5話

「……さん、起きてください。クズミンさん」

 僕の体を優しく揺り動かしながら僕の名前を呼ぶ少女の声。

「クズミンさん、朝ですよ。クズミンさん」

「……んん? あー……ニーナ、おはよう」

「おはようございます、クズミンさん」

 僕の目の前にはニーナの顔があった。

 ニーナは昨日出会ったばかりの少女で、僕と一緒に旅をすることになった仲間だ。

「すみません、もう少し寝ていてもらおうかとも思ったんですけど今日中にバイラックの町に行くと言っていたので起こしちゃいました」

「ああ、うん。起こしてくれてありがとう」

 僕たちはバイラックの町を目指すことにしている。

 理由はライドンたちへの復讐を果たすためだが、そのことをニーナには伝えていない。

「じゃあ早速出発しようか」

「はい」

 しかし、旅の仲間になったわけだし、旅の目的は一応教えておいた方がいいかな。

 僕は少し迷ったものの思い切って話すことにした。

「ねぇ、ニーナ」

 僕は隣を歩くニーナに話しかける。

「はい、なんですか?」

「僕がなんでバイラックの町に向かっているか話してなかったよね」

「あ、はい。そうですね」

 ニーナは微笑みながら返した。

 昨日より元気そうで何よりだ。

「僕、実は冒険者なんだけどつい一昨日まで穿つ刃ってパーティーにいたんだ」

「穿つ刃、ですか?」

「うん。そんな有名なパーティーじゃないから知らないと思うけど」

「は、はい、すみません」

「いや、いいんだよ」

 ニーナはこれまで近くにある村の中でひっそりと暮らしてきたらしいからな。知るはずもない。

「ライドンとチェゲラとマリンっていう仲間と僕の四人のパーティーだったんだけど僕はその時すごく弱くてね、スキルも持っていなかったからいつもみんなの足を引っ張っていたんだ」

「そう……なんですか」

「その日もいつものように僕はみんなの役にも立てずに三人が倒したゴブリンの耳を回収していたんだ。するとその時ベヒーモスっていうとても強力なモンスターが現れてね、パーティーの中で一番強いライドンでも歯が立たない程のモンスターだったからみんな死を覚悟したんだよ」

