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第3話

 近くにあるノゾーリアスの町に戻ったであろうライドンとチェゲラとマリンに復讐するため、僕はノゾーリアスの町に向かって歩いていた。

 ライドンたちがいるとすれば、ギルドか飯屋か宿屋といったところか。

 僕を見捨てて逃げてから半日近く経過しているので、もしかしたらもう次の町に移動しているかもしれないが、探してみる価値はある。


 ノゾーリアスの町に到着した僕は、まずギルドに赴いた。

 ライドンたちはいなかったものの、持っていたモンスターの耳と魔石を売り、金貨四枚と銀貨二十五枚を手にする。

 その後、ライドンたちが顔を出しそうな場所をしらみつぶしに探し回った。

 しかし、どこも一足遅く、ライドンたちをみつけることはかなわなかった。

 その代わり、防具屋で有力な情報を聞くことが出来た。

 防具屋の店主の話では、ライドンたちは東に向かうと言っていたそうだ。

 ノゾーリアスの町の東にはバイラックの町がある。

 そこには確か大きなカジノがあったはずだ。

 三度の飯よりギャンブル好きなチェゲラのことだ、きっと三人はそこに立ち寄るだろう。

 ……実は生きていた僕があとを追っているとも知らずに。

 僕は防具屋の店主にお礼を言うと、ノゾーリアスの町を出て、東へと歩を進めることにした。


 道中、レッドワームやホブゴブリン、オバケコウモリらと遭遇した僕は、それらを返り討ちにする。

 僕にとっては、Cランクの冒険者がそこそこ手こずる厄介なモンスターたちも路傍の石ころのようなものに過ぎなかった。

 既に金貨を四枚も持っていた僕は、耳や魔石の回収をせずに、モンスターの死体をそのまま放置して先に進む。

 圧倒的なまでの強さを手にしていた僕だったが、それでも一日中歩き通しというのは疲れる。

 僕は辺りが暗くなってきたところで野宿することを決めた。

 適当な大きさの木をみつけるとその下に腰を下ろす。

 皮袋からリンゴを取り出すと、服の袖で拭いてから一口かじった。

「うーん……」

 銅貨十枚支払って買ったリンゴにしては、いまいち美味しくない。

 まあ、それでもお腹が満たせればいいか、そう自分に言い聞かせ、また一口かじる。

 「……静かだなぁ」

 周りは見渡す限り草原が広がっていた。

 モンスターや獣の気配はまったくなく、虫の鳴き声だけが時折り小さく聞こえてくる。

 見上げればそこには満天の星空があった。

 「……さてと、そろそろ寝るか」

 リンゴを食べ終えた僕は、外套を毛布代わりにしてその場に寝そべる。

 強くなったことにより、モンスターや獣の襲来に怯える必要がなくなったので、火を起こすこともせず僕は眠りについた。


「……」

『……』

「……ん?」

 目を閉じて数分後、何かしら聞こえたような気がした僕は、そっと目を開ける。

「……ぇ」

『……ァー』

 耳を澄ますと、やはり何か聞こえる。

 遠くの方。おそらく人間の悲鳴とモンスターの鳴き声。

「悪いけど、僕は寝かせてもらうよ」

 他人と関わることに嫌気がさしていた僕は、その声を無視して再び目を閉じた。

 ……だが、気にしないようにすればするほど、僕の耳はその声に集中してしまう。

「……けてぇー!」

『……アアァァー!』

 声がより一層はっきりと聞こえた。

「助けて」と叫んでいるようだ。

 その声を耳にしてしまった僕は「……まったく」とつぶやくと、起き上がり、声のする方へと駆け出していた。


『キシャアアァァー!!』

「きゃあぁぁーっ!」

 声のもとにたどり着くと、そこには体長五メートルはありそうな巨大な蛇のようなモンスターがいて、少女の体にぐるぐると巻き付いた状態のまま、今にもその少女を頭から吞み込まんとしていた。