「……そ、それでどうなったんですか……?」

 おそるおそるニーナは訊ねてくる。

「ライドンが僕の足を斬り落としたんだ」

「え……」

「自分たちが助かるために僕をおとりにしたんだよ」

「そ、そんな……」

 ニーナは両手を口元に当てた。

 もしかしたら、生贄としてモンスターに差し出された自分と似た境遇だと感じたのかもしれない。

「三人は逃げてそれから僕はベヒーモスに殺された」

「……え? で、でも、クズミンさんは今こうして生きて……?」

「うん。僕はスキルがないと思っていたんだけどどうやら死んでから発動するスキルだったらしくてね、以前よりもずっと強くなって生き返ることが出来たんだ」

「生き返った……? す、すごい……」

「そんな僕が心に誓ったことがある」

 僕はそう前置きするとニーナをみつめ再度口を開く。

「僕はライドンたちに復讐する」

「ふ、復讐……」

「ああ。家族のように思っていた三人に裏切られたからね、その報いは受けさせるつもりなんだ」

「……」

 ニーナは押し黙ってしまった。

 聞いていて気持ちのいい話ではないからな、当然と言えば当然か。

「こればっかりはニーナが止めても僕はやるよ」

 優しいニーナのことだからきっと反対するのだろうが、僕の意志は固い。

「そ、その三人はバイラックの町にいるんですか?」

「うん、多分ね」

「そうですか……」

 ニーナは考え込んでいる。

 もしかしたら僕と一緒に行動することを考え直しているのかもしれない。

「もし僕と一緒にいたくないのなら正直に言ってくれていいよ。バイラックの町で別れよう」

「……」

「僕は今金貨を四枚と銀貨を二十枚近く持っているからお金は半々にすればいい。それだけのお金があれば生活の基盤も築けるはずだから」

「……」

 ニーナは唇をかみしめて何も答えない。

 僕はその姿を見て、皮袋の中のお金を数え始めた。

 するとその時だった。

「わたし、クズミンさんと一緒にいたいですっ」

 急に立ち止まったニーナが声を大にして言った。

「え……?」

 僕も立ち止まり後ろを振り返る。

「わたし、クズミンさんと離れたくありませんっ。一緒にいさせてくださいっ」

「いや、でも、僕は三人に復讐するつもりなんだよ」

「はい」

「三人に復讐し終えるまでは旅をやめる気はないよ」

「わかってます」

 ニーナは決意のこもった目を僕に向けてきた。

「……僕はライドンたちを殺すかもしれない。それでもついてくる?」

「はい」

 ニーナは一つうなずくと僕の目をじっと見て離さない。

 僕以上に意志が固そうだ。

「そっか……わかった。じゃあもう何も言わないよ。一緒に行こう」

「はいっ」

 僕が伸ばした手をニーナが掴んだ。

 この時から、僕はニーナに対して家族以上の強い絆を感じるようになっていた。


 途中休憩を挟みつつ、僕たちは昼頃にバイラックの町にたどり着いた。

 バイラックの町には大きなカジノがあるので、町全体が妙な活気に満ち溢れていた。

「ニーナ、まずは宿屋を探そうか。それから服を買いに行こう」

「は、はい、わかりました」

 僕たちはバイラックの町に着くとすぐに宿屋へと向かった。

 そして、とりあえずチェックインを済ませるとシャワーを浴びる。

 ニーナは着替えを持っていなかったので僕の服を貸してやった。

「へー、似合うじゃないか」

「あ、ありがとうございます」

 シャワールームから出てきたニーナは、薄汚れた顔もぼさぼさだった髪も綺麗になっていて、まるで別人のようだった。

 僕の貸してあげた服はぶかぶかで全然サイズが合っていなかったが、逆にそれが可愛らしく見える。

「じゃあ次は服を買ってから食事にしようか」

「はい。あ、でもいいんですか? クズミンさんを裏切った三人は探さなくても……?」

 ニーナは僕の顔色を窺うように訊いてくる。

「もちろん探すけどまずは腹ごしらえをしなきゃね。今日はまだ何も口にしていないからさ、ニーナもお腹すいてるでしょ」

「あ、は、はい」

 恥ずかしそうにうなずいた。

 ニーナの言う通り、ライドンたちを早く探したい気持ちはあるが、一方でニーナのことも気にかかる。

 痩せこけた頬に細い手足、年齢の割に低い身長などを鑑みると、ニーナは村にいた間おそらく満足な食事を与えられていなかったと思われる。

 それに、町を歩いていたところ、通行人がニーナのボロ切れのような服や破れかかった靴を見て怪訝な表情を浮かべていた。

 ニーナもその視線には気付いていたはずだから、一刻も早く新しい服や靴を買ってあげたい。

「じゃ行こうか」

「はい」

 この後、僕たちは服屋に顔を出すとニーナの服や靴を買い揃えた。

 着替えの服や生活に必要と思われるものもいくつか購入し、それらを入れる大きめのカバンも買った。

 それから飯屋で食事を済ました僕とニーナは、飯屋の前で一旦別れることにしたのだった。

「僕はカジノに行ってライドンたちを探してみるからニーナは宿屋で休んでて」

「あの、よかったらわたしも探しましょうか?」

 ニーナはそう言ってくれるが、

「ニーナはライドンたちの顔知らないでしょ」

 と答える。

「そ、それはそうですけど……特徴を教えてくれればわたしも探します。二人で手分けして探した方が効率がいいはずですから」

「うーん……まあ、そうだね」

 ニーナの言うことももっともだ。

 バイラックは大きな町だからその方が僕も助かる。

「もちろんわたしがみつけた時はクズミンさんに知らせますから」

「わかった」

 僕はそう返すと、ライドンたち三人の特徴をニーナに話して聞かせた。


「……それからライドンは黒髪で短髪、チェゲラはスキンヘッド、マリンは金色の長い髪を後ろで結んでいるはずだ。三人とも二十歳くらいだと思う。大体そんな感じかな」

「わかりました」

「それじゃあ二手にわかれようか。僕はチェゲラがいそうなカジノを探すから」

「はい。わたしはお店を回ってきます」

 こうして僕とニーナは、それぞれ違う方向へと足を踏み出した。


 カジノまで足を運んだ僕は早速中に入ろうとする。

 だが、そこでカジノの出入り口にいた係の男性に止められてしまった。

「失礼ですが身分証を見せてもらえますか?」

「身分証?」

「ええ、当カジノは十五歳未満は入店できない規則ですので」

 カジノに年齢制限があるとは知らなかった。

「冒険者カードでもいいですか?」

「構いませんよ」

 僕は冒険者カードを係の男性に提示した。

 冒険者カードとは、冒険者になる時にギルドで作ってもらったカードで、身分証代わりになると聞いていた。

「はい、結構です。お通りください」

 係の男性が道を開けてくれる。

 どうやら問題なかったようだが、十五歳未満ということは十四歳のニーナはカジノには入れないってことだな。

 二手に分かれて正解だったか。

 僕はカジノに足を踏み入れると中を見回した。

 カジノの中はかなり広く、小気味の良い音楽が流れている。

 そこここにテーブルがあり、その周りに沢山の人が群がっていた。

 僕はカジノの中にいる人の顔を一人一人チェックしていく。

 喜怒哀楽、様々な表情を浮かべている人たちを見比べながら、僕はカジノ内を歩き続けた。

 ――探し回ること十分。

「……おかしいな」

 ライドンやマリンはともかく、ギャンブル好きなチェゲラはここにいるだろうと踏んでいたのだが一向にみつからない。

 当てが外れたか?

 そう思ったその時だった。

「よっしゃ! 当たったぜーっ!」

 少し離れたテーブルから男性の声が上がった。

 それと同時に周りにいた人たちからも歓声が上がり拍手が起こる。

 その男性の声は聞き覚えのある声だった。

 僕は振り向き、その声の主を確認する。

 !!

 次の瞬間、僕の瞳がとらえたのは、高笑いを浮かべながら若い女性とハイタッチを交わすチェゲラの姿だった。

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