「はっ」

 僕は一足飛びでそのモンスターに飛びかかると、手刀でモンスターの首を切断する。

 頭部を失ったモンスターは、少女の体から力なくはがれ落ちた。

 少女は地面にへたり込み、肩で息をしている。

 見る限り、どうやら大きな怪我もなく無事なようだ。

 年の頃は十一、二歳といったところだろうか、お世辞にも綺麗とは言えない衣服を身に纏った、だがそれでいてどこか品のある顔立ちをした少女だった。

 夜遅くに何故少女がたった一人でこんな場所にいるのだろうという疑問はわいたが、これ以上関わりを持ちたくなかった僕は、その場から立ち去ろうとする。

 と少女は立ち上がって丁寧に頭を下げた。

「た、助けてくれて、ありがとう……ございました」

「いや、僕は別に……」

 純真無垢な青色の瞳にみつめられて、僕は気の利いたことも返せず、ただ小さく首を横に振る。

 人に素直に感謝を伝えられたことなど、十五年間生きてきて初めてのことだったので、僕は照れ隠しに頬を掻いた。

 だが少女の顔をよく見返すと、僕に対して口にした感謝の言葉とは裏腹に、どこか不安げな表情を浮かべていた。

 モンスターに食べられずに済んでよかったという喜びよりも、むしろ助かってしまってよかったのかというような複雑な――

「おめぇ、何してるだっ!」

 すると、そこへ男性の怒鳴り声が響いた。

 声のした方を振り向くと、クワを持った初老の男性がものすごい剣幕でこちらに駆けてきている。

 さらにその男性の後ろからは十人程の年配の男性と女性もやってきていた。

 皆一様に険しい顔をしている。

「おめ、なんてことをしてくれたんだっ!」

 先頭の初老の男性が僕に掴みかかってきた。

「ちょっ、なんなんですかっ?」

「なんだじゃねぇよっ! あ~あ、蛇神様を殺しちまって村に祟りがあったらどうしてくれるんだっ!」

「蛇神様……?」

 僕が眉をひそめると「「「そうだ、そうだっ!」」」と周りを取り囲んだ年配の男性と女性が口を揃える。

「いや、このモンスターがその女の子を丸呑みにしようとしていたから助けただけですよ」

 僕は地面に屍となって倒れているモンスターを指差し反論した。

 僕は人助けをしただけだ。

 感謝こそされても非難される筋合いはない。

 ところが、初老の男性たちはさらに食って掛かってくる。

「馬鹿野郎がっ! そのガキは蛇神様への生贄だっ! それを助けただとっ、ふざけんじゃねぇっ!」

「お前もお前だっ! お前が助けてなんて叫ぶからこんな馬鹿がしゃしゃり出てきちまったんだぞっ!」

「祟りがあったらあんたのせいだからね、ニーナっ!」

「あたしらの生活どうしてくれるんだいっ! この疫病神っ!」

 僕への罵声が、いつの間にか僕が助けた少女へ向かっていた。

 ニーナと呼ばれたその少女は、うつむきながら声を震わせ「ご、ごめんなさい……」と涙を地面にぽろぽろとこぼしている。

 それを見て、さすがに僕も黙っていられなくなり、

「ちょっと、あなたたちどうかしてますよっ。この女の子、あなたたちの知り合いなんでしょっ。それを生贄とか……おかしいですよっ」

 怒り慣れていないながらも声を大にした。

「てめぇにゃ関係ねぇだろうがっ! すっこんでろっ!」

「身寄りのないニーナをここまで育てたのはあたしたちだよっ! どうしようがあたしたちの勝手だろっ!」

「農作物がとれなきゃわしらは生きていけねぇんだっ!」

「こちとら生活が懸かってるんだ、ガキ一人の命で村が助かるなら仕方ねぇだろうがよっ!」

 確かに僕にはおよそ関係のない話だ。

 ニーナという少女のことだって、ついさっきまでは見捨てようとしていたくらいだ。

 ……でも。

「そうだ、ニーナっ。おめぇ今からでもそこの木に首くくって自害しろっ! そうすりゃ蛇神様も許してくれるかもしれねぇだぞっ!」

「てめぇもだっ! てめぇもニーナと一緒にここで死ねっ!」

「そうだっ! 死ねっ!」

 十人程のいい年をした大人たちが、揃って「死ね、死ねっ!」と叫び続ける。

 とても異様な光景だった。

 僕はそんな状況に追い込まれて胸がカーッと熱くなるのを感じた。

 僕の中のどす黒い感情がふつふつと湧き上がってくるようだった。

 その最中、一人の男性が足元の石を拾い上げ少女に思いきり投げつけた。

 ゴッ。

 石は少女の額にぶつかって鈍い音を出した。

 次の瞬間だった。

 僕は自分の感情の抑えが効かなくなり、気付けばその男性の右腕を手刀で斬り飛ばしていた。

「ぎゃああぁぁ~っ!」

「きゃあぁぁーっ!」

「な、何してんだ、てめぇっ……!?」

 男性と女性の悲鳴が入り混じる中、初老の男性がクワを握り締め僕をにらみつける。

「僕の前から消え失せろ。さもないと全員殺すぞ」

 初老の男性が持っていたクワの刃の部分を掴んで、溶けたチョコレートのように折り曲げつつ、僕は本心からそう口にした。

 その脅し文句を本気と捉えたのだろう、初老の男性は苦々しい顔をしながらも、周りの連中に合図をして彼らは引き上げていった。

「きみ、ニーナだっけ?」

 少しして落ち着きを取り戻した僕は、すすり泣いているニーナに声をかける。

「……ひっく……は、はい……」

 弱々しくやせ細った体から声を絞り出すニーナ。

 額からは血が流れ出ていた。

 僕は皮袋から布切れを取り出すと「これ、使っていいよ」とニーナに手渡す。

 ニーナは遠慮がちにそれを額に押し当てた。

 僕は目の前のニーナを見て、この子は自分と同じだ、とどこか運命めいたものを感じていた。

 そして、

「ニーナ、帰るところがないなら僕と一緒に来る?」

 半ば無意識のうちにそんなセリフが口をついて出ていた。

 びくっと肩を揺らしそれからゆっくりと顔を上げるニーナ。

 その顔は驚きに満ちていた。

「嫌ならいいんだけどさ、もしきみさえよかったら――」

「……ですか?」

「ん? ごめん、聞こえなかった。なんて言ったの?」

「……わたじなんかが、ついでいっでいいんですか?」

 涙と鼻水と血でぐしゃぐしゃになった顔を僕に向ける。

「ああ、もちろん。僕はクズミンだよ。よろしく、ニーナ」

「……うぅ……うえぇぇ~んっ」

 こうして奇妙な縁で、僕の復讐の旅にはニーナという小さな仲間が加わったのだった。

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